魔剣物語外伝 語られざる物語   作:一般貧弱魔剣

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8(後編)

ハサンを雇ってから一月、彼は驚く程の成果を挙げていた。後手に回りがちであった裏工作に対する牽制に始まり、諜報活動を行う間者の特定や尾行、証拠の盗み出しなど多岐にわたった。普段は少女の姿で、給仕に紛れて周辺警護を陰ながら行っている。

 

(ここまでの逸材とは……)

 

どうしてこれ程の人物が自分に仕えてくれるのかは未だ謎だが、少なくとも表面上の関係は良好。指示にはよく従ってくれ、過不足なく成果を出している。時にはこちらの意図を読み解き、余計なことにならない程度の超過任務を果たすことさえある。

 

(まあ、未だにあの変幻自在さには驚かされるけど……)

 

彼曰く、自らの暗殺者としての手段を増やすために会得した秘術らしいが、骨格や性別までまるきり別の姿になり、百もの姿に分裂した時は流石に目眩がする思いだった。何をどうやればそんなことが実現できるのだと。

 

「分身使うとか反則でしょ、ほんとに暗殺者なの……」

 

万が一裏切られた場合、確実にハクノの命はない。それを嫌というほど理解させられたが、それでも現状はそういった素振りもないのがかえって不気味だった。

 

「戻りました」

 

「ご苦労様、防諜の強化は上手くいってる?」

 

「はい、多少粗は目立ちますが教育は十分かと」

 

「そう、"竜の住処は竜に訊け"と言うしそこら辺は貴方に任せる」

 

今日は、やや筋肉質ながらも細身の女性の姿だ。長い髪をポニーテールにして纏め、褐色の肢体は女豹を思わせる靭やかさだ。ハサンはハクノに仕えて以降は、基本この姿が多い。曰く、一緒にいる時は同じ女性としての姿のほうが何かと効率がいいためとのことだ。

 

「とりあえず、ガタガタだった裏関係の方は何とか形になってきた。これなら、本格的に帝国の暗部を切り崩せるかもしれない」

 

「それは構いませんが、増長することは避けるべきでしょう。裏仕事はそう甘くはない」

 

「分かってる、貴方のような者が潜んでいた以上警戒に越したことはない」

 

情報は武器だが、それに頼り切るのはいざという時に足元をすくわれかねない。実際に、ハサンという全く情報もなかった人物が現れたのだから。

 

「さて、次の任務を言い渡します」

 

「何なりと」

 

「……ここ一ヶ月で、貴方が害意を抱いている人物ではないと判断したうえで命じます。皇帝ネロ・クラディウスにこの書状を届けなさい」

 

 

 

 

 

「ぐああああああああああああああ!」

 

叫び、嗚咽、破壊音。部屋の中で聞こえるのはそんな雑音ばかりであった。場所は寝室、部屋の主はネロ・クラディウス。ヴォルラス帝国初代皇帝である。

 

「はぁ……はぁ……頭が、割れそうだ……」

 

ネロは、ここ最近深刻な頭痛に悩まされていた。初めは軽く、ただの体調不良だと無視した。しかし日に日にそれは強さを増し、ついには暴れ狂うほどにズキズキとした痛みとなった。

 

「嫌だ、余はそんなことをしたくない! やめてくれ、やめろおおおおおおお!」

 

頭のなかに響く不気味な声。殺せ殺せと語りかける、怨嗟の声。怨嗟の声が望むのは、いつも一人の少女だ。

 

「ぐ、がぁ……おぇ……」

 

吐き気がこみ上げ、蹲る。ここ数日ろくな食事もしていないせいか、吐瀉物さえ出てこない。代わりに胃酸がせり上がり、喉を焼いて咽る。普段の公務で抑えている分、一人きりになった途端その反動も大きくなっていく。それが、たまらなく怖かった。

 

「は、はは……これが、力を求めた者の末路ということか……」

 

自らの醜悪さを自嘲し、ネロは力なく笑う。狂い始めたのは、祖王の伝説を頼りに見出した剣を手に入れてから。最初はその力で未開地を切り開き、竜殺しの名誉さえ手に入れた。しかし、次第に剣の囁きに惑わされ周辺国家へと侵略をするようになった。

 

「所詮、余は祖王に習うことはできても祖王の後塵すら拝せぬ愚物であったのだな……」

 

自信家で、輝きに満ち溢れていたはずの彼女はいまや、ボロ布のように心をすり減らしていた。彼女は祖王の封じていた剣を暴き出したことにより、封じられていた悪霊に取り憑かれたのだと思い込んでいた。

 

「失礼、ネロ・クラディウス様に届け物です」

 

「っ、誰だ!?」

 

突然の声。しかしそれはありえないはずのこと、ネロは自身のこの惨状を誰にも見られまいと公務以外では人を近づけさせていないのだから。扉の前にいたのは、小柄な姿をした褐色肌の少女であった。

 

「余は誰も近づけるなと命じておる……貴様は何者だ」

 

「そう警戒しないでください、私は貴女の友人から手紙を渡しに来ただけです」

 

そう言って、彼女はネロへと近づき一通の手紙を差し出した。差出人の名前は、ハクノである。

 

「ハクノの使いの者か……?」

 

「無闇な詮索はお断り願います、雇い主を詮索されるのは職業柄忌避しております故」

 

そう言って手渡された手紙を、ネロはじっと見つめる。ここ最近は満足に話をすることさえできていない彼女は、親友との対話に餓えていたと言っていいだろう。魔法式が埋め込まれているかもしれないというのに警戒すら忘れ手紙を開き、その内容に目を通した。

 

「ハクノ……」

 

書かれていたのは、ネロに会えないことへの寂しさや身を案じる言葉ばかり。その言葉の一つ一つが彼女の心に染み渡っていく。気づけば、ネロはボロボロと涙を流していた。

 

「うう、うううう……ひっぐ……ぐす……」

 

声を押し殺し、泣くまいと口元を引き結ぶ。それでも、涙は止まってくれない。最後には崩れ落ち、手紙を握りしめたまま彼女は泣き続けた。

 

「すまぬ、みっともない姿を見せたな……」

 

「気にしてはおりません」

 

落ち着いた所作、そして薄弱な気配。そして何より警護の厚いネロの寝室へ忍び込む力量。どれをとっても並のものではないとネロは感じていた。信用できる相手ではないが、ハクノの使いである以上無碍な態度をとるわけにもいかない。

 

それに、手紙を渡すという任務を果たしてもなおここにいるということは、返事の手紙を受け取るのを待っているのだろうと察した。

 

「……暫し待て、返事の手紙を書く故」

 

そう言ってネロは机に向かうと、羽ペンとインク瓶を取り出し手紙を書き始める。ほんの五分ほどで、彼女はそれを仕上げると丁寧に折りたたんで封をした。

 

「これを、ハクノに届けてほしい」

 

「……承りました」

 

 

 

 

 

「どういうこと、ネロ……!」

 

ハサンより渡された手紙に、ハクノは怒りをにじませてた。内容は大雑把に言えば、もうプライベートで関わるなというものだ。自分は悪霊に憑かれ、どうしようもなくなってしまったと。

 

(予想以上に深刻になってる……錯乱状態かもしれない)

 

彼女の手紙から分析し、ネロが精神的に相当疲弊していると判断した。このままでは、ネロの心は押し潰れてしまう。ただでさえネロの方針を快く思っていない輩と、更なる帝国領土の拡大を求める者共とで対立が激しいのだ。ネロをなんとかしなければ、帝国は分裂してしまいかねない。

 

「ハサン、貴方から見て彼女の様子はどうだった?」

 

「相当参っていましたね、重い頭痛に耐えるかのように頭を振り乱して叫んでおりました」

 

「そう、やはり病気によって精神的疲労による幻覚を見てると考えるべきか……」

 

以前診断した医者からは、特に肉体的異常は見受けられないと言われたため呪いの線も疑ったが、それらしい痕跡は見つからなかった。そもそも、祖王の剣を持つ彼女に呪いが通じるとは思えない。

 

「……最悪、彼女を強制的に退位させる必要さえあるか」

 

「それは難しいのではありませんか? あの剣を有している以上強硬策など通じないでしょう。ある程度のお膳立ては必要かと」

 

「そうね、問題は……待ちなさい、貴方はあの剣の力を知っているの?」

 

祖王の剣については、別段彼が知っていてもおかしくはなかった。どんな場所にでも忍び込める規格外なのだ、それぐらいの情報は持っていても不思議ではない。

 

しかし、剣の威力を知っているのは前線にいる兵士たちぐらいだが、暗殺者がわざわざ戦場に出る理由がない。王都にも情報は上がってきてはいるだろうが、その力を正確に知っている者は、ネロとハクノ以外にはいないはずだった。

 

「貴方……あの剣について何か知っているでしょう……!」

 

「……何のことでしょうか」

 

「言いなさい、貴方は何を知っている……!」

 

「……聡いお方だ、本当に」

 

彼女の問いただすような目に、ハサンはこれ以上隠し立ては不可能であると判断した。

 

「……仕方ない、か。今更貴方から離れるわけにはいかない。お話ししましょう、例の剣について。そして我が果たすべき『大命』について」

 

そして、語られたのは歴史に葬られた闇の事実。『聖王』アルトリア・ペンドラゴンが所有した剣は、かつて全ての元凶たるニコル・ボーラスによって生み出された魔剣であり、持つものに強大な力を与えるが、その運命を狂わせる魔性の剣であること。アルトリアはその剣が悪用されることを恐れて封印を施したこと。

 

そして、彼の『大命』とは暴かれた魔剣を再び封じること。『大いなる厄災』とは、魔剣によって大陸中が火の海になることだったのだ。下手をすれば、大陸そのものが消滅する可能性すらあるという。

 

「最初は皇帝を暗殺して成すことも考えましたが、それは取りやめました。今の帝国は、あまりにも巨大になりすぎた。帝国が瓦解すれば、共通的としてある程度協調していた国家間でも争いが発生しうる。大陸中を巻き込む大戦争など、私は望んではおりません故」

 

剣を盗み出すことも考えたらしいが、さすがに魔剣そのものが持つ魔性に危険を感じてやめたらしい。そうなれば、あとは間接的に何とかする他なかった。

 

「それで、私に近づいたわけか」

 

「ええ。従姉妹であり国家を纏められるだけの力を有する貴女であれば、狂乱したネロ帝を廃して新たに帝位に就くだろうと考えて」

 

剣を捨てさせようにも、この国を富ませた剣を再度封じるなど頷かれるはずがなかった。まして、彼は実力は買われても信用はされない立場であり聞き入れられるはずがない。ネロは既に魔剣の呪いに蝕まれ、魔剣を捨てることなどできないだろう。

 

だから、ネロ帝が限界を迎え廃されてから魔剣の真実を明かし、封じるよう誘導するつもりだったのだ。ネロに悲劇を齎した剣となったならば、彼女は頷くだろうと考えて。

 

「そのために、ネロが苦しんでいる原因を知っていながら話さなかったの!?」

 

「全ては魔剣を再び封じるため。あの剣は大陸そのものに厄災を招く」

 

確かに、彼の言うことが本当であるならばとんでもないことになるだろう。しかし、ネロはハクノにとって無二の親友であり血を分けた家族なのだ。それを、見殺しにさせるように誘導されていたなど怒りに震えるのは当然であった。

 

「どこへ行かれる」

 

「ネロのところに行く!」

 

「無駄な真似はやめなされ、行けば殺されます」

 

魔剣は未だ、真の力を開放してはいない。魔剣を完全に開放するためには、所有者の最も親しき者を三人殺す必要があるからだ。そして、ハクノはその条件にピタリと当てはまる。魔剣に蝕まれたネロは、間違いなくハクノを殺しに来るだろう。

 

「いいえ、それだけは聞けない。たとえ殺されるとしても、私はネロを助けたい」

 

「……既に彼女は限界に近いと言ったはず。助かるなど万に一つもない」

 

「それでも、たとえそれが億千万の彼方でも……私は諦めない」

 

彼女の決意は固く、そして諦めさえ踏破するといった顔であった。それを見て、ハサンは小さく息を吐き出した。

 

「……決意を曲げる気はないのですね。分かりました、貴方が行かれるというのであれば私も同行しましょう。今、貴方に死なれては困る」

 

 

 

 

 

ネロのいる宮殿の寝室へと向かった二人。そこには、目を背けたくなるほどの惨状が広がっていた。警備の兵は皆体を分かたれて絶命しており、侍女は柱の影で縮こまって怯えていた。

 

「これは一体……」

 

「……推測ですが、主人(マスター)の手紙で心の箍が緩んだのかもしれませぬ。抑えがきかなくなったと言うべきか」

 

「そんな……」

 

彼女を励ますために送った手紙が、彼女の狂気を悪化させてしまうなど考えてもみなかった。ハサンも、このタイミングで暴走に陥るなど予測できなかったのだ。

 

「……! ネロっ!」

 

「うううううううがあああああああああああああああああああ!」

 

奥から現れたのは、返り血で真っ赤に染まったネロ。完全に狂乱状態であり、まるで獣のような咆哮をあげている。ハサンはハクノを庇うように前に出て、暗器を構える。

 

「ぐがあああああああああああああああ!」

 

「チッ!」

 

襲いかかる赤い暴風に、ハサンはハクノを抱えて即座に飛び退く。振り下ろされた魔剣は空振り、地面をその圧倒的暴威で陥没させた。

 

「ネロ、正気に戻って!」

 

「……恐らく、声はもう届きますまい。魔剣に飲まれる寸前です」

 

「いいえ、まだ……まだ彼女は戻れる、戻してみせる……!」

 

ネロの再度の攻撃を、今度は壁を走りながら天井を蹴り、彼女を飛び越える。轟音が響き、壁が崩れ落ちた。それに連鎖するように、天井も崩れ去る。

 

「マズイですね、退路が塞がれた」

 

「どちらにせよ、彼女を何とかしなければいけないのだから同じこと……!」

 

「そうなりますか……『妄想幻像(ザバーニーヤ)』!」

 

こうなればもう、戦うほかないとハサンは判断した。幾人もの姿に分身、いや分裂(・・)して対峙する。これこそが、彼の変身能力の正体。百の魂を体内に宿し、それを肉体を依代に顕現させる理外の魔術。魂を分割化して維持するという、反則的な能力であった。

 

「暗殺者が真っ向勝負など愚の骨頂だが……我が妙技、とくと味わうがいい!」

 

一斉に襲いかかるハサン達。その連携は凄まじく、フェイントをかけながら背後を突き、あるいは羽交い締めにして打撃を加えた。何せ、全てが他人であっても自分なのだ。目配せして互いの意思疎通を取る必要すらない。

 

「ぐうっ!?」

 

「が、ああああああああ!」

 

それでも、暴走状態のネロは強大だ。分身体の何人かはその余波で吹き飛ばされ、消滅する。徐々に、ネロの力がハサン達を上回り始めていた。

 

(何か……何か方法は……!)

 

ハクノは現状を打破する方法を必死になって考えた。そして、一つだけ思い当たるものがあった。それは、ネロが暴走するに至った原因。彼女の心が緩んだ理由。だが、それはただの希望的観測。実行するとなれば命を懸けるしかない。

 

(それぐらい、なんだ……!)

 

親友さえも助けられずに、命を惜しみたくなどない。意を決した彼女は、荒れ狂うネロへと一歩ずつ近づいていく。

 

「主人よ、危険だ! ぐぁっ!?」

 

ネロを押さえ込んでいたハサンが吹き飛ばされる。もう、ネロとハクノの間に遮るものはない。

 

「っ、ネロ!」

 

「ぐ、ぐ、ぎあああああああああああああああ!」

 

ハクノは、ネロへと呼びかける。それに呼応するかのように、ネロは彼女の元へと一目散にかけていく。

 

「逃げろ! 殺されるぞ!」

 

「逃げない、私は親友から逃げたりするもんか!」

 

ネロは剣を刺突するために構え、勢いよくそれを振り抜き。

 

「…………!」

 

「なんと……!」

 

彼女の髪を撫ぜるだけで、その横顔を通り過ぎた。

 

「ネロ……ごめん……貴女一人に無理させて……」

 

ハクノはネロの背中に手を回し、ぎゅっと抱き寄せた。すると、ネロは彼女へと体を預けて体から力を抜いた。

 

「ハクノ……ありがとう……」

 

「っ! ネロ、意識が……!?」

 

先程までの狂気の形相をした薔薇の皇帝ではなく、穏やかな顔をしネロがそこにはいた。

 

「ごめん、ごめんね……もっと早く、そばにいてあげられたら、もっと早く貴女の異変の原因に気づけていたら……!」

 

「何を言う……そなたは余を助けてくれたではないか……それだけで、十分だ……。余が、この剣を持ち出さなければよかったのだ……」

 

互いに涙を流し、謝り合う。お互いの心のなかで思っていたことを吐き出し合った。

 

(……美しき友情か……本当にあるものなのだな、こんな世界でも)

 

ハサンはそんな彼女たちの友情を見て、それを美しいものだと感じていた。これほどまでに、心を揺さぶられるものなど生涯になかった。

 

だが、そんな儚くも美しき少女らを魔剣はいとも容易く引き裂く。

 

「う、ぐ……!」

 

「ネロ? どうした……きゃっ!?」

 

ネロに突き飛ばされ、尻餅をつく。見れば、ネロは頭を抱えてフラフラと立ち上がる。その手には、やはり魔剣があった。

 

「ハク、ノ……私を、殺して、くれ……!」

 

「そんなこと……!」

 

「頼む……余が、余でなくなる前に……!」

 

吐き出すような言葉に、ハクノは悲壮の表情を浮かべた。もう、彼女が持たないことを悟ってしまったのだ。もう次は、彼女の人格が戻るかすら分からない。

 

「はや、く……」

 

祈るような、縋るようなネロの願いを、ハクノは無碍にできなかった。諦めたくなかった、失いたくなかった。だが、それで彼女を怪物にするのは嫌だった。

 

「……ハサン」

 

「承知」

 

ハサンはハクノの命を受諾し、ネロの心の臓へ暗器を突き立てた。急激に体に力が入らなくなり、ネロは仰向けに倒れる。

 

「大義、で、ある……感謝、を……」

 

「……御身に敬意を。貴殿の友情、確かに見届けました」

 

「は、はは……愚か者、の、余にも……一つだけ成し遂げ、られた、か……余は……最後まで、友だけ、は……斬ら、なか……た……ぞ……」

 

そう言って笑いながら、彼女は事切れた。後に残ったのは、少女の啜り泣く声が響くのみであった。

 

 

 

 

 

「……これから大変になるわ」

 

「でしょうな、政情は大きく変わることでしょう」

 

ネロの国葬が終わって数日。執務室で、机越しにハサンと向かい合う。

 

「魔剣は封じ、最早誰も手にすることはないわ。あれは、暴かれてはならないものだから」

 

「数年もすれば、あれを知るものはいなくなりましょう」

 

魔剣は再度封印され、信頼できるものの一族へ監視役を任せた。魔剣についての世間の記憶が風化しても、彼らがいればそれを暴こうとする者を取り締まることができるだろう。

 

「彼女の子は、無事送り届けた?」

 

「無論、傷の一つもなく送り届けました」

 

ネロが亡くなった以上、血縁として次の皇帝になるのはハクノだ。ネロの子はまだ幼い上、狂乱した彼女の子では反発も強い。幸いにも、彼女の子はまだ世間にはお披露目される前。これ以上彼女の血縁に悲劇を強いることはしたくないと、ハクノは密かに吸血鬼の治める国であるナイトロードへ送り届けた。

 

だが、問題はまだまだ山積みである。

 

「……彼女の愛した国を盤石にするために、私はどんなことでもする。彼女の死を、絶対に無駄にはさせない」

 

「何なりとお命じを。我らは一蓮托生の身です故」

 

「ええ、貴方と私は共犯者。とことんまで付き合ってもらうから」

 

 

 

 

 

ヴォルラス帝国は、ネロ帝没後にその従姉妹であるハクノが第二代皇帝へと就く。先帝とは異なり、その内政的な手腕が評され堅実帝と呼ばれるようになった。特に、ヴォルラス帝国を問題なく運用するために作り上げた政治システムは当時から革命的とされた。

 

「無事、再封印は果たされました。『森の王』よ」

 

『……忠勤、大義也。約定通り、褒美を言うがよい』

 

しかし、彼女の治世には謎が多い。政治システムの構築に関して、当時彼女に反発していた者は多数おり、それが実現するには少なくとも五十年はかかると言われていたのだが、彼女はそれをわずか十年も経たずに成し遂げた。それは、彼女の障害となる人物らが病死したり、急に賛意を示すなどあったためだ。

 

「暇を頂きたく」

 

『ほぅ……?』

 

「今の主人に仕えるため、森を去ることを許していただきたい」

 

彼女がそれらに対して根回しを上手く行ったゆえだというのが通説だが、一つ与太話じみた伝説がある。それは、当時の裏社会で最も恐れられた暗殺者が、彼女の片腕となって政治家らを脅していたという話だ。というのも、その暗殺者が暗躍していた時期が堅実帝の治世の時期とピタリと当てはまるからだ。

 

『情が湧いたか?』

 

「そうでもあり、そうでもありませぬ。情はあります、しかし何よりその眩さに惹かれました」

 

『数十年、森の暗闇を好んだ貴様がか?』

 

「闇に生きる故、かもしれませぬな」

 

『……往くがいい、ハサン。『森の翁』よ』

 

これは偶然なのか、或いは裏付けなのか。後世の歴史家の間で議論は絶えない。




武勇:97
魔力:62
統率:89
政治:88
財力:27
天運:82
年齢:564(94×06)

時間軸:魔剣物語本編から100年以上前、或いは平行世界

人物背景:ハサン・サッバーハ、通称『百貌』のハサンとして堅実帝の時代に裏社会で恐れられた。様々な姿に変身でき裏仕事をやらせれば超一流の暗殺者。その正体は、エルフの伝説にある古き森に住むエルフであり、森の王に仕えた『森の翁』。しかしハクノの輝きを見て、彼女の行く末をみてみたいと思い森を出た。ハクノが政治を掌握するために重用し、その最後を看取った後は何処かへと消えた。

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