プトラマイオス基地攻囲戦その6
先のザフトによる戦略兵器グングニールを用いたパナマ攻略作戦の結果、連合軍は虎の子のMSとマスドライバーに甚大な被害を受け、現在まで戦力の立て直しと再編に追われていた。
本来なら戦略的価値の無くなったパナマにいつまでも戦力を張り付けているのは無駄に思われたが、しかしマスドライバー失陥の汚名返上を求める現地指揮官が独自に作戦を計画し上層部に提案した結果、ムルタ・アズラエル氏の鶴の一声で可決されたのである。
続々とパナマの軍港や飛行場から連合軍は出撃し、一旦それ等はアフリカや太平洋に向かうように見せかけ、途中で引き返して彼等は南米にその戦力を一気に集結させた。
そうパナマの連合軍の目的は共和国地上軍の本拠地、南米大アマゾンに広がるジャブローにあったのである。
パナマの連合軍司令官はこう嘯いて曰く、『南米ジャブローを攻略し、そこの打ち上げ施設を奪い持って敵の大気と水の補給路を断つと共に、不遜にも神聖な月に侵入するスペースノイドに対し報復の大軍勢を送る拠点となさしめるべし』と宣う。
要はマスドライバー失陥の罪をジャブロー攻略で相殺し、ブルーコスモス盟主に対して自身をアピールしようと言う司令官の個人的な理由によるものでしか無く、それを隠そうともしない態度に投入される兵力に対し参加する将兵達の士気は今一つであった。
司令官の功名心で起きた不毛な戦いに、しかし当の共和国地上軍は大パニックに陥る。
南米アマゾンの地下水脈を利用して建設された大要塞ジャブロー、その中心たる司令部の作戦会議室にてマ・クベ中将以下集まった諸将は顔面を蒼白させていた。
「偵察機及び南米解放戦線からの報告によりますと、連合軍の進路は当初予想されたアフリカや太平洋ではなくここジャブローとの事です」
マ・クベ中将の副官であるウラガンは、顔から吹き出る冷や汗をハンカチで拭いながら現状を報告していく。
「陸海空合わせて凡そ200万を超える軍が一斉に南下を始め、これはほぼパナマ全軍に匹敵し先のパナマ攻略戦で負った傷をほぼ回復させていると見て間違いありません」
「対しこちらは南米全体でも60万程度、ジャブロー本部に限れば20万を下回ります。また敵はMSの量産配備に成功しており、その総数は明らかにこちらよりも上との事です」
それは並み居るジャブローの諸将をして。頭を抱えるしかない状況であった。
宇宙では共和国本隊ではこの10倍以上の数が動いているとは言え、地球全体で総勢で200万弱しかない地上軍にあって連合軍の兵力は正に数の暴力であったのである。
「最悪の場合を想定して宇宙港ではHLVとザンジバルを用意させておりますが、しかし全ての兵員を宇宙に上げるには到底足りず、アフリカのキリマンジャロ要塞や東南アジアのニューギニア基地への分散退避計画を現在策定中であります」
聞けば聞くほど状況は絶望的に思えたが、しかしその中にあってただ1人マ・クベ中将だけは普段と変わらぬ様子と口調で集まった諸将に向けて士気を鼓舞する。
「諸君、まだ負けが決まった訳ではあるまい。連合軍がどれ程の大軍勢を持っていようとも、ここジャブローを死守する事こそが我らが務めである。各員にはその旨十分に留意してもらいたい」
この様な状況下にあっても普段と変わらぬ冷静沈着な様子に、集まった諸将も動揺をおさまっていく。
伊達に一年近く地上で共和国軍の指揮を取り続けてきただけはあり、それを見て副官のウラガンは内心で自身の上官の胆力に、恐縮しっぱなしであった。
こうして何とか作戦会議は無事に終わり、以下の通りの方針で防衛を行うことが決定される。
・1つ現在計画中の侵攻計画は全て中断し防衛に専念すること。
・2つ敵の正確な狙いが分からない以上無闇に動かず、各部隊は持ち場にて防衛を行うこと。
・3つ万が一に備え脱出の準備も進めること。
・4つ以上の事を大本営に伝え、許可が出しだい速やかに行動すること。
集まっていた諸将は持ち場に戻り指揮を取るため会議室を出ていく、その一団にはイーサン・ライヤー大佐の姿もあり彼は内心で。
(これでジャブローのオフィスともお別れか。中々快適だったのだがな)
とそう思うのであった、確かにマ・クベ中将の判断は基本に忠実で現状を考えればこれ以上の物はなかったが、しかし唯一点勝てるかどうかの算段をまるでつけていなかった。
寧ろ最初から敗北を見越し、ここジャブローを失っても尚交戦を続けられる余地を残すかのような采配に、大佐は嫌な予感を感じていた。
(最悪自分達だけでも逃げる手段を確保せねばな)
南米での戦いが始まろうとする一方で、月の戦いは熾烈さを極めていた。
坑道作戦による後方への浸透に失敗した連合軍は、敵が坑道を利用して侵入してくるのを防ぐ為残りを全て爆破して封鎖し、対する共和国軍は一層プトレマイオス基地攻略に力を注ぐ。
既に地表基地の60%が共和国の手に落ち、連合軍はメンゲート周辺に集まって最後の防戦を行おうとしていた。
その中の一つ、共和国軍を悩ませてきた巨大レーザー砲台「オプティクス」にエネルギーを供給分配するジェネレーター交換機の位置が判明し、共和国軍はそこを奪取する為ジェネレーターに続く唯一の道、通称第6通路と呼ばれる地下通路に陸戦部隊を派遣した。
通路は狭くまた地下化されていた為MSなどの重装備は持ち込めず、装甲服を身に纏った生身の兵士達で直接第6通路を確保せねばならなかったが、しかし当然ながらそこには敵が待ち構えていたのである。
地球連合軍宇宙海兵隊マーバル・ドラゴジュ大佐はこの時45を超え筋骨隆々とした190cmの体躯を持ち、自ら戦場で武器を振ることも辞さない闘争心と戦意に溢れた男であった。
彼は与えられた僅か800名の戦力で第6通路防衛を命ぜられ、自分達の10倍以上に達する敵軍を相手に死戦を演じていた。
「うおおお!!」
通路を塞ぐようにバリケードが設けられ、中央には装甲車が穴を塞ぎその上で兵士が機関砲を敵兵目掛けて撃ちまくっていく。
突撃してくる共和国軍兵士達はバタバタと銃弾の雨に薙ぎ倒され、バリケードからもライフルを構えた連合兵からの狙撃や時折手榴弾や迫撃砲が投げ込まれ通路に爆炎を生じる。
通路には穴だらけになり血を噴き出す装甲服、ひしゃげ潰れたヘルメットに体の半分が千切れ漂う敵兵の屍が積み上がり、正に屍山血河の形容に相応しい地獄の光景が広がっていた。
共和国軍は通路を奪取しようと都度6度の突入を敢行し、その度甚大な被害を受け撤退している。
突入部隊の指揮官であるロイ・ジューコフ大佐は揚陸艇から監視カメラで戦況の様子を見ながら指揮を取っていたが、さしもの歴戦の彼をしても通路の惨状は目を覆わんばかりであった。
敵の戦い方には一切の容赦と言うものがなく、腹を銃弾で切り裂かれ中身がこぼれ落ちない様手で塞ぎながら逃げようとする自軍の兵士を押し倒し、彼のヘルメットに向かって何度も激しく銃床を叩きつけ周囲に血飛沫が飛び散る様子を見て、ジューコフ大佐は顔を思いっきり顰めたのである。
「連合軍め何かヤッているな?こちらも手を打たねば被害は増すばかりだ」
彼自慢の機甲師団配属のパワーローダーやパワードスーツ装備の重装歩兵は、機体が重く入り口が狭いため却って身動きが取れず敵の集中砲火を浴びて、最悪撃破された機が通路を塞ぎかねなかった為に待機を命ぜられていた。
その為、ジューコフは生身の兵士達を送り込み続けるしかなくしかし被害状況からそれも限界であり、例え空爆を要請しても通路が生き埋めになってしまえばその先のジェネレーター交換機確保と言う任務が果たせない。
にっちもさっちも行かず妙案も思いつかないジューコフは、思い切って揚陸艇の通信回線を開きある人物を呼び出す。
こういった場合、自分以外の人間の知恵を借りた方が案外上手くいく物である。
「工兵隊のソコフキーに繋いでくれ、ああヤツに仕事だ」
一方で戦いが始まって既に8時間が経過し、連合軍はその間休む暇もなくバリケードに齧り付く様に防衛線を行い続けていた。
自らもライフルを手に取って敵兵と撃ち殺してきたドラゴジュ大佐は、弾薬も尽きて今では棍棒代わりにそれを振い、アチコチが凹み敵だった者の赤黒い名残もこびりついていた。
「う!?」
大佐は、右手にもった注射器をノーマルスーツの胸元に刺しこむ様に当てて中身を流し込む。
ドクリ、と心臓が跳ねる音が聞こえ血管が躍動する音とそこを流れる赤い血が濁流となって全身を駆け回るのを感じて、脂汗を垂らしながらドラゴジュ大佐はニヤリとヘルメットの中で怪しい笑みを浮かべた。
俗に戦闘麻薬と呼ばれるものをドラゴジュ大佐は戦闘開始前部下全員に配って自身の目の前で使わせ、また自身も改めて使用し都合本日3度目の投薬である。
連合軍に浸透するブルーコスモスは信徒を洗脳し従順な兵士に変える麻薬を開発し、それを軍内部にばら撒いていた。
正体はムルタ・アズラエル等が進めるブーステッドマン計画、所謂強化人間製造の副産物として生まれたこの戦闘麻薬は、服用すればナチュラルにコーディネイター並みの反射神経と集中力を与え痛覚を無くし、正に無敵の兵士を生み出すかに見えたが当然ながらそこに落とし穴がある。
一度摂取してしまえば中毒になり禁断症状は地獄の苦しみを与え、しかも心身を確実に蝕み最悪命を落とす事さえある途方もなく危険な代物であった。
当然ながら戦時法でも人道や倫理から遠く逸脱する超危険薬物であり、戦後に禁止されるも長い間連合兵士達を蝕み続けていく事となる。
バリケードにもたれ掛かるように一時の休息を取っていた部下達が、再び慌ただしく立ち上がりライフルを構え残りのカートリッジを確かめて残弾を数えていく。
これまでの戦闘で弾薬は底をつきかけており、一旦補充の為に後退する余裕もなく戦い続けてきた彼らは弾が尽きると各々バリケードの切れ端や廃材を加工して斧や槍を作ったり、或いは銃剣突撃を仕掛けようと準備を進めていった。
次の敵の突撃では壮絶な白兵戦が繰り広げられるだろうと、海兵隊の全員が覚悟する中共和国軍は本日7度めの突撃を敢行する。
「「「ウオォぉぉっぉぉ」」」
真空の通路で両軍の兵士が上げる声なき声がぶつかり、共和国軍兵士達は腰だめにライフルを連射しながら突撃し、対する連合軍は残りの弾を相手に叩きつけ弾が無くなると白兵戦に躍り出ていく。
ライフルを振り回して殴打しようとする連合軍兵士に、共和国軍兵士が相手の銃を押さえて何とか堪えようとするがその傍に別の兵士が即席の槍の穂先を突っ込む。
腹を抉られた兵士はその場に倒れ伏すも、そこにまた別方向からライフル弾が叩き込まれる。
ドラゴジュ大佐は乱戦の渦中にあって右手でライフルを振る、左手でコンバットナイフの刃を煌めかせて向かってくる敵兵のノーマルスーツを切り刻んでいく。
連合軍兵士達は戦闘麻薬の力で常人の数倍の力を発揮し、対する共和国軍兵士達は連合軍1人当たりに3人以上で挑まなければ抵抗できなかった。
しかしそれも長く続かず、共和国軍は本日7度目の撤退を開始する。
「撤退、撤退だ!入り口まで引き返せ」
「逃げるな!追え」
敵に背を向けて尻尾を巻いて逃げようとする共和国軍兵士達、その背中を追ってドラゴジュ大佐を先頭に連合軍兵士達は猛然と襲いかかろうとする。
振りかぶったライフルが敵兵の後頭部に追いつきそうになったその刹那である、突如として共和国軍兵士達は通路の左右に分かれて身を伏せた。
空を切るライフルの銃床、しかして前方の晴れたドラゴジュ大佐の目の前には怪しく光巨大な砲門が聳え立っていた。
(一体いつの間に!?)
そう思った時には砲門から強烈な光が発せられ、ビームの光がドラゴジュ大佐の上半身を蒸発させ後続の連合軍兵士達諸共強烈な熱で通路を溶かしながら突き抜けていく。
共和国軍は工兵部隊のソコフキーの提案により、MS用のビームライフルを分解して通路に持ち込み、敵をバリケードごと撃ったのである。
ただ如何に分解しようとも通路のサイズとの兼ね合いで1発しか射撃できず、その為ロイ・ジューコフ大佐は敵を纏めて倒すため部隊を敢えて突撃させ、その後偽装撤退して見事に敵を壊滅させたのであった。
「今だ!最早敵は碌な抵抗も出来まい、このまま通路を制圧しろ」
バリケードに残った連合軍海兵隊は目の前で上官が仲間諸共消し飛ばされた事で今まで薬物に頼っていた戦意は急速に落ち、逆にこれまでやられた仲間の復讐を遂げんと共和国軍は闘牛の様に突進していく。
通路は再び血に染まった、凄惨で激しくしかも一方的に…。
こうして死闘の果てに共和国軍は第6通路を確保し、ジェネレーター分配器を確保することに成功する。
共和国軍第1連合艦隊提督マクファティ・ティアンム大将は、その報を聞くや直様全艦に基地内部への突入を命じた。
「敵の脅威は晴れた、今こそメインゲートを確保する時だ!全艦出撃せよ」
プトレマイオス基地外周に待機していた各連合艦隊が一斉に動き出し、基地上空へと侵入していく共和国艦隊。
基地に覆い被さらんとする敵艦隊の影に怯え、連合軍将兵達は防ぐ手立てもなくただそれを黙って見上げる他なかった。
この時点で戦いの趨勢はほぼ決着したかに見えた、プトレマイオス基地の地表及び上空は共和国軍が占領し、後はメンゲートを残すのみとなっていた。
連合軍は部隊を速やかにメインシャフトまで後退させ、地下都市で籠城戦の構えを見せる。
こうして2週間に渡る戦いの結果、共和国軍は勝利まであと一息と言う所まで来たものの、その彼らに本国から急報がもたらされた。
『地上軍総司令部ジャブローが連合軍の攻撃を受ける』
通信の内容を2度にわたって確認すると、ティアンム大将は手をワナワナと震わせた。
後一歩と言う所で水をさされたこと、そしれ何よりも長い付き合いのあるマ・クベ司令の身を案じてのことであった。
こうして共和国軍は選択を迫られる、危機に陥った味方を救うべきかそれともこのまま基地攻略を続行すべきか?
全てはティアンム大将1人の選択に関わっていた。