魔剣物語外伝 語られざる物語 作:一般貧弱魔剣
「ははははは! できたぞ、ついに完成だ!」
薄暗い部屋の中。男の狂喜する声が響いていた。実際、彼は狂っていたのだろう。その目は爛々と輝き、笑みを浮かべる顔は歪んでいる。両手にはボロボロになった包帯が巻かれ、指の一部が欠損していた。爪でかきむしったのか、頬には無数の引っかき傷がある。
彼の目の前にあるのは、円筒状の巨大なガラス試験管。中に入っているのは、緑色の発光する液体と、それ以外の
「これで、これで全てが終わるのだ! 世界は変革される! やったぞ!」
男が、手元にあるレバーを引いた。試験管から液体が排出されてゆき、中に入っていたものが顕となってゆく。中にいたのは、何本ものチューブでつながれた一人の少女。
「さあ、誕生のときだ! 新たな担い手よ!」
男が機械を操作し、ガラス管がゆっくりと上ってゆく。つながれていたチューブが外され、少女は生まれたままの姿で静止している。男は機械の操作をやめると、彼女の前へと立った。布に包まれた何かを携えて。
「おはよう。目覚めはどうかね、A-666」
それは、彼女の名前ではなく識別番号。おびたただしいまでの繰り返しの証明であり、ともすればこの男が気にもとめなかったかもしれないもの。だが、彼女はそうならなかった。
彼女は男の言葉に反応して、ゆっくりとその瞼を開いた。
「…………」
「調整は十分に行った、君は間違いなく私の最高傑作となるだろう。さあ、受け取り給え」
そして、彼の手にあった何かがその姿を露わにする。包まれた布が取り払われた先にあったのは、一本の剣。それが薄暗い部屋の中で、僅かな明かりを鈍く反射していた。
「私が用意しうる中で最高の業物だ。君の
彼女は黙したまま、その剣を受け取った。
「だがそれは君が担うべき本当の剣ではない」
「…………」
「君が手にするべきものは別にある。そして君こそが担うべきなのだ、あの『魔剣』を」
それは、世界を幾度となく荒廃させてきた災厄。千年の憎悪を繰り返す最悪。十二もの魔王を生み出してきた魔性の剣。彼が指す『魔剣』、人の世の桎梏たる代物だ。
「さあ、君に名を授けよう。魔剣を担うに相応しい君の名前を。あの聖王アルトリアすらも成し得なかった、魔剣を人の手より永遠に奪い去る者よ! 君こそは始まりとなった聖王を継ぐ者にして、終わりを担うアルトリア・ペンドラゴン! アルトリア・オルタだ!」
「ああ、感謝する。そして……」
――死ぬがいい。
「ガッ!?」
一瞬。男の腹部に赤い染みが広がっていく。そしてそこには、彼が手渡した剣が深々と突き刺さっている。
「私に例外はない。人間よ、その生命を以て私へ言葉を投げかけた対価とするがいい」
「は、ははは……! それ、で、いい……君は、間違い、なく……しめ、い……を……」
ズルリと、剣が引き抜かれる。男はそれでも笑みを浮かべたまま、ゆっくりと地べたへ倒れ伏し、その体温を失っていった。
「心配せずともいい。私は使命を全うしよう、それが私の生まれいでた理由なのだから」
黒を基調としたドレスアーマーを着込んだアルトリア・オルタは、部屋の中に積み上がっていた書類に目を通す。書かれていたのは、魔剣に関する考察や解釈。あるいはアルトリア・オルタが生み出される元となった研究の実験結果や経過観察、各種データ。この研究室の主である男が書き残した資料であった。
「ふむ……」
ペラリ、とページを捲りながら資料を流し読みしていく。彼女はつい先程生まれたばかりであるが、その書かれている内容について正しく理解し、読み進めていく。
『魔王が誕生して既に900年、未だかの魔剣が破壊される目処は立っていない。いや、厳密にはその研究自体は進んでいると言っていい。恐らく、私の研究の一部が盟友『赤薔薇』によって活かされるはずだ』
(なるほど、彼奴は当初魔剣を破壊することを試みていたわけか)
『願わくば、魔剣が破壊され、友がようやく眠りにつくことができることを祈りたい。
だが、万が一ということもある。故に私は、もう一つ別の対抗策を構築することにする』
記されていたのは、膨大な数の魔剣の処遇に対するアプローチと、それらを廃案とすることを決定する旨が書かれたもの。そして、最終的に彼が選択したのは、魔剣を手にしてなお何者の手にも渡さない新たな魔王を造り上げることだった。
『魔剣は人の手に渡ってはならない。あれはあらゆる者を魅了し惹きつけ、その力を振るわせようとする。最早、人の手に負えるものではない。ならば人ならざるもの、心なきものに持たせる必要がある。それも、何者にも属さない抑止力として』
(だろうな。私の記憶の限りでは、あの剣を手にしてなお理性的であったのは聖王か、或いは二代目魔王ぐらいだろう)
彼女には知識があった。それは彼女を生み出した男が、そういった記憶を予め植え付けていたからだ。彼女が資料に目を通しているのは、実は知識を得るためではない。自分に植え付けられた記憶に齟齬がないかの確認をするためであった。
『幸い、素材にはうってつけのものがある。友には黙っていたが、研究のためこっそりと手に入れた"邪竜の骸"だ。量は少ないが、培養することは可能だろう。そして偶然にも、かの聖王に連なる者の細胞組織が混ざっていることが分かった』
(魔王が生み出した邪竜の死骸を、密かに回収していたわけか。成る程、私を製造する際にどうやって手に入れたのかは知らなかったが、そういうことか)
彼女は再び記憶をたどる。歴代の魔王の中には、魔剣の力を使って邪竜を生み出すという者もいた。数は少ないが、英雄級でも手こずるそれを使役し、人を狩っていたという。その魔王は『赤薔薇』によって打倒され、骸は消失したらしい。
だが、この研究者の男はその骸を密かに手に入れ、保存していたようだ。そして、自分を作成するための材料に用いた。
『邪竜の細胞を素体とし、人型のクローンを生み出す。うまくいけば、強大な力を持った人ならざるクローンが生み出せるはずだ。しかし、それでは普通のクローンより強いものを生み出すだけにすぎない』
故に、彼はクローンへと魔剣に関する知識を植え付ける学習装置を完成させた。それはまた、あるものも植え付けるための装置であった。それは、クローンの倫理観である。
『情はいらない、愛もいらない。憎悪も、悲哀も、悦楽も、憐憫も、善意悪意も、全ていらない。それらは尊ばれるべきものであるが、それらによって魔剣は振るわれた。ならば、不要である』
(然り。魔剣を持つものはただの暴力装置でなければならない。自分から動き出す人間たちでは、魔剣は喜々として振るわれようと手を貸す。それを阻むならば、人の手より取り上げる他ない)
『ただし、取り上げた後も魔剣を奪おうとする馬鹿者が出るだろう。故に、魔剣を扱えるだけの強者であり、いかなる言葉にも惑わされぬものが必要だ』
魔剣は、使用者に強大な力を齎す。ただし、それが一般人かそこらでは英雄級で対処できる。そして、その英雄級が魔剣を手にしたのが魔王の大半である。魔王を目指すならば、力ある者であることは必須であった。
『目標は、伝説に謳われる聖王だ。彼女は唯一、魔剣を完璧に"制御"してみせた。大破壊を生み出した初代魔王や、100年の支配を実現した二代目魔王でさえ、完全にコントロールすることはできていないのだから』
一通り目を通し、これ以上得るものもないと判断した彼女は、資料に目を通すのをやめて本棚に収納されていた一冊の本へと手を伸ばす。
「これは、やつの日記か」
『ああ、私は馬鹿だ。ローズレッドへ二度と顔向けできないことをやらかそうとしている。人の倫理を超えたこの実験は、人類への裏切りと言っていいだろう。すまない、すまない』
ページの前半は、所々皺が寄っておりページがくっついているものもある。染みの跡から、水滴が落ちたことが原因のようだ。文字も書き出しと書き終わりで大分違い、書き殴るかのような末尾となっている。
『私は盟友に謝らねばなるまい、彼に黙って邪竜の骸を手に入れ、隠していたことを。ああ、私は地獄の底で串刺しにされるだろう。それを受け入れなければならないほどの罪過を、私はこれから犯す。だが、これは私がやらねばならない。あの魔剣による悲劇など、もう十分だ』
アルトリア・オルタは、それを瑣末なものとしてページをどんどんと捲っていく。大半がただの悔恨からくる懺悔であったが、一つだけ目を引くものがあった。
『一つ、懸念がある。あれは幾万幾億もの魂と憎悪を啜ってきた代物だ。それらが、その剣の内より爆ぜる可能性もあるのではないか。ならば、友が剣を破壊した時は……いや、それを実現させないためにも私の研究を完成させねばなるまい』
(魔剣より這い出すものか、どうでもいいことだな)
自分が所有することとなれば、その心配もない。悪戯に振るうこともなく、誰も手に入れられないものとなるのだから。そうして半分まで読み進めてきたところで、少しずつ内容に変化が見え始めた。
『A-291の廃棄を決定。あれは私に懐いた、装置の欠陥によるものとみて間違いない。半年という時間と素材が無駄になった。ただし、前回よりも出来はよかったため研究は順調に前進しているといえるだろう』
日記の後半は、別人に変わったかのような淡々とした文体。まるで対象を道具としてみているかのようだ。
『A-475の再調整、脳を多少弄る必要があるが候補としては残るだろう。A-411から続けてきたノウハウは生かされていると見ていい』
それは、彼自身を狂気へと堕とした実験の数々。大陸の片隅にある秘密の実験室で、彼は魔王に相応しいクローンを製造する研究をひたすらに続けた。100年にも及ぶそれは、善良な研究者であった男の精神をすり減らし、正気を違わせたのだ。
『この体も随分使い古した、面倒だが体を換えるとしよう。失敗作ではあるが、健康体であるA-538に乗り換えるとしよう。幸い、あれは男性体だ。拒否反応も少ないだろう』
研究を続けるため、生み出された研究対象の中から失敗作を用いて体を乗り換えていたようだ。恐らくは、これによって魂もすり減っていったのだろう。男の指先が欠けていたのは、魂の定着が上手くいかず腐敗して落ちたためだった。
『素晴らしい! A-642は私の求めていたスペックに極めて近い。更に細かい調整もかけて実験を繰り返せば、いずれは魔剣を手にするに相応しいものが出来上がる!』
それでも、彼は目標だけは見失わなかった。事実、ここにアルトリア・オルタは生まれている。
「さて、もういいか」
彼女という完成品がいる以上、この研究室は不要である。魔術を使って火を灯すと、それを資料の束へと投げた。火は瞬く間に燃え広がり、全てを焼き尽くさんと熱量を上げる。そのまま踵を返し、部屋を後にした。
「感じるな、魔剣の波長を」
外に出ると、彼女はある方向を見てそうつぶやいた。その先から感じるのは、自身から感じるものと同じ力。魔剣の放つものであった。どうやら、未だ魔剣は破壊されていないようだ。
(記憶の限りでは、『赤薔薇』は私を遥かに上回る戦闘能力を持っている。だが、それでも魔剣さえ手に入れてしまえば蹴散らすのは容易い)
彼女を構成しているのは、魔剣を操る魔王が生み出した邪竜の細胞だ。それらは元々魔剣の力によって誕生したもの。ある意味で、彼女は魔剣と本質を同じとしている。
(私と共鳴さえ起こしてしまえば、自然と魔剣は私の元へとやってくる。存在としては同位体のようなものだからな)
魔剣には無数の怨念や憎悪の染み付いた魂が封じられている。それらはこの100年を経て更に増えて活性化しており、あらゆる者を発狂させる呪詛を撒き散らしているようだ。最早、誰も振るうことができない災害のようなものとなっているらしい。
ならば、同位体であり邪悪な魂を持つアルトリア・オルタに惹かれるはずだ。魔剣は振るわれるためにこそ人を魅了し、持ち主から持ち主へと渡るのだから。
「聖剣とやらの残滓で辛うじて力を減じているようだが……」
どうやら、過去に製造された聖剣の力の残滓を使って力を削いでいるらしい。魔剣の近くから、本来であれば呪詛に耐えられるはずもない脆弱な者の魂を感じた。
「無駄なことを。いずれは食い破られるだけだろう、下らん延命処置だ」
そんな言葉を吐き捨てて、彼女は魔剣へと向かう。
(人間どもよ、待っていろ。私こそ、お前たちから魔剣を取り上げる者である)
日の光の中を歩く彼女の姿は、かつての聖王によく似ていた。