機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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第50話

燃ゆるジャブロー…

 

地球軌道上で、ティアンム提督率いる艦隊が連合軍第4艦隊の南米軌道封鎖を破った、少し前より時は遡る。

 

連合軍の月本部こと、プトレマイオス基地を包囲していた共和国軍の元に、本国よりジャブローが攻撃を受けたとの急報を受けた、共和国軍包囲艦隊の諸提督達の反応は様々であった。

 

ジーン・コリニー提督はこれを如何に利用すべきか策謀を巡らせ、ワッケイン提督は純粋に軍事的立場から月から地球軌道上までの航路日数を計算し、エイノー提督は渋面を浮かべワイアット提督は優雅に紅茶を飲んでいた。

 

彼等は、そもそもジャブローの重要性と何より、地上軍の“本来“の役割を重々承知していたからだ。

 

元より、本国を危険から遠ざける為の生贄軍団であり失っても、(マ・クベ中将以外)惜しくない人材ばかりを集められた地上軍は、その役割を終えようとしていただけのことである。

 

つまり、諸提督達にとってはこれは彼等の預かり知らぬことである、しかし、この場でたった1人素知らぬ態度でいられぬ人物がいた。

 

「動ける部隊で直ぐに艦隊を再編し、至急、地球軌道上に向かう」

 

驚く参謀達や将兵を他所に、包囲作戦の指揮をとっていたティアンム提督は、断固たる態度でそう命令した。

 

マクファティ・ティアンム大将は、共和国第1連合艦隊提督にして初代宇宙艦隊司令長官の任にあるが、その地位は決して磐石とは言い難い。

 

今でこそこうして、大艦隊を率い全軍の指揮を執っている様に見えるが、それもダルシア・バハロ首相の後ろ盾あってこそであり、その人物が友軍を見捨てたとあっては将来に渡って大きな禍根を残すことになる。

 

特に、蛇蝎蠢く共和国政治において、僅かな汚点でも足元を掬われかねない。

 

仮に自分以外の誰かにジャブロー救出を命じたとして、連合軍月本部を後一歩のところで追い詰めながら他戦線に左遷させられたと感じ、恨みを持たれてしまう。

 

そうなったら今後どの様な、有形無形の妨害を受けるか堪ったものではない。

 

今この場に腹心で右腕のワッケイン提督がいなかったのが、これ程悔やまれる事態は無いとティアンム提督は感じていた。

 

(ワッケイン提督がこの場に居れば…!)

 

兎角、政治色の強い共和国軍人にあって、純粋に任務に専念するワッケイン提督ならば、安心して仕事を任せられるが、今彼は月の別働隊として、連合軍支配下の都市を解放すべくこの場にはいないのである。

 

それも、命じたのはティアンム大将自陣でありだからこそ、消去法でティアンム提督自らが、ジャブロー救出の為直々に出向かなければならなかったのだ。

 

この様に、権威主義低信頼社会の共和国にあって、上に立つ者はは常に周囲の目から試されており、無論そういった政治的理由だけでなく、純粋に1人の軍人としてマ・クベ中将の事を心配しての事でもある。

 

ティアンム大将は軍大学の時代からマ・クベ中将の後方勤務能力を高く評価しており、実質たった1人で困難極まる地上軍を統率し運営するなど今後の共和国に無くてはならない人物だと高く買っていた。

 

その彼を救い出す為ならば、千金を積みどんな危険も厭わないと思える故に誰よりも真剣であり、半個艦隊を率い残る艦隊の指揮を分艦隊司令ロドニー・カニンガン准将に任せた。

 

包囲艦隊全体の指揮官には、悩んだ末に第2“親衛“連合艦隊提督のワイアット中将に任せ、彼を代将としてティアンム大将は一路地球軌道を目指したのであった。

 

そこから先は先述の通りであり、ティアンム大将率いる50隻ばかりの艦隊は深く傷つきながらも何とか敵を軌道上より追い払い、南米上空の安全確保に成功したのである。

 

「ジャブロー司令部より応答がありません。既に司令部機能を移転したか放棄した模様です」

 

「そうか…間に合わなかったか…」

 

旗艦アイリッシュ級宇宙戦艦タイタンの艦橋で、司令官席に座ったティアンム大将は目を瞑り天を仰ぎ見た。

 

当然、こうなる事は予想していた事の一つであった、しかしいざこうして目の前にして見ると、ティアンム大将の胸中を襲った衝撃は計り知れないものであったのである。

 

あのマ・クベ司令をして、自分達が来るまで持ち堪えられない程連合軍の手強さと膨大な数に、月での連勝に浮かれていた所に、冷や水を浴びせかけられたのだ。

 

「ティアンム提督、既に連合軍は相当数ジャブロー内部に入り込んだ模様です。これでは例え軌道上の安全を確保しても…」

 

参謀の1人が前に進み出て、オズオズと言った風にティアンム大将に告げる。

 

最早、ジャブローの籠る20万人の将兵達の命運は、尽きたかに思われたからだ

 

この旨は、急ぎ地球軌道上より離脱して連合軍月基地の包囲に戻らねばならなかった。

 

地上の連合軍が想定以上に強大だと分かった以上、地球から援軍が打ち上げられる前に、プトレマイオ基地を陥落させねばならなかったのである。

 

「待ってください!ジャブローとのコンタクトが取れました」

 

しかし、そこにオペレーターの歓喜を告げるかの様な声が艦橋内に響き渡り、ティアンム大将は指揮官席を離れて直に報告を聞こうとする。

 

「確かか」

 

「間違いありません、手間取りましたが何とか」

 

「ジャブローの残存戦力現在は宇宙港に立て篭もり、もう間も無く打ち上げが始まる予定です」

 

それを聞いて、将兵達の間に安堵の声が広がるも、一瞬で再び厳しい表情に戻る。

 

「打ち上げはいい、しかし基地内に侵入した連合軍はどうする?」

 

打ち上げの為に燃料を満載したHLVユニットやシャトルは、言わば爆弾を抱えたも同じであり、更には打ち上げ時にはどうしても無防備な姿を晒してしまう。

 

そこを狙い撃ちにされては、彼等は一瞬で火達磨になり折角の好機が一転、自ら地獄に叩き落とされる事になる。

 

「宇宙港の地下通路は全て封鎖済みの様です、連合軍は地表のメインゲート制圧を目指してアマゾンを移動中の模様」

 

「ならば軌道爆撃の用意だ。連合軍の地上部隊を排除し、HLVユニットや打ち上げシャトルの安全を守のだ!」

 

ティアンム提督の命令が下り、そうと決まれば彼等将兵の仕事は早かった。

 

艦隊の陣形を警戒シフトから変更し、水平に並べてローリングシフトを敷いた共和国艦隊は、予め指定された座標に向けてミサイルの軌道計算を行なっていく。

 

本来は南極条約において、プラントがユニウスセブンに対する核攻撃の報復として、地球に核を無力化するNJを散布した事を受けて、同様の報復措置を両軍が取らないよう、地上に対する大規模な質量弾攻撃は禁止されていた。

 

しかしながら、共和国軍は条約の穴をつき、“禁止されているのは質量弾であって誘導兵器ではない“と宣い、以前から、地表攻撃用の大気圏突入ミサイルの開発を行なっていたのである。

 

今回ジャブロー救出に当たって、本国から特別輸送された地表攻撃用ミサイルの補給を受け、ティアンム艦隊は地球軌道から、地上に対する大規模な軌道爆撃を敢行しようとしていたのだ。

 

しかし、NJやジャミングの影響もあって、お世辞にも誘導精度は高くなく、結局の所単なる絨毯爆撃でしかない。

 

ティアンム大将自身は無論、これは国際的な非難を呼ぶことを本人承知の上であり、それでも軌道爆撃を断行するに当たって、連合軍に対する見せしめの意味もあったのである。

 

ジャブロー攻撃の報復として、地上を爆撃しもってて連合軍を掣肘しようと言う魂胆であり、引いては地上戦線を膠着させ、連合軍を長く地球上に止めようという魂胆であった。

 

「打ち上げまで時間が無い、準備が整い次第攻撃を開始する」

 

オペレーターの元を離れ、指揮官席に座り直したティアンム提督は、改めて命令を徹底させる。

 

一分一秒を争う打ち上げにあって、僅かな狂いで全てが台無しになってしまうのだ。

 

将兵達は、ティアンム大将に急かされながらも、しかし手元を狂わせないよう、慎重に素早く準備を整えていく。

 

後は、命令通り準備が整い次第、順次攻撃しようと言う段階にあって、今度は件のオペレーターから悲鳴の様な攻撃中止を求める声が上がる。

 

「待ってください!メンゲート付近にまだ取り残されている味方機が…!?」

 

「今更間に合わないぞ、ここは致し方のない犠牲として…」

 

打ち上げまで既にカウントダウンは始まっており、攻撃命令は既に発せられているのだ。

 

大事を成すための小さい犠牲として、ここを出もしない涙を飲んで望まなければならないと、そう参謀達が思った矢先である。

 

「ですが…宇宙港に籠る味方からの報告では、機体に乗っているのはマ・クベ大将です!」

 

今度こそ将兵達の血の気が引いた、危うく彼等はとんでも無い味方殺しを、しでかす寸前であったのだ。

 

「攻撃中止、直ちに攻撃命令を全艦に撤回させよ」

 

ティアンム大将の鶴の一声で、慌てて将兵達は攻撃を止めるべく命令の中止を伝達していく。

 

間一髪の所で、命令が間に合い何とか最悪の事態は免れたものの、それでも依然として、状況は解決した訳では無かった。

 

「マ・クベ大将と連絡は取れるか?」

 

ティアンム大将からの問いに、オペレーターは何とか地上に取り残された機体との、通信回線を確立する。

 

旗艦の通信回線モニターがノイズを生じた後、何とか擱座したアッザムからの回線を拾うことに成功し、画面にはノーマルスーツ姿のマ・クベ大将の姿が映し出される。

 

「う、マ・クベ大将…」

 

しかし、その姿を見た瞬間、思わずティアンム大将は呻いた。

 

ノーマルスーツのヘルメットのバイザーは、半分砕けて散っており、そこから生身のマ・クベ大将の、血の気の失せた顔が覗かせていた。

 

明らかに半死半生の身であり、地上からはるか遠くの宇宙からは、到底手の施し用が無かったのである。

 

「て、ティアンム大将…か…貴官にしては、遅…かったな」

 

通信回線の声が向こうにも届いているのか、マ・クベ大将は何とか身を起こそうとしながらも、最後の力を振り絞る様に喋る。

 

「マ・クベ大将、叶うならば脱出を。そこには既に敵が近づいている」

 

「承知している…敢えてそうしたのだからな」

 

その言葉に、旗艦艦橋にいた将兵達は疑問に思うも、しかし続けてマ・クベ大将が言った事に衝撃を受ける。

 

「ティアンム大将、私の事はいい。攻撃するのだ!」

 

「既に…基地のレーザー照準システムはオートに切り替えてある」

 

共和国軍がジャブローを軌道爆撃すると読んで、マ・クベ大将は生きているレーザー回線を復旧させ、地上からのレーザー照準援護システムを構築していた。

 

これにより大気圏を突破したミサイルは、レーザー誘導され流れ弾も少なくすみ、国際的な非難も免れるかも知れなかったのである。

 

そう、マ・クベ大将は全て織り込み済みで自らの身を犠牲にして、共和国にとって最良の道を選ぼうとしていたのだ。

 

「無事にシャトルが脱出に成功したなら…本国まで彼等を…」

 

共和国本国時代時に、冷徹冷厳とも言える態度であったマ・クベ大将が、最期にこんな行動に出るなど、将兵達は全く予想だにしていなかったのである。

 

そして、そのマ・クベ大将の最期の頼みを断る口を、ティアンム大将は持ち合わせてはいなかった。

 

「承知したマ・クベ大将。脱出した将兵は、無事に本国に送り届けると約束しよう」

 

「ティアンム大将、最後に貴官と話せて良かった…」

 

そこで通信回線が切られ、以後オペレーターが何度も通信を繋げ直そうとしても、これ以降応答が返ってくる事は無かった。

 

旗艦タイタンの艦橋内は戦場にも関わらず、シーンと水を打ったかの様に静まり返り、然し乍ら軍帽を再度被り直したティアンム大将は、攻撃命令の再開を告げる。

 

「軌道爆撃を再開する。全艦ミサイル発射用意!」

 

思わずギョッとして参謀の1人が、慌てた様子で止めに入ろうとする。

 

「ティ、ティアンム大将!?」

 

「言うな!!」

 

しかし、ティアンム大将は一括して参謀の制止の声を振り切る、彼にも分かっていたのだ、これが如何に辛い判断かを。

 

だがここでタイミングを逃せば、折角ここまでお膳立てしたマ・クベ大将の行為が、水泡に帰っしかね無かったのである。

 

「20万のジャブロー将兵を救おうという、マ・クベ大将の献身を無駄にしてはならない!我が艦隊の全火力を持って、葬送の送り火と成さん!」

 

そう言ってまるで自らを納得させるように拳を握り上げた時のティアンム大将の顔を、参謀は一生忘れることは無かった。

 

攻撃は粛々と開始され、艦隊から発射されたミサイルが地球に向けて次々と大気圏に突入していく。

 

地表ではそれは真昼の流星の様に見えただろう、南米上空ジャブローに降り注ぐ破壊の流星はレーザー誘導に従って過たず、アマゾンを闊歩する連合軍を業火の中に置いた。

 

あちこちで緑の大地が爆ぜて爆炎が木々を覆い、逃げ場を無くした連合軍のMS部隊達は焼き殺されるか或いはミサイルが頭上から突き抜けて爆散していく。

 

何人かの兵士達は何とか機体を放棄してジャングルを流れるアマゾン川に飛び込むも、今度はそこに燃える樹々が倒れかかったり、体に火を付けた野生動物達が飛び込み揉みくちゃにされて泥の中に沈んでいった。

 

地上はまさに地獄の釜が開いたかの様であり、大勢の連合軍兵士達が逃げ惑いアマゾンと共に焼き殺されていったのである。

 

そんな中でも宇宙港から無数のHLVユニットや脱出シャトルが飛び出し、彼等は猛スピードで宇宙へと駆け上がっていく。

 

その内の1機、ザンジバルの艦橋ではウラガンが片手に白磁のツボを大事そうに持ちながら、1人涙を浮かべ眼下の燃え広がるジャブローに向け敬愛する上官に別れの敬礼をした。

 

「ウラガン…あの壺をゴップ元帥閣下に届けてくれよ、アレは良い物だ!」

 

アッザムのコックピットで無事にザンジバルの脱出を見届けたマ・クベ大将は、燃え広がる機内の中でそう言って事切れた。

 

その一方、もう1人の指揮官はと言うと…。

 

「一体全体何が始まったんだ!?ザフトのNJ攻撃か?」

 

「違います、軌道上より敵艦隊からの軌道爆撃です」

 

大気圏ギリギリを飛行していたガルシア少将が乗る管制機から、眼下に広がる緑の大海を思わせるアマゾンは赤く燃えるのが見え、地上との通信が次々と途切れていく。

 

「南極条約はどうした!?スペースノイドは地球を何だと思っているんだ」

 

そんなガルシア少将の声に応える者は無く、管制機の操縦手は必死に機体を操作して爆撃圏内より逃れようとするも、しかし彼等の悪運はここまでであった。

 

「ミサイル来ます!!」

 

大気圏間近を飛行していたガルシア少将が乗る管制機は運悪く、突入してきたミサイルと進路が重なり機体を真ん中から叩き折られる。

 

一瞬にして機外に吸い出されたガルシア少将は、しかしノーマルスーツを着ていたお陰で即死する事は無かった。

 

しかし彼の眼下には灼熱地獄と化したジャングルが広がり、大気圏付近から地表に向けて長い時間恐怖を味わいながら墜落していく。

 

燃えるジャブローに向かって…。

 

 

 

こうして200万人以上を投入して行われた連合軍のジャブロー攻略作戦は、南米の大自然と共に連合軍に甚大な被害を与え完全に失敗した。

 

何とか極一部の部隊は軌道爆撃の範囲から逃れ陸路や水路を使って味方陣地まで逃れようとしたが、その彼等の前には南米解放戦線の残党狩りや危険な自然環境そのものが立ち塞がり、作戦に参加して生き残った者は更に少なかったのである。

 

これ以降連合軍は大戦末期まで南米での活動は低調になり、共和国軍が目論んだ通り最後まで地上戦線は膠着する事となった。

 

しかしその裏ではマ・クベ大将を始めとする大勢の見捨てられた共和国軍兵士達の屍があり、彼等は誰にも報われない戦場で儚く散って行ったのである。

 

時にC.E.71年6月18日暮れ、陽が没し夜が到来しようとも未だ煌々と燃え続けるジャブローからの火の粉は宇宙へと舞い上がり、戦火は広がり続けていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

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