2285年1月4日09時00分 アメリカ合衆国 コモンウェルス サンクチュアリ 自宅
「うん、いい朝だ」
この世界、あるいはゲームの中かもしれないが、とにかくここに来てから三日。
おそらくMODの影響と思われるが、主人公の家を除いたサンクチュアリ内の全ての住宅を解体することが出来た。
そこから得られた原料で居住可能な家を立て、ジャンクで作った防壁を張り巡らし、数カ所だけだがタレットの設置も行えた。
電動ポンプからは水が供給され、今のところ作業する者はいないが畑も用意した。
この三日間の作業を言葉にすればそれだけのことであるが、今のこの町は恐らく連邦全域を見回してみてもベスト3に入る快適さを誇っているはずだ。
サンクチュアリの周辺には強力なスーパーミュータントは存在しないし、レイダーの集団も現れない。
その他のモンスターもせいぜいが蠅のバケモノであるブロートフライぐらいなものなので、つまりここの防御は完璧といえる。
そして、連邦最大の都市であるダイヤモンドシティであっても路上生活をしている人々がいる一方で、この町はなんと一人に一つベッドが与えられる。
もちろん道路の真ん中に置かれたものではなく、壁と屋根に覆われたものだ。
飲料水は商人と交渉せずともいくらでも飲めるし、きちんと畑仕事をすれば食料の心配も必要ない。
まさしく、サンクチュアリ(聖域)というわけだ。
「おはようございます、ジョンさん」
家を出ると早速コズワースからの挨拶が飛んできた。
彼は守るべき主人の家の前からあまり離れようとしない。
そのため、必然的に玄関を出ると真正面にいる事が多いのだ。
「おはようございますコズワースさん。夜の間に異常は無かったですか?」
タレットが作動していないので何事もないとは思うが、防衛に関する事はこまめな確認が重要だ。
昨日の晩に寝るまで忘れていたというか、意図的に考えないようにしていたが、俺は今までに銃で生き物を撃った経験なんて無いんだ。
人間どころか、動物ですら殺した事もない。
今日の予定に入れた試射と、慣らしのために行う予定の、裏手に一人と一匹で住むレイダー排除を行うまでは、タレットによる自動防衛だけが俺の命を守ってくれる。
ああ、防衛に関してはコズワースも頭数に入るな。
「はい、私のセンサーでは何の異常も感知されておりません。
ジョンさんのタレットも静かなものでした。もちろんエンジン音はずっとしていましたけれどね」
安心できる内容だった。
普通の感覚で言えば、数日前に会ったばかりの他人所有のロボットを信じ切る事はありえない。
だが、コズワースは信用できる。
彼は主人公の所有物であるが、少なくとも敵対しない他のNPCに対して自分から敵対行動を取ることはなかった。
そして、タレットも信用できる。
破壊される最後の瞬間まで、センサーの範囲内にある全ての敵対者を撃ちまくるのがタレットだからだ。
何で敵と味方を識別をしているのかは全く不明だがな。
とにかく、ここがゲームの世界によく似た異世界なのであればわからないが、現状はゲームの世界に俺が入り込んでいるようにしか見えない。
つまり、枕元に武器を置いておく程度で安眠する事ができるというわけだ。
「それは良かった。
じゃあ、昨日と同じく隣で色々と作っているので、何かあったら声をかけてくださいね」
笑顔で引き続きの警戒をお願いし、自宅の隣に設けた作業場へと足をすすめる。
ここにはかつて、完全に倒壊した廃屋があった。
だが、今では大きな倉庫と、その中に設けられた装備製造関連の設備がある。
元々ゲーム本体にあった改造だけが行える作業台だけではなく、MODやDLCで追加された、資源から装備品を作り出すことのできる生産設備もだ。
「とはいえ、数に限りはあるし。Parksもまだレベルが低いからな。
できるところからコツコツと、パイプライフルでも作っておこう」
ゲーム中最弱クラスの銃火器ではあるが、資源の消費が少ないという利点がある。
MODのおかげで、本編では存在しない武器や防具を製造する作業台があるからこその効率的な経験値稼ぎができる。
ついでに言えば、これもMODのおかげであるが、最弱の.38口径弾だけではなく、.44口径や.308口径仕様に変更することも可能だ。
銃としての根本の部分から変更を加えることができたおかげで、今俺が手に持っているこれは、なんというか、凄く軍事兵器的な外観をしている。
パイプライフルというのは、もっとこう、子供が燃えないゴミで手造りした、銃の形をしたガラクタ的な外観をしているはずなのだが。
まあ、格好いいし、殺傷力も増しているはずなのだから良しとしよう。
満足げに頷いたところで、隣に置いていた製造装置から出来立ての弾薬が吐き出される。
ご丁寧にもパッケージングされた状態でだ。
その隣からはコンバットアーマーのパーツが、さらにその向こうでは缶詰が、衣服が、ジャンクを解体して取り出した素材が、ベルトコンベアで次々と運び出され、収容箱代わりのカートへ流れていく。
うん、うん、工場を作れるDLCのトレイラームービーを見た時からずっとこういう光景を夢見ていた。
ゲームでは一つの居住地に設置できるオブジェクト数に制限があり、それを無視できるMODを使用しても実質的な限界があったが、制限が取っ払われた状態だと最高な気分になれるな。
「誰かいないか!」
突然聞こえてきたその声に、思わず組み上げたばかりの.308口径ラピッドオートマチックパイプライフルを抱きかかえてしまう。
その声は明らかにコズワースのものではなかった。
つまり、敵か、まさかの入植者だ。
「落ち着け、ゆっくり、慌てず、急いで」
自分を落ち着けるために呟きつつ、パイプライフルに銃弾を装填し、腰に下げた10mmピストルを確認する。
胴体、腕、足にはコンバットアーマーを装備済み、ヘルメットもかぶっており、顔にはMOD装備のシンスを見分けるサングラスも忘れずに掛けている。
準備は万端だ。
作業場の扉を開き、周囲を確認する。
特に異常は見られない。
見える限りではコズワースは戦闘態勢を取っていない。
「ジョン様」
念のためで索敵をしていると、コズワースがこちらへ近寄ってくる。
「どうやら橋の手前に設けたゲートに来客のようです。
ああ、来客と言っても物騒な意味ではない方のものですよ」
タレットの銃撃音も聞こえないし、本当に来客なのだろう。
聞き覚えのある声である点は気になるが、問答無用の銃撃ではなく、ひとまずは会話から始めてみよう。
「こんにちわ」
ゲートの手前に設けた警備ステーションから声をかける。
これはDLCコンテンツをクリアしなければ建設できないものであるが、MODのどれかが作用しているらしく何の問題もなく建設できた。
外観が伝えづらい名前をしているが、無理矢理に説明するのであれば、一階部分が無い、二階に周囲を監視するための部屋がある施設、となるのだろう。
「あ、ああ、こんにちわ」
二階の窓からいきなり声をかけたせいか、相手を驚かせてしまったようだ。
それでも銃を向けてこないあたり、敵ではないんだろうな。
見える範囲では中年男性が一名、中年女性も一名、あとは若い女性が二名がこちらを見ている。
武装は、ざっと見たところライフルが一丁と拳銃三丁だな。
「たぶん初めましてですね?
最近このサンクチュアリに住み着いたジョンと申します。
もしよろしければお名前を伺っても?」
挨拶の基本は礼儀正しくだ。
まあ、そんなことお構いなしの連中が幅を利かせる世の中になってしまっているが。
「ブレイク・アバナシー。この先のアバナシーファームから来た。
こっちは妻のコニー、娘のナンシーとルーシーだ」
彼の言葉に合わせ、女性たちが挨拶をしてくる。
まてまて、確かアナバシーファームとそこに暮らす人達は、ゲーム本編に名前付きで登場した人物だぞ。
既にコズワースと接触し、サンクチュアリヒルズを改造していて何を言うのかと指摘されそうだが、とにかく彼らがここへ来ているという事は起こってはならない事柄のはずだ。
「ああ、えーとご丁寧にありがとうございます。
それで、どういったご用件でしょうか?
あいにくとキャップの手持ちが少ないので、あまり多くのものを買うことは出来ないと思うのです」
思わず動揺を表に出してしまったが、ひとまず情報交換を優先したい。
彼らが代々開墾を続けてきたファームを捨てて、ここに一家揃ってやってきた理由を確認しなければならない。
「用件、ああ、用件なんだが」
余程言いづらい内容なのだろう。
アバナシー氏は苦渋に満ちた、という形容詞をわかりやすく具体化させた表情を浮かべて言い淀んでくれた。
これは、相当に面倒な話になるぞ。
「とりあえず、別に武装解除はしなくて良いので、ゲートから入ってください。
こんなところで立ち話もなんですしね」
この周辺はまともな敵はいないはずであるが、彼らが住み慣れた家を置いて全員でここへ来ているという状況が妙に気にかかる。
ここは一つ、安全第一で行こう。
2285年1月4日10時08分 アメリカ合衆国 コモンウェルス サンクチュアリ 自宅
「なるほど、それは大変な話ですね」
アバナシー氏の話は、本当にそうとしか返せないほどに大変な話だった。
彼とその家族たちは、元々住んでいた住居を放棄して避難中だったというのだ。
というのも、数日前から襲撃が急に頻度と規模を増し、僅か四丁の銃火器では到底自分たちの命を守ることが出来ないと判断せざるを得ない状況まで追い込まれたかららしい。
「ああ、大変だよ。
それで、可能ならばダイヤモンドシティまで行こうと思っていたんだが、コンコードへ向かうまでもなく、レッドロケット・トラックストップ前で断念したわけだ」
ゲーム準拠の距離ではない点は別に理解していたが、まさかここからアバナシーファームまでが歩いて一日かかる距離だとは困ったものだ。
いや、それはいいとして、戦闘に慣れたとまでは言えないにしても武装した四人が進退窮まるほどこのあたりの治安は悪いのか。
どう考えてもゲームの時とは状況が違う。
まさかとは、いや、むしろ納得といえるかもしれないが、難易度を上げるために入れたMODが悪さをしているんだろうな。
恐らくは、全エリアレベル同期敵増強と、敵出現ポイント増加、夜間限定強敵出現MODあたりだろう。
普通ならまともな装備を持っていないはずのレイダーが、見たこともない軽機関銃や完全装備のコンバットアーマー一式を揃えていたらしいから間違いないな。
ああ、最悪だ。
「そうなると、まあここはご覧の通り住む場所には困らないので、防壁の中に住んでいただくとして、それだけではダメみたいですね」
俺の言葉にアバナシー家の娘達が喜びの声を漏らす。
恐怖の数日を過ごして、一日程度とは言え放浪の旅に出て、防壁とタレットに囲まれた居住地に受け入れてもらえると言われたのだ。
喜ばないはずがないよな。
「全く嬉しい話だが、目的は何だ?
自慢ではないが、俺の家族に農作業以外の何かは期待できないと思ってもらいたい」
言い回しがまずかったか、アバナシー夫妻の目が細められる。
タレットに囲まれた人の家の中で、娘達のために出来る態度としては最上のものだな。
「いえね、言いたかったこととは別として、自分の弱みを晒すようで言いづらいのですが、私はどうも農作業に向いていないようで。
今アバナシーさんが仰った農作業、それが出来る人を一人でも多く欲しかったんですよ」
率直な意見である。
ゲームのシステムを引き継いでいるのか、俺は呆れるほどに農作業が出来ない。
確かに元の世界でもやったことはないが、発電機でも家でも武器弾薬でも作れる俺は、畑を前にして何をするべきなのかが全く思いつかないのだ。
それはそれとして、それだけではダメというのは、この居住地だけでは生存圏を確立できないというものだ。
「放棄したわけだから不満は無いが、ファームにも拠点を作るということか?」
アバナシー氏は話が早くて助かる。
早すぎて先程のように誤解されるのも困るが、どうやら切り替えも早いようで、会話を先に進めやすい。
まあ、このご時世で頭の回転が遅ければ、家と家族を守れるはずもないか。
「ファームもそうですが、もう一つ、レッドロケット・トラックストップあたりにも拠点を作ろうかと思い始めました」
予想外の回答だったのだろう。
俺の言葉に、アバナシー氏は目を丸くした。
それは驚くだろう。
俺が言いたいのは、暴力が全てを牛耳る連邦で、一部分だけであったとしても、治安を回復させようという趣旨のものだったからだ。