「ぷ、プロデューサーさん……」
珍しく、切羽詰まった文香の声に、慌てて振り向く。
走ってきたのか、息の上がった彼女の元に駆け寄って、どうしたのかと問う。
「ゆ、床が……」
返ってきたのは、不思議な答えだった。
***
事情を聞いてみれば、ある意味文香らしい事件であった。
文香は本が好きなことで有名である。
実際にプロデュースをしている身としては、本好きという言葉でも足りないのではないだろうかと思ってしまうほどに。
なんと言っても、気付けば本を読んでいる、少し目を話せば本を読んでいる、何は無くとも本を読んでいる。
もはや呼吸のごとく、ライフワークのごとく、ひたすらに本を読んでいる。
当然ながら、その蔵書は非常に多い……訳ではない。
ほとんどは読み終わった後、叔父さんの古書店に還元されるために意外と少ないのだ。
そのはずなのだが……。
「最近は忙しくて、あまり読めずにいましたので……」
……ということらしく、見事に床を陥没させた本棚には、ぎっしりと本が詰め込まれていた。
忙しくて読めないのに、キープをし続けた結果、こうなったと。
「お恥ずかしながら……」
うっすらと頬を染めながら、申し訳なさそうに目を伏せる文香。
忙しいのに関しては、こちらのスケジュール調整のせいでもあるし、あまり気にしなくても良いとは思うが。
それにしても、寮の床を陥没させたとなると、ちひろさんに連絡しておかないと。
「本当に、すみません」
文香の手を煩わせるような事でもない。
割と手慣れた様子のちひろさんと、ささっと連絡が終わる。
数日以内に修繕が来るので、一応本棚はどかしておいて欲しい、と言われたことを伝える。
「そう、ですね。整理もかねて本を全部出してしまいましょうか」
手伝うよ。
「はい。よろしくお願いします」
少し嬉しそうに微笑んで、頷きながら返す文香。
二人で力を合わせて、膨大な量の本を分類し始めた。
***
それにしても。
「なにか、気になることでも?」
どの本も、非常に状態が良い。
よく見てみれば、カーテンには遮光性の高い物が使われているし、本棚の近くには除湿剤と防虫剤が置かれている。
ブックエンドもちゃんと置かれているし、栞を挟んだままの本も無い、本棚の前面にはとても薄い布がかかっている。
本を大切にしていることを感じられる。
「ありがとう、ございます」
気恥ずかしそうな様子で、同時に嬉しそうな様子で言葉を紡ぐ文香。
「忙しい中でも、本に対して不義理なことは、できませんから」
文香は少し誇らしげに、口角を上げる。
本当に、本が好きなのだな、とこちらも嬉しい気持ちになる。
こんなにも大切にされている本たちも、きっと嬉しいことだろう。
「そう、でしょうか。そうであればよいのですが」
そっと愛おしそうに本を撫でる。
想いを乗せた手つきは、いつもよりも細く繊細に見える。
……ふむ、ティンときた。
文香、イギリスに行こう。
「……その、急なところは慣れませんが」
しれっと、棘のある声色で一言呟いた後、一拍置いてため息を吐く。
「どこへでも。色々な場所に行けることが、私は好きですから」
もう一度、本を撫でて。
柔らかく、艶のある笑みを浮かべ、優しい声で首肯する。
少しばかり見惚れて、慌てて首を振ると、彼女はクスリと悪戯が成功した子供のように笑うのだった。
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