バグラチオン作戦その13
月面都市エアーズ市、古くは観測基地に始まったこの古都市は半径30km四方に広がり同市に備えられたマスドライバーからは、嘗てコロニー建設用の資材が打ち上げられそこそこ栄えてはいたものの、
住民の大半は観測隊員の子孫で占められており月の表と裏の丁度境界線状と言う都市立地と地球を観測する事が殆ど出来ないと言う環境から、やがて地球その物を神聖視する
その為
同じ
連合軍とザフトそして共和国の3つの前線が交わる
また共和国参戦後にはザフトの間で行われた先の「コンペイトウの戦い」や現在行われている「ボアズ攻略戦」の様子を観測しており、連合軍に両軍の戦力配置や移動経路などの貴重な情報を提供していた。
長らく宇宙での劣勢を続けていた連合軍はその規模に反して完全に制宙権を握っていられるのは月と地球間の航路だけであり、ユーラシ連邦の宇宙要塞「アルテミス」が陥落して以降それ以外の宙域に恒久的な拠点や監視情報収集基地を設置する事は難しく、「エアーズ市」にこの方面は頼りきりであった。
その為、他の月面諸都市の様な連合軍の進駐や過酷な収奪を受ける事なく都市は戦前と変わらぬ完全な自治独立を維持しており、今では公然と都市防衛組織である「エアーズ市民軍」を連合軍に派遣し協力するまでに関係を深めている。
連合が勝てばエアーズ市の市民には地球への移住権が与えられ、聖地地球に直接巡礼できると言う宗教的高揚感に支えられた彼等は観測基地建設以来の使命感に燃えていた。
全てが赤く染まっていた、目の前の光景も都市も自身から流れる赤い血を含め彼の視界は真っ赤に染まっていた。
エアーズ市市長であるカイザー・パインフィールドは自身の執務室の机に右手に銃を持ったまま倒れ伏し、全てが赤く染める光景をただ黙って見ている事しか出来なかった。
その日いつもの様に中央政庁ドーム内にあるマホガニーで出来た執務室の扉を自分の手で直接開け、同じく地球産の本物のオーク材で出来た執務室机に向かいこれまた地球産の本革張りの椅子に腰掛けたパインフィールド市長は、彼の決済を待つ書類が運ばれてくる前の一時の時間を葉巻を曇らせて楽しんでいた。
彼が今咥えている葉巻も座っている椅子も机も床や天井さえ地球から態々連合軍への協力の見返りとして運ばれてきたものであり、地球至上主義を信奉するエアーズ市にあってこの執務室は大聖堂でありまた彼はその大神官であったのである。
戦争は激化の一途を辿っており、それに比例してエアーズ市が負う役割と見返りも市長の懐も大きくなる一方であった。
このまま行けば遠からず国力の差で連合の勝利は硬いと彼は見ており、最終的に勝利の分前として彼と彼の家族には地球での邸宅が用意されていたのである。
支援を曇らせる中彼が今後の未来について夢想する中、突如として部屋を明るく照らしていた照明が落ちてて思わず葉巻をこぼしてしまい、床に落ちた葉巻の火以外視界は真っ暗に染まった。
「全く忌々しい」
パインフィールド市長は朝の爽やかな気分を邪魔されて、デスクの通信回線を手に取って管理者に問い合わせようとした。
老朽化著しいエアーズ市は彼が市長に就く前から度々電力不足により都市の照明が落ちる事があり、連合軍への見返りで新型蓄電バッテリーや太陽光発電パネルなどを手に入れて以降こういった事は珍しかったのである。
「どうせ配線の老朽化か何かだろう、また連合の厄介にならなければならないな」と心の中でそうボヤキつつ、彼は暗闇の中でもある程度机の上に何があるのかその場所を覚えていた為直ぐに通信回線のを探し当てて管理者を呼び出すボタンを押した。
「?」
1度押して反応が無いことを不思議に思い、2度3度と立て続けに押しまた他の部署へのボタンを押しても回線は沈黙を保ったままであった。
流石にここにきて不審に思ったパインフィールド市長は隣室に待機している秘書官を呼び出す、しかし先ほどと同様呼び出しベルを押しても大声を出しても誰も応える者はなかったのである。
まるで突然真空の宇宙に1人で放り出されたかの様な孤独感が市長を襲い、ただ一つ床に落ちた葉巻の火が絨毯を焦がす匂いだけがここが今朝と同様に執務室だと言う事を教えていた。
ここでパンフィールド市長はある考えに行き付き、慌てて執務室の普段は月面の風景を映し出している巨大モニターをどかし中央政庁ドームの窓から外の風景を覗き見た。
普段は人工太陽光で明るく照らされている筈の官庁街に街や通り街灯の一つに至るまで執務室同様に全てが闇の中に沈んでいた、しかし次の瞬間腹の底から響く振動がしたかと思うと都市は一瞬で紅蓮に染まる。
次々と発電所や幹線道路、政府主要施設や宇宙港から火の手が上がり今朝まで平和だったエアーズ市を灼熱地獄が襲いかかってきた。
よく見れば中央政庁ドーム内を飛行する見慣れない人型の影を見つけ、段々と政庁に近づきそれが人ではなく巨大な人型の機械MSであると認めると市長は、これが単なる事故では無くテロか或いは軍による攻撃だと判断すると、慌てて執務室の扉を開けて外に出ようとする。
先程の停電といいい回線の遮断といいこれが敵の破壊工作の一環である事は明らかであった、その為パインフィールド市長は執務室を出て直接行政部に設置されたエアーズ市防衛軍司令部を目指そうとしたのだ。
あそこは各施設や回線とは独立しており、市内各所や全域をモニターする設備を持ち市内の現状を把握するのには一番の場所であった。
市長がマホガニーの扉のドアノブに手を掛けようとした寸前、扉は誰ともなく開け放たれ扉の向こう側から全身をボーディーアーマーで覆った武装したノーマルスーツの兵士達が流れ込んでくる。
一斉に銃口を向けられ思わず後退りするパンフィールド市長は、そのまま革張りの椅子にへたり込んだ。
「エアーズ市市長パンフィールドですな、現在エアーズ市は我々の完全な制圧下にある。大人しく投降していただこう」
銃を構えた兵士達の中から指揮官と思わしき1人が進み出て、言葉とこそ慇懃であはあったが態度からは明らかに敗者を嬲り侮る姿勢と裏切り者に対する侮蔑の視線が見てとれた。
「き、貴様らは一体…!?」
「我々は共和国軍だ、この宇宙に生きる全てのスペースノイドを解放する為に我々はここに来た。市長貴方には外患誘致罪、外患援助罪、中立違反、特別背任、他多数の罪状と容疑で逮捕命令が出ている。大人しく我々に従っていただこう」
「誰が!」と激昂する前に指揮官の背後で武装した兵士達が冷たい銃口をパンフィールド市長に向け、その威圧感に思わず彼はオーク材で出来た執務室の机に頭を抱え込む。
どれもこれも身に覚えのないでっち上げの罪状であり、たとえこの場は従って何とかなったとしてもその後には処刑台が待っているのは確実であった。
共和国とは罪の無い者に罪を着せるのはお家芸だと、彼は連合軍から聞き及んでいたのである。
彼はここにきてもまだ自身の身の潔白を信じていた、いや地球を信奉し奉仕する自信が何故裁かれなければならないのか彼には心底全く検討がつかなかったのだ。
狂信故の視野狭窄と言ってしまえばそこまでだが、彼にはまだこの場を切り抜けられる手があった。
後はその気が来るのを待てば…「残念だが市長、我々も遊んでいる時間はない。連合軍は貴方を見捨てた、故に此処には来ない」まるで自身の考えを見透かされたかの様な言葉を掛けられ、思わず動揺を露わにする市長。
エアーズ市は定期的に連合軍に連絡と情報のやり取りをしており、今朝の定時連絡は市長自らが立ち合いの元行うのが既に定着していた。
それ故、不審に思った連合軍が事態を知って援軍を派遣してくれるまで市長は何とか時間稼ぎをして待つつもりであったのである。
「最も連合軍は来たくとも来れないのだがな。付近の基地や拠点は既に我々の制圧下にある、よってここには援軍も来ないし貴方方が言う「市民軍」もまた同様だ」
市長の希望にまるでトドメを刺すが如く、指揮官は続けて改めて現実を叩きつける。
それを嘘だと市長は拒む事も出来たが、ここまでの手回しの良さと誰にも気づかれずに政庁を占拠する腕前から見てウソをつく通りが見当たらなかった。
つまり彼パンフィールド市長は完全に孤立無縁で、このまま暗い監獄で滅亡の歌を歌い続けるハメになると言う事であり、プライドの高い彼はその運命に甘んじる気はさらさら無かったのである。
彼は素早く(当事者の自己認識ではそうであり、周囲からはあからさまな動作で)引き出しから銃を取り出すと相手に銃口を向けようとして、その時には既に指揮官や周りの兵士達も含め全員が照準を定め終わっていた。
「市長これが最後の警告です。武装解除し我々に投降するか…」
さもなくば射殺すると言外に狙いをつける事で圧力を掛ける指揮官に、勢いのままに暴発しようとした市長はしかし今更後に引けないとばかりにトリガーに指をかけた。
パン、と乾いた音が響き地球から運び張り替えたばかりの高級壁紙に指先程の小さな穴があき市長が手に持った銃口からは煙が立ち上るもそれ以外何ら相手に被害を与える事はできなかった。
「残念です」とでも言いたげな冷たい視線をした指揮官は銃弾をしっかり3発、頭と胸に2発ずつ撃ち込み市長は銃を手に持ったまま机に倒れ伏す。
「こちらダグザ少尉、市長が抵抗したため已む無く射殺しました」
執務室に突入した共和国軍兵士達の指揮官、ダグザ・マックール少尉はヘルメットの通信機に手を当てて司令部に市長殺害を報告した。
中央政庁ドームに潜入した彼ら共和国軍参謀本部直轄の特殊陸戦部隊の隊員達は、幾つかのチームに別れて既に主要政府施設や行政部の防衛指令部を占領し終えており、ダグザ率いるチームは市長の身柄確保を命ぜられていたのである。
しかしこれは本来の任務から言えばオマケの要素が強く、最悪死体でも構わない市長とは違い本命はエアーズ市そのものの占拠であり、後は本隊に同市を引き渡せば彼らの仕事はそれで終わりであった。
本部からの命令に従いダグザ少尉は部下に撤収を命じ、最後に執務室を後にする時もう一度だけ市長だった者の亡骸を見てからマホガニー製の扉を閉めた。
やがて締め切られた室内には床に落ちたタバコの火から出火し、市長の遺体と彼が抱いた野心と虚栄の都市と共に炎が部屋を赤く染めていく事となる。
月のレジスタンスの協力と内部に潜入した工作員の破壊工作によりエアーズ市の占領に成功した共和国軍は、これにより連合軍の耳と目を奪うと同時に同都市占領に前後して始まった「B号作戦」により連合軍はエアーズ市を失った事に気づかないまま撤退を続け、その間共和国軍から送られてくる偽のエアーズ市からの情報に踊らされ共和国軍は“グラナダ方面“しか攻撃してきていないと誤認させた。
L5に位置する拠点は何もザフトのボアズだけでなく共和国の宇宙要塞「コンペイトウ」もまた然りであり、同要塞司令にして共和国軍第2“親衛“連合艦隊提督グリーン・ワイアット中将はこれにより連合軍の目を欺き極秘裏に自ら艦隊を率いて月面に向かいつつあった。
そうして時は現在
「敵艦隊中央に巨大艦を確認、最大望遠です」
第10艦隊旗艦のモニターに映し出された白亜の巨艦、漆黒の宇宙に不釣り合いな程不気味に白く輝くそれを見た時ジョージ・モゴメリー提督の脳裏にある嫌な予感が過ぎる。
「照合結果出ました!バーミンガム級バーミンガムです」
その名を聞いた時モゴメリー提督の予感は最悪の形で的中した、つまりこの場合問題は敵の艦ではなくそれに一体誰が乗っているのかと言うことであった。
「コンペイトウのワイアットが出て来たと言うのか!?先のボアズ戦と言い我々は欺けられぱなしではないか」
モゴメリー提督は苦々しげにそう言い歯噛みした、連合軍はこの戦いにおいて相手に常に1歩も2歩も遅れをとっておりその結果無惨な敗北をこれまで続けてきた。
それと同時に提督は自分達連合がザフトとコーディネイターを敵対視する余り、共和国を侮り彼らの真の実力を見誤ってきた事を自覚する。
共和国軍はボアズ宙域に100隻もの艦隊を展開させながら月での戦いにこれまで確認されただけでも600隻以上、更にここに来てコンペイトウの宇宙艦隊を全力で投じて来たのである月に最低でも800隻の艦隊に敵の陸上部隊を合わせれば、地球連合軍の結成当初に匹敵する規模であり共和国軍はこの戦いに一体どれ程の戦力を注ぎ込んで来たのかを考えると眩暈さえ覚えた。
「敵艦隊より月面に降下する物体を確認!敵の揚陸船団だと思われます」
ダメ出しとばかりにワイアット艦隊から揚陸船団が月面に降り立ち、月の大地に新たな戦線を形成する。
月面都市シャワル都市直近に展開した共和国軍陸上部隊は川状リグの対岸に陣取り、リグに沿って防衛ラインを築いていた連合軍は完全に後背を突かれる形となり、最早火星師団の包囲殲滅どころでは無くなっていく。
一方等のワイアット提督は旗艦バーミンガムの艦橋で司令席に座りながら優雅に(呑気とも言う)従卒が淹れた紅茶の味と香りを楽しんでいた。
「閣下、もうそろそろ戦闘宙域に入ります。念の為ノーマルスーツをご着用下さい」
艦橋内には紅茶の芳醇な香りが漂い、これから戦場に突入するとは到底思えない空気に耐えきれずバーミンガムの艦長は思わずそう言ってからしまったと顔を顰めた。
共和国きっての名家であり古くは旧世紀から続く貴族の家系であるワイアット提督は、何よりも彼と家の持つ文化と伝統を大事にしている。
それを無粋にも邪魔する者があれば、後でどんな眼に遭うか想像するに恐ろしかった。
「艦長、貴官の職責に対する献身は尊いものだ。しかし、指揮官たるもの常に部下の前では余裕を見せることもまた重要なのではないかね?」
しかし等のワイアット提督は一向に気分を害した風もなく磁器のカップ(地上軍のマ・クベ司令に無理を言って茶葉と共に送って来させた)を優雅な手つきでソーサーに置くと、まるで子供に諭すかの様な戦場に不釣り合いな優しげな口調でそう言われて、艦長も思わず同意するしかなかった。
これが宇宙要塞コンペイトウ副司令のラコック大佐であれば、それでもと忠言を曲げずにいただろうが生憎と現在はコンペイトウの留守を預かっておりこの場にはいなかったのである。
その為艦長はただ「はぁ」とだけ言って消極的な姿勢を取らざる得ず、これが果たして自身が任される共和国最大最強の艦バーミンガムの初陣で良いのかと暫し頭を悩ませるのであった。
共和国が開発建造したバーミンガムは全長400m以上にもなる巨大艦であり、宇宙要塞コンペイトウのドッグで長らく改装と艤装が続けられ今日この日初の実戦を迎えようとしていたのである。
船体に施された最新鋭のビームコーティングによりコンペイトウの守り神巨大MAビグザム同様白亜に輝き、全身に張り巡らされたハリネズミの様な対空砲火と単艦で戦艦一個戦隊に匹敵する火力に両舷の上下に4つのMSデッキとカタパルトまで備え、48機を超える艦載機数を誇っていた。
優美な船体とそれに似合わぬ重武装を誇るバーミンガムをワイアット提督は深く愛し、生涯に渡ってこの艦に乗り続けたのである。
そうこうしている内に月面都市シャワルから出撃し、共和国軍火星師団を爆撃しようとした連合軍第10艦隊は進路を変え寡兵でもって共和国軍ワイアット艦隊に立ち向かおうとしていた。
互いに接近し両軍の射程距離に相手を納めるか否かの距離にまで近づくと、モゴメリー提督とワイアット提督は互いに同じタイミングで攻撃指示を出す。
「撃て」
「撃てぇぇぇぇ!!」
ワイアット提督は優雅な動作で右手を振り下ろし、モゴメリー提督は部下を鼓舞するが如く勢いを持って命じた。
両艦隊の相手に激しい砲火が交わされ、月面都市シャワル上空でビームとミサイルが踊る破壊の花火が咲き乱れる。
連合軍はワイアット艦隊に対し数で劣りながらも戦力で2倍以上の相手に果敢に応戦し、対する共和国軍ワイアット提督は慌てず揺るがず分厚い壁の様に戦列を並べ数と火力の差を活かして圧殺しにかかった。
月面状では揚陸艦から吐き出された陸戦部隊が一路シャワルを目指し猛進撃を続け、都市に残る守備隊は都市内部のレジスタンス鎮圧部隊までも動員して決死の防衛を行う。
ここに月面都市シャワルを巡る決戦の火蓋が今切って落とされたのである。