灰色
高緯度地方、フラヒヤ山脈にて。
空の王者リオレウスが俺の目の前で咆哮をした。
「グオオアアアアアア!!」
正直…ありえない。それが俺の第一印象だった。ここは雪山、リオレウスの目撃情報は皆無だ。普通なら寒冷地には現れないはず。だが目の前の火竜は白く息を吐いて、確かにそこに存在していることを誇示していた。イズミが言っていた
さて、やつは俺達の姿を完全に捉えている。女ハンターは気絶中。周りには攻撃を
少なくともこのハンターだけは救わなければならない。これは俺の意地だ。偽善でもなんでもない。自分の感覚が高ぶって回りが余計に白く見えた。
あいにく、こやし玉も閃光玉も切らしていた。ということは、こいつに隙を与えて逃げるしかない。少々乱暴にハンターを後ろに放り投げ、狩猟態勢を作り出す。
次の瞬間、やつの口から火が漏れ出した。一瞬の判断、大剣に手をかけた。次の瞬間、目の前に迫ってきた火炎ブレスに視線を投げ込む。
––––さあ来い!
——抜刀し火球を防いだ瞬間に辺りが真っ赤になる。
ガードをすれば大剣の斬れ味は落ちるが…とりあえず大丈夫だ。火球の爆発の圏外に倒れているハンターの安全を確認しリオレウスに目を戻す。
リオレウスは次の一手の準備を始めていた。強靭な翼で空に飛び上がったやつの爪はこちらに向いているようだが、やつの狙いは俺だろうか。彼女である可能性も捨てられない。
武器を捨てて彼女の方へ走る。雪の中に倒れている彼女を向こうに放り投げて、やつとの距離を確認。ざっくり腕の長さが三本ぐらいか。
やつが突っ込んできた方向と直角に飛んで間一髪で爪をかわす。空の王者のプライドのこもる爪が雪の上に重さを加えた。
さて、その隙を頂こう。無駄のないよう手を動かして、ポーチからナイフを二本引き抜いた。さっきまでマヒダケに突き刺してポーチに入れていた麻痺投げナイフ。
ヒュン。小気味よくナイフが飛んでいきやつの首に刺さった。続けてもう一本を脚に投げる。
あと三本。決めなければ勝ち目はない。まあ、それ以前に俺のプライドが許さない。
勢いよく回ってきた長い尾を
だが、リオレウスの次の目標は俺ではなく彼女だった。
…なかなか頭が良いみたいだ。倒れているハンターに爪を向けるなんて…!
しかし、まだ終わったわけじゃない。ハンターまでそんなに長い距離じゃない。諦めずに彼女のもとへ走り込む。彼女の身体を横に投げ、自分の身体にかかるだろう衝撃に耐える準備をした。心臓か首をやられるともちろん死ぬ。脚をやられるのも不味い。重心を動かせ。狩猟生活で自然と身についた受身術が身体を勝手に動かした。
「ぐっ…!」
左肩に激痛が走る。攻撃を受け流して転んだ身体を持ち上げると、
それでも。それでも曲げられないプライド。
走る先にはさっき捨てた大剣。やはりハンターとして武器になるものが無いときつい。やつのブレスをかわしながら白い地面に突き立てられた大剣の柄を取り、そのまま振りかぶる。確実にあてろ、やつの頭に。怯ませるんだ!
綺麗に円軌道をなぞった剣の刃がやつの頭を刳る。横転してそのままの流れで納刀。そして、怯んだ空の王者の首に最後のナイフを思い切り投げた。
神経を麻痺させられ動けなくなった身体を持て余すリオレウスを尻目に、女ハンターを抱えて走りだす。逃げるなら今のうちだ。雪に足を取られながらも前へ前へと進んだ。あそこの小さな洞窟めがけて、全力で、走れ。ゴールは近い。
だが小さな洞穴の中へ入った瞬間、視界がゆっくり歪み始めた。頭の中で反響する不協和音が大きくなる。奴の猛毒が俺から力を奪い去る。腕の中のハンターを地面に下ろすのが精一杯で、重力に引きずられるがままに俺はそのまま気絶した。
目を覚ますと俺の身体はベッドの上に転がっていた。白い壁に挟まれた部屋。明かりに火はついていない。えっとここは…どこだ。少なくとも俺の部屋じゃなさそう。
「…起きたか?大丈夫なのか?」
とある友人の声が聞こえた。声の余韻の方へ目を向けると友人は椅子に座って本を片手の上に開いていた。少し蒼みがかった灰色の目、灰色の髪…
「…ああ、フウト。ここどこだ?」
「…ベットの上。」
「そうじゃなく。」
「ハハ、ドンドルマの病室。」
サジヤ フウト。25歳、男。ドンドルマギルド所属G級ハンター。主に太刀を操る。表情をあまり見せないが、怒っているわけではない。
さて…
なんでおれはここにいるんだろう。確か…
一か月ぶりのクエストを受けて、いや違うな、人の捜索だっけ。救助で雪山に行って、クレバスに落ちて、助けたハンターを連れて逃げて、そいつが倒れて、リオレウスが現れて。
ああ…ぼんやりと思い出してきた。俺は毒が回って気絶したんだ。昔は毒もらってもピンピンしてたのにな…。やっぱりリハビリが必要かな。
…あれ、俺は誰に助けられたんだろう。
その俺の心内を察したのかどうなのか、フウトが口を開いた。
「おまえが気絶してたのを助けたのはエント。」
ああエントか。
エントはフウトの兄だ。俺の数少ない友人の一人である。もちろんフウトも友人の一人。
「まあリオレウスの毒をもらって解毒薬飲まずに五分ほど放置してそれでも生きてるってのは、奇跡か、それともおまえがキチガイなのか、どっちかだよ。まあ安心して、入院って程じゃないらしいから、もう自由行動可、だ。」
ん、酷い言葉が聞こえた?いや聞こえなかったことにしよう。いやほんとエントには頭を上がらん…。後で何かおごらせてくれ。
…あれ、じゃあ倒れていた女ハンターはどうなったんだろう?
「あれ、じゃあ…彼女は?」
名前がさっと出てこない。頭が完全におじいちゃん。
「マコトのことか?あいつは僕が助けた。」
「ああそうか…良かったよ。」
そうだ、アリミネマコトだっけな。
「気を抜いている間に謎のモンスターにやられたって悔しがってたよ。そんな弱くはないはずなんだけどなあ、マコト。」
…え、知り合いなの?
「…アリミネマコト…だっけ、知ってるのか?」
「よく話す間柄って感じかな。一緒にクエスト行くこともあるし。」
なんだ、結構仲の良い人だったらしい。
「マコトの友人でアリカってやつがいるんだけど、彼女が僕とエントに救助を求めてきたんだ。マコトがまだ雪山にいて、謎のモンスターに襲われてるってね。ただ、雪山に行ったのは良いけど全然見つからなかったよ。」
俺のせいだな。確かにあんな狭い洞窟に逃げたら捜すのが大変だっただろう。
「しかもマコトに聞けばリオレウス暴れてたとか。雪山だぞ、雪山。」
ありゃま、彼女意識あったのかよ。もしかして、少し荒くたいことをしてしまったのばれました?ほんとすみません…。
「…ああ、あれにゃ苦労した。」
「それに、おまえがマコトの隣で倒れてたときは驚いた。」
「それなんだよ。結局、救助には失敗したんだよなあ」
フウトとこうして話すのもしばらくぶりだ。こいつの乾いた声はいつまでたっても変わらない。
「そんなことはないよ。リオレウス相手に気絶してる人を助けるって凄いと思う。」
「え?いや、まあ。」
どうしたんだフウト、俺を持ち上げるなど、らしくない。俺はそういうの慣れてないんだが…。
「僕もゼロみたいに人を助けられたらなあ。」
フウトは何やら過去のことを思い出しているのだろうが、その灰色の視線の先にあるものが何か、ぼんやり考えてみようとしても全く分からなかった。
「リハビリするかあ…」
診療所から出て、そんなさり気ない言葉を口に出すと、フウトが「ほい」と二つ返事で支度し始めた。いやそういうつもりではなく…。
「どうした?変な顔して。」
うるせー。誰が変な顔だ。
…はい、完全に自虐です。
「いやリハビリなんか一人でやるよ。悪いし。」
「どうせ僕暇なんだよ。エントが一人でクエスト行っちゃって。」
サジヤ エント。25歳、男。フウトと同じくG級ハンター。フウトの双子の兄。瓜二つだから、長い付き合いの俺でもたまに見間違える。ガンランス使い。フウトとは違い、性格が明るくて…少し天然ボケが入っている。
サジヤ兄弟は幼い頃から生活を共にして暮らしていたらしい。親元を離れてからも仲良くやってこれたのはそれぞれの性格のおかげなのだろう。こんな仲良い兄弟は見たことがない。
「…それに友人が久しぶりの狩場に出るっていうのに、ゼロ一人にさせておくのもどうかと思うしね。」
「そうか、サンキュ。」
なんだかんだ言って、フウトは優しい。しかもイケメンとくる。つまり女性からモテモテ。だが肝心のフウトは女性にあまり興味がなさそうなのだ。モテない男達にとっては勿体無いオバケが云々の大事件である。
俺がそんなことを考えているとはつゆ知らず、フウトはわずかに笑みながら言った。
「まあ、一旦自分の家に帰ってこいよ。支度しないといけないだろ。」
そういうとこ気が回るからモテるんだよ、と頭の中でツッコミながらフウトと別れた。
少し隅の方がくすんでいる重めのドアを開ける。自宅に帰ってきた。
サジヤ兄弟との昔の思い出–––と言ってもたいそうなものではないが–––を支度をしながら思い出す。それとともに俺自身の昔のことも。頭の片隅に残っている記憶は郷愁となって武器に溶け込み、思い出した瞬間弾け飛んでいってしまうような。そんな気がして、確りと柄を握りしめた。少し色褪せた防具を身に付けて、自宅に一旦の別れを告げた。