プトレマイオス基地攻囲戦その5
艦隊旗艦タラワ級強襲揚陸艦パウエルの自室で、ブルーコスモス盟主にして国防産業連合理事でもあるムルタ・アズラエルは、部下から集めた最新の月での戦況報告書を読み進めていく。
(思ったよりも月は本格的にマズイ状況ですね。いざとなったらまた、マーサおばさまに頼らなければいけないかもしれませんね)
本来は軍機に属する類の情報を国防産業の理事とは言え一介の民間人にしか過ぎない彼が入手し、あまつさえこれから戦場に行こうとする軍艦に一室を与えられているなど、通常ではあり得ないVIP待遇であった。
それ程に今の連合軍には根深いところまでブルーコスモスが浸透し、それと同時に盟主でもある彼の影響力の比類ない証左でもある。
「ふう、本来ならパナマには全軍の後詰をお願いしたい所ですが…この際交渉材料は多い方がいいでしょう」
報告書を読み終えたアズラエルは両手を組んで顎を乗せ、一頻り考えたあとそう結論を出した。
一度決めると彼は本来なら軍の最高級クラスにしか開放されていない秘匿回線を使い、パナマへと直通を入れる。
「ああ、僕ですよ僕。そう、君達の盟主ですよ。以前あった提案、アレやっちゃってください」
突然かかってきた秘匿回線にしかもその相手が単なる民間人であるにも関わらず、向こう側の人間は高位の軍人であるにも関わらず恐縮しっぱなしの様子である。
しかし相手の事など一切気にかける風もなく、アズラエルは勝手に話を進めた。
「え?どうして突然気が変わったですって。あのね僕は君達軍人とは違って商売人な訳、だから状況の変化には素早く対応しなくちゃ商売は成り立たない訳」
通信回線の向こう側に「Do you understand?」とでも言いたげな、相手を舐るような口調で言うアズラエル氏。
相手の返事を聞く事もなく秘匿回線を切り、ひとまずは仕事を終えたとでも言いたげに深く椅子に腰掛ける。
そうして地球でもまた動きが出始めた頃、月ではこの日3度目になる陽電子砲攻撃が行われていた。
高地全体を揺らす量産型ビグ・ザムから放たれる陽電子砲によってプトレマイオス基地の外壁には既に幾つもの突破口が穿たれ、共和国軍はそこから基地内部へと浸透していく。
『ドーラはこれより冷却作業に入る、次の砲撃開始予定時刻は4時間後。その間はグスタフが受け持つ』
ドーラとグスタフと名付けられた2機の量産型ビグ・ザムは当初の疑念を払拭し、今では兵士達から渾名で呼ばれるほどの親しみと頼もしさを勝ち取っていた。
これらの名前は旧世紀に活躍した巨大砲と同じ名前が名付けられており、連合軍の基地を砲撃し城壁を破壊すると言う重要な役目を負っている2機にはぴったりな名前と言える。
そのドーラとグスタフによって防壁を穴だらけにされた連合軍は、基地内部に浸透しようとする共和国軍と激しい戦いを繰り広げていた。
「敵のこれ以上の侵入を阻止する!体当たりしてでも止めるんだ」
「施設への被害は無視しろ!!どうせ敵に利用されるくらいなら破壊してしまえ」
「MS隊しっかりと戦列を維持に専念、お前達の後ろには何もないんだぞ!」
プトレマイオス基地内部に侵入された連合軍は頼みの綱の巨大レーザー砲台「オプティクス」を使えず、建物の影に隠れながら必死の防衛を行なっていた。
互いの攻撃が施設を傷つけるのにも構わず、兎に角これ以上敵を侵入させまいと言う構えである。
「ハイザック隊はスクラムを組んで占領地を確保、戦列内側に重砲を展開して敵を撃つ」
「ビグロは高度を上げすぎるのに注意しろ。敵の防空システムはまだ生きてるぞ」
「後方の支援部隊からの予備砲撃には気を配れよ、こないだみたいに味方に吹き飛ばされたくはないだろ」
逆に共和国軍のパイロット達は焦る連合兵とは違い、互いに通信で連携を取りつつも着実に侵攻を続け、シールドを構えた重装甲のハイザックを全面に押し出して占領地を広げ、内側にハイザックキャノンやカチューシャロケット装備のMSを配備して連合軍を砲撃していく。
無論連合軍も空爆を繰り返して共和国軍砲兵を沈黙させにかかるが、基地内部の宇宙には共和国軍の強襲機ビグロが飛び交い彼方此方を手当たり次第爆撃やビーム砲で吹き飛ばすので、その対応に追われて肝心の砲陣地への攻撃は低調であったのだ。
こうして両軍共に激しい陸戦や航空戦を繰り広げる最中、月の連合軍総司令部はある決定を下す。
基地中央メインゲートから通じるメインシャフトの底、地下都市に設けられた総司令部にて連合軍はこれ以上施設への被害を防ぐべく一度失敗した高地奪還へと再度動き出そうとしていた。
「敵の3日に渡る長距離砲撃によって都度こちらの防壁は破壊され、突破口の数が増やされるばかりである」
「その度に敵に新たな橋頭堡の確保を許し、既に基地表面の33%が敵の手に落ちておる」
「これを何とかする為にも、我々には今こそ行動が必要なのだ」
総司令官の熱の籠った演説に集まった参謀達も背筋を正した、実際総司令官の言う通り今すぐ行動を起こさなければ彼等に明日はなかったのである。
「ではこれより作戦を説明する、敵は地表と空中の2方向より攻めてきておる。それに対しこちらは敵が気づかない地中から攻撃する」
「知っての通りここプトレマイオス基地はクレーター内に巨大な縦穴を掘って建設され、その際地下には幾つもの横穴が掘られておる」
「これらの多くは採掘時の瓦礫撤去用や資材の搬出入用であり、基地完成後長らく放置されてきた。今回はこれを使い、敵高地麓にまで続いている坑道を使って部隊を密かに移動させ敵を強襲」
「一気に目障りな大砲モドキを叩き潰し、高地を奪還する。高地さえ取り戻せば内と外から挟まれて連中は袋のネズミだ、あとはこれを殲滅すれば敵には碌な戦力は残るまい」
一息に説明を終えた総司令官は、並み居る参謀達に向かって無言で作戦の開始の宣言する。
この作戦が決まるか否か、それが月のいや連合軍全体の運命を左右するのだ。
連合軍がまさか自分達の足元に潜んでいるとは思いもせず201 、203高地に重厚な砲陣地を築いた共和国軍ノーギ司令等は、2機の量産型ビグ・ザムが冷却中の間も前線の要望に従って支援砲撃を続けていた。
斜面沿いに設置された砲台からはいつものように、マゼラアタック自走砲やハイザックキャノンの砲門が火を噴き、高地頂上に設置されたアイザックからの観測データに従い順次修正を行なっていく。
月は完全な無重力空間とは違い重力がある為、実体弾による曲射が可能であり共和国軍の砲陣地は陽電子砲装備のビグ・ザムを除けば全てが実弾やレールガン、ミサイル、ロケット弾などで構成されていた。
ビーム兵器は亜光速に近い発射速度に直進性、装甲貫通力で優れるもののだからと言って万能ではない、やたらめったらビーム兵器だけで武装するのは却って非効率なのである。
今日も今日とて高地全体が活火山の様に火を噴きながら前線への支援を続けている中、前線との中継用に配置されたホバートラックのオペレーターが不審な振動をキャッチした。
様々なセンサー類や計器に囲まれたオペレータールームで、慎重に機器を操作しつつ正体を探ろうとする。
月は地球との重力の関係で月震と呼ばれる地震が起きる事はよく知られている為、最初オペレーターはその月震かと思いセンサー類を操作したが、どうもそれとは違う浅い深度での反応を掴んだのである。
次いでバトルクエイク戦場地震と呼ばれる現象ではと疑うも、ここは前線から遠く離れておりその可能性も薄い。
最後に残るのは自軍が発生させたもの、つまり現在盛大に行われている砲撃によるもになるがしかしそれならば低深度で揺れ動く説明がつかないのだ。
再度機器を操作する手を慎重に動かしながら、オペレーターは着用しているノーマルスーツの中で嫌な冷や汗を流す。
これがもし敵の攻撃だとすれば現状で気づいているのは恐らくは自分1人であろう、味方に危機を伝える為にもより詳細な情報を集めようとするが、次の瞬間乗っているホバートラック全体が大きいく揺れる程の振動が襲いかかり、オペレーターがその正体を知る前に砲陣地を構えた高地ではとんでも無い事が起きていた。
ホバートラックのオペレーターが地下からの敵襲を察知した時、既に連合軍は坑道内で工兵部隊が爆弾の設置作業を完了させていた。
発破と同時に天井に穴が空きMSが外に飛び出し、それだけで無く複数箇所に設置された爆弾により斜面麓の地盤を破壊された結果、共和国軍が設置した砲陣地が地滑りに巻き込まれていく。
いきなり自分達の足元が滑り始めた共和国軍砲兵達は何が起きたのかも分からず、土砂に埋もれ或いは装填中の砲弾とぶつかって誘爆するなど完全に混乱状態に陥る。
「一体全体何が起きたか!?誰か説明せい」
高地頂上の観測拠点で指揮をとっていたノーギ司令は、突然地面が揺れた事に驚き状況の説明を求めるも周囲の部下達も揺れ耐えるしかなく、報告どころか彼等も一体何が起きたのかも分からなかった。
漸く揺れが収まり観測所から一先ず伝令を出して周囲の様子を探らせる事にするノーギ司令、しかし出した伝令は5分と経たず慌てた様子で戻ってきた。
そのただ成らぬ様子にノーギ司令は不安に駆られ、引き止める部下達の声を遮って自ら指揮所の外に出て状況を自分の目で確認しようとする。
高地頂上からの風景はまさに地獄であった、連合軍の坑道爆破によって地滑りが起き斜面と麓にに砲陣地を展開させていた共和国軍は土砂崩れに巻き込まれ、彼方此方で爆発が起き地中から火の手が上がりその下でMSや兵器に兵士達が生き埋めにさせられていたのだ。
「直ぐに救助部隊を派遣せよ、1人でも多くの兵士達を掘り起こすのだ」
振り返って付いてきた部下達にそう指示を出すも、その彼等の頭上から敵機が襲来する。
ストライクダガーの頭部から発射されたイーゲルシュテルンの上げる、人の身長の倍ほどもある土煙が迫り部下達が司令官を守らんと飛び掛かって地面に押し倒していなければ、今頃ノーギ司令の体はこの世から消えていただろう。
最も何人かの不運な部下達は75mm砲弾を受けて文字通り、跡形も無く消え失せてしまっていたが…。
何とか上体を起こしながらノーギ司令は敵襲を知らせるべく一体指揮観測所に戻ろうとするも、その彼の目のあえで別の敵機がビームライフルで破壊してしまう。
中に残った通信手やオペレーター達と共に通信機材は炎の中に消えてしまい、ノーギ司令達は正に万事休すかに思われた。
しかし、幾度と無く共和国軍を助けてきた光が今度もまた彼等の頭上を横なぎに払っていく。
高地頂上にいた為斜面の崩落に巻き込まれずに済んだドーラ、グスタフ2機の量産型ビグ・ザムは、敵機を近づけまいと陽電子砲で宇宙を薙ぎ払ったのだ。
「クソ連合軍め!それだけの戦力でこのビグ・ザムをやろうってのか」
最大出力の30%で発射された陽電子砲は掠っただけでもMSを大破させる威力を持ち、事実陽電子砲が健在なのを受けて目に見えて連合軍の勢いが減っていく。
何とか自分達が敵を牽制している間に、味方の救援なり体勢を整えるなりしてほしいですビグ・ザム乗りの彼等だったが、しかし連合軍の目的はそもそもこのビグ・ザムの破壊にこそあった。
「てめえ等盾役がビビってんじゃねん!お前達の役割を忘れたか?」
巨大な対艦刀シュゲルトゲベールは背負った105ダガーのパイロットが、乱暴な口調で味方を脅しながらストライクダガーを無理やり前に出させていく。
味方に脅されてストライクダガーのパイロット達は、その大半が碌な訓練期間も設けられない新兵であるが為、真正面からビグ・ザムに突撃する。
当然、射線上に固まるストライクダガー立ちはビグ・ザムにとって格好の的であり、もう1機がチャージを終えた陽電子砲で敵を纏めて消滅させ、我な新兵達は自分達の身に何が起きたのかお分からずにこの世から姿を消した。
だがこれで2機とも陽電子砲を発射してしまい、再チャージに時間がかかる事を連合軍は既に知っておりその隙を逃さず味方を犠牲にした105ダガーが対艦刀を抜いて突っ込んでくる。
思わず量産型ビグ・ザムのパイロットは敵機を踏み潰そうと片足を上げたか、それよりも先に相手の刃が反対側の足を切り裂くのが早かった。
片足を失いバランスを崩す量産型ビグ・ザム、ドーラの愛称を頂くその巨体は今や月面の大地に倒れ伏し、残るグスタフにも別方向から同じく対艦刀装備の105ダガーが刃を煌めかせる。
真下と前上から串刺しにされた量産型ビグ・ザムことグスタフは、巨大な対艦刀の前では耐ビームコーティングを施された重装甲も意味を為さずに、爆発し炎上しながら月に沈んでいく。
あっという間にノーギ司令等の象徴であった2機のビグ・ザムが倒され、今や彼等は敵地に包囲されてしまっていた。
その後も連合軍は坑道から続々と増援を送り込み、今や高地は完全に敵の手に落ち生き残った共和国軍兵士や生き埋めとなったMSに向かって、連合軍は容赦なくビームライフルで撃って残党狩りを行なっていく。
ノーギ司令等は高級士官と言う事もあり連合軍の捕虜となってしまい、その彼等の目の前で部下達が無抵抗なまま惨殺される光景を見せつけられたのだ。
この時司令はヘルメットの中で歯を食いしばり必死の形相で耐えていた、と後に部下の1人が報告している。
連合軍は残党がりもそこそこに今度は自分達が高地から敵を攻撃しようと準備を整えていく、共和国軍から鹵獲したバストライナー砲や様々な重砲にミサイルが持ち込まれ、嘗て連合軍に向けられいた砲は今まさに共和国軍に向かって砲弾の雨を降り注がんとしていた。
しかし残党狩りを行なっていた連合軍が見逃していた機体があった、ドーラの愛称を頂いた量産型ビグ・ザムは今や大地に倒れ伏し完全に沈黙したかに見えていたが、しかし中のパイロットは無事であったのである。
「クソったれの連合め…目にもの見せてやる!」
最も無傷とは行かず、生き残っていたのは操縦手だけで後の2人は落下時の衝撃でシートから放り出されて重傷を負うか、或いは不運にも首の骨を折ってコックピット内を漂うままに任せていた。
そんな中でコンソールに体を思いっきりぶつけるだけで済んだ操縦手は、内臓が傷ついて口から血を流しながらビグ・ザムの生きている機器にコードを打ち込んでいく。
共和国軍は自軍の兵器鹵獲を恐れ、特にビグ・ザムの様な特火砲兵には自爆装置などの機密防衛手段が備わっていたが、しかし操縦手は自爆などする気は更々無かった。
そもそも放置されている現状例え自爆したとしても、敵を碌に巻き込むことも出来ず精々が大きい花火をあげる程度である。
だからこそ今操縦手が最後の力を振り絞って打ち込んだコードこそ、連合に一泡吹かせられる最後の手段であった。
「へ、スペース…ノイドを…舐めるな!?」
最後のコードを打ち終えた時、口から血の塊を吐き出して意識を失う操縦手、だがそのお陰で連合軍から妨害される事なくビグ・ザムドーラから信号弾が打ち上げられ、高地頂上を眩い光が照らす。
死んでいると思われた置物からいきなり信号弾が打ち上がった事で連合軍は驚き、対艦刀装備の105ダガーのパイロットがトドメを刺そうと近づいていく。
「デカブツめ、しぶといんだよ!」
ダガーが両手で構えた対艦刀を振りかぶり、そのまま真っ直ぐにビグ・ザムに振り落とそうとした刹那である。
連合軍の上空監視レーダーと光学観測カメラが、続々と高地に向かってくる無数の砲弾やミサイルの群をキャッチしたのだ。
急いで味方に緊急回避のアラームを送るも、しかし既に肉眼で見える程数千本にも及ぶミサイルが彼等の頭上に降り注ごうとしていた。
先ほどビグ・ザムが打ち上げた信号弾には今いる座標を知らせるコードが仕込まれており、それは同時にその座標に向けて『全力射撃を求む』と言う符牒も併せ持っていたのである。
共和国軍は万が一に備え自爆が不可能な場合最寄の味方に座標を知らせ、砲爆撃によって処理するという事を取り決めていた。
生き残りの操縦手はそれを利用し最寄の“全て“の部隊に向けて、高地全体を砲撃目標に信号弾を打ち上げたのである。
対艦刀を振りかぶった姿勢のままダガーのパイロットはコックピットの中で唖然とした表情を浮かべ、高地に降り注ぐ砲弾とミサイルが齎す爆炎に飲み込まれていく。
同じ様に敵味方関係なく、破壊の嵐は止む事なく続き高地全体が爆炎で真っ赤に染まっても尚砲撃や爆撃が止む事は無く破壊は半日に渡って続いた。
状況を知った共和国軍が援軍を派遣した時、既に高地周辺は完全な焼け野原となり彼方此方に敵味方の残骸が広がり生存者は皆無に等しかった。
嘗て201、203と呼ばれた高地はその姿を一変させ、高さは半分にまで減り中心部はクレーター状に抉れ、猛烈な砲爆撃の痕跡を残すのみとなり、こうして敵味方双方合わせて甚大な被害を齎した戦いは完全に終結したのである。
連合軍は重砲を排除するも高地の奪還には失敗し、共和国軍はノーギ司令等高級将校と多数の砲と将兵を失う甚大な被害を受け、残ったのは無人の荒野と、打ち捨てられた無数の残骸でありそれを半分に削れた高地だったものが虚しく見下ろしていた。
しかし遠く遠来の様に吹き上がる爆炎は、いまだ戦いの全てが決着していないことを教えてくれている。