雨というのはあまり好きではない。
気分が落ち込むだとか、そういうのではなく、ただ単に色々な面倒が増える。
例えば、担当の送り迎えにも気を使わなくてはならないし、スケジュールも同様。
特に僕の担当は天気が悪いと少し落ち込む。
いつものように散歩に出かけようとして、雨が降っていることに気づいてしょんぼりとしているところを何度も見かける。
なんといっても6月、梅雨の季節なのだから当然だろう。
この間、かわいらしいカッパを買ったと報告してくれた。
数時間後にカメラを使えないことに気づいてしょんぼりしていた。
かわいいねって褒めたら、なぜかむくれられた。
そんなこんなで、ここ最近は藍子に元気がない。
何とかしてあげたいな、とも思うが、天気を変えるような力は僕にはない。
堀さんに頼めばどうにかしてくれるかな?
そんなことを同僚にこぼしたら、微妙な顔をされた。
思い悩んでも、何か思い浮かぶわけでもなく、早く梅雨が終わることを祈っていたある日。
珍しく、仕事が早く終わったので事務所に戻ります、というメールが届いた。
打ち合わせをサクッと終わらせて、僕も事務所に戻る。
自分の席を見てみると、藍子が座って……眠っていた。
「藍子?」
「すぅ……すぅ……」
呼びかけても規則正しい呼吸の音が返ってくるばかり。
同僚に聞いたところ、事務所に戻ってきたときには眠そうにしていた、とのこと。
全ての階には仮眠室がついているのだが、僕を待っている間に眠ってしまったそうだ。
ぷにぷにと頬をつついてみると、くすくすと笑う。
頭をなでれば、さらさらとした髪が気持ちいい。
湿気が強いと髪の手入れが大変だと、城ヶ崎さんが愚痴っていたが、藍子もそうなのだろうか。
普段から自然と触れ合っている彼女は自然パワーとか、ありそうだけど。
植物みたいにいっぱい水をあげすぎたらだめなのかな?
ふにゃふにゃと頬を緩めた藍子の髪をずっと撫でて、なでて、なでつづけて。
つい熱中してしまったのか、終業時刻まで藍子の頭をなでていた。
仕事は無いし、藍子を起こして家に送らないと。
「藍子、起きて」
「むぅ……? あれ、プロデューサーさん?」
「おはよう」
「な、なんでプロデューサーさんが……って、私の部屋じゃない?」
「事務所だよ」
「あ……ご、ごめんなさい。プロデューサーさんの椅子で寝ちゃって。その、お仕事大丈夫でしたか?」
「うん、一日は平気」
いつもオーバーワークだって怒られるくらいには仕事してるし。
直近にはライブなんかもない。一日ぐらいは平気だろう。
ぺこぺことする藍子を愛でて、家まで送ることを伝える。
「ありがとうございます。でも、一緒に行きたいところがあるんです」
「ん、いこっか」
「はい!」
嬉しそうに満開の笑みを浮かべる藍子。
藍子たってのお願いにより、2人で傘をさして歩く。
雨の音は思ったよりも大きくて、でも邪魔にはならない。
「どこ行くの?」
「この間、小さなカフェを見つけたんですけど、そこにいる猫ちゃんが可愛くて、ついずっと居てしまったんです。プロデューサーさんも、猫好きでしたよね?」
「うん」
ニコニコと笑いながら話す藍子につられて頬が緩む。
こうやって傘をさして歩くのも、いつもと違う距離感だ。
話しながら歩けば、すぐに目的のカフェに着いた。
路地の途中にポツンとたたずみ、看板も無い。
「ここです」
「よく見つけたね」
「えへへ、猫ちゃんが教えてくれたんですよ」
ペロのようにお話しできる猫が他にもいるんだ。
猫とお話しする藍子も見てみたいけど、今はカフェに入ろう。
「良い、所だね」
「はい、最近のお気に入りなんです」
小さな店内にはテーブルが2つ、明かりは過不足なく雰囲気を演出している。
なにより、とても綺麗で静かなカフェだった。
他に人はおらず、とても静かで、どこか別の世界に誘われたようにも感じる。
調度品は木造が多いが、変わったものがあるわけではない。
「あ、こんにちは」
「この子?」
いつの間にか、足元に白猫が寄ってきていた。
少し鼻を動かして、僕を見上げる。
抱き上げるても、じっと僕と目線を合わせ続けた。
「オッドアイ、だね」
「とっても気品のある子ですよね。なでてあげると、気持ちよさそうな顔をするのが可愛いんです」
音符が付きそうなほど楽しそうに話す藍子に、余計なことを言うなと言わんばかりに鳴く猫。
なんだかおかしくて、くすくすと笑みがこぼれる。
藍子も一緒にクスクス笑うと、するりと猫が僕の手を抜ける。
歩いていく先を見れば、若い女性が立っていた。
「あ、マスターさん」
「いらっしゃいませ。すみません、遅くなってしまって」
「いえ、いいですよ。ちーちゃんが居てくれましたから」
「ふふ、ありがとね。ちーさん」
「ちーちゃん、ちーさん」
おそらく猫の名前だろうが、どちらが正しいのだろう。
猫を見ると、今度はテーブルの上で丸くなっていた。
意外とマイペースな奴だな、と思いつつテーブルに近づく。
「ちーちゃん? ちーさん?」
聞いてみると、俺に聞くなと言わんばかりの顔を向けてきた。
じっと見つめていると、なーおと一鳴きする。
すると、気づいたマスターと藍子が近寄ってきた。
2人に向き直って、手持ちぶさたに猫をなでる。
「どうかしたの?」
「ふふ、すっかり仲良しですね」
マスターは猫に話しかけ、藍子は嬉しそうに笑う。
今日の藍子は、とっても楽しそうだ。
楽しそうな藍子は、僕にとっても元気の源。
ぐしぐしと猫をなでても、猫は目を閉じてされるがままだ。
「あぁ、なるほど。猫の名前はちー、ですよ」
「ちー」
「はい。それにしても、猫に聞きに行くなんて、藍子さんの彼氏さんは変わった人ですね」
「ふえっ、彼氏さんじゃないですよ! この人は私のプロデューサーさんで……あっ」
「いえ、藍子さんがアイドルなのは知ってますよ。ふふ、かわいい人だなぁ」
「藍子は可愛い」
マスターが真理を得ていたので、それに同意する。
我が意を得たりとうなずけば、マスターが面白そうに笑った。
藍子がふくれてしまったので、ご機嫌取りにパフェを注文する。
「もう、プロデューサーさんったら」
「ごめん?」
「別にいいですけど……あ、おいしい」
パフェを一口食べると、パッと顔を輝かせる。
そういうところも可愛いなぁ、と思って見ていた。
「プロデューサーさんも、一口食べますか?」
「ん、もらう」
欲しがっていると思われたのか、スプーンを差し出された。
藍子からのあーんを断る理由もないので、口に入れる。
クリームほわほわ、優しい甘み。
「美味しい」
「ふふ、おいしいですね」
優しい笑みを浮かべて、俺の言葉を繰り返す藍子。
雨の音はまだ続いていた、それでも僕の心は晴れ晴れとしていた。
猫をなでながら、藍子を眺める。
雨の日には、雨の日なりに。楽しめることを見つけた僕の担当を誇らしく思った。
いつもと環境が変わったので、見づらくなったかもしれません。
これからはこちらで書くつもりですが、また微調整するかもです。