じっとりと濡れたような特有の空気が車内に充満している。
ぼけっと時間をつぶしているうちに、かなり経ってしまっていた。
時計を見れば、およそ5時間ほど。珍しいものだ。
あの凛がこんなに時間をかけるとは、明日は雨かな。
と思いつつも、理由なんぞ分かり切っている。
送り出した時の少し拗ねた表情を思い出して、罪悪感にかられる。
「ただいま」
懺悔をする間もなく、ロングの黒髪をなびかせた美少女が助手席に乗り込んできた。
渋谷凛、3代目シンデレラガールで、俺の担当アイドルだ。
いつものクールな雰囲気はそのままに、蒼いドレスが彼女を大人びて見せている。
ピッキリ固まって、まるで石化したように動けなくなる。
「どうしたの、プロデューサー」
イタズラの成功した子供のように薄く笑いながら首をかしげる凛。
「……どうして」
「買い取ったんだ。交渉には手間取ったけど、お金って偉大だね」
そりゃあ、シンデレラガールの収入なら買えないことは無いだろうが。
というか時間がかかってたのはそれが理由か。
ウェディングドレスをイメージした衣装。ジューンブライド特集のもの。
そのデザインは事務所総出で関わったし、俺も例外ではない。
「プロデューサー、これのために頑張ったんでしょ」
担当アイドルのことだ。そりゃあ熱くもなる。
それ以上に、この美少女のウェディングドレスをデザインできるのだ。
これで頑張らないやつは男じゃない。たとえ見たら理性的にヤバいとなっても。
「アー……気に入った、のか?」
「うん。ちょっとびっくりしたよ。プロデューサーもセンスあるね」
一言多い奴である。こんな仕事をしてる以上、嫌でも目は肥える。
そんな俺の目からしても、今の凛は魅力的だった。
年相応の未成熟さを拭う蒼いドレスは、これ以上ないほどに花嫁に似合っている。
彼女の生来の涼やかさを引き立てる様に落ち着いた色合いが憎らしい。
より蠱惑的に、弧を描く口元には、薄いルージュが光る。
「ふふ、嬉しいな」
「すまん、そんなつもりじゃなかった」
15歳らしい笑みに我に返る。全霊をかけて視線を外し、キーを回す。
ニコニコした凛が視界の片隅に入って、ごくりと喉が鳴った。
「ねぇ、プロデューサー」
「なんだ」
車を発進させて、しばらくしてから凛が口を開いた。
「もしもさ、プロデューサーを好きって言ったら、困る?」
ハンドルに動揺が伝わらないようにするのが精いっぱいだった。
とっさに答えることができず、その沈黙は返答に等しいだろうことは明白だ。
「プロデューサーはさ、私のこと……どう思ってるのかな」
「それは……」
言うのはためらわれた。
プロデューサーとアイドルの結婚が認められて久しいが、それでも。
凛が15歳だから? まだアイドルとして全盛だから?
「俺は、怖いんだ」
「……」
じっと、凛が俺の横顔を見つめているのを感じる。
俺は、凛が好きだ。まっすぐな瞳にいつも元気づけられる。
でも今だけは、目をそらしてほしかったかもしれない。
「俺が、お前を好きでいられるのか。お前が、俺を好きでいてくれるのか」
ある意味では、詭弁か、杞憂なのだろうが。
それでも確かに、俺はそう恐れている。
「いつか、花が色あせる様に。移ろっていくんじゃないかって」
「……そっか」
凛が目を閉じる気配がした。
もしかすると、明日から他のアイドルを担当しなくちゃいけないかもな。
「だったら、プロデューサーが不安にならないくらい、強く咲いてみせるよ」
ただ、目をひかれた。
名は体を表す。なるほど、そのようだ。
窓ガラス越しの街灯に照らされて、凛と咲く花のように笑う彼女。
それは、俺があまりにも阿呆だった頃の話。
限定歌鈴が出ました