怠慢な博愛主義者が誰かを救いに来るそうですよ? ………誰かって誰さ 作:ファルコン・Σ
ーーー唐突だが、“問題児”とはどういう存在のことを指すのだろうか。
人によってその答えは実に様々であろうが、基本的には“常識外の行動で周りの人間を振り回す。或いは迷惑を掛ける人間”のことだろう。
ーーーそもそも箱庭というのはこの星の最大級の都市の一つに過ぎない。
そのうちの一区画、箱庭二一〇五三八〇外門。ペリベッド通り、噴水広場前まで召喚した四人を連れてきた黒ウサギは噴水に腰掛けていた11歳程の少年に手を振って呼びかけた。
「ジン坊ちゃーン!新しい方を連れて来ましたよー!」
その声にジンと呼ばれた少年はハッと顔を上げた。
「お帰り、黒ウサギ。そちらの
「はいな、こちらの御四人様が――」
クルリ、と振り返った黒ウサギは、カチン、と固まった。
何故ならば、人数が一人減っていた。
正確に言うなら、“二人減って一人増えていた”。
「……え?あれ?あと二人いませんでしたっけ?ちょっと目つきが悪くて、かなり口が悪くて、全身から“俺問題児!”ってオーラを放っている殿方と、なんかやる気なさげで気だるげそうな面倒臭がりオーラを放っている殿方が。更に付け加えればそちらの立派な着物を着た貴方様はどちら様でございますか?」
「お気付きになるのが随分と遅いですわね兎さん? そんなことはさておき、私は五十嵐五月雨様の従者である“
軽く毒を吐きつつも優雅にペコリと頭を下げる星と名乗る少女。
和のお姫様を体現したようなその物腰に女性である黒ウサギですら軽くときめいた。
「あ、や、こ、これはどうもご丁寧に。五月雨さんの従者さんでございましたか。えっと、その五月雨さんはどちらへ?」
「ああ、十六夜君が“ちょっと世界の果てを見てくるぜ!”と言って駆け出して行ったから、それを追いかけていったわ。星さんを置いてあっちの方に」
指さす先にあるのは、上空4000mから見えた断崖絶壁。
街道の真ん中で呆然となった黒ウサギは、ウサ耳を逆立てて飛鳥と耀に慌てて問いただした。
「な、なんで止めてくれなかったんですか!」
「“止めてくれるなよ”と言われたもの」
「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」
「“黒ウサギには言わないで”と言われたから」
「嘘です、絶対嘘です!実は面倒くさかっただけでしょう御二人さん!」
「「うん」」
女子二人は女子二人で早速意気投合している様子。
がっくしと膝を突きそうになるのをギリギリでこらえた黒ウサギは星の方へ矛先を移した。
「星さんはなんで止めてくれなかったのですか!?」
「身代わりのつもりなのでしょう。全く、異世界へ来ても私はこんな扱いですのね…………」
何やらブツブツと呟き始めた星。どうやらこんな扱いは一度や二度ではないらしい。
触れぬ神に祟り無しと判断したのか黒ウサギ達は放置することに。
そんなある意味落ち着いた黒ウサギとは対照的に、ジンは蒼白になって叫んだ。
「た、大変です!“世界の果て”にはギフトゲームのために野放しにされている幻獣が」
「幻獣?」
「は、はい。ギフトを持った獣を指す言葉で、特に“世界の果て”付近には強力なギフトを持ったものがいます。出くわせば最後、とても人間では太刀打ち出来ません!」
「あら、それは残念。もう彼らはゲームオーバー?」
「ゲーム参加前にゲームオーバー?……斬新?」
「冗談を言ってる場合じゃありません!」
ジンは必死になって事の重大さを訴えるが、幻獣の恐ろしさなど微塵も知らない二人は肩を竦めるばかりだ。
「まあご心配には及ばないでしょう。ご主人はあんな怠慢な性格ですがただの人間ではありませんわよ。あの野蛮人も中々な実力の持ち主の様子ですし」
野蛮人。とは確実に十六夜の事だろう。先程といいこの少女。かなりの毒舌な様子。
それでも不安そうなジンの傍らで黒ウサギは深いため息を吐きつつ立ち上がった。
「はあ……ジン坊ちゃん。申し訳ありませんが、御三名様のご案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「わかった。黒ウサギはどうする?」
「問題児達を捕まえに参ります。事のついでにーーー“箱庭の貴族”と謳われる黒ウサギを馬鹿にした事、骨の髄まで後悔させてやります!!」
立ち直った黒ウサギは怒りのオーラを全身から噴出させ、艶のある黒髪を桜色に染めていく。外門めがけて空中高く飛び上がった黒ウサギは、外門のあった彫像を次々駆け上がり、外門の柱に水平に張り付いて一言。
「一刻程で戻ります!皆さんはゆっくりと箱庭ライフをご堪能くださいませ!」
桜色の髪を戦慄かせた黒ウサギは、踏み締めた門柱に亀裂が入るほどの脚力で、まるで弾丸の様に飛び去った。あっという間に四人の視界から消えてしまう。
「………。箱庭の兎は随分速く跳べるのね。素直に感心するわ」
「ウサギ達は箱庭の創始者の眷属。力もそうですが、様々なギフトの他に特殊な権限も持ち合わせた種です。彼女なら余程の幻獣と出くわさない限り大丈夫だと思うのですが………」
そう、と飛鳥は空返事して、心配そうにしているジンを振り返った。
「黒ウサギも堪能くださいと言っていたし、御言葉に甘えて先に箱庭に入るとしましょう。エスコートは貴方がしてくださるのかしら?」
「え、あ、はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩ですがよろしくお願いします。星さん。と、二人の名前は?」
「久遠飛鳥よ。そこで猫を抱えているのが」
「春日部耀」
「念の為改めて、総刀星と言う者ですわ。従者故にそんな気を使わなくとも構いませんことよ?」
ジンが十一とは思えない丁寧な自己紹介したので飛鳥と耀もそれに倣って一礼。星はクスクスと笑いながら穏やかに応じた。
「さ、それじゃあ箱庭に入りましょう。まずはそうね、軽い食事でもしながら話を聞かせてくれると嬉しいわ」
飛鳥はジンの手を取ると、明るく胸躍るような笑顔で箱庭の外門をくぐった。
*********
改めて記載するが、五月雨は怠慢気質である。分かりやすく言うなら面倒臭がり。
案内されるにしても少し退屈なことになりそうだと思っていた彼にとっては十六夜の、
「世界の果てでも見に行ってみねぇか?」
という魅力的な誘いは断るわけには行かなかった。
のだが、現在。
「アイツ速すぎんだろクソ!!」
銀翼刃フライガーを装着して高速飛行している五月雨が怒鳴った。
この剣の翼、最大速度はマッハ1を叩き出す代物なのだが、それをもってしても同時にスタートした筈の十六夜の後ろ姿が一向に見えない。
とんだチートが居たもんだと感嘆する一方でかなり悔しい思いをしつつ、最速を保ちつつ一直線に飛ぶ。
と、何か巨大な物が水に落ちたような音が聞こえた。
見ると進行方向で水柱が上がっているのも確認。
「彼処か?」
3秒経ち、五月雨は広い湖に出た。
先程のとは違い、カーテンのような滝が織り成す壮大な水音に圧倒される。そんな絶景の中一人佇む不良。
…………もとい、逆廻十六夜。
「おお。遅かったじゃねぇか五月雨?」
「うるせ。あんたが速すぎんだよ。こちとらこれでもマッハ1だぞ」
苦言にも笑い飛ばすその態度に少し苛立つが、五月雨が道具を使っていたのに対し、十六夜は単純な脚力で此処まで来たのだ。それを思い直し五月雨は関心していた。
「ん? なあ十六夜。あんたなんでまた濡れて」
「よぉぉぉぉやく見つけたのですよぉぉぉぉぉ!!!」
と、五月雨の言葉を断ち切って桜髪の黒ウサギが飛び込んで来た。
見て分かる通り激怒している。
「もう!一体どこまで来ているんですか!」
「世界の果てまで来てるんですよ、っとそんなカリカリすんなよ黒ウサギ」
「もう黒要素殆ど無いけどな。寧ろ黒時々桃ウサギってか?」
地味に名前を改変しようとしていた。五十嵐五月雨。酷い男である。
「にしてもなかなか早いな。こんな短時間で俺に追いつけるなんて思わなかったぜ」
「十六夜は速過ぎるっての。ついていく身にもなってくれ」
再度五月雨に咎められても十六夜に反省しているような様子は一切見られなかった。
ふと、黒ウサギがある事実に気付いて動きが止まった。
「(黒ウサギが…………半刻以上追いつけなかった?)」
繰り返すが十六夜はただの脚力で此処まで来た。
加えて黒ウサギは人間より身体能力が優れた獣人である上に箱庭の創始者の眷属として様々な恩恵を受けている。
そんな彼女が追いつけなかった。加えて考えれば五月雨の持つ武装の性能の高さも侮れない。
「で、でもまあ十六夜さんが無事で良かったです。水神のゲームに挑んだと聞いて肝を冷やしましたよ」
「水神?」
「ああ。あれの事か?」
へ、と呆けたのも束の間。
水面が大きく盛り上がり、白く長く見上げるほどの巨躯ーーー蛇神が姿を現した。
『まだ…………まだ試練は終わってないぞ小僧ッ!』
「蛇神…………ってなんでこんなに怒り心頭なんですか十六夜さん!?」
「いやな? なんか『試練を選べ』とか愉快な事を言い出したからよ、俺を試せるかどうか試させてもらったのさ。まあぶっちゃけそこまで強く無かったが」
「異世界来て早々に神様に喧嘩売る奴初めて見たわこのバトルジャンキー」
呆れ心頭な五月雨。ある意味彼の中で逆廻十六夜という存在の見識がはっきりした瞬間かもしれない。
『付け上がるな人間! 蛇神たる我が力、この程度だと思うなッ!』
蛇神は咆哮を上げ、逆巻く風と共に水を立ち上らせる。
水というのは決して侮れない。海や川はそれだけで凄まじいエネルギーを持っているし、鉄筋コンクリートすら破壊することもある。
それだけの水の力を使役する。これが箱庭でも上位に位置する“神格”の力。
「十六夜さん、下がって!」
「下がるのはあんただ黒ウサギ」
「なんでですか五月雨さん!! このままでは十六夜さんが!!」
「十六夜は自分の意思であの蛇神に喧嘩をふっかけた。ならこの戦いはアイツがケリを着けるのが道理ってことだ」
序でにそれ以前に五月雨はこの戦いに関わると面倒そうという理由があるのだが黒ウサギに怒られそうなのでおくびにも出さない。
「そういうことだ黒ウサギ。これは俺が売って、コイツが買った喧嘩だ。無粋な真似をすんならテメェから潰すぞ」
『見上げた心意気だな。ならばこの一撃を凌げれば貴様の勝ちを認めてやる』
蛇神は渦巻く水流を自身の周りに漂わせ、それを十六夜は鼻で笑って言い返す。
「バカが、決闘は勝者を決めて終わるんじゃなく、敗者を決めて終わるんだよ」
『ふん!…………その戯言が貴様の最期だ!』
その言葉と共に十六夜に向けて放たれる逆巻く水柱。水柱は内に秘めた圧倒的な破壊力を以て十六夜を打ち砕こうと迫ってくる。周囲の木々をねじ切りながら迫ってくる水柱を十六夜は、
「はっ、しゃらくせえッ!!」
腕の一振りで薙ぎ払った。
「嘘!?」
『馬鹿な!?』
「うーわここまでかよ」
災害に等しい威力を持っていた水の暴力。それを腕の一振りで薙ぎ払ったとあれば、彼は人知を越えた力をその身に宿している事に他ならない。
だが、拡散されたとは言え水の質量は変わらない。
逸らされた圧倒的質量の水の塊が五月雨の方へ落ちてきた。
「げ、マジか」
「わり。なんとかしろ」
「雑だなおい」
一つ溜息をついた五月雨は、虚空に手を翳す。
その空間が歪み、金色の穴からーーー銀翼刃を取り出した時と同じようにーーー青塗りの刀を引き抜いた五月雨はそれを翳す。
「水を統べよ。水錬刀・荒波!!」
途端、空中の水がその刀身に集まっていく。
青い刀を包み込んだ水の塊は内部で激しく渦巻く。
「正当防衛だ。ほぅら返すぞ!!」
刀が振るわれ、水の質量爆発は蛇神に直撃する。
『ぐおぉ………!?』
「手出しすんなったのによ。ま、中々だったぜオマエは」
飛び散る水をかき分け、蛇神の頭部付近に肉薄した十六夜が捻りを加えた蹴りを見舞った。
その一撃で蛇神の体は空高くに打ち上げられてそのまま川に落ちた。
「クソ、今日は本当によく濡れるな。おい黒ウサギ、クリーニング代は出るんだよな?」
「水も滴るいい男だぞ?」
「喧しい。つかオマエその刀狡いだろ全く濡れてねぇじゃねぇか」
「手は濡れた」
「屁理屈抜かすな」
やけに仲の良い二人のやり取りも耳に入らず、黒ウサギは呆然と立ち尽くす。
そんな彼女の頭には彼等を召喚するギフトを与えた主催者の言葉を思い出していた。
曰く、
彼等は間違いなく、人類史上最高クラスのギフト保持者である、と。
「おいどうした黒ウサギ、ボーっとしてると胸とか脚とか揉むぞ」
「えっ、きゃあ!?」
背後に移動した十六夜は黒ウサギの腋下から豊満な胸に手を伸ばし、更にもう片方の手をミニスカートとガーターの間から内股に伸ばしていた。黒ウサギは慌てて十六夜から飛び退いた。
問題児相手に気を抜いている暇など無いのである。
「な、ば、おば、貴方はお馬鹿です!? 二百年守ってきた黒ウサギの貞操に傷をつけるつもりですか!?」
「二百年守ってきた貞操? なにそれ超傷つけたい」
「逆に言えばそれだけ相手が居なかったってことか………ドンマイ」
「ギラつかせるのも哀れむのもやめてください!!」
流石にそろそろ疲れたらしい。一回息を整えると黒ウサギは蛇神の方を見た。
「と、ところでその蛇神様はどうされます? というか生きてます?」
「命までは取ってねえよ。殺すのは別段面白くもないしな」
「ではギフトだけでも頂いておきましょう。ゲームの内容はどうあれ十六夜さんは勝者ですから」
そう。これはギフトゲーム。
蛇神は主催者で十六夜は挑戦者。ならば蛇神には勝者である十六夜にギフトを送る義務があるのだ。
ということを語った黒ウサギだが十六夜は不機嫌そうに彼女の前に立った。
「? おい十六夜?」
「なあ? 黒ウサギ」
「オマエ。何か決定的なことを隠しているよな?」
*********
一方、箱庭に入った飛鳥、耀、そして五月雨代理の星。
「これが箱庭ですか」
星は空を見上げる。
その視線の先では、天幕で覆われていたのに中は眩い太陽の光が指していた。
「箱庭を覆う天幕は内側に入ると不可視になるんです。この箱庭には太陽の光が受けられない種族もいますし」
「あら、それは気になる話ね。この都市には吸血鬼でもいるのかしら?」
「はい、いますよ」
「……そう。」
冗談のつもりが冗談じゃなかったので言葉をつぐんだ飛鳥に軽く星が吹き出す。
「ふふ………あら? 春日部さん。誰かと今話しておりましたか?」
「…………別に」
首を傾げる星だが、本人が言いたがらないことは言及しないことにした。
そんな雑談をしながらも六本の傷の旗を掲げるカフェテラスに入り、そこで軽食を取ることになった一同。
「いらっしゃいませー。ご注文はお決まりでしょうか?」
店の奥から猫耳を生やした少女が注文を取りに来た。
ウサギ耳に続き猫耳とは、中々ファンシーな世界である。
「えーと、紅茶を二つと緑茶を二つ。あと軽食にコレとコレと…………」
「ニャー」
「はいはーい。ティーセット四つにネコマンマですね」
ん? と首を傾げる飛鳥、星、ジン。ネコマンマなど誰も頼んでいない。
唯一、三毛猫を抱いた耀が問い掛けた。
「三毛猫の言葉、わかるの?」
「そりゃわかりますよー私は猫族なんですから。お歳のわりに随分と綺麗な毛並みの旦那さんですし、ここはちょっぴりサービスさせてもらいますよー」
そんな猫耳店員にニャーニャーと鳴く三毛猫。
店員が「やだもー、お客さんったらお上手なんだから♪」などと言っていたので口説くか何かをしたのだろう。
「箱庭ってすごいね。私以外に三毛猫の言葉が分かる人いたよ」
「ちょ、ちょっと待って。春日部さんは猫と会話できるの?」
動揺した飛鳥に耀は頷く。
「動物と話すギフトですか。それはすごいですわね」
「も、もしかして、猫以外にも意思疎通は可能なんですか?」
ジンが興味深く質問している。
この位の年頃の少年にはそうした夢のような能力に惹かれるものだ。
「うん。生きているなら誰とでも話はできる」
「そう、素敵ね。なら、あそこに飛び交う野鳥とも会話が?」
「うん、出来……………る? 鳥で会話したことがあるのは雀や鷺、不如帰ぐらいだけどペンギンがいけたからきっと大丈夫」
ペンギンは水族館で知り合ったらしい。他にもイルカとも友達だと語る。
「春日部さんはお友達が多いんですね」
「素敵なギフトを持ってるのね。羨ましいわ。」
星と飛鳥に笑いかけられ、困ったように頭を掻く耀。
対照的に、憂鬱そうな声と表情で飛鳥は呟く。
「久遠さんは…………」
「飛鳥でいいわ」
「う、うん。飛鳥と星さんはどんな力を持っているの?」
耀の質問に更に顔を曇らせる。
それを察して先に星が応える。
「私の能力はマスターの能力ありきのものですわ。詳しい事はマスターにお伺いくださいませ? ところで飛鳥さんは自分の力がお嫌いですか?」
「ええ。私の力は酷いものよ。だって」
そう前置きして飛鳥が自分の力の話をしようとすると
「おやぁ?誰かと思えば東区画の最底辺コミュニティ“名無しの権兵衛”のリーダー、ジン君じゃないですか」
そんな、悪意のある声が割り込んできたのだった。
・水錬刀・荒波
水を操る刀。半径30m内の水を刀身に留め、撃ち出したり圧縮して水の刀になる。水の重量は変わらないので保てる量は五月雨の腕力に依る。