11話「地球降下」
地球軌道上、貨物船に偽装された船の中では共和国のMSハイザックが寝かされていた。
そしてその周りでは、機体の最終チェックをパイロットと整備員が合同で行っていた。
「機体の各部の調整良し、これで地上でも問題無く動ける筈です」
「此方でも確認した。しかし、御先祖様の故郷への里帰りがこんな形になるなんてなぁ」
そうハイザックのパイロットはボヤきながら、愛機に装備された奇妙なコンテナを見る。
「バリュートシステムだったか、本当に動くのか?」
「シミュレーションでは問題無く起動しました。唯実際にこれを使って運用するのは初めてなので、機体の操作は慎重にお願いします」
整備員はそう言うが、パイロットの立場からすれば実戦ではどんなトラブルが発生するか分からない。
最悪システムが作動せず、機体ごと大気圏で燃え尽きる可能性もあった。
この作戦に志願したとは言え、少し早まったのではとパイロットは内心不安に思っていた。
「しっかりして下さい。我々が明日もちゃんと安心して呼吸出来るかは、貴方方にかかってるんですからね」
整備員に励まされて、パイロットの方も「おう」とサムズアップをして答えると、機体のコクピットに潜り込む。
リニアシートの感触に身体を沈めた後、コクピットが完全に閉じると周囲は完全な暗闇となったが、全天周モニターのスイッチを入れると途端明るくなり周囲の様子が映し出される。
機体の彼方此方で整備員達が機体のロックを外し、デッキから退避していく様子が見て取れた。
360度の視界に異常が無い事を確かめた後、定められた手順で機体の感触を確かめ。
寝かされた機体の視線の先で、船の天井がせり上がり、星々が煌めく空間が広がった。
オペレーターの指示に従い機体を立ち上げると、丁度上半身が船外に突き出る形となり眼前には青く輝く地球の姿があった。
思わずパイロットは「おお」と驚いたのも無理は無い。
彼の様に共和国のスペースノイド達にとって、ここまで間近に地球の姿を見たのは初めての事だったからだ。
しかし見惚れていたのも一瞬の事でパイロットは機体を操作して船から離れると、自分と同じように偽装された貨物船から飛び出したハイザックと合流を果たす。
「全機集合したな。我々はこれより共和国軍初の大気圏突入を行う」
「降下までそう時間も無い、気を抜くなよ」
隊長機のハイザックから各機に対しそう指示が出され、これから目の前の星に降りる緊張感で肌に汗が滲む。
操縦桿を握る手に自然と力が入り、その間にも全天周モニターに映し出された突入までのカウントダウンが刻一刻と迫ってくる。
「降下5分前、高度を落とせ」
隊長機からの指示に従い、機体を地球に向け降下させる。
目の前に広がる青い大地に、不思議と恐怖感は湧かなかったが、確実に高度は下がっていた。
地球に降下するハイザック達は互いに等間隔に並び、部隊から先行する隊長機が先にバリュートパックを展開する。
それに従い、各機もバリュートパックを展開させる。
機体の正面と背面に装備されたバリュートパックから、機体を包み込む様にエアクッションが広がり、丁度地球を背にする形で、機体が降下していく。
クッションの底から冷却ガスが出され、大気の摩擦からエアクッションを隔離するお陰で燃え尽きないで済むが。
それでも地球の重力に機体が引かれて、激しい振動がコクピットを揺らす。
パイロットは必死に機体を安定させようと制御に苦心し、少しでも突入角度がズレればバリュートパックと言えども大気で燃え尽きる可能性もあった。
だが大気圏突入自体はそれ程時間は掛からず、気がつけば機体は成層圏下にまで降りていた。
そこでパイロットが目にしたのは、何処までも広がる緑の大地。
コロニーでは決してお目にかかれない本物の自然の光景に、ハイザックのパイロット達はカルチャーショックを受けると共に。
自分達が、母なる故郷に帰還したのだと実感した。
だがそれも長くは続かなかった。
予め、定められた高度で切り離す様に設定されたエアクッションが機体から外れ、その衝撃で体がシートに食い込み歯を食い縛るパイロット。
生の重力の感触に不快感を隠せなかったが、それでも高度計からは目を離さず逆噴射をかけるタイミングを計る。
そしてこのままの速度では地表に激突すると言う間際で、機体のバーニアを全開にし急制動をかける。
一旦落ちた降下速度を今度は数回に分けて噴射を行い、降りる地点の微調整を行う。
成るべく平らな地面が望ましいが、今から降りる場所は密林地帯。
その様な場所を探すのも苦労する環境だった為、仕方なくパイロットは足元がしっかりしている事を祈り機体に着地体勢を取らせる。
降下速度を落としつつ、密林の頭を暫く滑空した後機体をゆっくりと降りさせた。
中のパイロットは降りる時身構えたが、なるべく衝撃が少ない方法を取った為思ったよりも衝撃は少なく。
機体もチェックしたが目立った故障もなく、無事に地球に降り立つ事が出来た。
パイロットがホッと一息つく間、隊長機からの通信が届く。
「全機無事に降りた様だな。これから言うポイントに集合した後装備を回収、その後所定の作戦行動に移る」
通信が切れ、隊長機からの指示に従いパイロットは地図にマーカーで示されたポイントに向け機体を動かす。
こうして無事地球に降り立った共和国軍だが、彼等にはある重大な任務が託されていた。
その任務の話をする前に、時は一週間程遡る…。
月での連合軍、ザフトとの戦闘が一段落し、
結果としてザフトは月から撤退し。
連合軍はプトレマイオス基地の防衛と言う戦略的目標を達成したが、払った犠牲も大きく。
残る共和国軍に対し、目立った作戦行動が出来ない状況であった。
共和国はこの機に月での確固たる地盤を築くべく、グラナダ周辺の月面都市を次々とその傘下に入れ。
短期間の内に、月の裏側を完全に掌握する事に成功した。
だがこの性急とも言える行動が、返って連合国の危機意識を募らせる結果となり。
連合国は地球各国に対し圧力をかけ、共和国に対する禁輸措置を取り、徹底的な経済封鎖によって共和国を干上がらせようと試みた。
無論共和国も連合国の経済封鎖に対して益々月面都市との結び付きを深め、中立国を通しての密貿易などで対抗した。
元々地球に対する依存度が低い共和国にとって、連合国の経済封鎖は殆ど意味を成していなかったと言える。
だが連合国は共和国に対する経済封鎖の効果が薄いと見ると、彼等はとんでもない手を切ってきた。
『共和国に対する水及び大気の輸出を禁ずる』
それは、共和国にとって致命的な鬼札であった。
水と空気は人間が生活する上で不可欠なものだが、事コロニーに至ってはその重要性は地球の比では無い。
それを奪われれば一体どうなるか?言葉にせずともスペースノイドならば誰もが分かる事であった。
『呼吸する自由』以前に『生存権』を脅かされた共和国が、地球侵攻を決定したのは禁輸措置から直ぐの事であった。
こうしてハイザックのパイロット達は南米にある大気生成プラントを確保すべく、地球へと送り込まれたのだ。
結果として、連合国の禁輸措置は共和国の地上侵攻を招き寄せただけと言う批判を後世に浴びる事となる。
だがこの時の彼等は、スペースノイドの力を侮りあくまでもプラントにしか目が向いてはいなかった。
そしてそれは、後に大きな代償を支払う事となる。