バグラチオン作戦その3
頼みの綱のガーディアン隊が壊滅し意気消沈する暇も無く、連合軍第9艦隊にはティアンム大将から更なる一手が打ち込まれていた。
「艦隊天井方向より新手が接近!猛スピードです」
「このタイミングでか!?」
ジェン・ウー提督は唸る様な声をあげ思わず指揮官席から迫り来る敵を幻視するように空を見上げる、無論そこには無機質な艦橋の天井しかないのだがその先の遥かな空間からは実際に脅威が艦隊の旗艦に迫ろうとしていた。
「隊長機より各機へこれより敵中枢に強襲を掛ける、全機ビビらずについてきているな?」
眼下に激しい艦隊戦と月面地上戦を望みながら、大きく戦線を迂回するように月面上空を飛行する共和国MIP社が開発した新型強襲用MA、MA-05ビグロを率いいるトクワン大尉は突入前に通信回線を開き最後の訓示を行う。
「聞こえる奴だけでもいいからよく聞け。いいか訓練を思い出せ、『決して速度を緩めるな、目の前に集中しろ、そして何があっても後ろを振り返るな』だ、これだけ守っていれば後は上手くいく」
戦場全体に強力なジャミングと高濃度なNJが散布されている為、通信状況は劣悪を極めていたがそれでも何人かに届いていると信じ、トクワン大尉は通信を続け最後にこう言い切った。
「いいな『決して振り返るな』だ」
それだけ言うとトクワンは通信回線を閉じ目の前のコンソールの画面に集中する、彼が率いる200ばかりのMA編隊はその実パイロットの多くが機体を受領してから一ヶ月未満と言う有様であり、お世辞にもその練度や機体への習熟は高くない。
テストパイロットとして開発に携わったトクワン自身は機体に絶対の自信を持っていたが、しかし後方の部下達は生粋のMA乗りは無論今までMSも動かした事もない人間が混ざっており、これはMAビグロの超加速に耐えうる人材を探した結果単に体が丈夫なだけの兵士も配属されてしまった為だ。
自分と同じくテストパイロットを務めたデミトリーを除けば、今回の作戦で恐らく今いる部下の半分も生き残れば御の字であろうと、トクワンは見ていたが先程の通信にも普段の態度にもそれは一切表に出さない程度の分別はあった、がそれは彼自身と部下達に対し何の慰めにもならない。
せめて作戦開始が後もう1〜2週間遅ければもっとマシな訓練をしてやれたと後悔するが、一度始まってしまった戦いはもう止めようがないのも彼は承知していた。
そうしている間にも機体の航行コンピューターは正確に目標まで誘導し、コックピットのコンソールには作戦目標である敵旗艦とその周囲の連合軍が表示される。
トクワンは操縦桿を動かし機体を2、3回左右に振る、無線を封鎖した為後方の編隊にはこうして合図すると事前に決めてあったからだ、彼はそのまま操縦桿を思いっきり倒し目標を目指し加速に入っていく。
それに続く様に編隊のビグロも隊長機の後を追って敵旗艦へと突撃を敢行し、漸く敵機の襲来に気づいた連合軍からポツポツと小さな花火の様な対空砲火の弾幕が打ち上がり始めた。
一見すると敵の反撃は弱く見えるが、これが次の瞬間には濃密な対空砲火の嵐に変わる事を彼はこれまでの経験から知っていた、実際彼は連合軍に対する通商破壊作戦に参加した時に味方のMAガトルやジッコが目の前で何十機と火だるまになるのを見てきたのである。
連合軍はG兵器開発とアークエンジェル就役前後から熱心に対MS用の兵器開発を進めており、特にNJ環境下でも使える対空自動バルカン砲システム「イーゲルシュテルン」の性能向上と既存艦への増設と改修を進めてきていた。
共和国軍のハイザックが頑丈なれど機動性の問題から対艦攻撃に不得手な事もあり、専ら旧式のMAが攻撃爆撃任務を請け負っていたが、ザフトのコーディネイターが操るジンの運動性と機動性に対抗すべく改良された対空砲火は重い対艦ミサイルを抱えて動きの鈍い共和国のMAを文字通りハエの様に叩き落としたのである。
MSという究極の機動兵器がいる戦場では動きの鈍いMAには居場所など無く、それでも使い続けるしか無かった共和国軍のMA乗りは多くの屍を宇宙に積み上げてきた。
スロットルレバーを握る手に力を込め更なる機体の加速を行うトクワン、ビグロが腹に納める大型エンジン2基が唸りを挙げて加速し僅かな時間で最高速度へと到達する。
機体がガクガクと揺れ今にも暴れ出しそうなのを操縦桿を両手で確りと握って固定し、トクワンは機体の振動を堪えようとした。
この時既に彼と機体に掛かるGは一般ビグロ乗りの安全基準を当に超えていたが、並のコーディネイター以上の肉体的頑強さとG耐性を誇るトクワンだからこそ可能なビグロ本来の性能を引き出し、この様な自殺的な加速を可能としたのである。
航行コンピューターはとっくに切れている為今彼は機体の全てを手動で操作しながら、コンソールの画面を睨み敵旗艦と思わしき目標に向かって進路をとっていく。
NJによって凡ゆる電波が妨害され有視界や光学観測でしか敵を発見出来ない今の戦場では、一瞬の見落としでも進路を誤り目標を見落としてしまう、それを補うべくCG技術による補正が加えられているが当然敵の妨害もある為に目安は所詮目安でしか無い。
それが故に至近距離にまで相手に近づくまでトクワンには相手が本当に目標とする艦なのかも、分からないのである。
果たしてトクワン機の視界一杯に広がったのは巨大な戦艦である、全長250mを超す巨艦それは連合軍が誇るネルソン級宇宙戦艦が彼の眼前に横たわっていた。
「ちっ」とその姿を認めトクワンは小さく舌打ちした、目標はアガメムノン級宇宙空母であり目の前の戦艦よりも更に巨大な連合軍宇宙艦隊の旗艦である。
がそれでも強力な相手には変わりがない、トクワン機に気が付いたネルソン級は全身にハリネズミの様に張り巡らされた対空砲火から勢いよく砲弾を放ち、トクワンのビグロを叩き落とそうとした。
しかし互いを視認できる距離前まで接近してしまえば、従来の共和国MAとは比較にもならないビグロの加速力で戦艦一隻の対空砲火が上げる火線など簡単に振り切れてしまう。
自分が攻撃前に垂れた訓示を実践するかの様にトクワンは最高速度のまま一切速度を緩めず敵戦艦へと猛烈なスピードで近づく、コンソール画面いっぱいに敵艦を捉えるとそのまま主砲のトリガーを引き絞った。
普段は閉鎖されている機首のカバーが左右に開き、そこからビーム砲の砲身が現れる機体のジェネレーターと直結した強力で破壊的なエネルギーが瞬く間に充填され解き放たれる。
至近距離から発射されたビグロのビーム砲は戦艦の装甲を容易に溶かし内部のバイタルパートを破壊する、運悪くビームの進路上にいた連合軍兵士達はノーマルスーツを着ていても耐えられない熱量によってチリも残さず消し炭となって消える。
同時にビームと共に発射されたミサイルと機首部に増設された4連機関砲の砲弾が、大破壊によって穿たれた穴に殺到し次々と内部でミサイルと鉄甲榴弾が炸裂して戦艦を内側から破壊した。
一瞬の交差によりビグロ必殺の攻撃を受けたネルソン級は、内部からの破壊により弾薬庫や推進剤に引火し主砲に充填中のエネルギーにも連鎖的に被害が広がった結果内側から大爆発を起こして轟沈する。
戦艦の爆発に巻き込まれない様にビグロは最大加速のまま過ぎ去り、戦場を突っ切って安全圏まで到達すると漸く速度を緩め機首を翻した。
ここで漸くトクワンは突入した部下達の様子を確認する余裕が出来た、一応突入には成功したのか彼方此方で一際大きい火球が生まれては消えていく中、それでもその隅では小さな火球もまた生まれては消えていくのを彼は見逃さない。
あの火球は全て自分が連れてきた部下達のものであると思うと、歴戦のMA乗りであるトクワンをして忸怩たる想いだが、それを振り切る様に今度こそ敵旗艦を堕とそうと再度加速しようとするも、ここにきてやっと追いついて来たのか連合軍の主力MAメビウスの編隊がトクワン機を堕とそうと殺到する。
メビウスの編隊が張るレールガンやバルカンの弾幕などものともせず、分厚い正面装甲で砲弾を弾き返しながらも雑魚には構ってられないとばかりに目もくれずに再度敵艦隊に突撃を仕掛けるトクワンとビグロ。
編隊のど真ん中を突っ切り慌てて反転してきたメビウスがビグロの背後からミサイルは発射するも、ほんの少しトクワンがスロットルレバーを入れて加速するだけで簡単に引き剥がされてしまう。
同じMAとは言えビグロとメビウスとでは大きさも性能も雲泥の差であった、艦載機として誕生した小型軽量なメビウスと違い自力で戦場まで航行し、敵の中枢に強力な一撃を与えるべく開発された
突入時とは違い今度は敵を真下から突き上げる様な形で急上昇するビグロ、地球の6分の1しか無い月の重力でもその影響を受けて急降下時とは違い僅かに速度が鈍る。
目の前で連合軍のドレイク級護衛艦が進路を遮る様に立ち塞がり、イーゲルシュテルンの弾幕を展開しビグロを叩き落とそうとした。
戦艦の装甲さえも容易に穿つビグロの主砲であればドレイク級程度一撃で破壊出来るが、しかし貴重なエネルギーや弾薬をここで無駄に使うわけには行かないとトクワンは進路を僅かに変えようとする。
しかしその眼前で必死の防御を行っているドレイク級が長距離陽電子ビームの直撃を受ける、真っ正面から撃ち抜いたエンジンブロックまで筒状に穿たれたドレイク級は一瞬の内に巨大な閃光となって宇宙に散っていく。
見れば敵旗艦とその周辺に次々と長距離ビームやミサイル、レールガンの砲弾が撃ち込まれておりそれは共和国軍が誇る重砲兵師団の仕業だと直ぐに分かった。
いつの間にか砲兵師団は前線近くにまで移動し敵中枢をその射程範囲に収めていたのだ、重砲兵師団の攻撃は敵も味方もない、同志撃ちを避ける為にトクワンは自分達の任務が終了した事を認めると、機体から撤退を告げる信号弾を放ち母艦へと戻っていく。
果たしてこの戦いでどれだけの部下達が生きて帰って来れるのか?そう思うと少し暗澹たる気分に落ち込むトクワンだがしかし彼と彼の部隊の任務がこれで完全に終わった訳ではない。
母艦に戻って急速と補給を受けたら彼らにはまた別の任務が与えられ、速やかな出撃を求められるからだ、共和国の兵士には戦争が終わるまで“死“以外には一切の休息などあり得ないのだから…。
トクワン大尉率いる新型MAビグロによる空襲と、後方から前線付近に移動した重砲兵師団の砲撃により、遂に艦隊中枢を打撃された連合軍第9艦隊はそれまでの粘り強い抵抗が嘘の様に瓦解していく。
前線への砲撃や支援だけでなく、共和国軍重砲兵師団は自由に配置転換し攻撃目標を敵陣の奥深くへと伸ばし、バストライナー砲やメガランチャーにレールガンで相手が構築した複数の防衛ラインだけでなく予備戦力、補給所、通信施設に司令部など攻撃すべき価値があるモノ全てを破壊する。
共和国がこの時の為に編み出した“全縦深同時打撃”が完全に決まった事で、戦闘開始から僅か3時間足らずで連合軍は組織だった抵抗を完全に失い、中枢を欠いた連合軍の部隊は各子に分断、包囲、殲滅される憂き目に合い極少数の部隊が何とか包囲網を抜けて後方拠点に撤退しようとするも今や完全に月の前線は崩壊していた。
しかし共和国軍の猛攻はこれで終わらない、連合軍第5と第9艦隊の前線に巨大な突破口を開いたティアンム大将率いる第一連合艦隊を飛び越える様にして、今まで後方で待機していたヴォルグガング・ワッケイン提督率いる第3連合艦隊が第二梯団として突撃してきたのである。
「敵艦隊は思った以上に弱体だ、全艦隊最大戦速で突入しろ」
ワッケインの指示のもと梯団陣形で味方艦隊を追い越し敵陣に突入する第3連合艦隊、梯団陣形とは共和国軍がこの時の為に編み出した新たな艦隊陣形であり、直方体の縦長の陣形のまま只管敵の中枢を目指して突進する陣形であったのである。
この陣形の最先鋒には、生え抜きの艦隊であるキャメル戦隊とアナハイム社製の新型MSマラサイ部隊が務めていた。
「トクメルは前衛にスワメルは後衛、マラサイ部隊は前に出て火力を集中して敵を蹴散らせ!」
共和国軍が開発した新型軽巡洋艦ムサイ級、この艦は避弾経始を意識した流線型の船体と2連装ビーム砲を5基搭載しその圧倒的火力と速度による突撃戦法を得意とした。
そのムサイ級軽巡洋艦ファルメルの艦橋で、指示を出す共和国第3連合艦隊所属のキャメル戦隊司令ドレン大尉はノーマルスーツも付けずに指示を矢継ぎ早にを出す。
無論戦闘投入前に部下が心配してノーマルスーツの着用を勧めるも、指揮官が真っ先にノーマルスーツに着替えては兵の士気に関わるとしてこれを退け、ただ1人生身で艦橋に立ち続けていたのだ。
歴戦の叩き上げであるドレンは、第3連合艦隊全軍の最先鋒という重要な役目を担う突撃艦隊の司令官に求められる振る舞いと言うのを良く承知しており、この様な死を恐れない度胸と姿勢絶えずを部下に見せる必要があり、だからこそ最も危険な戦場でも部下達は指揮官についてくるのである。
また最先鋒と言うこともありキャメル戦隊に配属されたMS隊はどれも共和国軍の最新鋭兵器であり、アナハイムエレクトロニクス社が開発した新型MS MS-108マラサイは当初共和国地上軍で運用されていたがその後宇宙軍にも採用されその性能を遺憾なく発揮していた。
キャメル戦隊所属のマラサイが連続して放つビームライフルの一撃が連合軍のMSストライクダガーを貫き、推進剤に誘爆して虚空に小さな太陽を出現させる。
ハイザックK型と同様にEパック交換式ビームライフルでありながらも、マラサイに搭載された高出力ジェネレーターによりビームをマシンガンの様に連続発射が可能であり、複数機が連続してビームの弾幕を貼ることさえ可能だった。
反対に連合のMSやMAが放つビームやレールガンはマラサイの機動性運動性の前に容易に回避され、また仮に攻撃が命中してもハイザックK型の2倍以上の装甲厚とシールド同様に耐ビームコーティングが三重にも施された正面装甲の前ではビームも砲弾も簡単に弾かれてしまう。
ビーム搭載MSの欠点であるバッテリー消費問題も前述の通りEパック式ビームライフルの採用と新型大容量バッテリーによりこれらの欠点を克服し、バックパックに装備されたコンフォーマルタンクによりジン・ハイマニューバに匹敵する機動性と、長時間の連続した作戦行動と航続距離の延伸の両立を達成している。
この強力なMSに対抗する戦力も兵器も連合軍には残されてはおらず、突入から僅かな時間でもはや勝負は完全についていた。
第2梯団の突撃によって艦隊をズタボロにされ完全に後方を遮断されて退路を失った連合軍は、共和国軍に完全に包囲されまた包囲下でも更に小規模包囲され完全に戦力は瓦解してしまう。
連合軍第5艦隊提督レーヴェンス提督は組織だった抵抗を失い部下を置いて脱出しようとするも結果逃げられず捕虜となり、第9艦隊のジャン・ウー提督は艦隊を包囲されながらも抵抗を続けたが、旗艦動力部に被弾し航行不能となると最後には部下達に降伏する様指示を出した後自室に戻って拳銃自殺を遂げる。
この戦いで連合軍は2個艦隊とグラナダ突出部の守備隊を丸々失い、戦死者行方不明者も含めての損害は4万人以上、捕虜となったもの将官クラス6名を含む2万名以上、アガメムノン級宇宙母艦、ネルソン級宇宙戦艦を含む喪失艦艇100隻以上、MAメビウスとガーディアン隊等MS部隊も全滅する大損害を受けた。
対する共和国軍第1、第2連合艦隊の損害はMSハイザック、ゴブリン等推定100機、兵士1万名以下と比較的軽微で有り連合軍に対して圧倒的な大勝を得ていたのである。
しかし、これすらも共和国軍にとっては作戦の序章に過ぎなかったのであった…。
今回の作戦について↓
君が泣くまで殴るのをやめない!(死ぬまでやめない、死んでもやめない)の意