機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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第26話

バグラチオン作戦その6

 

共和国と連合両者の艦隊戦が熾烈を増す中、連合軍第3艦隊提督ハーヴィング少将が通行不可能と判断した渓谷地帯に、共和国軍火星師団所属のロイ・ジューコフ大佐と彼の指揮する第6月面機甲部隊が集結を完了させていた。

 

装甲ノーマルスーツに身を包みスコープを覗き込み眼前の渓谷の様子を伺うジューコフ大佐、事前の偵察部隊からの報告では渓谷の総延長は2000km以上であり谷の最も深い所で5kmに達し、また最大でも渓谷同士の幅は100km以上開いている。

 

如何に月の重力が地球の1/6程度しか無いとは言え、例え軽装の歩兵がランドムーバーを用いたとて途中で燃料が尽きて谷底に真っ逆さまであり、まして重装備を抱えてこれ程の大渓谷を踏破するには文字通り宇宙を跳ばねば不可能であった。

 

しかし事前の作戦では彼と彼の部隊はここを突破し、現在ジーン・コリニー提督率いる本土艦隊第4連合艦隊と交戦中の敵艦隊左翼を脅かすよう命ぜられていたのである。

 

魔法でも使わねば到底不可能に思われたこの任務だが、しかしジューコフ大佐自らこの困難な役目に立候補していたのだ。

 

彼は長年月面と同じ或いはそれ以上に過酷な火星やアステロイドベルト宙域で軍歴の多くを過ごし、その経験からこの程度の渓谷ならば踏破可能と計算を弾いていたのである。

 

誰もが尻込みするこの任務を自信を持って当たったジューコフだが、その彼の自信の表れは彼が覗き込むスコープの先にあった。

 

渓谷の谷間と谷間の間に架かる様にして幾つもの仮設橋が建設されていたのである、到底昨日今日の仕事では無いそれは、ジューコフが麾下の機甲師団と共に連れてきたソコフキー率いる工兵部隊が作戦開始する一ヶ月以上も前から極秘裏に準備を進めていたものである。

 

これ程の大工事を一体どうやって敵に気付かれずに完遂出来たかと言うと、それは月戦線の広大さと環境そのものが影響していた。

 

月は地球の凡そ1/4の大きさしか無いが、真空の宇宙は生身での生存は不可能でありノーマルスーツを着込んでいたとしても、絶えず襲いかかる放射線や危険なデブリそれに時間帯によって極寒と灼熱地獄が入れ替わり、有りとあらゆる条件が戦闘行為を困難にしていたのである。

 

特に地球連合軍は昨年の「エイプリルフール・クライシス」により地球人口の1割を失い、またザフトとの一年以上に渡る戦争で宇宙艦隊を幾度となく失い人的資源を払底させつつあった。

 

その為、月戦線では連合軍は重要な戦域を除き殆どの前線を無人センサー群や偵察衛星などに頼らざる終えず、当然NJ(ニュートロンジャマー)環境下ではこれら従来の電子的索敵装置の有効性は大きく減じている。

 

しかも明らかに軍事的通行不可と思わしき地点では、そのセンサー網すら設置しないという怠慢振りでありそこをジューコフ達に漬け込まれたのだ。

 

人類が宇宙に出て早70年以上が経過し、巨大な人工の大地スペースコロニーを建設出来るまでに建築建造能力が飛躍的に高まった時代である、しかも万能工作機とも呼べるMSがある現在ソコフキーら工兵にとって100km程度の橋を架ける程度造作もない事であったのである。

 

それでも*1仮設橋の建設作業は慎重に行われ、渓谷上空を連合の偵察機や偵察衛星が通過しない時だけ作業はを行い、仮設橋の基礎は入念に渓谷を模した迷彩と偽装を施され一見するとそこには何もない谷底だけがある様に見せかけた。

 

時折味方の偵察機が渓谷上空を飛び、機体を小さく右に2回振ると偽装が不十分な合図であり直様やり直しが行われ、物資や必要な機械の補給は徒歩の部隊が荷物を背負って届けるなど徹底的な隠蔽が図られていたのである。

 

基礎工事完了後、仮設橋本体は谷底に置いて作戦開始日まで設置せず僅かな光の漏れすらも恐れて、仮設テントの窓は全て塞がれ作業中はランドムーバーや工兵MSのスラスターには黒い反射板が被せられた。

 

こうして一ヶ月に渡る工事を完了させた共和国軍は、その間連合軍に一切その行動を悟られること無く作戦当日を迎え今や渓谷に架かる仮設橋によって月面機甲師団の行手を遮るものは何も無かったのである。

 

マゼラアイン装甲車に乗り込んだロイ・ジューコフ大佐は麾下の部隊に進撃を命じ、月の大渓谷に架かる仮設橋を月面機甲師団の車列が渡っていく。

 

続々と橋を渡っていくマゼラアタック自走砲やマゼラアイン装甲車にMSを乗せたサムソントレーラー他メガランチャーなどの重砲が牽引され、その先では連合軍と共和国軍の宇宙艦隊同士の艦隊戦が繰り広げられており、彼らはその足元に誰にも妨害される事なく迫っていったのである。

 

 

 

 

共和国と連合軍の宇宙艦隊同士が月面上空で熾烈な艦隊戦を繰り広げる中、突如として連合軍第3艦隊の真下を貫く様に幾つもの砲弾やミサイル、レールガンに大型ビームが撃ち込まれた。

 

連合軍第3艦隊の右翼を構成していた艦艇は、眼下に展開した月面機甲師団から砲撃され装甲の薄い真下からの攻撃によって次々と大破或いは轟沈し、推進力を維持出来ず月の重力に従って月面へと堕ちていく。

 

「な、あの渓谷を突破したと言うのか!?共和国はどんな魔法(マジック)を使ったと言うのだ」

 

ハーヴィング提督や連合軍自身が勝手に通行不可だと思い込んでいた方面から突如として奇襲を受け、唯でさえ戦力で劣っていた連合軍第3艦隊は一気に劣勢へと追い立てられていった。

 

「提督、このままでは眼前の敵と真下の敵による十字砲火によって艦隊は全滅です。急ぎ艦隊を反転急上昇させ月面軌道上より退避し敵火砲の射程距離より逃れましょう」

 

「ならん、今ここで上昇すればそれこそ敵の思う壺だ。我が方は上昇中火力の半分も向けられないが、しかし敵はその逆で全火力がこちらの無防備な艦底や背後を狙い放題だ」

 

参謀の提案をハーヴィング提督は退けるも彼の懸念は尤もであった、事実共和国軍は今次作戦に当たって仮に敵が月軌道上に退避しようとした場合を想定し、上昇中の相手を狙い撃ちするのは当然として更には後方の第二梯団が逃げようとする敵艦隊を追撃する二段構えの備えをとっていた。

 

この時、その第二梯団に当たるエイノー分艦隊は後方を空襲した連合軍機動部隊の掃討を終え、相手の出方次第ではコリニー艦隊を躍進し追撃する構えであったのである。

 

同じ頃コリニー提督も月面地表からの攻撃が始まった事により、全面攻勢に打って出ようとした。

 

「全艦火力を敵艦隊左翼に集中させろ。敵は動揺しておるぞ、MSは急ぎ発艦し敵艦隊左翼真下に回り込んで攻め上がれ」

 

戦列を揃えた共和国軍艦隊からビームやミサイル、レールガンが発する光の嵐が月面の宇宙を彩り、月面機甲師団の攻撃で混乱する連合軍第3艦隊の右翼に攻撃が殺到し、相手の陣形を打ち砕き破壊の痕跡を刻んでいく。

 

「敵がMSを出してきたか、ならばこちらもストライクダガーを出せ、制空戦(ドッグファイト)だ」

 

共和国軍が全面攻勢に転じると同時にMSを出撃させた為、敵がMSによる近接戦を仕掛けて来ると予想したハーヴィング提督は同じくMS隊の出撃を命じたが、しかし共和国軍のMS隊は真っ直ぐ突撃する事無く、いきなりその進路を真下の月面に向けたのである。

 

カタパルトから出撃したMSハイザックやマラサイの大編隊はコリニー提督の命令に従い、迎撃に出てきた敵MSを無視し一旦月面付近まで急速降下した後、突如として敵艦隊右翼下方より攻め登った。

 

艦隊と機甲師団の攻撃でズタボロにされた敵右翼は接近する共和国MSの大隊に対し碌な対応も出来ず、次々と突入してきたハイザックのビームライフルによってある艦のエンジンを撃ち抜かれたり、或いは取り付いたマラサイが放つビームの連射によって船体を蜂の巣にされて轟沈していく。

 

今まで対艦攻撃に不得手とされてきた共和国MSパイロット達だが、ここまでの戦場を生き延びてきた彼等は多少なりとも対艦攻撃のイロハ程度は習得していたのである。

 

迎撃に出た筈のストライクダガー部隊は敵MS部隊が突如として進路変更した為に攻撃を躱され、追いかけようにも彼等の直ぐ目の前には共和国の大艦隊が迫っていた。

 

目標を見失った連合軍のMSパイロット達はならば代わりにと、突撃してきた共和国艦隊の戦艦やサラミスに取り付いて攻撃を仕掛けていたが、彼等が対艦攻撃をしている間に味方艦隊右翼が壊滅の危機に瀕したと聞いて急ぎ機体を反転させ戦場に急行して行く。

 

しかしその時には既に連合軍の右翼は共和国MSによって蹂躙され壊滅しており、最早挽回は不可能と判断したハーヴィング提督は壊滅した艦隊右翼に展開する敵MS大編隊の突撃に備え、ストライクダガー隊を旗艦護衛を名目に呼び戻す他なかったのである。

 

この劣勢な他の戦線を後回しにしでも自軍の有利な戦場に増援を送り込んで戦果を拡大する方法は、この戦いより共和国軍の十八番と呼ばれる様になっていく。

 

最早勝負は決していた、共和国の大艦隊と敵MS大編隊の猛攻と突撃により艦隊右翼が壊滅し、戦力を半減したハーヴィング提督の第3艦隊には抵抗する余力は残されてはいなかった。

 

しかも、コリニー艦隊の背後には再度梯団陣形を組み直したエイノー艦隊が控えており、トドメを刺すべく突入の機会を窺っていたのである。

 

ハーヴィング提督はここに来て苦渋の決断をしなければならなかった、敵の粘り強さを見誤り警戒して然るべき場所への偵察を怠った自身の無能を悔やみつつも、艦隊指揮官として最後の役目を果たさなければならなかった

 

「残念だが最早勝敗は決した、これより我が艦隊は撤退戦に入る。無事な艦を中心に戦力を再編し敵包囲網の最も薄い箇所を突破せよ、またMS隊は撤退する味方艦の援護につけ」

 

残存する艦隊に向けて通信回線を開いたハーヴィング提督は全軍に撤退を命じ、それと同時に旗艦の非戦闘員にも退艦を命じた。

 

その意味する事は艦橋にいたクルー達全員が悟った、と同時に最後まで提督の命令を実行すべく各人がそれぞれの部署で最期まで務めを果たそうとしたのである。

 

旗艦護衛として呼び戻したMS隊と非戦闘員を乗せたランチが旗艦を離れて行く姿を見送ったハーヴィング提督は、振り返る事なく旗艦の進路を撤退する味方艦とは逆方向に向けた。

 

「敵の追撃は旗艦が受け持つ、少しでも多くの将兵を逃すのだ!」

 

ハーヴィング提督は味方の撤退を支援すべく、単艦で追撃する共和国軍の大艦隊の前に立ちはだかった。

 

提督号令のもと艦隊旗艦主砲「ゴットフリートMk.71」が火を吹き、砲身が過剰なビーム出力で溶けるのも構わず乱射され、ミサイル発射管に装填された各種ミサイルが残弾が尽きるまで撃ちまくられる。

 

正に味方を逃すべく鬼気迫る姿であったが、共和国軍はそれ以上の火力と暴力を持ってその意志を艦ごと打ち砕こうとした。

 

四方八方からアレキサンドリア級やサラミス、ムサイ級のビーム砲が撃ち込まれ、旗艦のラミネート装甲は圧倒的なビームの数に耐えきれずに対空砲火を巻き込みつつ崩壊し、破壊され捲れ上がった装甲の隙間からは運の悪い兵士達が虚空に吸い出されそこに容赦なく対艦ミサイルやレールガンが突き刺さる。

 

迎撃を受ける事なく内部で炸裂したミサイルの爆風と業火が旗艦艦内の通路に沿って広がり、隔壁に退避することが間に合わなかった兵士達を生きたまま消し炭に変えていく。

 

あっという間に旗艦は徹底的に破壊され、最早原型がなんだったのか分からない程変わり果てた惨状を晒すが、しかしながら幸運にも弾薬庫や推進剤に引火して大爆発を起こすという事は無かった。

 

これは残弾を顧みない全力の抵抗でそもそも弾薬庫が空っぽだった事と、推進剤はこれまでの戦闘で殆ど使い切っていた為に起きた奇跡であったが、しかしその代償は余りにも大きかったのである。

 

この少し前、敵の追撃を食い止めるべく必死の応戦を行なっている最中に艦橋の付け根付近にレールガンが命中し、艦橋の真下から砲弾の破片が剣山の様に突き抜けて来たのだ。

 

一瞬にして艦橋は血の海に染まり、偶然破片が避けて無事だった1名と指揮官席が吹き飛んだ提督自身を除いて、艦橋にいたクルー達全員が即死していたのである。

 

何とか生き延びたクルーが瓦礫の山から何とか提督を助け出すも、この時ハーヴィング提督は即死こそ免れたものの、その代わり彼の体の下半分は見るも無惨な姿に変わり果てていた。

 

最早通痛覚さえ感じず自身の命が長く無い事を悟った提督は、生き残った部下に最後の命令を出す。

 

「これより…旗艦を自爆させる、自爆コード入力後…生き残った者達を集めすぐさま退艦せよ」

 

それを聞いて生き残った部下が提督に何か言おうとするも、しかし口を開こうとしてそれ以上何も言えなかった。

 

命令を言い終えた提督は既に事切れており、生き残った部下はしばし亡くなった提督に黙祷を捧げた後に最期の命令を実行に移す。

 

生き残っていた艦橋のコントロールパネルを見つけ出して自爆コードキーを入力し、その後艦内の全ての回線を開いて総員退艦の命令を伝え終わると、急ぎ艦橋を後にしようとし最後にもう一度だけ亡き提督に向かって敬礼した後その場を後にした。

 

攻撃によって彼方此方が崩れた通路や火災を避けながら何とか格納庫に辿り着き、残されたランチに乗り込んで破壊されたハッチから脱出する。

 

ここまでの道中で生きた人間とは誰ともすれ違うこと無く、恐らく生き残ったクルーは先に脱出したのだろうと、自分に強く言い聞かせた。

 

暫くした後メインエンジンを暴走させた旗艦が内側から爆発し、戦場の宇宙に巨大な花火を一瞬だけ咲かせると共に跡形もなく消失する。

 

この後無事退艦した部下は共和国軍の捕虜となり、旗艦唯一の生き残りとして後世にハーヴィング提督の最期と旗艦の戦いその詳細な記憶を伝える貴重な証言者となるが…それはまた別の話であった。

 

提督の我が身を顧みぬ抵抗によって暫し追撃する艦隊の足止めに成功したが、その間包囲網からの脱出を図った残存艦隊はその数を大きく減らすも一部が離脱に成功する。

 

コリニー提督は追撃を第二梯団のエイノー艦隊に任せ、自身は残敵の掃討完了後被害確認を行い艦隊行動に支障がない事を確認すると補給を受けた後更に月の奥地へと艦隊を進めていく。

 

敵が撤退を開始した時点で提督の興味関心はその先の事に向けられており、敵旗艦の捨て身の特攻も壮絶な最期も大して心を動かされなかったのだ。

 

こうして、共和国軍は月の表側に橋頭堡を確保する事に成功し作戦は次なる段階を迎える事となる。

 

連合軍にとっては僅か4日間の戦いで3個宇宙艦隊を失う大損害を被ったが、これすらも共和国軍の真の目的の前では前哨戦にしか過ぎなかった。

 

 

*1
要はボブルイスク攻勢である

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