機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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第28話

バグラチオン作戦その8

 

月面都市「シャワル」、この都市は月面最大の都市「フォン・ブラウン」と月の裏側に位置する重工業都市「グラナダ」の丁度中間点に位置し、また同都市は月面交通の要であるリニアレールが集まるターミナル駅でもあり、周囲には資源採掘基地とその加工工場があるなど経済交通の両面から言っても重要な拠点でもある。

 

「グリマルディ戦役」の折に連合軍の占領下に入って以降、この都市は重要な物流交通網の要所として拠点化が進められておりその防衛力はプトレマイオス基地を除けば連合軍屈指のものであった。

 

現在都市上空には月の連合軍最後の艦隊、連合軍第10艦隊が都市住民に対し睨みを効かせており、各地で蜂起し連合軍に対する破壊活動を行っている反連合レジスタンスもシャワルでは沈黙したままである。

 

都市市内には戒厳令が敷かれ官庁街や放送施設、発電施設や大気供給プラントなど重要施設は厳重に警備され、公園や地下鉄に警察署など公共施設のテロの標的になりそうな場所には爆弾処理班と探査チームが派遣され爆発物や危険物が無いかの捜索を続けていた。

 

各ビルの屋上にはスナイパー部隊が配置されて幹線道路を監視し、許可のない外出をする市民に対しては見回りの連合兵が無警告での発砲および令状が無くとも逮捕拘束され、都市ドーム内の空は時折連合軍のMAメビウスが市民を威圧するかの様に轟音を鳴らしながら低空を飛行していく。

 

この様な状況下ではレジスタンス達も動くに動けず、ひっそりと地下で息を潜めるしかなかったのである。

 

さて連合軍第10艦隊の旗艦作戦会議室では連日提督と参謀達による作戦会議が開かれており、都市の守りをさらに強硬にすべく様々な計画が練られていた。

 

「現在我が方の防衛準備計画は予定の80%を完了しました、都市周辺には既に三重の防衛ラインを構築し地雷原の敷設作業並びに掩体壕やトーチカへの擬装もほぼ完了しました」

 

「周辺に散っていた部隊も漸く都市周辺に集結しつつあり、現在指揮命令系統の一本化作業を行なっております。これも提督が月本部を説得して下さったお陰です」

 

「工作艦は予定の宙域に配置完了したとの報告が入ってきております、これでいつでも作戦を実行可能です。我が第10艦隊の補給は既に完了しまた壊滅した第3、第5、第9艦隊の残存艦艇につきましては予備兵力として後方で再編中です」

 

参謀達からの報告を聞いていた連合軍第10艦隊提督「ジョージ・モゴメリー」少将、果敢な攻撃精神と思慮深さを持ち合わせている連合軍でも屈指の名将を呼ばれている彼だが、同時に自信家で毒舌家でもある事で有名であった。

 

「ふん、頭の硬い連中(上層部)も尻に火がついて漸く俺の話を聞く気になったか。だが!もっと早く俺が全軍の指揮を執っておれば、こんな無惨な事になどならなかったものを」

 

そう啖呵を切るモゴメリー提督、常々上層部に対して批判的である彼だがしかし今回は本人の言にも一理あり、連合軍上層部の現場を無視した決定により貴重な戦力を敵中に孤立させた挙句に殲滅され、おまけに大した防衛も出来ずに多くの都市を敵に奪われるなど利敵行為を疑われる大失態であった。

 

事実この時月本部では上層部が達が計画した「確地戦略」が破綻し、上層部では互いに作戦失敗の責任を擦り付け合い責任追及と自己保身ばかりにかまけて、共和国軍どころの騒ぎではなくなっていたのである。

 

しかしながら上層部の混乱を上手く利用しモゴメリー提督は艦隊の自由な裁量権と防衛部隊の指揮権、並びに死守命令を撤回させる事に成功し、周辺で死守を命ぜられた部隊を糾合し自身の指揮下に置くことに成功していた。

 

「まあ過ぎたことはどうでもいい、それよりも共和国軍の現在の位置は何処だ」

 

上層部に悪態をついても始まらないとばかりに、気を取り直したモゴメリー提督は改めて

 

「は、月に侵入した共和国の艦隊は現在3方向よりここシャワルを目指し侵攻を続けております。またその後方では月面地表を進む大規模な陸戦部隊を確認しております」

 

「このままの速度ですと敵軍は凡そあと3日程度でシャワル前面に到達する見込みです。現在我が方は周辺の味方部隊と撤退した艦隊の残存兵力を糾合して戦力を増強しておりますが、それでも尚艦隊戦力で3倍以上敵全軍を合わせれば6倍と劣勢である事には変わりありません」

 

聞けば聴くほど状況は絶望的な様に思え、報告している参謀達の顔も暗くなるがその中でただ1人モゴメリー提督だけは思慮深気に顎に手を当てて冷静に状況を分析していた。

 

「ふむ、だが敵軍もこれまでの連戦と長距離を強行軍した事で疲弊しているはず。しかもだ、連中が如何に補給を万全にしようともグラナダとの物理的距離が伸びれば補給も当然滞る、実際敵軍の進撃スピードは当初の計算よりも落ちているのはこの証左だ」

 

古来より大軍が遠征によって壊滅した事例は枚挙にいとまがない、ナポレオンのロシア遠征しかり十字軍しかりモンゴルしかり如何に補給を万全に整えようと、綻びは必ず生まれそれが全体に致命的な影響を与えるのだ。

 

「我々は当初の計画通りここシャワルで敵軍を迎え撃つ、しかし敵と真正面から当たるのでは無くまず敵の艦隊と陸戦部隊とを切り離す詳細はこれから説明する作戦計画の通りだ」

 

そう言ってモゴメリー提督は会議室のモニターに作戦計画図を表示し、幾つかの図形が時間に沿って進んでいく。

 

「まずコスモグラスパー部隊を用い敵の後方を撹乱し同時に工作員を敵後方に浸透させリニアレールを破壊する。補給が途絶えた敵は進撃スピードを大幅に落とすだろう、その隙に敵艦隊の正面に工作艦により浮遊機雷原を設置する」

 

「例え機雷原を除去もしくは隙間を抜かれたとしても、別の工作艦が再度敵の眼前に機雷原を設置し続け敵の進撃スピードを着実に落とす。進撃速度の差で敵艦隊と陸戦部隊の間は次第に距離が開き、ここで敢えて開けていた防衛線の隙に敵陸戦部隊を誘い込む」

 

作戦図では艦隊と速度を合わせていた陸戦部隊が折り重なって進んでいたが、艦隊の目の前に機雷原が設置されると段々と離れていき、陸戦部隊だけがその内突出する形へと変化していく。

 

「知っての通りここシャワルは月の*1リルに沿って建設された都市である。よって都市に突入する為には川の対岸を占拠する必要があり、敵は必ずこのポイントを通る」

 

「後は誘い込んだ敵部隊を伏せていた軍で撃滅、当然敵は援軍を差し向けるだろうがこれを我が艦隊をもって妨害し宇宙と月面の両方から包囲し敵の陸戦部隊を丸ごと殲滅する」

 

対岸を目指し進んでいく共和国陸戦部隊は待ち伏せていた連合軍によって包囲されて退路を失い、また包囲された陸戦部隊の頭上に蓋をする様に連合軍第10艦隊が動き敵の救援部隊を妨害し、その間に包囲下にある敵戦力は急速に萎んで行きやがて「0」とだけ表示される。

 

「陸戦戦力を失った敵軍は都市占領能力を失うが、これでも尚侵攻を続けるのならば陣形を変化させ今度はコチラが艦隊と月面部隊の縦深を持って敵を迎え撃つ。諦めて撤退する様なら味方艦隊と合流して敵を追撃しこれを徹底的に叩く、以上が作戦の概要である」

 

それまで暗い面持ちを浮かべていた参謀達もモゴメリー提督の話を聴くにつれ段々と気を持ち直し、また提督自身の力強い言葉と何よりも全身から漲る自信とが伝播し参謀達自身もまたやる気に満ち溢れていく。

 

優れた将とはまさにこの様にどの様な状況下であろうとも部下に絶対の自信を抱かせる者の事を言い、そう言った意味ではモゴメリー提督は一流の将たる資格を十分に持っていた。

 

部下達一人一人の顔を見渡すと、モゴメリー提督は1人大きく頷くと作戦会議の締めにこう言った。

 

「さて諸君、仕事を始めよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてここで一先ず視点を変え、共和国軍による「B号作戦」を開始する遥か前C.E.(コズミック・イラ)71年初頭を振り返らなければならない。

 

この頃、宇宙は小康状態にあり3月に起きた「コンペイトウの戦い」もまだその影を覗かせてはいなかった。

 

前年に月面都市グラナダを併合して以降、共和国軍は同地に軍を派遣しグラナダとその周辺都市に部隊を展開させその防衛に努めてきていた。

 

月面で採掘される各種資源だけでなくその加工精製工場と何よりもアナハイム社の存在が、併合以来同都市を戦略的価値だけでなく共和国という国家そのものの生命線と化しつつあったのである。

 

グラナダとその周辺都市を守るために設立された「グラナダ防衛軍」、派遣された宇宙艦隊とMSだけでなくグラナダ市民と共和国本土からの志願兵からなる郷土防衛隊を指揮するウォルター・カーティス少将は、今日本国よりある1人の男を呼び寄せていた。

 

グラナダ市内にある幹線道路を一台の軍用リムジンが走り、車内では居心地の悪そうに席に座る男ユライア・ヒープ中佐は所在なさ気に窓から見える風景を眺めて気を紛らわせようとしていた。

 

「中佐はこの様な歓待はお嫌いですか?でしたらこちらの不手際です、後少しで防衛軍の本部ビルに到着いたしますのでそれまでご辛抱を…」

 

ヒープ中佐の対面に座る出来る秘書風の女性、アリソン・ハニンガム大尉にそう言われて、慌てて彼は首を横に振って否定する。

 

「いや、君のせいでは無い。何ぶんこれまでこんな高級車に乗った事なんてなくてな」

 

そう言って「あはは」と誤魔化し笑いをするヒープ中佐、無論言った事は理由の半分を占め、軍用リムジンの車内は外見の無骨さを差し引いても、中身の豪華さと乗っている人間が十分に寛げるだけのスペースを提供しており、そういったものに長い人生で縁のない人間からすれば変に遠慮し気後れしてしまう代物である。

 

がもう半分の言葉に出さなかった部分では彼は不信感を募らせていた、ヒープ中佐は実を言うと純粋な軍人ではなく戦争前は企業人であり、ある種の専門知識とその専門家であると言う理由で軍に招聘された。

 

彼は軍属として少佐の階級を与えられ、幾つかの作業に参加し一応の働きを認められ現在はその一つ上の中佐の階級を与えられている。

 

それに故に何故自分のような人間にここまでの厚遇をするのか、その理由に彼は皆目見当もつかず言い知れぬ不安感を抱いていたのだ。

 

「しかしグラナダの街並みは噂には聞いていたが綺麗だな、ここが戦場だとは到底思えない」

 

「先の戦い以降月は最前線を含め安定しております。防衛軍は市民の慰撫に務め、公共工事への協力やイベントへの参加など十分な協力関係を築いております」

 

誤魔化すかの様に自分で話題を振っておいて何だが、大尉の言葉を半分聞き流しながらヒープ中佐は過ぎ去っていく窓の外の光景に思いを馳せる。

 

他の都市と同じく巨大なクレーターを利用したグラナダは天井をガラス状のドームで覆うのでは無く、完全に都市を地下化していた。

 

これは月の裏側と言う環境ゆえ隕石の落下が多く、それらからグラナダを守るために地下に潜りそこに都市を建設したためである。

 

しかしながら地下の薄暗いイメージとは違いクレーターの上部に蓋をする様に建設された巨大な天井からは透過された十分な太陽光が降り注ぎ、また太陽光が無い時は人工の光が都市内部を照らし市民生活に全く支障がない明るさを提供していた。

 

地下都市自体は加工した資材を打ち出すメインシャフトを中心に放射状に広がり、重工業都市らしくそれらは幹線道路に沿って8つに区切られており、クレーター内側の内周地区とクレーターの外壁に沿った外周地区とに分けられ、それぞれ特徴を持った計16の地区によって管理されている。

 

住民の居住地区は工場エリアから離れている為か建物に汚れは無く、道行く人々の服装や表情は明るいものであり、自分で言って置いてなんだが本当にここが戦場である事を忘れさせた。

 

しかしながら時折街角や交差点を銃を持った兵士が立哨しており、軍用リムジンが信号で止まった時角を曲がって現れたサムソントレーラーの荷台にMSが寝かされるように固定されているのを見て、改めてここが戦地である事を自覚させる。

 

その後は特に何事もなく軍用リムジンは都市郊外にあるグラナダ防衛軍本部ビルの正面玄関に着き、そこから受付を通す事なく直接防衛軍司令ウォルター・カーティス少将の執務室に通された。

 

(おや?司令のご趣味が変わったのかな)

 

まず執務室に通され最初に驚いたのは部屋の広さと豪華さであり、先ほどまで乗っていた軍用リムジンなど比較にならない程に丁寧に整えられた調度品類や室内の壁紙に至るまで、ここが高級ホテルのスイートルームと言われても不思議では無い。

 

しかしながら噂で聞く質実剛健なカーティス少将の人物像とは些かかけ離れた部屋の内装に、ヒープ中佐は戸惑いを隠せないまま進められるままに執務室のソファーに腰掛けた。

 

いつの間にか目の前には高級なティーセットが用意され、磁器のポッドから注がれた紅茶の香りが部屋の中に広がり試しに口をつけてみたものの、生憎とこれを美味いともなんとも表現できる程彼の舌は肥えてはいなかったものの、しかし同時に進められた茶菓子の上品な甘さだけはここまでの道中で抱いていた不審や不安感を和らげることには成功する。

 

座っていたソファーの背後で扉が開く音がし、反射的に立ち上がったヒープ中佐の前にグラナダ防衛軍司令であるカーティス少将が現れる。

 

「ユライア・ヒープ中佐、ご命令により参上いたしました」

 

「うむ、グラナダ防衛軍を預かるカーティス少将だ、貴官の着任を歓迎する」

 

互いに敬礼をし形通りの挨拶を交わす、そうして改めて席を進め互いに腰を落ち着けた所で初めてカーティス少将は態度を和らげ親し気に声をかける。

 

「いや、久しぶりだなユーリ」

 

ヒープ中佐の事を親し気に“ユーリ“と愛称で呼ぶカーティス少将、実を言うと2人はこれが初めてではなく以前にも交流があったのだ。

 

その時の詳しい話は置いておくとして2人は暫し旧交を暖め、再度お茶が入れ直され紅茶の味も今度は美味く感じる事が出来たユーリである。

 

「君も驚いた事だろう、私も最初この部屋に来た時は驚いたよ。どうもグラナダの政治家や企業の資本家が余計な手回しをしたらしくてな、要らんと言っても連中は聞きやせん。売り払って処分し軍の資金に換えてもいつの間にか新しく家具やら調度品やらが増えているのでな、下手に断るのにも疲れたのでそれっきり任せるままになっているのだ」

 

それは所謂賄賂なのではとはヒープ中佐は口が裂けても言えなかった、最もこの堅物司令を前にしては海千山千の月企業や政治家達もお手上げだった事が彼には容易に想像できる。

 

尚最後の砦である寝室だけは、何がなんでも守り抜いた事だけは追記しておく。

 

「でだ、早速だがユーリ、君には一つ仕事を頼まれたい」

 

「は、小官にできる事でしたら」

 

そう言って手渡された作戦計画を記した書類に目を通していくヒープ中佐、今時紙の書類もプラントが地球に対して行ったNJ(ニュートロンジャマー)の影響でありとあらゆる通信機器が妨害された影響で復権して久しく、自身も何度か取り扱った事はあったもののしかしここはグラナダである。

 

NJの影響も少ない此処グラナダと本土コロニーでは軍用電子ネットワークは十分に機能する、にも関わらず手書きの作戦計画書を渡された事でこれが唯ならぬものである事を彼は察知した。

 

つまり暫くはこの計画を公的な物にしたくは無い、または情報を外部に漏らしたく無いどちらか或いは両方の理由によるものとヒープ中佐は推察する。

 

特に目についたのは「オクトパス」と言う単語が所々散見され、最初それが何かの暗号なのかと彼はカーティス少将に尋ねたが、その正体は呆気ないもので「グラナダより8つに伸びるリニアレール鉄道故にオクトパス」と答えを聞かされる。

 

「8つの主要な月面鉄道、これを統一した指揮の元輸送効率の抜本的な改革を行う。その指揮を君に頼みたい」

 

「小官にですか?しかし小官は単なる一介の中佐に過ぎません」

 

いきなり月面に呼び出され月の輸送部隊の統一指揮を執れと言われて、そう簡単には了承するほどヒープ中佐は人が良い訳ではなく無くまた年齢相応の警戒心を持ち合わせていた。

 

「その一介の唯の中佐にしておくには惜しい、優秀な将校だと私は見ている。公式には君は私の幕僚の1人として主に輸送関連業務を代行する事になる。そちらについては既に辞令がおりておる」

 

「何故ここに君を呼び寄せたのか。いい加減ユーリ、君自身気づいているのでは無いか?それにいつまでもタダ飯ぐらいでは居心地も悪かろう」

 

そうカーティス少将に言われてヒープ中佐は降参とばかりに両手を上げた、今まで何だかんだと理由をつけてのらりくらりと躱しているつもりであったが、少将にはとっくにお見通しであったのだ。

 

「降参であります少将、つまり欲しいのは私の軍人としての能力では無く、それ以外についてですな」

 

ユライア・ヒープ中佐は軍に招聘される前、民間企業に勤め特にコロニーと地球間の輸送業務を取り扱うロジスティクスの専門家であった。

 

特に商業大学時代に書いた「老朽化するコロニー内流通網の問題点とその改善案」について述べた論文が大企業の目にとまり、卒業前に高待遇でスカウトされたと言う逸話は広く業界内で知れ渡っている。

 

大戦勃発後当時共和国は真剣に火星圏への国家移転や配給制を本気で考えており、国内物流の混乱を抑え円滑に作業を進めるべく民間人であった彼を軍部に招聘し(これは機密情報を取り扱う上で軍属と言う立場が丁度良かった為である)、その専門家としての知識と経験を大いに奮ったのだ。

 

しかし既に承知の事実の通り、共和国は火星圏への脱出も配給制も実施する事なく現在は地球にまでその手を広げており、彼が心血を注いで作り上げた計画は無用な長物となっていたのである。

 

その為、彼は一応の労をねぎらう形で昇進され一時期は地球方面での補給輸送計画策定のため地球に降ろされる予定であったが、軍の後方勤務のボスことマ・クベ中将自ら計画と指揮を執った事でそれも立ち消えになっていた。

 

つまり現在の彼は特に仕事も無く、少将が言う通り日がな一日中与えられた部屋で椅子に座って「タダ飯を食う」以外に仕事が無かったのである。

 

カーティス少将はこれを知った時、自分もよく知る有能な人材を無駄に腐らせていると憤慨し自身のもつありとあらゆる権限を持って彼をグラナダに呼び寄せたのだ。

 

「しかし先ほどざっと目を通しただけですが随分と穴の多い計画書ですな」

 

書類に改めて目を通すヒープ中佐、彼もそこまで軍歴が長くないとはいえこんな穴だらけの計画書を見た事がない、それを伝えるとカーティス少将は相貌を綻ばせながら、「君の能力を十分に発揮できる、自由な裁量権を与えられたと思えば良いではないか」と言われてしまい、それならばと更に突っ込んだ事を聞くヒープ中佐。

 

「それならば、閣下はまだ小官に隠している事がお有りですな?」

 

「君には隠し事は出来んな。良いか此処でこれから話す事は他言無用だ、もし仮に何処かからこの話が聞こえた場合私は君を情報漏洩の罪で拘束せねばならん。いいな決して話さず墓場まで持っていけると約束できるな?」

 

途端に先ほどまでの和やかな空気は霧散し、共和国軍グラナダ防衛軍司令の顔となるカーティス少将の変わりように、思わずヒープ中佐は生唾を飲み込んだ。

 

如何にカーティス少将が自分を高く評価しているとは言え、此処に来るまでの様子からこれは単に少将1人の好意によるものでは無くもっと上の何かが関わっていると、軍人としてではなく企業人として数多くの修羅場を潜り抜けてきたヒープ中佐の経験からくるある種の“カン“がそう囁いていたのである。

 

こうして少将の口から「B号作戦」について聞かされるのであった、その途方もない計画に思わずヒープ中佐は何度も目眩がしそうになるも、話が終わるまで何とか堪える事が出来た。

 

「閣下、これは途轍もない話です。とても小官1人ではこの仕事を果たせそうもありません」

 

「だからこそ君に与えられた自由裁量権がモノを言うんじゃないか。君はこれから君が必要と思う人材を誰でも召集出来るし、必要な施設を自由に使う事もあるだけの物資も個人の裁量で使って構わん。それで足りないのなら後から幾らでも追加できる、正に仕事人としては理想的な職場では無いかな」

 

言うは易しである、確かに一介の中佐風情に与えられるにしては過ぎたものである、しかし何事もリスクはあるもので仮にこの計画が上手く運ばなかった場合ヒープ中佐と彼を任命したカーティス少将の2人はタダではすまない。

 

いや2人だけで済めば良い方で、最悪関係者やその家族親類縁者に行きつけのパン屋の店主含め全員が国家反逆罪で逮捕拘束されたうえ、軍事法廷で裁かれて最低でも無期懲役最悪の場合死刑か拷問に掛けられて獄中死もありえた。

 

そんな自身だけでなく他人の人生までも賭けた大博打を前にして途端に顔が暗くなるヒープ中佐に対し、カーティス少将は優しく諭すように語りかける。

 

「…迷っている様のならこのまま部屋を出ていって貰って構わん。君は今日ここで何も聞かなかったし私も何も話さなかった、それで後は元通りだ」

 

自身が迷い怖気付いているとカーティス少将にそう思われ気遣われたヒープ中佐は、逆に目を爛々と輝かせ不適な笑みを浮かべてこう答えた。

 

「いいえ、やります寧ろ此方からお願いしてでもやらせてください。閣下の目は確かです、こんな途方もない仕事を宇宙広しと言えど共和国では私しか成せないでしょう」

 

「そう言ってくれると助かる。しかし引き受けてくれて何だか、何故急に元気になったのだ?」

 

先ほどまでの暗い表情から一転して、ヒープ中佐の顔は今まで見たことのない程生気に満ち溢れていた。

 

「だって面白いじゃありませんか、共和国の命運を賭けた作戦がたかが一介の中佐風情に掛かっているなんて。下手なミリタリー小説でもそんなバカな話は書きませんよ」

 

「それに小官に閣下は仰ったではありませんか。『タダ飯ぐらいは居心地が悪い』、私も良い加減無為徒食に飽きました」

 

 

 

 

 

*1
溶岩が流れた跡や洞窟の崩落によって出来た溝の事。川状に蛇行するものを川状リルとも言う

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