バグラチオン作戦その5
「展開中の重砲兵師団が敵の襲撃を受けたと言うのは確かか!?」
「はい、師団司令部からは救援の要請が入って来ております、また光学観測で戦闘によると思しき閃光を複数確認しております」
オペレーターからの報告によってそれまで勝ち戦気分であったコリニー提督は水を差されるも、しかしながら起きた問題に対処しない訳にはいかなかった。
現在の戦況は前線の敵が密集した分頑強に抵抗しており、これを一網打尽にすべく展開させた重砲兵師団は敵機動部隊による空襲を受け、有利に展開していた状況は一転し敵に挟撃される危機に陥ろうとしていたのである。
(護衛をもっとつけるべきであったか…いや、今はそんな事よりも援軍を送るか否か…)
コリニー提督は顎に手を当てて暫く思案を巡らせた、ここで仮に部隊の一部を割いても到底間に合う距離では無く、またこちらの動きに乗じて激しく抵抗する敵艦隊の反撃を誘発するかも知れない、そうなれば如何に敵より大軍とは言え艦隊を挟撃されるリスクを負う事になる。
その間にも重砲兵師団からはひっきりなしに救援要請が届き、またその急を告げる回線を傍受した麾下の艦隊からも提督の指示を仰ぐ通信が相次いでいた。
「依然として救援要請は出続けています、どう為されますか?」
「…エイノー提督に繋げ、ヤツの艦隊に対処させる」
既にそうするしか無いと結論付けていたコリニー提督は、指示を下すと今後重砲兵師団からの通信を全て切るように命じまた麾下の艦隊にも同様の命令を下したのである。
(最もエイノーの事だ、既に援軍を派遣しているであろうがな)
内心でそう思いつつも仮にエイノー艦隊が間に合わなくともコリニー提督は既に手を打っていた、重砲兵師団の運命がどうであれ戦局はまだ老提督の手の中に収まっていたのだ。
「敵の浸透を許すとは、哨戒部隊は何をやっているんだ!」
重砲兵師団が敵襲にあったと言う報告を聞きエイノー提督は苛立たしげに声を荒げたが、その一方でやるべき指示を出す事を忘れない。
「急ぎ艦隊の進路を変更し師団の救出に向かう、全艦最大船速!足の速い部隊を編成して艦隊に先行させろ」
師団本部から救援要請をキャッチしたエイノー提督率いる分艦隊、第二梯団は迷う事なく味方の救援に向かう事を決断する。
「提督、ジーン・コリニー閣下の御指示もなく勝手に艦隊を動かしてよろしいので?後で問題になるのでは」
エイノー提督の参謀の1人がそう不安気に言うも、しかし当の提督はそれを一笑に付した。
「逆だ、提督の失態をコッチが態々拭いに行くのだ。それに問題になど提督自身がさせんさ」
常々権力欲旺盛なジーン・コリニー提督の気質を良く理解していたエイノー提督は、今回の件は何があっても揉み消すであろう事はお見通しであった。
寧ろここで動かなければ失態の責任をコチラに負わせかねないとして、自身が指示なく動くことに対する正当性をすら感じていたのである。
提督の突然の指示により後方で梯団陣形のまま待機していたエイノー艦隊は、慌ただしくその進路を変え前線ではなく重砲兵師団を救援すべく速力を上げていく。
艦隊の先鋒に位置するロンバルディア宇宙空母からは軽MSガルバルディが続々と発艦し、それぞれの機体のバックパックには巨大な外付けブースターが装備され、一斉に点火したブースターの輝きはまるで流星の尾の様であった。
「先行する救援部隊には例のペズンの試作品を装備したガルバルディ隊を当てます、カタログスペック上ならこれで十分間に合うはずですが…」
「間に合うのなら何でも構わん、しかしペズンか…我が軍の秘密主義にはほとほと呆れるな」
作戦参謀からの報告に適当に答えつつもエイノー提督がそう愚痴るのも無理からぬものであった。
いきなりやって来て「自分達はペズンから来た」とだけ告げて試作兵器を置いて、コチラの質問には何ら答えず影の様に去って行く集団を信用しろと言うのは土台無理な話である。
実はエイノー艦隊の他にも、「B号」作戦に参加している部隊には何かしらペズンからの試作兵器が密かに送られていたのだが、そもペズンとは何か?それすらも聞かされず説明もなく兵器とその仕様書だけを置いて去っていく彼らをして当時の共和国将兵は「ペズンのお化け」と噂した程であった。
無論性能も安全性も分からぬこれらの試作兵器の多くを各部隊は持て余し、兵器庫のスペースを圧迫する置物として嫌ったが、しかしながらエイノー提督配下の参謀達が急遽決まった救援作戦の為に艦隊内にある資材と装備を総浚いした結果、このお荷物の存在が浮上したのである。
そんな実験兵器に頼らねばならない共和国軍の、お寒い懐事情を象徴するような話であった…。
一方その頃、バストライナー砲の一撃で機数を半減させたコスモグラスパー爆撃隊だがそれでも彼らは体勢を立て直して、急ぎ戦場を離脱しようとする輸送船団に襲い掛かろうとする。
その輸送船団、重砲兵師団を戦場まで輸送する箱型の輸送艦ことコロンブス級輸送艦は格納庫のハッチを開き、戦場に放り出された師団のMSや人員を1人でも多く救助しようと懸命な努力を続けていた。
「重装備は投棄しても構わない!1人でも多くの将兵を救助してこの宙域より離脱するぞ」
味方を救うべく勇敢な行動を見せるコロンブス級輸送艦、あたかもそれは戦場と言う嵐の中で不意に現れた灯台の様に見えたが、しかしその光は助けを求める者達だけでなくそれ以外の襲撃者をも招き寄せてしまう。
「誰だガイドビーコンなんて出すヤツは!?敵に狙い撃ちされるぞ」
誰かが通信回線越しにそう言ったが、次の瞬間無防備な輸送艦の直上から無慈悲な赤と黒の光が降り注ぐ。
装甲も何もない単なる輸送艦でしか無いコロンブス級が、コロニーの外壁に大穴を開けるランチャーストライカーの320mm超高インパルス砲「アグニ」を受けて耐えられる訳もなく、収容した味方諸共大爆発と共に消失する。
しかし悲劇はそれだけに納まらない、飛来した専用エールストライカー装備のコスモグラスパーが輸送艦の周囲に集まっていた残存部隊を襲撃し、次々とMSや重砲が火球となって宇宙に散っていく。
一部の生き残ったコアファイター護衛機や艦隊警護用の小型MSゴブリンが迎撃を試みるも、性能が劣る或いは元々の数が少ないこともあって散発的なものに終始し、何ら有効に働かなかったのである。
その間にも重砲兵師団の被害は拡大し続け師団本部は全滅を覚悟したが、更なる絶望を告げる報告が師団本部オペレーターより齎された。
『敵機動部隊の本隊が突入してきます!』
それまで共和国軍の哨戒網に見つからぬ様戦場から遠く離れた場所に隠れていたアガメムノン級宇宙空母を中核とする機動部隊は、コスモグラスパー隊だけを出撃させロングレンジ攻撃を行なっていたものの、相手の抵抗が弱体と見るやこれを好機と捉え艦隊も攻撃に加わるべく戦場に姿を現したのである。
機動部隊全艦が主砲の砲門を開き、充填されたビーム砲のエネルギーは解き放たれようとしたその刹那である、突如として重砲兵師団と敵機動部隊の索敵範囲外より新たな機影が飛来してきた。
戦場を信じられない速度で進むそれを、連合軍や重砲兵師団の光学観測員やレーダー手が捕捉しようとするも、余りの速さに観測機器が追いつか無いと言うアクシデントが発生してしまう。
輸送艦隊を守るように敵の眼前に立ちはだかったそれは、エイノー艦隊より出撃した救援部隊とそのMSであった。
「待たせた、これより師団の撤退を援護する」
大型ブースターを背負ったガルバルディのパイロットから通信回線が開かれ艦内放送で味方の声が届けられると、それまで絶望の淵にいた師団の生き残り達は希望を取り戻し艦内各所で歓声が上がる。
続々と大型ブースターを背負ったガルバルディが戦場に到着し士気が上がる共和国軍だが、とうのガルバルディのパイロット達も表面上は平気な顔をしながらも、その実ノーマルスーツの中は冷や汗でびっしょりと濡れ人知れず安堵のため息を漏らしていた。
その一方で後もう一息の所で想定外の方向から敵の横槍が入った事による連合軍の驚愕は計り知れなかった、事前の計算では共和国軍の救援は到底間に合わない距離であり、しかもこの時連合軍全体が敵艦隊は正面のジーン・コリニー提督率いる共和国軍第4連合艦隊のみと誤認していた為、その後方にいるエイノー提督麾下の第二梯団の存在それ自体を知らなかったのである。
これは先のグラナダの戦いでワッケイン提督率いる第二梯団が戦場に姿を現したのが戦局の最終盤と言う事もあり、第二梯団が姿を現した時点で連合軍は完璧に包囲され外に通信も出来ずその多くが戦死するか捕虜となるかの二択であった。
その為、第二梯団突撃前に戦場を離脱した連合軍の残存兵力は共和国必殺の相互躍進攻撃を見る事なく撤退し、その結果として共和国軍の戦力と戦い方に対する誤解が生まれていたのである。
さてここで改めてガルバルディ等、重砲兵師団救援部隊が間に合ったその本当の理由を説明せねばならない。
それは彼等の機体バックパックに装着された大型外部ブースターによる所が大きい、これはペズンで設計開発された新型エンジンその試作機であり開発名称を「土星エンジン」と言った。
元はMS開発初期に*1MSザクと正式採用を争ったとある*2試作MSのメインエンジンスラスターであったが、実験中に爆発事故を起こしテストパイロット諸共機体が失われたと言う曰く付きの代物であった。
その後正式採用がアナハイムエレクトロニクス社が開発した現主力MSハイザックに*3決まった事で試作機の設計図諸共この危険なエンジンは封印されたはずであったが、しかしMSに飛躍的な加速力を齎す性能を見込まれてエンジンのみをサルベージして計画は再スタートし、以来外付け外部ブースターとして実用化が進められてきたのである。
MSに*4大型MAクラスを与える事によって超高速による速やかな戦場への移動と機体の航続距離延伸を目的に開発が進められ、元の試作機で問題があったエンジン制御周りの不備やそもそもの機体強度の不足を取り外し可能な外付けブースターとする事で、緊急時にはブースター本体を切り放し機体とパイロットを守る事で解決した。
つまり根本的な問題を何も解決していないにも関わらず、試作兵器としてこの大型外付けブースタ「土星エンジン」はエイノー艦隊に配備されていたのである。
では何故ハイザックでは無くガルバルディが選ばれたのかと言うと、ガルバルディはハイザックの軽量化機体として宇宙要塞ルナツーで開発され同要塞で採掘される特殊合金ルナチタニウムをフレーム補強に使い、機体剛性だけ見れば共和国で最も優れていた。
ハイザックでは耐えられない加速もガルバルディなら耐えられるかもしれない、そんな理由で救援部隊は編成されたのである。
こうしていつ制御不能になるのか或いは先に機体が耐えられず空中分解するかも知れない大型外付けブースターを搭載されたガルバルディは、文字通りパイロット達の死ぬような思いをしながらも何とか救援に駆けつける事に成功した。
尚やっぱり途中で何機かはエンジンが突然暴走して見当違いの方向に行ってしまったり、制御不能となって慌てて機体とパイロットがエンジンを切り離したり、そもそも機体との接続部が先に耐えきれず破損してしまったりと様々な理由により、全体の*5約半数が到着前に落伍している。
半減したとは言え味方MSの救援が間に合った影響は大きく、大型外付けブースターを排除したガルバルディ達は重砲兵師団を襲撃する連合軍の新型MAコスモグラスパーとその爆撃機隊に襲いかかるとそれに釣られて周りのMS達も反撃に加わる。
ガルバルディから狙い澄ましたビームライフルの一撃が放たれ、大きく散会を余儀なくされたコスモグラスパーの編隊を別の方向から他のガルバルディが狙う。
救援部隊のMSと連合のMAが互いに入り乱れ弧を描く様な機動を描きながら巴戦を演じていく、専用エールストライカーを装備するコスモグラスパーはMSに匹敵する運動性と機動性を誇り、対するガルバルディも今次作戦に合わせて改良されており、両者の実力は機数差を鑑みても拮抗していた。
熾烈な格闘戦が繰り広げられる一方で、重いランチャーストライカーを装備した爆撃隊ははそうもいかず、護衛を失いそれまで一方的に狩る立場から一転し重砲兵師団の生き残りのハイザックキャノンやその他のMSから、仲間の仇撃ちとばかりに熾烈な攻撃に晒される。
至近距離で炸裂したキャノンの砲弾や周囲から放たれるマシンガンにより、ただでさえ動きの鈍いランチャーストライカー装備のコスモグラスパーは躱す隙間も無く次々と被弾を重ね、推進剤や弾薬に引火し火達磨となって宇宙に小さな花火を散らせていく。
何とかランチャーストライカーをパージし身軽となった機体で戦場からの離脱を計ろうとするも、反対にMSや戦艦を一撃で沈める火力を失った事で、かえって共和国軍のMSからは距離を詰めて攻撃する機会を与える結果となった。
無論状況の変化に気づき連合軍機動部隊は味方コスモグラスパー隊を撤収させようとするも、反撃に転じた共和国軍MS隊とガルバルディによって阻まれ思うように味方の撤退は進まず、また迂闊にも機動部隊を敵陣深くに突入させすぎてしまった結果、今度は逆に自分達が包囲される危機に陥っていたのである。
その隙に続々とエイノー提督麾下の戦隊が戦場に到着しつつあり、彼等は敵の退路を遮断すべく部隊を展開させ着実にその包囲の輪を狭めようとしていた…。
同じ頃、前線のコリニー提督の艦隊と砲火の応酬を繰り広げていたハーヴィング提督は、派遣した機動部隊からの続報も無くまた期待した敵軍の動揺が見られなかった事で作戦の失敗を悟っていた。
コリニー提督の味方を切り捨てるという冷酷な判断により、目の前の敵に集中した共和国軍第4連合艦隊は相手を締め上げるかの様に両翼からの攻勢を強めていたのである。
中央突破を図るべく戦力を密集させ過ぎた結果、艦隊の両翼側面が手薄になってしまいそこを共和国軍に見抜かれた結果、ジワジワとヤスリで皮膚を削る如く嫌らしい攻撃を仕掛けられていたのだ。
敵が中央突破を計ろうとしているのをこの時既にコリニー提督は気づいていた、両翼からの包囲を行った際相手がこちらの思う以上に密集隊形を取った時点で敵将の狙いを正確に把握し、敵に漬け込む隙を与えまいと敢えて冷酷な振る舞いをしてみせたのである。
最も部下達からすればそれが演技なのか素の反応なのかはイマイチ判別し辛い所ではあったが、そのお陰で依然戦況は優位に展開し続けていた。
どの様な状況であろうとも極めて冷静に冷酷に判断するジーン・コリニー提督、長年本土艦隊を指揮し続けてきたこの老獪で狡猾で陰惨な宿将にとって自身を除いた全てが盤上のコマであり、自らの権勢欲を満たすためだけの道具でしかない。
コリニー提督にとってこの戦いすらも自らの功績と権勢を高める為の舞台に過ぎず、そんな男が何の策も仕掛けもなく戦場に赴くはずも無かった。
月面上の戦いに気を取られこの時既に提督の差し向けた一手が、そうと気付かれずに連合軍の足元に忍び寄ろうとしていたのである…。