第43話
ジャブロー降下作戦その1
連合軍パナマ方面軍による南米ジャブローに対する総攻撃、それは最初海と陸の両方から共和国地上軍総司令部ジャブローの外縁部を攻めるかの様に進行した。
連合軍は軍の主力を北と南に振り分け、それぞれリオデジャネイロとブエノスアイレスの2方面から共和国地上軍と南米解放戦線の前線とぶつかる。
連合軍は総勢200万を超す兵力の前にユーリケネーラ少将率いる共和国軍の前線はジリジリと後退を続け、解放戦線も連合軍の圧倒的物量を前にゲリラ戦を維持出来ず壊滅的な被害を受けた。
しかしその彼らを救ったのは南米の広大なジャングル地帯であり、アマゾン流域では地球環境保護の為に大部隊による交戦を行わないという紳士協定が働き、連合軍の攻撃が開始して2日目には戦線は膠着するかに思われた。
しかし、それこそが連合軍の狙いであった…。
その日、早朝のジャブロー防空司令部に緊張が走る。
要塞の防空レーダーが、圏内に侵入する大規模な敵編隊を発見したからだ。
「敵大規模編隊の侵入を確認!数は2、いや30機以上まだまだ増えます」
「いつもの“定期便“じゃないんだな?」
ジャブロー防空司令部指揮官アントニオ・カラス大尉が防空レーダーを見張るオペレーターに言ったこの“定期便“とは、連合軍がジャブローへの牽制のために時々爆撃機からミサイル攻撃を行う事を指している。
「明らかにこれまでの数と違います。あ、今50機目を確認」
しかしオペレーターからの返事でその可能性は否定されカラス大尉は決断を下さなければならなかったし、また彼は指示を誤らなかった。
「敵の大規模な空襲が近いぞ、総員第2種戦闘配置!迎撃機とガウの出撃を急がせろ、総司令部への報告も忘れるな」
カラス大尉の命令が素早く防空部隊に伝えられ、慌ただしく将兵達が配置へとついていく。
地下に格納されていた対空砲やトーチカが地面から競り上がり、地上発射型カタパルトからは迎撃のコアファイターが出撃しジャブロー防空圏内を周回するガウ編隊は武装を展開させながら格納庫から
同じ頃ジャブロー地下作戦司令部でも、マ・クベ中将が戦況の様子をモニターする巨大スクリーンを見ていた。
オペレーター達の指示を飛ばす声が司令部内を騒がしくする中にあって、、マ・クベ司令は普段と変わらず冷静で堂々たる態度を崩そうともしない。
「マ・クベ閣下、本国より急ぎの通信であります。この場で開封してもよろしいでしょうか?」
そこに本国からの命令書を携え副官のウラガン少尉が現れ、マ・クベ司令は無言で開封するように促す。
「では」と一声断りを入れてから命令書を開封しその内容を読み進めたウラガンは焦る気持ちを抑えつつも、マ・クベ司令に手渡す。
命令書を一瞥しマ・クベ司令は「ふっ」と鼻で笑ったかと思うと、命令書を周囲に見せびらかすかの様にして司令部全体に聞こえる声で内容を伝えた。
「諸君喜びたまえ、たった今より私はゴップ元帥閣下代理ではなく正式に地上軍の総司令官に就任する事が決まった。並びに、功績のある主だった者達も一階級昇進とのことである」
上官の普段はしないパフォーマス仕草に唖然としたウラガンであったが、次の瞬間誰よりも真っ先に祝いの拍手と言葉を贈る。
「おめでとうございますマ・クベ中将…いやマ・クベ大将閣下、これで閣下は現共和国軍にあって3人目の大将であります!」
現在共和国軍には大将はたった3人しかいない、これは大粛清によって当時の上級将校が軒並み追放もしくは左遷された為であり、長らくこの地位はゴップ現元帥の独占物であった。
その後現職に復帰したマクファティ・ティアンム提督が連合艦隊設立を機に大将に昇進し、次は誰になるのかと本国では噂になっていたものの遠い地球では関係のない話と思われていた。
所詮粛清上がりか政争に敗れた将兵の吹き溜まり、と半ば自分達でも揶揄していたからである。
しかし今やその栄えある地位にマ・クベ司令が立ち、ウラガン等はこれで長年の苦労が報われたと嬉し涙を流すものもあった。
「諸君お祝いありがとう。しかし今は火急の時期なればこの難局を乗り切って、諸君の口から直接祝いの言葉を聞きたいと思う」
そう言って部下達を諌め任務に専念させるマ・クベ大将、ウラガンはその背中を誇らしく思い胸を一杯にした。
「私は少し席を外す、その間しっかり頼むぞ。ウラガン、ついてきたまえ」
司令の後に続き作戦司令部を退出するウラガンは、共にジャブローを走るモノレールに乗りその間2人の間に会話は無かった。
昇進したマ・クベ大将と、共に今や地上軍総司令官の執務室となった部屋についてきたウラガンの前で、当のそのマ・クベ司令は本国からの命令書と興味なさげに執務室の机に投げ出す。
その投げやりな態度にウラガンは疑問に思うも、その間にマ・クベ大将は執務室を飾るお気に入りの白磁の壺を指先で弾いた。
鈴が鳴るような清涼たる響きが執務室に鳴り渡り、マ・クベ大将は1人「北宋だな」と呟く。
「はあ」
と生返事をするしかないウラガンは、尊敬する上官の真意を図りかねた。
戦前からマ・クベ司令の地球通は共和国軍内外で有名であったが、しかし美術品という物に疎い彼は一向にこの上官の趣味が理解できなかったのである。
「これはいい物だ、そうであろうウラガン」
「良い物、でありますか?」
ますます上官が何を考えているのか分からなくなるウラガン、しかしそんな副官の困惑など気にすることなくマ・クベ大将は執務室の椅子に腰掛けて彼に指示を出す。
「ウラガン、急ぎジャブローから脱出し“これ“を本国のゴップ元帥に届けて貰いたい」
“これ“と指先でまた白磁の磁器を弾くマ・クベ大将。
「シャトルにはこちらでザンジバルを手配した、急ぎ非戦闘員と共に宇宙まで脱出すれば連合とて手出しは出来まい」
ウラガンは上官が気でも狂ったのかと困惑を通り越して恐怖に駆られた、これから連合軍との一大決戦に赴こうと言うのに何故こんな命令を下すのか、彼には全く分からなかったからである。
「お、お待ちくださいマ・クベ司令!?何故この様な時にその様な事を…?」
「ウラガン、私は2度は言わない。ハッキリと言ってしまえば我々には最初から捨て駒なのだ」
「しかしつい先ほど本国から昇進なされ「あれは言わば餞別と脅しだ」!?」
「我が共和国軍は結成以来一度たりとも戦場で*1将官が降伏した事例は無い、まして大将など前代未聞であろう」
そこで漸くウラガンは合点がいった、何故このタイミングで本国が態々マ・クベ司令を大将に昇進させたのかを、そして同時に他の将官クラスも同様の理由であろう事を。
「ですが、ここジャブローを失ってしまえば本国は大気と水を断たれる事になります」
だから本国は自分達を決して見捨てない、そうウラガンは主張するもしかしマ・クベ司令は現実を叩きつける。
「既に我々が送った分で本国は後10年は戦える。それに君は知っていたかね?火星植民地で新たに水源が発見されたことを、新しく発見された氷塊は共和国が必要とする実に*2100年分だそうだ」
本国では最早地上軍の戦略的価値が失われたのならば、では自分達は一体何の為に戦うのですか!とウラガンは叫び出しそうになるのを必死に堪えた。
自分も含め共和国地上軍の任務はと問えば、『本国国民の生存に不可欠な地球の大気と水を供給するもの』と大概の将兵は答えるだろう。
粛清上がりと人々に後ろ指刺される彼らが、国家の最重要任務を請け負うことは彼らにとって最大限の贖罪と献身の筈であった。
しかし実際に課された彼らの任務はもっと生々しくただ一言『存在し続けること』、存在し続けることによって敵を地上に引き付けもって本土コロニーの平和と秩序を守る。
薄い隔壁一枚に隔たれた脆弱なスペースコロニーが戦火に巻き込まれれば、大勢の国民が犠牲となり互いに後に引けない絶滅戦争へと陥り、そうならない様彼ら地上軍は最後の一兵に至るまで抵抗しその命を捧げる事が唯一の使命。
マ・クベ大将の言葉は自分達は全滅する事が任務だとそう言ったに等しく、ウラガンには到底受け入れられるものではなかった。
「マ・クベ司令私は到底承服できかねます、例え粛清上がりとて彼らには本土に家族が居る者もおり…」
「だからこそだよウラガン、ここで逃げ出せば一時命は長らえよう、しかしその後本土の家族共々どの様な事になるのか?貴官とて分かっていよう」
そこまで上官に言われてしまえば、もうウラガンには何も反論する事など出来なかった。
本土で起きた大粛清を直接経験した彼の世代は、自国が裏切り者に対しどの様な態度を取るのか等痛いほど分かっていたからだ。
粛清と言う名の収容所送りに尋問と拷問は言うに及ばず、例え処刑を免れても辺境の採掘衛星で強制労働させられ一生本土には生きて戻っては来れない。
そこに女子供の区別無く、共和国の記録からは一切が消され最初から存在しなかった事にされるのだ。
ならば、最初から戦死する方がまだマシだとさえウラガンは思ってしまう。
スペースノイドの自主独立を掲げる共和国の実態とは、つまりはその様なものであった。
沈黙の帳が2人の間に降り掛かったのは僅かな間であり、2人の会話は要塞を揺るがす振動と通信回線が鳴る音によって終わりと告げる。
『マ・クベ司令、連合軍の空爆が始まりました。至急作戦司令部にお越しください』
「分かったすぐに行く」
通信回線のスイッチを切り、マ・クベ大将は腰を上げて副官のウラガンの傍を何も言わずに横切り執務室を出て行こうとする。
すれ違い背を向けて執務室を出ようとするマ・クベ大将の背中を振り返りウラガンは咄嗟に何かを言おうとし、しかしどんな言葉をかけて良いか分からず、そのまま司令の背中が執務室の扉が閉まるまで黙って見ている事しか出来なかった。
これが2人にとって今生最後の会話となった、作戦司令部に地下要塞を縦横無尽に走るモノレールを再度使って入室したマ・クベ大将。
既に作戦司令部はお祭り騒ぎであり、あちこちでオペレーター達が指示を飛ばし或いは状況を掴もうと盛んに通信を繋ごうとしていた。
「第5小隊は前進、第9小隊は後退」
「第66歩兵連隊!状況を報告せよ、繰り返す状況を報告せよ」
「こちら司令部から第3防空団へ。撤退は認められない、再度通達する撤退は認められない以上」
部屋の中にいた参謀の1人がマ・クベ大将が1人で入って来た事に訝しみながらも、司令官の入室を司令部に伝えようとするが、それを手で制しマ・クベ大将は自身の司令官席に改めて座り直す。
そして一言、こう言った。
「では、はじめようか」