Pの日常SS   作:天河 龍汰楼

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文香ソロ2曲目おめでとう!


飾らない物語(鷺沢 文香 ③)

ステージに立つと変わる人は結構いる。

俺の担当もその類で、普段とのギャップがあると評判だったりする。

ステージの上で、青空を思わせる瞳を輝かせながら、大海のごとく黒髪を波打たせ、太陽のごとく輝く笑顔で踊る彼女の姿に心奪われてファンになった者は少なくない。

しかしながら、プロデューサーとしては売り出せるところは全部売り出していきたいわけで。

 

「何が言いたいかというとだな、文香のオフショットを撮りたいと思う」

「……なるほど」

 

怪訝な顔をしながらも、おずおずとうなずく俺の担当アイドル。

鷺沢文香の日常を写真集にして売り出そうという企画を大真面目に検討している最中である。

まだ企画段階だが、とりあえず何枚か撮ってみれば、確実に通るだろう。

俺がそう思っていても、文香はあまり乗り気ではないようで。

 

「私の日常など……面白い、ものでしょうか?」

「別に面白いとかじゃないんだよ。ただ、文香の魅力をより広く知ってほしいだけだから」

「私の、魅力……」

 

困ったような顔で考え込む文香。

そういう顔も魅力的なんだよなぁ。

 

「あるの、でしょうか……?」

「ある。俺が保証するし、文香はいつも通りでいいよ」

「いつも通り……ですか。プロデューサーさんがそう言うのであれば……自信はありませんが、やってみます」

「うし! ありがとう! じゃあ、さっそく撮っていこうか」

「はい。ところで、カメラは……?」

「ん、これ。池袋特製のタイピン型超小型カメラだ」

 

オフショットをより自然に撮れるようにと、池袋Pが提案したらしい。いい仕事だ。

ちなみにこのカメラ、盗撮禁止用のプロテクトがかかっており、しようとすると爆発する。

文香の驚いた顔を、さっそくパシャリ。データは俺のパソコンに転送される。

パソコンの画面を見せると、今度は赤くなったのでもう一度パシャリ。

無音設計だが、よく見ると色が変わってシャッターが切られたのを知らせている。

それに気づいたのか、本を顔を隠し始めた。

 

「んー。画質も文句ないし、いい仕事してるなぁ」

「ぷ、プロデューサーさん……!」

「いや、一応許可はとったし……て、いたい。いや、痛くはないけど、ぽかぽかしないで」

 

恥ずかしさが限界を超えたのか、からかわれた相葉のように手が出はじめた。

そんな姿も可愛いけれども、さすがにこれを写真で伝えるのももったいない。

どうどう、と落ち着けると、馬じゃありません、と返ってくる。

 

「いや、一眼レフ構えられて、自然にしてくださいっても、できないでしょ?」

「それは、そうですが。もう少し、心の準備を……」

「その心の準備はいつ終わる?」

「……せめて、メイクを」

「だめだって。そういう出来上がった文香を見せたいんじゃないの。いつも通りの、飾らない文香を見せたいんだから。メイクしてたらオフショットの意味がないでしょ」

「それは……わかっているのですが……」

 

歯切り悪く視線をさまよわせて話す文香。

少し待つと、目線が床を向いて止まる。

考えているときの癖を見て、小さく息を吐く。

しばらくして、考えがまとまったのか、視線を上げた。

 

「んで、どうする?」

「私は……どうすればよいのでしょうか?」

「いつも通りに、本読んで、皆とお喋りして、日記書いて……なにも特別なことはいらないよ」

「それで、いいのでしょうか」

「……文香。君はね、君には本が似合う。地味で、本に埋もれているのがお似合いの、紙魚のような存在だと、キミは言った。それで、いい。そんな君を皆に知ってもらいたいんだ」

 

どうしてでしょう。何も言わずとも、瞳が語っていた。

吸い込まれそうな、どこまでも飛んでいきそうな、綺麗な青い瞳。

俺も、魅入られているけれど。

 

「そんな君が、美しいからだよ。着飾らなくたって、君には最高の、ベストな組み合わせのアクセサリーがあるってことじゃないか。それを活かさなくて、どうするんだ」

 

少し冗談めかして言えば、口元を少し上げて、文香がほほ笑んだ。

本当なら、本もいらないのだけれど。それを言うのはもう少し後かな。

 

「……では、本に埋もれていることにしましょうか」

「あはは、できればカメラには映ってほしいかな。うん、でも……いいんだよ何でもかんでも変わらなくたって。君には、君の魅力があるんだから」

 

パシャリと、一枚撮って。

変わらなければ綺麗じゃない、なんて言えないよなぁ。

静謐な、その魅力はステージの上では見られない。

 

「思いついた」

「……? どうか、しましたか?」

「んーん、写真集のタイトルをね。飾らない物語、なんてどうかな?」

 

我ながら、臭いネーミングだとは思うが、彼女は何も言わずに微笑んだ。

 

後日、そのままのタイトルで出版された写真集が月間のベストセラーになり、同僚からからかわれるのは、また別のお話。

 


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