バグラチオン作戦その15
月面都市シャワルの宇宙港で撤退準備を進めている連合軍は、時折聞こえてくる外の轟音と振動に時折手を止めつつも兵士達は乗り遅れまいと物資の搬入を急いでいく。
損傷した旗艦から比較的損傷の少ないネルソン級宇宙戦艦に座乗艦を移したジョージ・モゴメリー提督は、苛立たしげに指揮官席の肘掛けを人差し指でトントンと叩いた。
「まだ出航の準備は終わらんのか?」
「提督、それよりも都市に取り残された友軍救出のため援軍を派遣しなくて本当に宜しいのですか?味方を見捨てたとあっては将兵の士気に影響が…」
「ふん、士気などとっくに落ち切っておるわ!それよりもレジスタンスの連中はトレーラーに気がついたか?」
「は、はい。通信傍受によってこちらがライフラインに設置したトレーラーは、既にレジスタンス連中が確保したとの事です。しかしブービートラップを警戒して、移動させる事はできてはいないようです」
それを聞いてモゴメリー提督は邪悪な笑みを浮かべた、彼が仕掛けた罠にまんまとレジスタンス達は食いついたのである。
この少し前に月面都市シャワルの放棄を決めたモゴメリー提督は、無事な士官達に都市から部隊を撤収させつつ同時に爆発物を満載したトレーラーを重要施設の目立つ場所に放置する様命令していた。
モゴメリー提督は都市を無傷で共和国軍に渡す気など到底サラサラ無く、都市機能の中枢に甚大なダメージを与える焦土作戦を実行すべく少ない時間と資材の中からとある計略を仕掛けていたのである。
それは都市の各所に潜るレジスタンスに敢えて爆発物を見つけさせ、レジスタンス達が爆弾の解除に躍起になっている間に速やかに部隊を宇宙港に撤退、その後出航準備が整い次第都市を離れる手積りであった。
出航と同時に爆装させたMAメビウスを都市内部に放ち、爆発物を満載したトレーラーを標的にこれを爆撃しレジスタンス諸共都市の重要施設を破壊し、ダメ出しとばかりに破棄した旗艦を自動操縦で都市に突っ込ませ、弾薬を満載した艦をワザと墜落自爆させて都市機能を完全に破壊する手筈を整えていたのである。
名目上はレジスタンス掃討時の事故であり、運悪く重要施設の近くに爆発物を満載したトレーラーがありこれまた運悪く誤射によって誘爆してしまい重要施設に甚大な被害を齎し、事態を収集すべく都市内に突入した旗艦も戦闘の損傷によるダメージでコントロールが効かず敢えなく墜落。
結果歴史ある都市は蜂起したレジスタンス諸共壊滅し灰燼に帰す、と言うのがモゴメリー提督が建てた筋書きであった。
無論無理のある話であったが、連合軍は一応月の守護者を自称する立場上他の月面都市への言い訳が必要であり、特にシャワルには連合軍の恥部とも言える施設があり万が一の場合に備えて態々月本部から年ごろに言い含められており、証拠隠滅も兼ねて都市そのものを破壊する必要があったのである。
無論そうならない様にプトレマイオス基地の月本部連合軍は援軍の派遣を約束しており、それを信じて無謀な戦いに挑んだモゴメリー提督こそ被害者であったとも言えた。
現在撤退準備を進める連合軍兵士達は破棄した旗艦に詰め込めるだけの弾薬を運ぶ作業を急ピッチで進めており、それ以外の航行可能や軍艦や宇宙港に残された民間船舶を無理やり接収して生き残りの将兵達を詰め込み脱出の準備を整えていく。
無事に宇宙港を離れ都市の破壊を確認した後、脱出した連合軍艦艇達はそれぞれバラバラの方向に逃げる様命令されており、シャワル崩壊で動揺するであろう共和国軍包囲網の隙を突いて撹乱し少しでも将兵が逃げ延びられる確率を上げようとしていたのだ。
「提督、包囲している共和国軍に動きがあるとの事です。恐らくレジスタンスとの動きに呼応したものと思われます」
「弾薬の積載状況は?」
「現在計算した量の60%の積み込みが完了しています。このままの量でも都市破壊には問題ないかと…」
「うむ、積み込み作業にあたっている兵士達を撤収させろ、準備が整い次第作戦を実行する。我々が生きて故郷の土を踏めるかは、この作戦の成否に大いに関わっている」
提督の命令が下され積み込み作業を行なっていた連合軍兵士達は作業を中断する、作戦が決行され次第詰め込めなかった残りの弾薬を使って宇宙港を爆破する手筈となっており、彼等は巻き込まれまいと我先に艦へと乗り込んでいく。
宇宙港の滑走路では爆装したMAメビウス達が管制室から出撃の合図を待っており、命令が出され次第彼等は都市上空から死の雨を降らせる手筈となっていた。
月面都市シャワル壊滅まで残された時間は後僅か、果たして「自由シャワル同盟」のレジスタンス達と共和国軍は連合軍のこの恐るべき計画を阻止できるのであろうか?
一方その頃月面都市シャワルを包囲する共和国軍は、都市内部でレジスタンス達が一斉蜂起したとの報告を聞き急ぎ軍を進ませる準備を進めていた。
シャワルをなるべく無傷で手に入れたい共和国軍第1連合艦隊提督マクファティ・ティアンム提督は、都市に逃げ込んだ連合軍が自棄を起こさないよう当初彼等に降伏を促し無血開城を目指そうとしていたのである。
共和国軍が補給を頼るリニアレール、その結節点とも言うべき場所がシャワルでありここを無傷で抑える事が出来れば補給事情は劇的に改善し、ここまで連戦続きで疲労する将兵達も漸く一息つけるというものであった。
本来の計画では、共和国軍の侵攻に前後して都市内部で蜂起したレジスタンス達が宇宙港を抑える手筈となっており、帰る場所を失った連合軍を艦隊戦で持って殲滅し都市への被害をなるべく少なくする様取り図られていたのである。
しかし前述の通り共和国軍の計画は連合軍の妨害によって水泡に帰し、あわやという所で全てが台無しになる場面もあったがワッケイン艦隊の登場によって救われて、現在の状況が出来上がっていると言う訳であった。
「レジスタンス組織がこうも上手くやるとはな、彼等の実力を見誤っていたのかもしれない」
「こちらの支援が良かったのでしょう、ティアンム提督。準備中の各艦隊の揚陸艦は命令があり次第、いつでも出撃できます」
旗艦タイタンの艦橋で司令官席に座り都市内部で蜂起したレジスタンス達の状況を知ったティアンム大将は、素直に賞賛の声を漏らす。
それに対し幕僚の1人が共和国の支援あってこそと言うものの、実際に支配の
「よし、準備が整った艦から急ぎ発進させる。速やかにレジスタンス達と合流し、シャワルの完全開放を目指すのだ」
都市に逃げ延びた連合軍艦隊は数隻にまで討ち減らされていたものの、都市内部に残存する兵力と合わせればレジスタンス組織を圧倒する戦力を未だに保有していると見られていた。
その為連合軍の反撃によって都市とレジスタンス達に要らぬ被害と犠牲者が出る前に、援軍を派遣して戦いを早期決着をさせる必要があったのである。
都市を包囲する共和国軍の大艦隊より揚陸艦が次々と離れていき、旗艦艦橋の窓からティアンム提督に見送られながら月面都市シャワルへと降下していく。
同時刻都市の重要施設並びに政府機能を掌握したレジスタンス達であったが、今だに敵将ジョージ・モゴメリーが籠る宇宙港の連合軍を排除出来ず状況は行き詰まっていた。
一斉蜂起の切っ掛けとなった連合軍による重要施設への爆破こそ未然に防ぎ事に成功し、都市の大部分を開放したが連合軍が反撃に出れば今のレジスタンス達の装備では太刀打ち出来なかったのである。
その為、「自由シャワル同盟」の幹部達は奪還した放送施設を通じて都市を包囲する共和国軍とコンタクトを取り、共和国軍と合同して宇宙港に籠る連合軍の排除を頼み込んだ。
共和国軍の了承を取り付けたレジスタンス達は宇宙港正面にバリケードを築いて無理な攻撃を戒め、連合軍を都市内部に入れない様にしつつ共和国軍からの援軍到着を待つつもりであった.
しかしその宇宙港から突如として4機の連合軍MAメビウスが飛び立ち、夜時間のシャワルの空にスラスターから伸びる光の尾を走らせていく。
「空襲!」
誰かが言ったその一言にバリケードに籠るレジスタンス達は咄嗟に遮蔽物に伏せるも、MAメビウスが装備するどの兵器の火力であってもバリケード事彼等を肉塊に変える事は可能であった。
しかし予想された結末は訪れず、逆にMA達は宇宙港から離れるように未だ彼方此方で火災の火が立ち上る都市中枢へと飛び去っていく。
夜空を舞うMAメビウスのパイロット達は、与えられた命令通りに都市各所の重要施設に仕掛けられたトレーラーを探し、これを爆撃しようと目を凝らした。
都市近郊で戦闘が行われた結果、両軍が撒き散らした
しかしながらこれは悪手であった、レジスタンスの一斉蜂起と各所で起きた戦闘の結果発生した火災により、市内は黒煙が立ち込めトレーラーを探そうとも分厚い煙に巻かれて何も判別ができない想定外に襲われた。
そうこうしている間に味方はとっとと出航し彼等は取り残されてしまう危険性もあり、業を煮やしたパイロットの1人が適当に市街地に向けて爆弾を投下する。
投下された爆弾は黒煙に突っ込み、次いで大きな爆発を起こし黒煙を一時吹き飛ばし地面や建物に被害を与えるも目標とするトレーラーとは大きく狙いが逸れていた。
爆弾を
幸にしてレジスタンス達は対空兵器の類は装備していない様子であり、低高度を飛行するこちらをライフルで狙い撃とうとするも、そもそもの火力と速度が足りず弾丸は空を切るばかりであった。
せめて重要施設の一箇所位は破壊しなければ命令不服従の上敵前逃亡罪の罪を被るかもしれず、ならば4機全ての爆弾を一斉に一つの施設に投下しまぐれ当たりを期待しようかとメビウスのパイロット達は思ったが、しかし人工都市に不釣り合いな風が突如として吹期彼らの眼前を晴らしたのである。
「見つけた!」
煙が晴れた向こう側でMAメビウスのパイロット達は確かに標的のトレーラーを発見した、大気循環施設駐車に置かれたそれは爆発物を満載し、マッチ一本でも誘爆すれば施設のみならず周囲に甚大な被害を与える事は間違いなしであった。
隊長機の合図に従い爆撃態勢を取った4機のメビウス達は、全ての爆弾を標的に叩き込むべく進路を真っ直ぐに取る。
戦場で直線的な機動は動きは狙いが付け易い反面行動を読まれ易く、敵に十分な迎撃準備があれば今頃メビウス達は火だるまになっていただろう。
しかしながらレジスタンス達にMAを撃墜出来る兵器は無く、接近に気付き慌ててトレーラーを移動させようとしえももう遅かった。
慌てず焦らず確りと照準を合わせていくMAメビウス、トリガーに軽く指をかけ後は爆弾を投下する簡単な仕事だけと思った刹那である。
一条のビームライフルの光がフォーメーションを組んでいたメビウスの1機を撃ち抜いた、重い爆弾を満載したメビウスは碌な回避行動も取れず爆弾ごと夜空に大輪の花を咲かせた。
爆撃
宇宙港よりMAが飛び立ったとの報告を聞いたレジスタンス幹部達はここで漸く敵の本当の目的に気付き、あらゆる回線で都市に降下しようとする共和国軍に状況を伝えようとし偶然にも揚陸艦の内の1隻と何とか通信を開く事に成功する。
事情を知った揚陸艦の艦長は大胆にもドームを突き破って都市内部に突入する事を決定し、その結果はご覧の通りであった。
都市内部に突入した2機のハイザックから完全な奇襲を受け爆弾を抱えたMAメビウスが更に1機墜とされ、残った2機のメビウスも爆弾を捨て任務を放棄して逃げる事も任務を達成する事も叶わずに夜空に続け様に大輪の花火を打ち上げる。
しかしながら連合軍の策はこれだけでなく、宇宙港の隔壁を破壊して都市上空に侵入した敵旗艦アガメムノン級宇宙空母は高度と速度を上げて市街地中心部を目指していく。
当然敵旗艦は爆弾を満載し自爆特攻を目論んでいるのは誰の目にも明らかであったが、突入に成功した2機のMSだけでは防ぎ切れるものでは無かった。
このまま市街地中心部に墜落し、都市と人命に多大な被害を与えるのを唯指を咥えて見ていることしかできないのか?
だが彼等は信じられない光景を目にする、突入した揚陸艦がドームに開けた穴から次々と共和国軍のMS達が現れて、高度を上げて上昇する敵旗艦に取り付いていく。
先に侵入した2機のハイザックは慌てて味方機に通信を繋ぎ、敵旗艦に爆弾が満載されている可能性があり無闇に攻撃しないように伝えた。
それを聞いて新たに侵入したMS達は何を考えたのか敵旗艦の下に回り込んでスラスターを全開にし、敵艦を押し戻そうとしたのである。
しかし…!?
「クソ、高度が上がらない… !?」
「ダメだ、このままじゃスラスターの過剰加熱でオーバーロードして機体が自爆する」
侵入した数機のMSだけでは自爆覚悟でスラスターを全開にしても300mを超える敵旗艦の質量を押し留められる筈もなく、敵艦は予めプログラムされた自動航行システムに従い益々速度を上げて都市への落下スピードを増そうとしていく。
だがドームに開けられた最初の穴だけでなく別の揚陸艦が新たに開けた穴や、迂回して都市内部に突入した共和国軍のMS達が巨大な像に群がるアリが如く集まり、都市に落下しようとする敵艦を押し返しそうとした。
「レジスタンス達だけにいい思いをさせませんよ」
「都市を守れるかどうかの瀬戸際なんだ、ヤってみる価値はあるぜ」
最終的に30機を超すMSやMAが敵旗艦を押し返そうと集まり、僅かにしかし徐々にだが敵艦の落下スピードを落としていく。
更にここで真打登場とばかりに、穴だらけになった都市天井ドームを突き破ってアレキサンドリア級重巡洋艦が敵旗艦の横っ腹に突入する。
「退け退け退けぇぇぇぇ!道を開けろおお」
事態を知ったアレキサンドリア級重巡洋艦のオットー艦長の指示で突入し、エンジンが焼き切れるのも構わず自分が開けたドームの穴に向かって敵旗艦を押し出そうとした。
段々と高度計が落ちるスピードが遅くなり、敵の落下を阻止する事が出来たがしかし1隻だけでは敵を都市の外に押し戻す事は出来ず、仮に敵が都市上空で自爆した場合巻き込まれた味方も含めて炎上する残骸が都市の広範囲に降り注ぎ壊滅的な被害を齎すことになる。
まだ都市壊滅の危機は去った訳では無かった、しかし都市内部に突入した彼等だけでは最早これ以上の手立て無いかの様に思われた。
「ダメか!?」
艦長席でオットー艦長が被った帽子を握り込み、悔しげに頬を歪ませた…。
「ビグロが新たに2機来ます」
オペレーターからの報告に「今更ビグロが来たところで」と、オットー艦長はそう思いつつもオペレーターに急いで接近する味方機に離れるようにとオペレーターに伝えようとするが、その彼等の目の前で2機のビグロはクローから何かを引っ掛ける様に敵艦の周囲を3、4周した。
一体何を?と考える間も無く突如として敵艦の速度が緩み徐々にだが上昇をし始める。
よく目を凝らしてみればいつの間にか敵旗艦には何重ものワイヤーが食い込み、それはドームに開けられた大穴の外にまで続いていた。
都市ドーム外縁部に待機していた2隻のサラミス級から伸びた牽引用の丈夫なワイヤーによって、エンジンを全開にして敵艦を釣り上げていく。
それを見てオットー艦長も外の味方艦と息を合わせて艦のエンジンを最大限まで振り絞らせ、敵艦を突き上げる様にして持ち上げてとうとう都市の外へと追い出す事に成功した。
都市の外に放り出された敵旗艦は待ち構えていた共和国軍の艦砲射撃によって排除され、月面の宇宙に一際大きい花火をあげる。
ドームに開けられた大穴からその光景を見上げた「自由シャワル同盟」のレジスタンス達は歓声をあげ、隣どうし抱き合って喜びを分かち合い、同じく捕虜となった連合軍兵士たちは作戦失敗の落胆とも自爆に巻き込まれずに済んだ安堵とも取れる複雑な表情を浮かべながらこうべを垂れた。
スラスターの過剰加熱によるオーバーロードを免れて都市に降りた共和国軍MSパイロット達に向かって、それまで隠れていた市民達は窓から身を乗り出し手を振ったり花束を投げかけたりなどして感謝の意を示した。
最も都市に不時着したMSパイロット達はオットー艦長らにドヤされ、自分達で開けたドームの穴を塞ぐべく慌てて再び宇宙へと舞い上がって行く事となる。
こうして人々の懸命な努力と最後まで希望を捨てない献身により月面都市シャワルは壊滅を免れ、人の心の暖かさに照らされた様に都市にはまた陽が登り、再び人々は平和を取り戻すのであった。
その頃宇宙港を出航し逃げ出そうとしたモゴメリー提督ら連合軍の残党であったが、レジスタンスと突入した共和国軍の活躍によって都市破壊に失敗し、また包囲網に綻びを作る事ができずバラバラに逃げた艦は追撃を受けて沈められるか或いは降伏して拿捕されていった。
モゴメリー提督が乗るネルソン級宇宙戦艦も逃げられず周囲を完全に共和国軍MSに包囲され、提督は連合軍月本部プトレマイオス基地に向かって最後の打電を打ったと言う。
その内容は共和国軍も傍受し以下の通りであった。
『援軍は何処にありや援軍は何処にありや、宇宙は知らんと欲す』