バグラチオン作戦その4
時に
共和国の目標はボアズであり、現に月面都市エアーズ市からの光学観測データからもボアズ近海で大規模な艦隊戦が行われているのを確認していた為、まさか本当の目標が月だとは夢にも思わなかったのである。
この時、既に共和国軍宇宙艦隊司令長官ティアンム大将率いる第1連合艦隊及びワッケイン中将の第3連合艦隊は12日中に連合軍の残敵掃討を完了させ、翌13日には補給も完了し次なる進撃を開始していた。
しかし連合軍プトレマイオス基地の月本部は共和国軍によるジャミングや情報操作により14日までこれが共和国軍による大規模な侵攻作戦だとは気づかず、またこの時共和国軍の侵攻に前後して各月面都市に潜んでいた対連合レジスタンスが共和国軍特殊工作員の支援を受けて一斉蜂起し各所でインフラや工場、宇宙港への破壊工作を実施するなどしており、連合軍上層部はその鎮圧と復旧作業に司令部の人員と兵力に時間の多くを割いてしまって情報確認が遅れていたのである。
15日になって漸く各月の前線基地に共和国軍襲来の警戒を出すと共に、共和国との前線に最も近かった連合軍第3艦隊に状況の把握を命じた。。
元々第3艦隊は月前線の後詰と言う役割もありまた今すぐ動ける貴重な艦隊戦力でもあったが、同艦隊を指揮するのはハーヴィング少将であり元は大西洋連邦宇宙軍所属であり、軍歴実戦経験共に豊富でしかもブルーコスモスかぶれではない今では貴重な軍人であり、必ずや成果を上げるだろうと期待されていたのである。。
ハーヴィング少将は月本部からの命令を受け取ると直ぐ様艦隊の出撃を命じ、月の表と裏の境界線上に艦隊を急行させて途中何とか包囲網を突破した元連合軍第5、第9艦隊の残存艦を収容すると共に、生き残りの兵士達から前線の状況とその詳細な情報を収集する事に成功した。
それは歴戦のハーヴィング少将をして当初の想定を上回る事態であった、少なくとも共和国軍は2個連合艦隊を丸々包囲し陣地ごと壊滅するだけの大兵力を保有しており、また既に敵大艦隊は移動を始めていると言うのだ。
この情報は直ぐ様プトレマイオスの月本部へと送られると共に、ハーヴィング少将は更なる増援を司令部に要請した、これが当初の想定とは違い単なる陽動ではなく本格的な月への大攻勢ならば到底今の戦力では太刀打ちする事は難しかったからだ。
月本部からの返信を待つまでの間、行方をくらませた敵の次の目標を探る為ハーヴィング少将は艦隊を前線の境界線付近にまで接近させる、艦隊右翼方向の月面は幾つもの渓谷が連なる通行不可地帯であり、生き残りの報告によれば共和国軍は艦隊と月面地表での両面作戦を展開しているとの事で、少なくとも敵艦隊と機甲部隊との挟み撃ちは防げる地形である。
高濃度のNJが散布されまたジャミングも前線の全てに張り巡らされている中でもこの宙域を確保しつつ光学観測と四方に飛ばした偵察機で共和国軍の行方を探す…その筈であったがまるでそれを予見していたかの様に連合軍第3艦隊の目の前に新たな共和国軍の大艦隊が現れた。
「て、敵艦隊を確認。数は凡そ200隻以上こちらの2倍です!」
「まさかもうこんな所まで移動してきたと言うのか!?」
オペレーターの報告や光学観測の結果を見るまでもなく、艦隊の眼前には月の宇宙を覆い尽くさんばかりの光の点がゆっくりと第3艦隊を目指して近づいて来ていた。
ハーヴィング提督はそれを共和国軍の本隊と誤解したが、しかし真相は違っていたのである。
「アミに掛かりおったわ、全艦両翼を伸ばしつつ敵を包囲し徹底的に破壊するのじゃ」
共和国軍第4連合艦隊を率いる本土艦隊司令ジーン・コリニー中将は当初の目論見通り現れた敵艦隊に対し、無慈悲な攻撃命令を出す。
重巡洋艦アレキサンドリア級を前線に並べ敵艦隊に熾烈な砲撃を喰らえる一方で、相手からの反撃は自慢の重装甲で受け止めつつも、その隙に機動力のある軽巡洋艦ムサイとサラミスが相手を包み込むようにに両翼を伸ばして包囲する構えを見せ、老獪な用兵を展開するジーン・コリニー提督。
共和国軍宇宙艦隊司令長官であるマクファティ・ティアンム大将が計画した「B号」計画はグラナダポケットの連合軍艦隊排除を第一段階とし、この時には既に作戦は第二段階の移っていた。
それは次なる侵攻作戦の前に増援に現れるであろう連合軍の宇宙艦隊を待ち伏せし、これを撃破し月の表側への橋頭堡を確保すると言うものであり、その重要な任務を本土艦隊司令にして第4連合艦隊提督のジーン・コリニー中将は任されていたのである。
コリニー提督は用意周到に作戦の開始前から前線付近に艦隊を潜ませ、即ち前線から最も近い距離にいる艦隊が急行する事その時地形の険しい場所に陣を敷き挟撃を避けるであろうことを予想し、予め幾つかのポイントにアミを仕掛けていたのだ。
そう全てはコリニー提督の手の内であったのだ、そうとは知らないハーヴィング提督は2倍の敵に対して必死の防戦を行う。
麾下の艦艇の内装甲の厚いネルソン級宇宙戦艦を正面と両翼を包囲しようとする左右の敵艦隊三方向並べて防御に徹し、その隙間から他の艦で相手を狙い撃ち少しでも敵の数を減らそうと努力していたのだ。
「アンチビーム爆雷を惜しむな!敵の火力を反らせる事だけを考えればいい。護衛艦は近づいて来た敵艦に対してのみ魚雷を発射、奴らに突撃の隙を与えるな」
ネルソン級宇宙戦艦からは巨体に見合うだけの大量のアンチビーム機雷が投射され、アレキサンドリア級から降り注ぐ五月雨のような長距離ビームが撹乱膜の前に無力化される。
ならばと接近して叩こうとするムサイ級やサラミス級は戦艦の影から飛び出したドレイク級護衛艦の群が襲いかかり、至近距離から航宙魚雷をお見舞いされて堪らず後退する羽目となった。
しかし数の差は如何ともしがたく段々と撃ち減らされ後退を余儀なくされる連合軍第3艦隊、包囲の輪は着実に狭まり三方に展開していた部隊は押し込まれ最早戦列は無く一つの塊の様に見える、それに対しコリニー提督はトドメを刺すべく後方で温存させていた重砲兵師団に命令を下す。
「重砲兵師団に命令、全力射で敵艦隊を吹き飛ばすのじゃ、敵の陣形が崩れ次第エイノー分艦隊とMS隊を突入させよ」
コリニー提督の指示に従い今まで後方で温存されてきた重砲兵師団とエイノー艦隊が動き始める、重砲兵師団を輸送する船団が敵に最も打撃を与えられるポイントに展開し、格納庫のハッチからはバストライナー砲やメガランチャー、スキウレを担いだハイザックに中長距離支援用のキャノンに換装したMS達が次々と虚空へと飛び出していく。
その内の1機アルフレディーノ・ラム少尉の駆る機体は、巨大な砲塔にMSをしがみつかせるようにして部隊の集結場所に急いでいた。
推進装置のついた台座に陽電子砲の巨大な砲身をそのまま載せたバストライナーは、絶大な火力と十分な機動力を備えていたが砲塔の操作はMSが乗り込んで行う必要がありまた小型艦クラスのサイズが影響し、結果として重砲兵師団専属の兵器として集中配備されていたのである。
元は別部隊のハイザックキャノン乗りであったラム少尉は砲撃センスを買われて重砲兵師団に転属を命ぜられた、転属当初はハイザックキャノンとは全く異なるバストライナー砲の操作性に戸惑ったものの、元の部隊の上官が優れた理論家であり彼もその薫陶を受けていた為まず砲システムや運用を理論面から理解し、その後この複雑なシステムの巨砲を十分に任せるに足るまでに操作に熟達していたのだ。
ラム少尉は重く取り回しずらい巨砲を慣れた様子で僅かに数回姿勢制御ノズルを噴射さえてピッタリと配置に着かせていく、リニアシートから全天周囲モニターに目を向ければ周囲には同じ様にバストライナー砲を装備した部隊が配置を急いでいるのが見える。
機体のコンソールを操り巨大なバストライナー砲の砲身真上に装備された専用照準器と機体のFCSをリンクさせ、ラム少尉はコックピットに備え付けられた専用スコープを覗き込み同時に機体も中のパイロットと同じ動きで照準器を覗き込む姿勢を取る。
照準器の向こう側では熾烈な艦隊戦を繰り広げている前線の様子が映し出され、その中で手頃な獲物を探しだし一隻の戦艦に照準を合わせるラム少尉。
後は命令が下されれば自分のバストライナー砲だけでなく他のメガランチャーやハイザックキャノンからも一斉に砲火が上がり、コリニー提督の作戦で敢えて密集させられた敵陣を真正面から打ち砕く筈であった。
新兵の時とは違いリラックスした姿勢でゆっくりとトリガーに指を掛けるラム少尉、最早ルーティンとなってしまった動作を行い後は僅かに力を込めるだけで済む話である。
しかし命令を待っていた彼の耳に入ったのは、通信回線から悲鳴を上げるように飛び込んできた敵機襲来の報であった。
「敵後方部隊が動き始めました!」
「来たか、例の火力支援部隊だな。機動部隊に打電、急ぎコスモグラスパー隊を突入させ敵支援部隊の砲撃を阻止、その後荒らせるだけ後方を荒らすのだ」
ここまで防戦一方に甘んじてハーヴィング提督率いる連合軍第3艦隊は、ここに来て漸く能動的に部隊を動かした。
命令を受け戦線を大きく迂回したアガメムノン級宇宙空母を中心とする機動部隊が、カタパルトから新型MAコスモグラスパーを月の宇宙に踊らせていく。
胴体を月面仕様の迷彩であるグレイに塗装され、地球連合とブルーコスモスのシンボルカラーである「蒼き正常なる世界」を示す青色の塗装を翼に施した鋭利な機体、FXet-565コスモグラスパーは連合軍の主力MAメビウスに替わるべく開発された試作宇宙用MAである。
原型機のアークエンジェルに配備されたスカイグラスパー同様ストライカーパックの換装システムを持ち、戦局に応じて各種ストライカーパックを装着或いはストライカーパック対応機への輸送を行う事が出来、非常に高い性能を誇る高性能機であった。
連合軍内でも評価の高いハーヴィング提督の艦隊にはこのコスモグラスパーが実戦での試験を目的に多数配備されており、その母艦となる艦には各種ストライカーパックとその換装機能が取り付けられていたのである。
ハーヴィング提督は防衛に専念する中でも少ない予備兵力の中から空母と配備されたばかりのコスモグラスパー航宙機部隊を抽出し、臨時の機動部隊を編成して相手の後方を襲撃する機会を窺っていたのだ。
この戦いの前に収容した連合軍第5、第9艦隊の生存者から共和国軍の戦力は大艦隊だけでなく、その後方に強力な長距離砲を装備した部隊が存在する事を知ったハーヴィング提督は、共和国の猛進撃は単に艦隊の数による力押しだけで無く、強力な後方支援砲撃にあると予想したのである。
元々共和国軍は火力を重視する事で知られていたが、先のコンペイトウの戦いで連合軍情報部が入手したデータには、共和国軍は強力な長距離ビーム砲や中遠距離支援機を集中配備した部隊を編成しており、実際に戦果を挙げている事を報告していた。
恐らくはこれを攻勢用に転用したのが件の後方支援部隊であろうと、ハーヴィング提督は当初から当たりを付けていたのである。
敵後方をコスモグラスパー隊で襲撃すればさしもの大艦隊を要する共和国軍とて、挟撃されるのを恐れた敵軍の混乱を誘い、その隙を逃さず全面攻勢に転じ敵陣を中央突破し各子撃破しようと言うのがハーヴィング提督の計画であった。
様々なストライカーパックに換装したコスモグラスパー隊の編隊は、本命のランチャーストライカーを装備した爆撃隊を守るように専用エールストライカーを装備した機体が先導して重砲兵師団の真っ只中に飛び込む。
ここで漸く周辺警戒を行っていた早期警戒機仕様のコアファイターが敵機の襲来に気付き、全軍に向けて警報を発するも時すでに遅しであった。
「敵の警戒機には構うな!戦線を突破して後続する爆撃隊の進路を確保する」
警戒機を無視し重砲兵師団の砲列に割って入ったコスモグラスパー隊は、胴体中央に配置された砲塔式大型ビームキャノンと機体両側面の大型機関砲2門で片っ端から目に付いた相手を攻撃する。
砲撃間近であった重砲兵師団のMSはこれに対処出来ず、砲撃姿勢を取っていたハイザックキャノンの胴体にビームキャノンによる大穴が空き、砲弾に誘爆して大爆発を起こした。
メガランチャーを2機一組で担いでいたハイザックはエネルギーチャージ中の所を機関砲で蜂の巣にされ、オーバーロードしたエネルギーが砲身から暴走し一瞬の閃光の後にMSとメガランチャー共々消滅する。
慌てて回避行動を取ろうとしたバストライナー砲とそれを操るMSだが、単なる推進器がついただけの大砲と高機動を誇るコスモグラスパーでは勝負になる筈も無く、後方からミサイルを撃ち込まれ逃げる間も無く直撃を受けて火だるまとなって宇宙に散った。
まるで狼の襲撃にあった羊の群の様に、重砲兵師団は大混乱に陥り砲列は麻の如く乱れ統制を失った各機はただ敵から逃げ惑うだけであったのである。
その混乱の渦中にあって敵機襲来の難を逃れたアルフレディーノ・ラム少尉は、バストライナー砲を放棄することも逃げ出す事もなく冷静に相手の様子を探っていく。
どんなに困難な状況にあっても冷静に事態を分析し確固たる理論によって導かれた結論を下すべし、元上官の教えを守り彼はそうやってこれまでの戦場を生き延びてきたのだ。
(敵機襲来による混乱は大きいが、実際の被害は然程でもない…ならば本命は後続の…!?)
バストライナー砲を再度構え直し照準器越しに敵機が襲来した方向を覗き込む、果たして誰にも気付かれる事なく大型の兵器を装備した敵の爆撃隊が迫り来ようとしていた。
一見すると最初に空襲してきた敵高機動MAと同系統の機体に見えるが、恐らくは複数の装備を使い分ける事で戦況に応じた役割を持たされていると彼は判断し、ならば基本的な性能は同じであろうと敵爆撃機編隊の中央に照準を合わせる。
この混乱の中では通信回線を開いても味方に通じるかは分からない、ならば最も目立つ方法で注意を引けば良い、そう結論づけたラム少尉は最初と同じようにリラックスしゆっくりとトリガーに指を掛けた、その引き金を邪魔する声は今度こそ無かった
砲台に内蔵されたジェネレーターが唸りをあげエネルギーを砲身に充填し、完了と同時に一息に解き放たれた陽電子エネルギーは赤黒い破壊の奔流となって混迷する戦場の宇宙を貫く。
突如として放たれたバストライナー砲から伸びる一条の光は、誰も注意を向けていなかった方向に伸びそして大きな閃光と共に襲撃を掛けようとした爆撃隊の影を映し出す。
索敵範囲外から放たれたバストライナー砲の一撃により編隊中央に大穴を開けられたランチャーストライカー装備のコスモグラスパー爆撃機隊、陽電子砲が命中した機体だけでなくその余波で半数の機体が損傷してしまう。
戦果を確認し照準器を覗き込むのを止めたラム少尉はこれで誰か気づいてくれればと思いつつも、この後に来る展開を予想し急いでバストライナー砲をオートパイロットで発進させ、その隙に機体を反転させ反対方向に向かう。
この時、本命の爆撃機部隊をヤられたエールストライカー装備のコスモグラスパー隊は下手人を始末すべく、つまりラム少尉とバストライナー砲を排除すべく殺到して来ていたのだ。
動きも鈍く目立つバストライナー砲を囮にし(貴重な装備を勝手に放棄するので例え生き延びたとしても問題になるが)、コスモグラスパー隊がそれに注意を引かれている間にラム機は何とか味方を収容している輸送艦まで辿り着く事が出来たのである。
だがこれで全てが終わった訳ではない、重砲兵師団の護衛機や幾つかのMSが敵爆撃機隊に気付き迎撃を図るも統制の取れていない散発的な物に終始し、結果大した迎撃も出来ずにまんまと爆撃機編隊の侵入を許してしまう。
この為無防備な後方輸送艦隊がその標的となり、半減したとは言えランチャーストライカーが装備する320mm超高インパルス砲「アグニ」の絶大な火力に曝される事となったのである…。