やがて、裏切りという名の雨   作:ishigami

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 輝ける王を裏切り、心赴くがままに愛したがゆえに、行き着いたのは愛するひとの喪失だった。

 この身はとうに騎士ではない。騎士であるものか、こんな男が。
 円卓最強。誉れ高きは湖の騎士。称号に意味はない。誇りなど既にない。あまりにも無様だ、なんたる愚かさだ。この期に及んでも、あのひとを愛したことを微塵も悔いる気はないのだ。ただ男としてならばそれでよかった。しかし、騎士としては最悪だった。
 迂闊。未熟。無能。あゝ、なんと救いがたい。すべて我が身の不徳ゆえに、我が王の円卓は砕け散るのだ。
 裏切りに濁った(つるぎ)は、二度と光輝かぬ。あやまちにまみれ、罪に染まり尽くした我が身。けれど王は、罰さえも与えてはくれなかった。

 もはや、死を以って償うほかにない。罪を、贖えるものなど、他はとうに持たないのだから。唯一差し出せる、死を以って償うのだ。

 ――「くだらぬ」

 【魔女】が、わらいながら言った。

 ――「つまらぬな。興ざめである。輝ける星はやがて落ちる、これは道理。しかれども、騎士よ、お前は未だ堕ちたりぬ。その(つるぎ)を穢したお前が、この期に及んで潔く死を許されるとでも思っていたのか。そうでなくとも、死して、それで幕引きを図ろうなど、あまりにも……退屈だ」

 【魔女】は。

 ――「そうだ。よいことを思いついた」

 動けずにいる、愚かな男を見下ろして。

 いっそ優しげに。とても愉しげに。
 あまく囁くように。

「お前に呪いをかけてやろう」
 
 そう(・・)、告げたのだ――





















08 ある管理者の述懐1

 

 

 

 ◇

 

 

 

 勘。

 

 磔にした、レミリア・スカーレットへ降伏を勧告しようとしたそのとき。

 

 

 八雲紫のなかで、言い知れぬある予感が唐突に熾った。

 

 

 弾かれるようにして、視線を、薄暗い森の奥へと飛ばす。

 

 そこに、立っていた。

 

 ――男。

 

 若い、男だ。

 

 執事服の。菫のような紫色(しいろ)の髪が、闇夜に、たなびいている。

 

 輝いている――

 

 紫瞳と、

 

 

 目が(・・)合った(・・・)

 

 

 男の腕の、闇色(・・)が一挙に膨れ上がる。

 

 身の毛がよだつような悪寒が、した。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■―――」

 

 

 絞り出すような絶叫。

 

 飛び退いていた。寸で、爆撃のような衝撃。高々度から岩石を投射したような陥没痕(クレーター)が生まれ、黒土は裏ッ返り、破壊の威力を物語る砂塵が舞い上がった。

 

「どなた、かしら」

 

 扇子で払うように、風が、粉煙をさらう。距離は、充分に取ってあった。電柱で腹部を貫かれているレミリアの傍らに、今しがたこちらを害そうとした男と思しき、漆黒の甲冑を鎧った騎士が佇んでいる。

 

 本当に一瞬だった。瞬きほどの速度で、男はまるで虫の群集のような闇色に全身を呑み込まれると、次の瞬間には甲冑のかたちに凝固した闇色を鎧い、突撃してきたのだ。

 

 勘が働いていなければ。そう思うと、冷や汗が流れた。

 

 表情は読み取れない。正体を隠すように、バイザーが降りているのだ。

 

「■■■――」

 

 八雲紫は、あくまでも余裕の態度を崩さなかった。美しいかんばせに、多方から「胡散臭い」と言われる微笑みを浮かべているが、その裏側で、油断を抱くなど万が一にも有り得なかった。

 

 ……「幻想郷」を狙う「脅威」は、数多い。信仰や畏怖の力は高度な科学文明が席捲する世界から刻々と薄れ、いずれ消滅を余儀なくされる「幻想」たちの最後の楽園であるこの美しい「箱庭」は八雲紫にとっての「宝石箱」であり、彼女に賛同する者も多くいる一方、是非とも自分たちで牛耳って好き勝手したい狼藉者も決して少なくはない。

 

 そんな、魅力がふんだんに詰まった楽園の管理主を務める者が、まさか「弱者」でなどあるはずもなく――永い時を生き抜いてきた頭脳と、森羅万象を制しうる「スキマ」能力を併せ持った八雲紫は誰もが認めるであろう、紛れもなく最強の大妖怪の一人であった。その事実はいついかなる時も揺るがない。

 

 八雲紫は己の知識と経験を動員し、眼前の敵の情報を解剖しようとした。

 

 ――まず、あの闇色の正体。

 

 これ(・・)は、呪詛(・・)の集合である。いうなれば消しきれない返り血、刺青の如くこびりついた「臭気」であり、その「怨嗟」がかたちを得たものであった。

 

 だがそれだけではない(・・・・・・・・)。真に警戒すべきは「闇色」の中核、騎士の外皮(・・)ではなく内側(・・)から発せられている、怨嗟とはまた毛色の違った、(いな)それらとは次元が違いすぎる、あまりにもおぞましい「気配」のほうであった。

 

 八雲紫はその性質(・・)を概ね正しく理解し、最悪ね、とため息を吐きそうになる。賢者の頭脳ゆえ――あるいは比類なき魔法使いであったとある吸血鬼と同じように――八雲紫だからこそ、「外皮」に欺かれることなく稠密な闇の奥深くに埋め込まれている「悪意」に気がつくことができた。あくまで(おもて)の変化には出していなかったが。

 

 ――如何に呪術師を寄せ集めようと、これ(・・)は人ごときに掛けられる呪い(・・)ではない。

 

 これ(・・)は、目にした者の心を犯す瘴気(・・)だ。魂を汚染し、蝕み狂わす(・・・・・)ものだ。何千何万という「祟り」の凝縮、その集積体。ヒトガタを象った、破滅の嵐そのものであった。

 

 ただそこにいるだけで(・・・・・・・・・・)問答無用で周囲を狂わせてゆく――さながら神話における反転した女神の寵愛のように度を逸しているとびきりの厄災であった。邪悪であり、悪辣であり、醜悪そのものであり、八雲紫をして理解を拒否したくなるほどの、悪意に満ち〃た、只々おぞまし過ぎる何か(・・・・・・・・・)であった。

 

 ――こんなにもひどいものが、まだこの世にあっただなんて。

 

 唾を呑む音。自分のだった。八雲紫は久しく「嫌悪」を上回る「恐怖」を感じていた。永き時を歩む大妖怪である幻想郷の最上位たる自分でさえ、こう(・・)なのだ。そのことに気がつき、自己の「認識」と「精神」の「境界」を操作した。いつの間にか、調子を崩されている。対峙した傍から狂わされている。これほどなのか。

 

 人間は無論のこと。儚い存在のみならず、中堅と呼ばれる妖怪であっても見ただけで一瞬で染まってしまうだろう。

 

 ――近くに、ほかに妖怪がいないのが幸いね。 

 

 執事服。そして、こうなる直前に感じ取った気配(・・)。八雲紫の脳裏に、レミリアに寄り添う年老いた執事が浮かんだ。姿かたちは違う。だが、おそらくは同一人物。

 

 騎士は、動かなかった。少なくともレミリアを襲う様子はない。獲物しか視界に入っておらず、気づいていないということはないはずだった。あの「闇色」と「悪意」に呑まれながらも、主人に牙を剥かない程度の理性は残っているということなのか。

 

 狂乱せずに堪えている騎士も驚くべきものであったが、これほどの呪いをかけた存在とは如何なるものなのか。悪意を振り撒き、悦楽に肩を揺らす術者が透けて見えた。まともな存在であるはずがない。

 

 ――いえ、今は対処が優先ね。

 

 見極めようとしたとき、向こうもこちらを覗いているのだ。それで呑まれてしまっては賢者の名折れだった。

 

「ランス、と呼ばれていたわね」

 

 返答はない。代わりに、樹々が震えあがるほどの濃密な殺意。僅かに、腰を落とした。まるで引き絞られた弩砲(バリスタ)のように。視線は――バイザーの瞋恚の如く赤いラインがそうなのか――こちらに向けられたままだった。

 

 (かぐろ)い闇。

 呼気、挙動の一つからして、呪詛が含まれている。

 

「そう。意思の疎通はできないと」

 

 やはり、単純に狂っているわけではないと感じた。考えなしに飛び込むような真似はしない。

 

「醜い姿。見るに堪えませんわ」

 

 いずれにせよ、野放しにはできなかった。

 

「今すぐ」

 

 互いに――

 

「消えてくださらない?」

 

 

 跳んだ。

 

 

 八雲紫は、既に宙に踊り出ている。一足遅かった、地上から見上げている騎士を見据えながら、無数の妖力弾を一斉に展開した。

 

「■■■■■」

 

 空を飛ぶ人間も存在する(・・・・・・・・・・・)幻想郷だが、あの騎士がレミリアのように飛べるとは限らない。

 

 それでも、飛ばれると面倒だ。可能性を潰すべく、八雲紫は初手で蹂躙することにした。一撃で人が肉塊になる威力。手加減などするはずがない。一方的な殲滅――退路を埋め、活路を塞ぎ、身動きを取れなくしたところで、万全のとどめを抜かりなく刺す、定石にして正道――それこそが戦闘の理想形であるがゆえに。この場で滅ぼせるのならそうしておくべきだ、という直感もまた働いていた。

 

 煌々たる光が作り出す、巨大な影法師が地上に揺らめく。闇色が波打つと、騎士の手には装飾のない黒い(つるぎ)が握られていた。構えている。迎え撃つつもりなのか。八雲紫は嫣然と嘲笑した。亡者の怨念を結晶化したような無骨な剣。そんな剣で、雨霰を斬り抜けようというのか。

 

「なら、せいぜい踊って見せなさい」

 

 声を皮切りに、

 光が殺到する。

 

 

「■■■■――」

 

 

 爆砕。

 

 燦然と大地を破砕する流星群のなかで、躊躇いなく振るわれた剣。その剣筋は、おぞましい外見とは対照にあまりにも流麗であった。光の玉のことごとくを、

 

 斬り裂き、

 薙ぎ払い、ときに、

 打ち砕いてゆく――

 

 手練は、さぞや武勇ある「騎士」であることの証明であったが。

 

 一〇を斬ったところで、剣が折れた。よく保たせたほうだ、と八雲紫は冷淡に思う。思いながらも、殺到は止まぬ雨である。破片が霧状に溶け、騎士の影に吸い込まれるようにして消えた。その間にも闇色が蠢動し、姿勢は崩れず、次の瞬間には新たな剣が握られ、次なる鮮烈な煌めきを生んだ。そして数度振るうと、その剣もまた砕け散った。所詮は凡庸な剣でしかないのだ。

 

 しかし、

 

「………、」

 

 得物が尽きることはなかった。次々と壊れるが、代わる代わるに闇色は黒剣を作り出していった。剣のみならず、なかには槍や斧もあり、何時しか騎士は二振りの武具を巧みに操り、星々による波濤を敏捷に斬り伏せながら、疲れも見せず、爆心地で己の命を拾い続けている――

 

「埒が明きませんわね」

 

 ――それに、あの影(・・・)

 

 視線の先。光源に当てられながらも、のっぺり(・・・・)と色濃く揺れる、あの騎士の足元の、影は。

 

 ――嫌な予感がする。

 

 闇夜の見通せぬ水底(みなぞこ)のような、あの黒は。ただの「影」ではない。

 

「少し、趣向を変えましょう」

 

 八雲紫が背後に「スキマ」を開こうとした、その僅かな意識の遷移を突くように騎士の影が膨れ上がり、地面を塗り潰した。影というよりも煤のような色のさしずめ「沼」であり、そこから放たれるようにして、剣や槍が勢いよく飛び出す。騎士も二刀の剣を猛然と投擲しており、周囲の星々を斬り裂きながら、八雲紫を八つ裂きにせんと迫った。

 

 ――「【肆肆玖重血界陣(ししくじゅうけっかいじん)】」

 

 当然の如く、展開済みの呪術障壁がそれを防ぐも、この間隙(かんげき)に騎士は爆心地から離脱していた。しかも森へ逃げ込んだのではない、自らが斬り拓いた「通路」目掛けて、星の海へと跳躍したのだ。

 

 彼我の差を埋める凄まじい健脚、大跳躍。だが待ち受ける八雲紫の傍らには「スキマ」――一種の亜空間――が展開されており、赤い瞳が、滞空する騎士を覗いていた。

 

 女がわらう。「スキマ」から吐き出されたのは、巨大な人工物。人間の視界を覆い隠すほどの。

 

 三両連結、和製電車であった。

 

「■■■■」

 

 誰もが目を剥くであろう光景にも、しかし騎士は八雲紫が望むような取り乱しはせず、絶壁を駆け登るように素早く、落下する電車を足場に、更なる跳躍を果たした。

 

 そこへ、吸血鬼を仕留めた杭の如き灰色の柱が、放たれていた。

 

 二段構え。今度は足場はなく、騎士に避ける術はない。主人同様に杭によって縫い止められるのを、八雲紫は目と鼻の先で見るはずだった(・・・・・)

 

「な――!」

 

 驚愕を発したのは、八雲紫。

 

 騎士は。あろうことか高速で迫る電柱を鷲掴んで(・・・・)止め更に空中で跳び上がる(・・・・・・)と、黒々(・・)と塗り替えられた柱を薙ぎ払ったのだ。

 

 黒い(・・)火花。衝撃のあまり、障壁が軋み哭く。

 

 ()ッとした。眼前の「闇色」のおぞましさだけではない、障壁が瞬く間に「闇色」に侵され始めたからだ。

 

「離れなさい!」

 

 振り払うように妖力弾。

 

 騎士は仰け反って躱すと、一目散に距離を取ったこちらへ、曲芸のように電柱を蹴り飛ばした。

 

 何重にした球形防壁を、大鐘を突くようにして穿った電柱、――衝撃/振動――、回転しながら電車のあとを追って落下してゆくのを横目に、八雲紫は今度こそ重力に引かれて墜ちてゆくかに見えた騎士が、またもや宙を蹴って飛び上がり、上方から突撃してくるのを見た。

 

 直線軌道。「飛行」というよりも「跳躍」か。避けるのは容易い、はずだった。

 

「……っ、」

 

 なれど八雲紫の回避運動に合わせ、騎士の軌道がまたしても変化する。

 

 擦れ違う。躱した。そう思った刹那、死角から両刃の黒斧が叩きつけられた。速すぎる! 双頭蛇のように()から分かれた二つの刃による斬撃が、今さっき「黒濁」に侵食された箇所を切り裂き、食い込んで留まった。

 

 眩暈のするような「悪性」。

 「汚穢」が、流し込まれる。

 

「――!」

 

 これ(・・)を、近づけさせてはならない。泥のような悪寒に急かされ、迎撃を奔らせた。天にまで昇る極大の奔流。物体を塵へと還す暴威。

 

 しかし、そこにはいない。

 

 逃げられた。あまりの素早さに、再び位置を見失う。頭痛(・・)

 

 激突。

 

 衝撃は、背後からだった。障壁が、防いではいたが。震え上がる。なんなのよ、こいつ。なんだというのよ、いったい! 八雲紫は日傘を危うく落としかけ、背筋が強張り、頬の筋肉がひきつった。余裕の仮面も剥がれそうになる。

 

 口のなかで罵りながら、振り払った。それも当たらない。ならば、と今度は全方位に。動きを止めるための、妖力の鉄網を放った。頭痛(・・)

 

 けれど。それさえも、騎士は逃れていた。目ざとくも、干渉範囲の外へと跳んでいたのだ。簡単に斬り伏せられる。あの一瞬で、効果範囲を見切ったのか。

 

 舌打ち、(いいえ)、品のない行為はしない。せいぜいが心のなかで喚くだけだ。敵の、憎たらしいほどの鮮やかな一撃離脱。

 

 ――本当にそう?

 

 疑念が湧いた。頭痛(・・)。不快な変調。一つの可能性。

 

 ――今の一瞬で、こちらの目測が狂わされたのだとしたら?

 

 熟考の暇はなく、止まってもいられない。頭痛(・・)――鬱陶しい! 「肉体」と「感情」の「境界」を操作する。しかし頭痛(・・)は治まらない。不快感は、少しはマシ(・・)になったかもしれないが。

 

 ――「【恋縋る(あぶく)の残滓】」

 

 追尾する妖力弾を放つ。威力はほとんどなく、ただし確実に当てるため数だけは多い、そして素早い。

 

 躱されても追い続ける。翻った騎士が一刀を振るうと、光の群集はたちまち黒く染まり、弾け飛んだ。

 

 触れたはずだ。重力泡はあらゆる物体にへばり付くと対象にかかる重力を増大させ、翼ある躰であっても飛ぶことをままならなくさせる。ほんの少し掠めただけでも、ひとたび(とら)えてしまえば、動きを鈍らせることができるはずだった。

 

 だが、騎士の動きに変化はない。

 

 ――効いていない?

 

 耐性があるということか。搦め手は通じないと考えるべき? 時間をかけるのは悪手だ、泥沼に引きずり込まれる。

 

 ――最悪を想定。

 

 空中を踏みつけ(・・・・)、剣尖を突き下ろす騎士が降ってくる。「泡」の残滓が付着するのも気にした様子はない、望んだ変化も。やはり厄介だった。そして「闇色」に対する悪寒。頭痛(・・)。先程と同じように障壁で直接防ぐのは下策だった。

 

「――【笑い童子】、【泣き雪鉄(しろがね)】!」

 

 眼前に、騎士。

 

 振り下ろされる刹那、障壁の外側に出現した赤黒い「斧」が間に合い、(のこぎり)のような巨剣を受け止めていた。

 

 空気が、「斧」の刃から発せられた雷撃と獣のような咆哮に震える。「斧」の反対側に召喚された、凍えるほどに白い抜き身の「刀」が瞬く間に「斧」の隣へ転移し、巨剣に突くようにして触れた。

 

 巨剣は一瞬で氷のように粉々に砕け、同時に騎士の躰が吹き飛んでゆく。

 

 距離が開いた。――頭痛(・・)――、この機会を見逃すわけにはいかない。

 

 声ならぬ罵倒をしながら、急上昇する。騎士もそれに合わせ即座に復帰、追いかけてきた。やはり飛べるのか。下から上へ。だがこの位置は、いわば一本道だった。今もってこの瞬間だけは、騎士を見失うことはない。

 

 振り向きざま、指で線をなぞるように、「スキマ」を奔らせた。確信とともに。怒りと、懼れを込めて。騎士の鎧へ。

 

 斜めに。

 

 上から下へ、

 躰を――

 

 切り裂いた。

 

 

「―――」

 

 赤黒いものが、噴き毀れる。

 

 吸血鬼レミリアと同じように。闇色の騎士は、続く八雲紫の逆袈裟の指先と連動する現象により、鉄斧で枝木を割るが如く易しく、四つの塊に分割されていた。

 

 極めて物理的に、しかし対象を構成する鎧や筋肉や骨といった切断時の摩擦抵抗も無く、すっぱりと分子間の結合を断ち切られた四分割の醜悪な肉塊は、宙へと放り出され――その身に刻まれたのは、如何に「古き血脈」の眷属であろうとも癒すことのできない傷であり、疑いようもない重大で即死性に満ちた致命的な損傷であり――

 

 で、あればこそ。

 

 そう確信していた、八雲紫は。

 

「……!?」

 

 容易く癒せぬはずの切断面(・・・)から「闇色」が溶岩の勢いで顔を覗かせ、瞬く間に断ち切られたはずの肉塊がそれぞれを求め合うかの如く間欠泉のように呑み込み合うと、元の姿かたちの、――あゝその黒、その蠢きの、何たるおぞましさ、なんて筆舌に尽くしがたい――、五体満足の、粘性の乾いた一瞬間前と同じかたちの騎士が、一瞬間前の続き(・・)とばかりに間近に迫っていたとあっては、

 

 さしもの賢者も、

 

「なん―――――!?」

 

 地底の鬼が聞けば笑い転げたであろうの、糖衣をかなぐり捨てた叫喚ぶりで、それでも咄嗟に頭上に開いた「スキマ」へ飛び込んだ八雲紫は、完全に自身の影響下にある「世界」へと転移を果たし、この「瞳」ばかりの、不気味で奇怪で常軌を逸した「世界」で、ようやく束の間の安堵の吐息を漏らそうとして……、

 

 「スキマ」が閉じる間際に、二本の黒剣が飛び込んでくるのを目撃した。

 

「………………………………」

 

 何もない(・・・・)空間に、それ(・・)が突き刺さっている。

 

 ひゅぅ、と喉が締まった。警鐘は狂ったように心臓を殴っている。

 

 無我夢中で。

 

 黒剣が独りでに砕け散る間際、予想が現実と化すのを悟った八雲紫は「スキマ」を開き、月下へと転げ落ちた、その刹那に。

 

 さながら癌細胞が飛躍的な速度で爆発的に増殖するかのように、あるいは白石で埋め尽くされた盤面が理不尽な一手ですべて黒石に引っ繰り返されたかの如く、発生した真ッ黒(・・・)は、「スキマ」空間を絶望的な超速度で汚染(・・)し始めた。

 

 なにがどうなっている。「スキマ」との繋がりを強制断線し落ち着いて息を吐く間もない八雲紫は、直後に天空から尋常でない魔力の高まりを察して、見上げた。

 

 月を背景に、騎士が振りかざす。夜よりも冥く腐ったように穢れているその手に握られていたのは、星が軋み哭く(・・・・・・)ような赤と黒の呪詛(かがやき)であり。

 

 

「■■■■■■―――」

 

 

 

 堕ちた極光が、放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





【真名】ランス■■■・■■・■■■
【性別】男性


【固有スキル】
 ■■■■(あくせいしゅよう):EX

 他者の【肉体】【精神】【魂】を取り込むことで【■■■■】を増大させる。
 また、思考存在に対する強力な精神干渉効果を発揮する。













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