ボストンの守護者   作:JD

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第一話

2017年12月31日 23時50分 日本国 首都圏某所 自宅

 

「一体どうなっているんだ?」

 

 思わず内心の呟きが口から漏れる。

 現在時刻は2017年最後の一日の、最後の最後であるが、それはどうでも良い。

 重要な事は、世界的人気ゲームソフトである『FALLOUT4』のMOD管理ツールが、255個までのファイルしか読み込めないはずにも関わらず、256個を読み込んで動きだしたということだ。

 操作ミスをしたのは自分の過失であるが、それはそれとしてソフトウェアが限界値を超えた設定を認めることなどありえない。

 だが、目の前の画面では、それを認めて、起動画面が表示されていた。

 

「よくわからんけど、まあいいか」

 

 ひょっとしたら、自分が気が付かないうちにアップデートで上限が増えたのかもしれない。

 あるいはバグで、上限を無視するようになっていたのかもしれない。

 自分が255と256の区別が付かなくなってしまったのかもしれない。

 最後は笑えないが、とにかくゲームは起動し、NEW GAMEを選択できるようになっている。

 

 『FALLOUT4』は、4つのダウンロードコンテンツ(DLC)だけではなく、ユーザーが制作したMODファイルを読み込む事で、世界をシステムが許す限り自由に改変できる事が売りの一つだ。

 新しい武器、アイテム、敵、地形だけではなく、新しいシステムを追加したり、自費で声優を雇って作成された新しいコンパニオンを追加することもできる。

 代償として前作ではゲーム本体の動作が不安定になって停止する、いわゆる落ちると呼ばれる事態になる事もあったが、今作では不思議なほど落ちないという点が魅力の一つだ。

 

「とにかく、楽しもう。

 せっかくの年末年始休業だし」

 

 来年の1月3日までは、一日の100%を自分のために使うことができる貴重な時間だ。

 公式のゲームシステムに、ユーザーが改変したファイルを組み込んで楽しめるMODファイルを一つでも多く持ち込んで遊べるのであれば、こんなに嬉しいことはない。

 回数を忘れるほど多くメインストーリーをクリアしているにも関わらず、また、新しい設定でゲームをプレイできる。

 それで十分だ。

 

「トイレに行ったら、寝落ちするまで楽しむぞ」

 

 独り言も多くなるというものだ。

 とにかく、スッキリして、全力でゲームだ。

 そう考えて自室のドアを開けた。

 

 

 

2285年1月1日09時00分 アメリカ合衆国 コモンウェルス サンクチュアリ

 

「は?」

 

 ドアを抜けると、そこは廃墟であった。

 実に詩的な響きであるが、一瞬の空白の後に猛烈な尿意が俺を襲う。

 

「待って、トイレは?トイレは?」

 

 右を向いたら廃墟、左を向いても廃墟。

 何処もかしこも廃墟と残骸だらけで、見慣れた男性用トイレのマークが無い。

 いやいや、自宅のトイレにあのマークを付けるほど暇人ではないが、というかここは何処だ?

 百歩譲っても屋内ではないし、それ以前に周囲の建物がどうみても日本風では、あ、あ、あああ。

 

「立ち小便って確か軽犯罪法違反だったよな」

 

 諦めて大自然に還元したが、ポリスメンが怖い。

 厳重注意か執行猶予で何とか。

 いや、収監されなかったとしても、社会人としては有罪になった時点で終わりだよな。

 

「失礼ですが、ここはトイレではありませんよ?」

 

 ああ、さようなら会社勤めの毎日。

 こんにちわ、前科者の日々。

 

「すいませんおまわりさん!出来心だったんです!」

 

 粗末な何かを隠すこともできず、振り返らずに声を返す。

 今こうして放出の感覚を味わっていることを考えれば、仮に夢の中であっても現実で大惨事だな。

 

「私は警察官ではありませんが、振り返るときにはゆっくりとこちらを向いてくださいね」

 

 安物のスピーカー越しのような奇妙な声音であるが、理解のある相手で良かった。

 最後の一滴まで出し切り、粗末なソレ(平均的な日本男児のサイズはあるぞ)を仕舞うと、覚悟を決めて振り返る。

 

「コズワース?」

 

 思わず呟いてしまったが、許してほしい。

 目の前に立っていた、いや、浮いていたのは、もはや見慣れたといっても過言ではない相手だったからだ。

 ゲームである『FALLOUT4』の世界にあるゼネラル・アトミックス・インターナショナル社製の最高級品、違法改造を施せば210年未来の最前線でも通用するアルティメット家庭用ロボがそこにいた。

 

「大変失礼ですが、以前にお会いしたことがありましたでしょうか?

 あの爆弾が落ちてからは、あまり多くの人とお会いした記憶はございませんが、それでも記憶領域に貴方様のお顔が無いようなのですが」

 

 それはそうだ。

 こちらはオープニングからの一連の流れを暗記するほどに体験しているため、彼の顔、というか正面装甲というか、とにかくそれは見飽きている。

 だが、彼からすれば、俺は初対面の人物であるはずだ。

 

 

 

「それにしても、私と同じ程度に外装が壊れたMr.ハンディが他にもいるというのは、実に心が痛むお話ですね」

 

 驚きの対面から15分。

 すっかり打ち解けたとは言えないが、お互いに武器を下して会話できる程度にはなんとかすることができた。

 まあ、彼は草木や手足を剪定できる電動回転鋸と、雑草やレイダーを焼却できる火炎放射器を地面に向けたのに対し、こちらは粗末な股間の小火器を格納しただけであるが。

 

「そうだねコズワースさん。

 で、さっきの話はどうかな?」

 

 何とか会話を始められた後、いまだに現実味がなくて困っているが、とにかく俺は提案を行った。

 あなたの主人であるネイトさんが帰ってくるまでの間、このサンクチュアリに住む場所を作らせてくれないかと。

 正直なところ、現状が夢なのか妄想なのか、はたまた現実なのかが理解できていないが、何かをしていないと気が狂いそうだという事だけは確かだ。

 文字通りの意味で建設的なことでもしておかないと、どうにかなってしまうという確信だけはあった。

 

「今の世の中、過去の倫理規定だの法律だのを持ち出せる状況ではないようだし、そちらにとっても悪い話ではないと思うんだけど?」

 

 ゲーム中、主人公がいきなり他所の家を解体し始めてもコズワースは何も言わなかった。

 さすがに施錠された金庫やゴミを漁ったりすれば好感度が下がったが、それでも警察だなんだと騒ぐことはしなかった。

 ロボットとしてはどうなんだという気持ちもあるが、とにかく彼は、判断基準を現実に照らし合わせて柔軟に解釈する機能を持っている。

 繰り返すが、それはロボットとしてはどうなんだとは思うが。

 

「貴方様の仰ることは理解できます。

 ああ、こんなに論理的な会話をするのは随分と久しぶりです」

 

 まあそうだろうな。

 今の連邦は、まともな会話をする事ができる人間が非常に少ない。

 

「開拓という表現には思うところがありますが、とにかく、貴方様のご提案に同意します。

 ただし、二つだけ守っていただきたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」

 

 はて、そんな念を押されるようなことがあっただろうか。

 こちらからの提案は、このサンクチュアリの一部に家を作りたい、そして可能であれば、希望者が現れた場合にはその人たちも住まわせたいというものだ。

 原作というか、元ネタというか、とにかく『FALLOUT4』では、いくつかの場所に居住地を設けることができた。

 それによって休憩所の確保や生存に必要な物資の生産、自分向けのショップの設置を行い、危険な連邦での旅を少しはマシなものにできたのだ。

 

「できることならもちろん。そうでなければ交渉させてほしいけど、守ってほしい事というのは何かな?」

 

 話の流れ的にそこまで滅茶苦茶なことは言ってこないとは思うが、予防線は張っておこう。

 なんでもやりますと言えるほどの何も持っていないし、かといって話も聞かないで断るというのは状況的に不可能だからな。

 

「いえ、簡単な事なのです。

 守っていただきたい事と言うのは、いつかご主人様が戻ってきた時には、この場所に受け入れていただきたいのです。

 そして、そのために、サンクチュアリのあらゆる場所を好きにしていただいて構わないのですが、ご主人様の家だけは、私めに預けておいてほしいのです」

 

 まったく忠義者のロボットだ。

 彼は、210年と少しという途方のない時間が経過しても、その間音信不通であったとしても、主人のために帰る場所を用意しようとしている。

 俺はこういう話に弱いんだよ。

 

「もちろん、そんな事は当たり前だよコズワースさん。

 約束する。

 君の主人が戻るまで、そしてそのあとでも許可を貰わない限り、あの家には手を付けないと約束する。

 戻ってきた時には、受け入れるも入れないも、こちらから見れば先に住んでいたご近所様だ。

 むしろこちらから、お隣さんとして受け入れてもらうために引っ越しの挨拶に伺わせていただくさ」

 

 第一印象を良いものとするのは当然だし、やり方次第では向こうから見て便利な、あるいは信頼の置ける仲間にしてもらえるかもしれない。

 冒険をするつもりはないので、仲間とは言っても内政官か防衛責任者程度しかやりたくはないが。

 

「それは、ありがとうございます。

 貴方様のご配慮に感謝致します。

 ところで、大変失礼なのですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 そういえば名乗っていなかったな。

 とはいえ、たしかこの世界って日本を飲み込んだ中国との最終戦争をやった設定だったよな。

 公式設定だったのか、ユーザー達の考察だったのかは思い出せないが、日本名はやめておくか。

 

「ジョン、そう呼んで下さい」

 

 ジョン・スミスと名乗るのはさすがにマズイだろうが、ただのジョンさんならそれなりにいるはずだ。

 戸籍なんて言う概念は既に消滅しているはずだろうし、社会保障番号の発行は停止して久しいだろうしな。

 

「ジョン様ですね。これからよろしくお願いいたします」

 

 コズワースは丁寧な返事を寄越すと、握手のつもりか三本ある腕の一つをこちらに向けてきた。

 おいおい、その火炎放射器をこちらに向けて何をしようというのだね?

 

「おっと!握手のつもりだったのですが、雑草焼却用の火炎放射アタッチメントのままだった事を忘れておりました!HAHAHA!!」

 

 本場のアメリカンジョークの恐ろしさを思い知ったが、その後に連続して訪れた驚きの前では大したことではなかった。

 話がつくなり、コズワースは俺にプレゼントをくれた。

 それは俺が出てきた廃墟で以前に拾ったというパイプライフルであり、いくつかの38口径弾であり、ピップボーイであった。

 凄い大盤振る舞いだな。

 

 

 

2285年1月1日15時00分 アメリカ合衆国 コモンウェルス サンクチュアリ

 

 探索を開始して数時間、確信した事が二つある。

 一つ目、俺は、間違いなくゲーム本体のシステムの恩恵を受けている。

 腕につけたピップボーイは、実に良く馴染んでくれている。

 謎の異次元収容技術も、脅威の物質解体技術も、不可解な物資構成技術も、こうしたいと考えるだけで機能してくれた。

 そして二つ目、MODの効果も受けられている。

 記憶が確かならば存在しないはずの便利すぎる大量の物資や、MODの影響と思われるアイテムも、クリアしていないのに設置できるDLC関連建築物もあった。

 いずれにせよ大歓迎の喜ぶべき内容だ。

 

「素晴らしい腕前ですね!」

 

 どこからともなく現れたコズワースが称賛の声を上げる。

 実際のところ、控えめに言っても賞賛に値する仕事ぶりだと自分でも思う。

 俺が出てきた廃墟(彼に聞いたところMs.ローザの家らしい)は、もはや廃墟ではない。

 錬金術と言うか魔法としか良いようのない技術によって、外壁と屋根の穴を鉄板で覆った粗末な小屋へと進化を遂げたのだ。

 一応ではあるが、天井から空は見えないし、壁の向こうが見えるような隙間もない。

 

「それにしても、やっぱりアメリカの技術は世界一だな」

 

 口が勝手に動くが、手は止められない。

 廃屋に残骸だらけのサンクチュアリだが、言い換えれば資源に事欠かないとも言える。

 完全に潰れた廃屋を分解し、誰も使わない家具を分解し、枯れ木を、車の残骸を分解していく。

 物理法則や質量保存の法則を無視しているようにしか見えないが、便利なので良しとしておこう。

 その情景を眺めていた彼から称賛の声はあっても驚愕や畏怖の声は無かったので、少なくとも異常な事をしているわけではないはずだ。

 

「まずは床掃除だな」

 

 気休めにしかならないと思うが、拾ったモップで出来る限り床を掃除し、作成したゴムマットを敷いていく。

 その上にベッドを置き、どうやって発電しているのか全く不明な配電盤型の小型発電ユニットを壁に取り付け、どうやって電力が供給されているのか不明な照明を天井に取り付ける。

 これで自宅は完成だ。

 隙間風があまりなく、雨漏りも相当少ないと思われ、施錠は出来ないが玄関にはドアがある。

 床にはゴムマットが敷いてあるうえ、寝るためのベッドも、照明もある。

 この近辺ではおそらく一番の住居と誇って良いはずだ。

 

「そして、レベル上げだな」

 

 全くもってゲームな展開であるが、建設作業によってささやかながらレベルの上昇が起こった。

 どんどん現実味が失われていくが、レベルの上昇で体力が増えて死にづらくなり、Parksと呼ばれるスキルを取得できることを考えれば、自分としては困ることは何もない。

 RPGでレベル上げといえば、当然だがモンスター退治だろう。

 それは『FALLOUT4』でも変わらない。

 だが、もう一つの経験値獲得手段がある。

 それが建築であり、アイテム作成だ。

 

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