9話「南極条約」
地球で最も過酷な大地南極大陸、そこで連合、プラント、共和国の三つの国々の代表による停戦交渉が行われていた。
マルキオ導師の活躍により、オーブをはじめとした中立国からの呼びかけによって始まったこの停戦交渉は、開始当初から難航を余儀無くされる。
負け続きである連合国は、国民を納得させる為にもプラントに対して強硬に成らざるえず、プラントでもまた勝ちに乗る世論の後押しを受け連合国との戦争継続を望んでいた。
その両者と全く逆の立場である共和国は、会議の冒頭から荒れるプラントと連合双方の停戦は不可能と判断し。
代わりに共和国との停戦を引き出すべく、辛抱強い交渉を強いられた。
グラナダを救う為とは言え、済し崩し的に連合プラント間の戦争に巻き込まれた共和国は、さっさと手を引きたいと言うのが本音であり。
そもそも貿易立国であるコロニーが、取引相手の地球とプラントと戦争をする事自体が間違いなのだ。
故に共和国代表団は最低でも連合かプラント何方か一方と和平を結びたいと考えていたが、連合もプラントも其々の理由からそれを許さなかった。
月で対峙するこの三者のうち、仮に共和国が何方か一方と和平或いは手を結んだとしよう。
そうすると残る一方は二つの敵を抱える事となり、敗北は必至。
では共和国が望む連合とプラントとの和平が成ったとしよう。
残る両者は安心して戦争を続ける事が出来るかも知れないが、何方か一方が不利になった時共和国が攻め込んでくるかも知れない。
又は互いに疲弊した時に、共和国が漁夫の利を狙う可能性もあった。
ではどうするかと言うと、理想的なのは一時的に共和国と手を結びその間に残る一方を倒し、返す刀で共和国と戦うのが理想と言えよう。
しかしそれをやろうとして、共和国と何方か一方が手を結んだ時、相手も同じ事を狙い共和国と停戦してしまう可能性がある。
その肝心の和平交渉の内容も、中々話が纏まらない一因となっていた。
連合がまず最も求めたのは一に「共和国の連合軍としての参戦」それと「共和国が保有するMS技術の無償譲渡」であった。
まず一つ目からして難しい条件であった。
共和国の目的はあくまで戦争から手を引くことであり、まかり間違っても戦争に協力する事ではない。
仮にこの条件を飲んだとして受けれるメリットは、「連合軍に参加したと言う事で国際的な地位の向上」及び「交渉次第では共和国も連合国の一員として、宇宙移民達の発言力を強める機会が生まれる事」。
デメリットとしては言うまでも無いが、国民に大きな負担がかかるのは勿論だが、そもそも自分達スペースノイドやコロニーを植民地としてしか見ていない連合国が、本当に自分達の事を同等に扱うのかが懸念され。
最悪の場合、弾除け代わりに使われるのでは無いかと言う可能性もあった。
次に二つ目の条件だが、これは共和国にとって全く論外であった。
そもそも共和国がMSをプラントと秘密協定を結んでまで作ったのは、スペースノイドを守り共和国防衛の為であり。
つまりは連合国に対抗する為であった。
その自分達の長年の努力と技術の結晶を、他国に無償で譲渡する事は、つまりは国を売り渡すのと同義であり。
最悪の予想として、自分達が渡したMS技術によって連合軍が共和国を攻めるかも知れない。
そうなっては本末転倒と、これは俄然拒否された。
プラントの方も最初から共和国と停戦する気はさらさら無く、共和国とそのMSの事を「ナチュラルの分際で自分達のMSモドキを作った小癪な奴ら」という認識であり。
特に開戦後から勢いを増す、パトリック等急進派の勢力が浸透してきた事もこの態度に関係がある。
現にこの場にプラント最高評議会議長シーゲル・クラインの信任厚いアイリーン・カナーバが来てない事からも、それが容易に想像できた。
共和国としても、何故プラントがここまで頑ななのか理解出来なかったが、結局の所悪戯に時間だけが過ぎる結果となり。
交渉の裏側では、月での連合軍とザフトの戦力は増え続ける一方であり、最早一刻の猶予も無かった。
そう共和国代表団が焦り始めた時、会議室に一通の凶報が届く。
『月で連合軍及びザフトが互いの停戦ラインを超え、お互いの領空に侵入した』と言うのだ。
その知らせに会議室にいた誰しもが「終わった」との共通の思いを抱き、最早停戦交渉など結べる情勢ではなくなった。
しかしここで待ったをかけたのは、中立国からオブバーザーとして出席していたオーブ代表団であった。
折角ここまでお膳立てをして、何の成果も得られないでは国としてのメンツが立たず、何より国民に対する説明にも困る事となる。
取り分け彼等は今次大戦における戦火拡大を憂慮し、中立を守る意味でも戦時協定を再度結び直そうと提案した。
以前結ばれた連合軍とプラント及び中立国での、捕虜の取り扱い等を含めたコルシカ条約は有名無実化し、殆ど意味をなしていなかった。
それを共和国を交えて新たに戦時協定を結ばせる事で、当事者だけでなく第三者の立場から国際法の遵守や人権の保障、並びにこれ以上の無軌道な戦火の拡大を阻止しようと考えたのだ。
連合国やプラントは今更と言った風でも無くは無いが、せめて何かしらの成果を持ち帰りたい共和国とオーブの考えが一致し、その強力な後押しを受けて。
オーブと中立国の顔を立てると言った形で、改めて戦時協定が結ばれる運びとなった。
その内容は一つに『大量破壊兵器の使用禁止』であり。
NJの存在によって核が無力化された事で、一見どうでもよ無い内容に見えるが、その詳しい内容に。
『質量弾の地球への投下を禁ず、また核が復活した場合でもその使用を禁ず』と言うものであり。
これによりプラントは地球に対しNJの追加投入や類似の攻撃が出来なくなり、連合軍でも仮に核が復活したとしても、それを今次対戦中使用する事は不可能となった。
二つ目は『中立地域及び対象に対する軍事行動の制限』であり。
実質上オーブをはじめとした中立国に対する攻撃の禁止、並びに市民や難民、人道支援団体に対する攻撃も同様に禁止され又各国はその保護を行う義務を負うとされた。
そして三つ目に『捕虜の取り扱いと人権に関する取り決め』であり。
この他細々とした取り決めが行われ、各国代表がその場で調印する事で即日発行でされた。
『南極条約』と呼ばれるこの条約により、各国はこの果てしない戦いに歯止めがかかるのではと期待し。
オーブ代表団は、これを国に持ち帰って「平和は守られた」と喧伝した。
だがそれは、地球圏全土を巻き込んだ熾烈な三つ巴の争いの始まりをも意味していたのだ。