第21話
バグラチオン作戦その1
“月“太陽系第3惑星地球の唯一の衛星であり直径凡そ3,474.3km、表面積3,800万㎢、質量は地球の約1/8の7.347673京t、地表から距離にして384,400km離れたこの天体に
前世紀の末期に起きた再構築戦争と呼ばれる世界規模の大戦争とそれによる大量破壊によって、大きく傷ついた地球と人類は長らく社会全体を停滞させてきた後だけに、人々が宇宙というフロンティアにかける情熱とエネルギーはいっそう爆発的であり以後月には次々と植民都市が建設されていったのである。
月の開拓が一段落すると今度はより外の広い空間へと目を向けラグランジュ点を目指し、このラグランジュ点とは地球と月の2つの天体から受ける重力や慣性が丁度釣り合いのとれる座標の事であり、地球の周りに5つ存在するこの安定した宙域に人類はスペースコロニーを建造しようと試みた。
その為の建設用資材は地球から打ち上げるよりも月で作ったほうが経済的であった為、月には様々なコロニー建造用の資材を作る工場や資源採掘基地が作られ各月面都市の工業化が進む一方で、その戦略的重要性は一層増していったのである。
C.E.35年に再構築戦争後に誕生した国家の1つ、北アメリカ大陸と大西洋に跨る巨大国家大西洋連邦の手によって月面のほぼ中央にある直径153kmにも及ぶプトレマイオスクレーターに、秘密裏に軍事基地が建設されそれが発覚するという事件が起きた。
国際的な非難を浴びた当時の大西洋連邦大統領は「宇宙の警察署である」と主張し、逆に新設された宇宙軍と親兵器
当時確かに宇宙開拓民を脅かす脅威は危険な放射線や高速で飛来するデブリの衝突だけでなく、地球とコロニーとを結ぶスペース航路には何処からともなく武装した宇宙船、所謂宇宙海賊が現れ身代金目的の誘拐や物資の略奪などの被害が発生しており開拓事業に少なくない影響を与えていた。
これら海賊の正体は、開拓に失敗し地球に戻れなくなった食い詰め者や地球から逃げ出した犯罪者、戦後の軍縮でお払い箱になった元軍人に傭兵組織など実に様々であったが、中には政治家や企業と結託して大規模な徒党を組む者まで現れ始めていたのである。
そういった海賊の存在が開拓地の治安を乱し脅威に対する取り締まりの強化を人々が求めたのも事実であった、が大西洋連邦が言う所の「宇宙の警察」という発言は彼らが公開した宇宙軍が装備する最新のレーザー砲や長距離ミサイルの前ではそれが単なる治安組織以上の存在である事を雄弁に物語っていた。
同年旧欧州ロシア地域などの広大な土地を占める国家ユーラシア連邦は宇宙要塞アルテミスの建造を開始し、以来地球各国は再構築戦争から続く軍縮から一転し宇宙空間を舞台に軍事拡大競争を繰り広げる事となる…。
C.E.71年5月現在、宇宙開拓の拠点から工業都市、軍拡競争の舞台と時の変化と共にその立場を二転三転させてきた月は、現在地球連合と共和国軍いう2つの巨大軍事組織によって分割されていた。
月の表側を支配する地球連合軍とその拠点であるプトレマイオス基地は、35年の発覚以来基地機能の拡張を続けた結果今では連合加盟国の複数の艦隊が駐留し、宇宙における連合最大の拠点にして別名月本部とも呼ばれている。
対し月の裏側に位置する月面都市グラナダはアナハイム・エレクトロニクス社を要し、同社の工場では共和国軍のMSハイザックやマラサイを月産1,000機以上生産され、その他にも宇宙戦艦や各種兵器に衛星諸都市では共和国向けに生活必需品や民需軍需物資が製造輸出されるなど同市はまさに共和国の生命線となっていた。
グラナダは昨年連合ザフト間で勃発した月のエンデュミオンクレーターにある資源採掘基地を巡る戦いが起きた際、膠着した戦線を打開を目論んだ連合ザフト両軍による軍事的脅迫を受けて同盟を結んでいた共和国に保護を求め、結果グラナダ市の領空で派遣された共和国軍と連合軍及びザフトの三つ巴の戦闘が発生し、戦いは共和国軍のMSハイザックの活躍もあって同市の防衛に成功、以後グラナダとその周辺諸都市は共和国軍から派遣された防衛部隊によって守られている。
以来連合共和国の両軍は月の表と裏の長大な境界線上で幾つもの戦線を構築し睨み合いを続けていたが、その一つに月の表側から裏側の方に弧を描くようにして半円状の突出部が形成されていた。
ポケットの形に似たこの戦線突出部に連合軍はプトレマイオス基地から2個艦隊を派遣してグラナダ市を伺う構えを見せて牽制しており、同市防衛を目的とする共和国軍が敵の侵攻に備え多くの戦力を市とその周辺に配置した為、月での戦線で長らく共和国軍が受け身に立たざるえず同戦線を指して当時の共和国軍将兵たちは「グラナダポケット」と呼んでいたのである。
さて連合軍プトレマイオス基地から派遣されグラナダポケットに詰める2個連合艦隊の内の一つ、第5艦隊を率いいるレーヴェンス提督は退屈げに旗艦艦橋で指揮官席の肘掛けに肩肘を付いていた。
指揮官の姿勢がそのまま職務への態度に現れたかの様に、オペレーターからの気のない定時連絡の報告は普段と変わりなく、前線の境界線上に配置されたセンサー群もまた今日も異常無しの信号を送り続けており、艦隊全体に弛緩した空気を漂わせている。
レーヴェンス提督は階級は少将で連合軍結成前からユーラシア連邦宇宙軍の提督であり、連合結成後も第5艦隊の提督を任じられて以降現在もその地位にあった。
プラントと開戦して以降連合軍宇宙艦隊はザフトのMSによって幾度となく壊滅しており多くの将兵や有能な提督にベテランのパイロットを失ってきたが、その中で変わらずに提督の任につきここまで生き延びて来たのは本人の能力や類稀なる幸運によるものでは無く、単にこれまで戦う機会に恵まれなかったに尽きる。
開戦前彼の艦隊はプラントと真反対の戦線で哨戒任務をしており、プラントが地球にNJを打ち込んだ時や地表に降下した時彼の艦隊は補給と整備の為寄港していた、以後貴重な消耗していない纏まった戦力として月基地に大切に仕舞われていた為、眠り姫ならぬ『居眠り艦隊』と連合内ではレーヴェンス提督共々噂されていた。
その艦隊が今こうして月面の最前線にいるのはその月の連合軍司令部から受けた命令の為であるが、その受けた内容にも問題があったのである。
連合軍上層部からの指令つまり月本部からは“グラナダを伺う構えを見せつつ必要以上に刺激するな“であり、つまりは彼と同じく派遣された第3艦隊の任務は戦闘することでもましてやグラナダを陥す事でも無く、前線の維持と監視に努めよと言うものであった。
実戦経験の無い第5艦隊は言うに及ばず、第9艦隊も再編されたばかりで訓練期間や教育内容を削った速成教育を終えたばかりの兵士達で構成されており、本来ならばこのような戦力として到底当てに出来ない艦隊などに最前線を安心して預ける事などできない。
しかし連合軍の諜報部が掴んだ共和国軍の機密情報により、共和国軍の主力は宇宙要塞コンペイトウに移動中でありまた事実連合に
これ等の情報を総合してつまり当面の間、月面で共和国が何等かの軍事的行動に出る可能性は低く、あるとしても小規模な陽動作戦程度だと月本部の上層部は見ていたのである。
また先のザフトが行った「オペレーション・スピットブレイク」に前後して地球連合軍全体の関心は宇宙では無く地球にあり、宇宙艦隊も相当数が地球軌道上の哨戒偵察活動に振り分けられており戦局の上でもグラナダ方面に回す戦力的余裕は無かった。
結果第5と第9艦隊は前線の維持つまり平たく言えば月面の荒野と星空を観測する以外、彼等に仕事はなかったのである。
今日この日を迎える時までは…。
C.E.71年5月12日を迎えてから丁度4時間後、一切の予兆なく突如として虚空から放たれた猛烈なビームとミサイルの猛攻が連合軍を襲った。
何百何千にも及ぶビームや陽電子砲、レールガンにミサイルの嵐がグラナダポケットに停泊中の連合軍艦隊を撃ち抜き、突撃陣形をとった最新のムサイ級軽巡洋艦戦隊が幾重にも連なって連合軍に突進し戦線に楔を打ち込み突破口を開くと、後続のMS部隊がカタパルトから勢いよく飛び出し更に穴を押し広げていく。
「て、敵襲!?全戦線で敵の攻撃を確認」
「て、敵だと一体何処からきた!?」
オペレーターからの悲鳴を上げるかの様な報告に、先ほどまで肩肘をついていたレーヴェンス提督は思わず指揮官席からズリ落ちそうになるのを何とか堪えながら我が耳を疑った。
先ほどまでの弛緩した長閑な空気は一変し突如として彼と麾下の艦隊は鉄火場に放り込まれたのだ、しかもこれまで碌に戦った事がない提督を含めた麾下の部隊達は特に有効な判断や指示を出せず混乱するだけと言うていたらくであったのである。
「攻撃まで全く予兆を察知できませんでした、前線の全てで同様の報告が上がってきております」
「NJ濃度急速に上昇、ジャミングと合わせて全領域を覆っています。後方との通信も途絶!」
「敵の猛攻により我が方の被害甚大、味方部隊より撤退の許可を求めています提督ご指示を」
混乱する提督を他所にオペレーター達から上がってくる報告は悲惨を極め、彼らはこの全く頼りにならない提督に対しても縋るような目つきで何とかしてくれと目で訴えかけたのだ。
「兎に角反撃だ、反撃するんだ!」
オペレーター達からの指示に急かされた結果、兎にも角にもレーヴェンス提督は場当たり的な指示を出すしかなかったのである。
同じ頃同様に連合軍第9艦隊も突如として共和国軍の大艦隊の攻撃を受けていた、しかしこちらの同艦隊の提督ジャン・ウー少将はレーヴェンス提督とは違って至って冷静であった。
「慌てるな敵の主力はコンペイトウに移動している。これは陽動である、各部隊は部署を守りつつ秩序を保つ事を最優先にしろ」
ジャン・ウー提督は東アジア共和国宇宙軍きっての闘将として知られているが、そのせいで常に最前線に置かれ艦隊は2度の壊滅を経験していた。
今や結成当時のクルーは提督を含め殆ど残っては居らず、その補充には速成教育を受けた若い士官や18歳未満の兵士達も珍しくはなかったのである。
しかしながら『勇将の下に弱兵無し』の格言の通り彼は第5艦隊とは違い暇な任務で弛緩する事はなく、寧ろこれを機会に訓練期間の足りない兵士達の練度向上に時間を費やしていた。
その為、慌てふためく第5艦隊とは違い規律を確りと保っていた第9艦隊の前線指揮官や部隊の混乱は少なかったのである。
「敵の勢いに誤魔化されるな!敵は陽動攻撃に相当数のエネルギーを割いている、ならば直に息切れして後退する筈だ、その隙に乗じてグラナダに逆侵攻を仕掛けてやる」
そう言って部下を鼓舞するジャン・ウー提督だが、提督が共和国軍の猛攻を陽動であると判断したのには訳がある、と言うのも連合軍情報部は以前共和国軍の極秘作戦「B号」作戦の詳細を傍受する事に成功しており、彼等の目標がザフトの宇宙要塞ボアズだと確信していた。
共和国内に潜ませたスパイが入手した軍需物資や兵力の移動先のデータや政府の動きを分析した結果からも、ボアズ方面に相当数の力を入れている事が分かりまた実際にティアンム大将率いる共和国本隊が宇宙要塞コンペイトウへ向け出撃したのを月面都市からの光学観測でも確認している。
更に言えば前日の11日から連合軍はボアズ近海で戦闘による爆発と閃光を幾度となく観測しており、その規模から共和国軍の本隊がボアズ要塞に展開しているのは間違い無かった。
にも関わらず共和国軍が月面で攻撃してきたのは、本国で長く引き篭もっていた共和国本隊が居ない隙に乗じて連合軍がグラナダにちょっかいを掛けるのを牽制する為であり、ジャン・ウー提督は長く停滞していた月面戦線をこれを機に一気に動かそうと計算を立てていたのである。
しかし提督にも少し気になる点があった、まず敵は一体全体同やって此方の哨戒網に引っ掛かる事なく接近し攻撃を仕掛ける事が出来たのか?一向に回復しない月本部との連絡回線やまた前線の指揮官達から挙げられる報告から敵軍の数は当初自身が想定していた数よりも遥かに大きく、その勢いは衰えるどころか益々が激しくなり既に旗艦周辺にまで攻撃が届き始めていた。
「月面地表部より高エネルギー熱源を確認!?砲撃です」
「何だとぉ!?」
月面地表、つまり自分達の足元からの攻撃にさしもの歴戦の提督も動揺を隠せなかった、月面地表に展開した共和国軍はハイザックキャノンなどのMS、マゼラアタック自走砲、ロケットランチャー、重砲を含む師団規模の部隊が猛烈な攻撃を開始したのである。
「月面上のセンサー群や哨戒部隊はどうした!?報告は無かったぞ」
そこまで言ってジャン・ウー提督は自身の迂闊さに気づいた、敵の第一撃を察知出来なかった以上月面上のセンサー網も当然の如く無力化されていて当然だったからだ。
グラナダポケットの半円状の弧に当たる部分に設置された長大な監視網はその殆どが無人センサー群で構成されており、これ等の無人センサーは大量に設置できる反面敵の妨害や誤作動等の問題が常にあり
しかし地球と違いNJの影響の薄い月の裏側ではセンサー群は今まで有効に働いており、何よりも戦争の長期化によって人的資源に余裕が無い連合軍にあって、この様な辺境の重要では無いと見なされた戦線では無人センサー郡で十分と言う意見が強かったのだ。
だがそのツケは大きく、共和国軍は作戦開始前の一カ月以上前から前線の詳細なセンサーの配置と有人監視所の正確な位置の把握に努めており、作戦開始前の前日から工兵部隊と撹乱を目的としたゲリラ部隊を派遣し前線の無人センサー群の無力化や地雷原の除去並びに有人監視所の制圧と徹底的に連合軍の耳と目を奪っていたのである。
グラナダポケットを守備していた連合軍は文字通り『全方位』から共和国軍の猛攻を受けて、特に月の上空にある連合軍宇宙艦隊とは違い月面地表の拠点に篭る連合軍守備隊は逃げる間もなく、MSや機甲戦力を有する共和国軍の前に次々と蹴散らされ殲滅されていった。
ここに来てジャン・ウー提督は自身の誤りを認めこれが単なる陽動ではなく、共和国軍による本格的な月面攻勢作戦であると認めざるえなかった、また2度の自艦隊の壊滅を経験してきたジャン・ウー提督にはある種の予感が備わっていた、それは出来れば3度目の機会など永遠に来ないで欲しかった類のものである。
即ち「敗北」の予感であった…。
実はこっから20話以上書き溜めているので、場合によっては一括投稿も可