魔剣物語外伝 語られざる物語   作:一般貧弱魔剣

8 / 14
7

風邪が冷たさを増し始めた季節。ズェピアは本日もまた演劇の準備に勤しんでいた。

 

「カットだ。諸君、以前より格段によくなっていることが伺える。だがそれで満足はしないように。努々、精進を忘れるな」

 

「「「ありがとうございました!」」」

 

「最近は夜が更けるのも徐々にではあるが早くなり始めた。気をつけて帰ることだ」

 

セットを片付け、衣装室へと戻っていく劇団員達。ズェピアは一人、椅子へと腰掛けて脚本を眺める。

 

(彼女には感謝せねばならんな、より彩り豊かな作品へと昇華することができた)

 

先日出会った女性から聞いた話のお陰で、脚本はより素晴らしいものになったと彼は確信している。ともすれば、この作品こそが自分の舞台劇作品では最高傑作になりうるかもしれないと思うほどだ。

 

(しかし、急な脚本の訂正で劇団員達に迷惑をかけてしまったのは反省せねばなるまい)

 

急な変更にも関わらず、文句を言いつつも従ってくれた彼らには頭の下がる思いだ。公演が終わったら宴会でも開いてやるかと考える。

 

「そうなると、店を考えておかねばならないか」

 

ズェピアの劇団は王国でもトップクラスである。当然、志望者は数多くそれに比例して劇団員も増えていったためかなりの大所帯となっている。その全員が入れる店となると、必然大きな店になるのだが、大抵の場合そういった店は値が張ることが多い。

 

「……仕方ない、多少の出費は目を瞑るとしよう」

 

予算では賄えないだろうと踏んだ彼は、ポケットマネーから補填することを決めた。妻は元々あまり金銭には興味を持たない性格であるため自由にできるし、娘は既に学院で研究者として独立し、自分で稼ぎを得ているため問題ない。

 

「ああそうだ、以前予約していた書籍の支払いもあったな」

 

内容は聖王の時代に執り行われていた劇について考察するといったもので、シリーズの最新刊でもある。作者がかなり研究熱心な人物のようで、劇への応用の参考になると愛読してるのだ。

 

「兎角、芸術というものは金食い虫であることだ」

 

一つ、大きなため息が漏れた。

 

 

 

 

 

「公演まで半月を切ったが、予定には十分間に合うことだろう」

 

「そいつぁよかった。座長さんが売れれば、座長さん目当てでの客が増えるってもんよ」

 

「生憎だが、私がここを誰かに口外したことはない。私は静かに食事や酒を楽しみたいのでね。知っているのはここの従業員と先日のレディぐらいだろうさ」

 

「ちぇっ、もう少し売上に貢献してくれてもいいでしょうに」

 

「こうして店へ来て金を落としているのだ、それで我慢したまえ」

 

ショットグラスを傾けて、琥珀色の液体を流し込む。喉を通して胃へと滑り落ちたウイスキーが、カッと熱さを主張する。続けてチェイサー、酒の後に飲む冷水を一口含めばウイスキーの芳醇な香りが口の中に広がる。

 

「これは、随分といいものだね?」

 

「なんでも、ナイトロードから仕入れたもんらしいでさぁ。あそこは葡萄酒もいいが蒸留酒もいいものが揃ってるってんで、旅の商人から買い付けたんで」

 

「ほぅ……」

 

ハーフヴァンパイアである彼には縁深い代物である。ある種の感慨深さを、彼は感じていた。

 

「だが少々味が強いのと玄妙な複雑さ、そしてスモーキーさが厄介ではないかね? あわせるつまみが難しいと思うが」

 

「仰る通りで。ナッツだと味気ねぇし、ドライフルーツだと甘さが邪魔。かといってうち自慢の魚でもそのままだと味に負けちまう。だからこいつの出番といきやしょう」

 

彼がカウンター下の冷却魔道具から取り出したのは、大ぶりの川魚。それも、スモークされた代物だった。

 

「こいつでよりスモークさを味わうってのも乙なもんでしょう? ちょいと値は張りますがね」

 

「なんともバッドニュースだ、是非とも試してみたくなってしまったじゃないか店主」

 

「まいど。すぐに切り分けるんでお待ちを」

 

そんな風に穏やかな時間が過ぎていたその時。店のドアが開かれ、鈴の音が聞こえてくる。店主がいらっしゃいと挨拶をし、来客は暫し佇んだ後に、川魚の燻製を肴にウイスキーを楽しんでいたズェピアの左隣へと座る。

 

「なんにします?」

 

「……ワインを、少し甘めのものが欲しい。それから、チーズを使った料理はあるだろうか」

 

「へぇ、でしたらこちらがおすすめですが」

 

「なら、それを」

 

注文を受け、店主はワインのコルクを抜いてワイングラスへと注いだ。来客はそれを受け取り、香りを楽しんだあとに口へと運んだ。一連の動作が、非常に様になっていること。そしてそれがごく自然な動きであることを、観察していたズェピアは確信し、そして気づいた。まるで、この客の様子は王侯貴族のそれではないかと。

 

「……もしや、貴方は」

 

そう言いかけて、手が人差し指が立てられた状態で差し出された。どうやら、相手はあまり素性を言いふらされるようなことは避けたいらしい。ズェピアが無言で頷くと、相手の男は手を下げた。

 

(これはこれは……また随分と大物が)

 

青い髪に、黒いローブ。整った顔立ちは人形のよう。その顔に、彼は見覚えがあった。ただそれは、だいぶ昔のことであったため気づくのが遅れたのだ。

 

「本日は、どのような用件でこちらに?」

 

「ああ、あまり畏まらなくていい。今の私はお忍びなのでね、あまり肩肘張った物言いはしたくないんだ」

 

「承知したよ、『赤薔薇』殿」

 

夜の国と呼ばれ、ズェピアの故郷でもあるナイトロードを治める吸血鬼が、そこにいた。

 

 

 

 

 

「して、如何用でこちらへと参られたのかな?」

 

「ああ、仕事が一段落ついたところで、部下に無理やり連れ出されてしまってね……」

 

苦笑を浮かべながらそう話す彼は、どことなく覇気がなさ気であった。とても、十二英傑と謳われた一人とは思えないほどに。

 

「なんでも、部下に言わせれば貴方は働きすぎです、とのことなんだ」

 

「私には察せられないが、そう言われてしまったということはそうなのではないかね?」

 

「そう、なのかもしれないね。私はそうと思っていなかったんだが、部下の顔が鬼のような形相だったせいで、言い出せなかったよ」

 

そして彼の部下は、国内にいたら顔を知られているから気を抜くこともできないだろうと気を回し、お付の者を数人手配して彼を外交用の馬車に押し込んだらしい。

 

「……普通に外交問題ではないかね?」

 

「いや、それがどうもマテリアル王国への視察という仕事をいつの間にかでっち上げられていてね……一週間はこちらで過ごしても問題なくなってしまったんだ」

 

マテリアル王国側も、外交で彼がくることは既に了承していたらしい。有能な部下というのはとても助けになる得難いものだが、時として自分とは違った思惑で動くのだなと、ローズレッドはこの歳で学ぶこととなったのだった。

 

「ついでになんか趣味でも見つけてこい、なんてこともと言われてしまったよ」

 

(そういえば私が国内にいたときも、評価は真面目で優秀といった感じだったな)

 

昔から堅物気味であった彼は、それが変わることなく為政者となったらしい。

 

「……100年以上生きているというのに、趣味や色恋の一つもないのはさすがにどうかと私も思ってね。幸いマテリアル王国は娯楽にかけては有数の国でもあるし、色々と探してみてはいるんだが……」

 

「ふむ、成る程。赤薔薇殿はその人生に彩りを添えるものを探しているが、それを未だ見つけられていないというわけか」

 

「そうなるかな……ん、私の料理が来たか」

 

ローズレッドは一旦話を止めると、店主が運んできたチーズがたっぷりと載った小型のピザを受け取る。彼の上品な佇まいとは裏腹に、手で直接取って口へと運んだ。熱々でとろけるチーズとトマトソースの酸味、ガーリックとアンチョビのアクセントがなんともいえぬ味わいを口いっぱいに広げた。

 

(ああ、いいな。普段こういうのは食べられないから新鮮だ)

 

王という立場上、こうした酒場で供されるつまみなどは口にする機会がない。ならばあえてこういったものに楽しみを見出してみるのも面白いかもしれないと思い、この店へと入ったのだが。これは中々の当たりを引いたかもしれないと、ローズレッドは思った。

 

「この店は私もお気に入りでね、特に魚料理にかけてはこの街一番だと思っているよ」

 

「それは、残念だ。この料理でお腹がいっぱいになってしまったからね。次に来た時は是非頼んでみたいものだ。ああだが、この料理もまた味わいたいな……」

 

「ガッハッハ! そんなら今後もご贔屓にしてくれ。自慢のメニューはたっぷりあるんでな!」

 

 

 

 

 

「ところで、私に語らせるばかりで君が聞き手に徹するというのは、些か不公平ではないかい?」

 

「それはつまり、私の趣味について話して欲しいということかね?」

 

「ああ。参考までに聞かせてもらいたいんだ」

 

「ふむ、一理ある。ならば僭越ながら、私の趣味嗜好に関して少しお話しさせていただこう。これは私の過去も含めてのものであるから、少々話が長くなってしまうのはご愛嬌とさせていただきたい」

 

やや仰々しく、そして態とらしいまでの手振りを交えながら、彼はそう言った。

 

「あーあ知らね。座長さんはこうなると話がなげぇぞ」

 

店主がやや苦い顔をする。ズェピアは基本的に相手の話を聞きたがるが、自分の話は聞かれない限りはしない。それは、彼が情熱を注ぐものについて熱く語りすぎるからであった。普段は自重するのだが、強い酒が入ったせいで箍が外れたようだ。

 

「まず、今現在私が最も情熱を注いでいるのは舞台劇であり、そしてこれからも変わることのないだろうものだ。ただこれは、長い道のりの果てに手に入れたものでもあるのだ」

 

昔の彼は、今と違って情熱を燻らせていた。何かをやりたいはずなのに、そのやりたいことが分からない。それを察した母によって、彼は学院へと連れてこられた。ここであれば、見つけられるかもしれないと。彼は母の計らいを喜び、研究にのめり込んだ。様々な者を分析し、論理立て、解析せんとした。

 

「知らないことを知るのはとても快楽的で、とても魅力的だった。嗚呼、嗚呼。当時の私は研究という知らざるものへの狂気に取り憑かれていたと言ってもいい」

 

それなりの成果は出した、だがもっともっと深淵へと。智の研鑽は甘露であり蠱惑的、そしてそれに狂ったようにむしゃぶりつく様はまさしく狂人のそれ。

 

「そんな中、母が亡くなった。その時の私といったら、なんと女々しく情けない有様であっただろうか。滂沱の涙を流しその一滴までも枯らさんほどに泣き喚いた」

 

あれほど楽しかったはずの研究への情熱は失せ、残ったのは無機質な数字や文字の羅列のみ。

 

「これが私の遺すものなのかと思うと、酷い虚無感が私を襲った」

 

そうして1ヶ月、特に何かをすることもなく過ごした。さながら死人のようであったと、当時の研究者仲間から言われてしまったほどだ。

 

「そんなある日だった、見かねた友人が私をある場所へと連れて行ったのだ。そして出会ったのだよ、我が生涯を捧げようと誓ったものと」

 

友人に連れられて、彼は当時人気を博していた劇団へと足を運んだ。演目は、当時最も主流であった聖王の英雄譚を舞台劇としたものだ。

 

初めは、虚ろなガラス玉越しに眺めていただけだった。しかし徐々にそれは目で見て、肌で感じて、やがては繰り広げられる世界へとのめり込んでいった。

 

「それは衝撃であった。感動であった、白熱であった、運命であった! 鬼気迫る演者に滑らかなるシナリオ! 繰り広げられる世界はそれこそお伽噺の英雄譚、愛と勇気の物語!」

 

興奮のあまり立ち上がり、舞台上に立つ役者のように動きを交えながら興奮気味に、されど朗々と紡がれる言葉は真に迫り、引き込まれるかのよう。まるでその情景を思い浮かべる事ができそうなほどの熱量だった。

 

「目の前にあったのは本物の物語だった! 確かに私はこの目で伝説を見たのだ! 気づけば愉快痛快拍手喝采、虚無など荼毘に付していた!」

 

その日はあまりの衝撃と興奮で眠ることができなかった。それほど、劇が彼に与えたものは大きかったのだ。結局その日は一睡もできず、そのまま朝を迎えた。

 

「……私は劇を見た翌朝、何となしに学院の高い塔の上から朝日を眺めたんだ」

 

いつもと何も変わることなく登ってきた朝日を見て、しかし彼は初めて朝日に感想を抱いた。暗い夜の帳を上げる様はとてもワクワクした。今日はどんなことが起こるのか、どんな嬉しい出来事が、悲しい出来事が、平和な、意外な、様々な出来事が起こるのだろうと。

 

「そして思ったのだ、私もまたあの劇のように、そしてあの太陽のように。世界という舞台の幕をあげる者になりたいと!」

 

その時、ズェピアは感じたのだ。己の中で轟々と音を立てて燃え上がるものがあることを。そしてそれが、彼が失っていたはずの情熱であったことを。これこそが自分が求めていたものだったと。

 

「その後は、研究を放り出して劇作家として国を転々とし、最終的にはここへと流れ着いたというわけだ。これが、私が如何にして劇を愛するに至ったかの道程。ご清聴いただき感謝する」

 

恭しくお辞儀をし、話を締める。ようやく終わったか、と呆れ気味の店主が声をかけた。

 

「座長さんよ、俺の店をミュージカル舞台にしないでくだせぇ。塵や埃が飛ぶ」

 

店主の言葉で、軽くトリップしていたズェピアは現世へと意識を引き戻されたようだった。

 

「む、すまんな店主よ。長く情熱を燃やし尽くしてもなお、やはり劇や芝居には心血を注いでしまう」

 

「次から気をつけてくれよ。しかしまあ、王国でも大人気の劇団の座長が自分自身を演じた舞台なんて、こりゃ大層な贅沢ってもんだぜ」

 

そう言って豪快に笑う店主。それに釣られて、ローズレッドも口元に手を当て小さく笑った。ズェピアは席につき、店主が渡してくれた冷水で興奮を冷ます。

 

「まあ、長々と話してしまったがどこにでもあるような話だよ。私にとっては重大でも、聞き手にとっては退屈極まりないものだ」

 

「……いや、感謝するよ。君の熱演はぐっとくるものがあった」

 

「一助となれたのであれば、劇団員として冥利に尽きる」

 

「しかし劇か、母と幼いころに一度見たきりだったな……」

 

母に連れられて見に行ったその時は、初めて母と出かけたということもあって胸を高鳴らせたものだった。劇そのものの内容は覚えていなかったが、母が楽しそうにしていたという朧気な記憶は残っている。そして今のズェピアの熱弁は、ローズレッドに面白いという感情を抱かせた。

 

「……案外、私の血筋なのかもしれないな……」

 

「ほう、赤薔薇殿の血縁には演劇を好む方がおいでだったか」

 

「ああ、母がそうだった。そして母方の人に、とびきり派手好きで文化全般を好む人がいたと聞いているよ」

 

それは、ローズレッドだけが知る秘密の血筋。誰にも言うことはなく、きっと誰も知ることなく墓までもっていくだろうものだ。その原点たる人物は、芸術文化をこよなく愛していたと後世には伝えられており、とりわけ演劇には並々ならぬ情熱を注いでいたという。

 

「演劇に興味があるのならば、是非マテリアル王国のものを見て欲しい。この国の劇団はレベルが高い、きっと君を満足させることだろう」

 

「そうさせてもらおう。ああだが、そうなるといずれは君の率いる劇団へ伺うかもしれないな」

 

「よかろう、その時は最高の劇をご覧に入れることを約束しよう」

 

期待している、そう言い残して彼は店をあとにした。満月の夜を、月明かりに照らされながら夜の国の王は一人歩いてゆく。その顔は、どこか楽しみを待つ少年のようであった。




時間軸:魔剣物語リプレイ世界(?)より十年後、あるいは魔王ルートに入らなかった平行世界の十年後。

赤薔薇がネロの子孫なら娯楽文化を好んでもいいじゃない、という発想から飛躍した。あと、彼はヴァンパイアの血をもつが多分大蒜は平気だと思う(剪定事象)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。