機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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実験的表現がありますが、特に本編には関係ないです。


第53話

記録

 

C.E.(コズミック・イラ)70年、たった1発の核兵器によって始まったプラントと連合との戦争は、コロニー国家共和国を巻き込み地球圏全体に戦火を拡大する未曾有の大戦へと発展した。

 

ナチュラル、コーディネイター、スペースノイド、それぞれ掲げる正義は違えど彼等は国家や国民の為、或いは家族や親友の為に戦場に身を投じ戦いそして…死んでいったのである。

 

 

此処にとあるディクスがある、映像や音声或いは文章を記録したそれは戦火によって一部が焼けて溶け、或いは経年劣化で変色し中には記録が飛んでいる物もあった。

 

集められたディスクは戦後、共和国、プラント、連合の関係各者が合同で設置した戦史研究委員会が収集した物であり、中には大戦末期に発生した「ジェネシス」攻防戦の貴重な資料も存在する。

 

しかし、同委員会はその後に発生した戦乱によって活動は一時中断され、その業務は初代委員長オクスナー・クリフ大佐が提案し設立されたRSS(Republic of zeon Survey Service)が引き継いだ。

 

我々はそれらを収集し、記録、保管し管理する業務を行う傍らで戦史の編纂作業も行い、今回はその中間報告として共和国と連合との間で発生した、「プトレマイオス基地」の戦いに焦点を当てたい。

 

 

 

第六次中間報告書より抜粋

 

同戦闘に参加した両軍の総兵力は戦史家や資料によって大きく異なるも、最低でも2,000万人以上が参加し、戦死者や行方不明者は200〜600万人を超える

 

作戦の規模と参加兵力その犠牲者数だけ見ても、大戦で屈指の激戦であり、現在でも宇宙における戦いで、これを超える規模の戦いは発生していない。

 

共和国、連合双方の持てる力を尽くしたこの戦いに、参加した将兵達の声をまずは紹介したい。

 

 

 

 

第33MS中隊所属 ドーン・コナー曹長

 

「私が初めてMSに乗ったのは18歳の時でした、初めて触れるコックピットシートの感触、握り込んだ操縦桿の硬さとフットレバーの重さ」

 

「あの時の興奮を、今でもよく覚えています」

 

当時、共和国本土の若者の間では共和国軍への志願が一大ムーブを巻き起こしていた。

 

彼等にとって戦争の勃発によって、ナショナリズムを大きく刺激されると共に、閉塞したコロニーのある種鬱屈した日常を吹き飛ばす、絶好の機会でもあったのである。

 

「訓練はそれはキツイものでしたよ。訓練教官に何度も怒鳴られて蹴られて、ですが我々は仲間どうし互いに励まし合い、何とか訓練過程を乗り越えました」

 

当時、400万人近い18〜25歳の若者達が志願事務所に駆け込み、その多くがMSパイロットとして任官していった。

 

ドーン・コナーもまた、その内の1人であったのである。

 

「初めての実戦は月でした。最初は我々新米も、戦線後方に配置されていましたが、しかし直ぐに前線に駆り出されましたよ」

 

「本物の戦場に、皆んな高揚していたと思います、スペースノイドに圧政を敷いた、アースノイドにこれで復讐が出来る、と」

 

“復讐は正当なり“、これは当時作戦を指揮した共和国軍宇宙艦隊初代司令長官マクファティ・ティアンム大将が、作戦開始前の演説での一節を引用し、当時作戦に参加した将兵達の合言葉になっていた。

 

「ですが、目の前で仲間が一瞬で火達磨に変わって、それは直ぐに恐怖に変わりました…」

 

「もうそこから先は訳も分からず、無茶苦茶でしたよ。無線からは引っ切り無し隊長機の『編隊を乱すな!』の声が鳴り響いていましたが、当時の私にはそれを聞いている余裕は、全くありませんでした」

 

「気づいたら、仲間とも逸れ推進剤も使い切って月面に降りていました。誰1人いない、無音で孤独で寂しい灰色の荒野に」

 

「孤独を紛らわせようとしたんですかね。何度も、ヘルメットのバイザーを上げたり下げたりしていましたよ」

 

「そんな時です、ふと宇宙を見上げようとしたら突然、コックピット内に眩しい光が入ってきたんです」

 

「思わず顔を手で覆いましたよ。ですが、目を瞑ってもあの時の光は、瞼に焼き付いてしまいました」

 

「荒野から真っ直ぐに帯びる、大きな12本の光の柱を…あの光景は、一生忘れません」

 

ドーン・コナーが遭遇した光とは、連合軍プトレマイオス基地に配置された巨大レーザー兵器、「オプティクス」が発射された時に生じたレーザー光線である。

 

メインゲート頭上に取り付かれた連合軍は、味方もろとも共和国軍第4連合艦隊を退け、以降戦いは艦隊戦から地上戦が主戦場となっていく。

 

 

 

 

 

 

第102義勇兵大隊 ジョー・ムラヤマ少尉

 

共和国には大戦勃発時より、戦火によって住む家を追われた戦争難民達が、退去して押し寄せていた。

 

当初、同じ宇宙に住む同胞として同情し支援を惜しまなかった共和国社会も、段々とその数が増え戦争の長期化によって、様々な軋轢を生むようになる。

 

元々同じ宇宙に住む者と言っても、方や祖父の代から世代を重ねたスペースノイドと、地球各国が建設したコロニーに開拓民として移住した、第一世代とでは、価値観に大きな隔たりがあった。

 

「俺の生まれはL4のコロニーだが、家族は東アジア出身でな。その中でも辺境の島国の出だったんだ」

 

「貧しい故郷を捨ててコロニーで一山当てよう、そんな家で俺は育った」

 

押し寄せる難民と本土市民との板挟みにあった時の共和国政府は、難民収容コロニー「ザスカール」を建設し、そこを一旦中立地帯として難民流入の緩和を図った。

 

しかし、戦闘によって破損したコロニーを取り敢えず人が住めるように修復しただけのコロニーの住環境は、劣悪であり地上からも難民が流れてくるようになると、各地で暴動が頻発していく。

 

衛生環境悪化によるパンデミックや配給の停止など、最悪の事態を引き起こす事が予想され、対応に苦慮した共和国政府は悪名高い政策を実行する。

 

“外国人義勇兵制度“、所謂口減し法と揶揄されるこの法制度によって、戦争難民達は共和国軍への志願の道が開かれた。

 

最も志願と言っても、それは家族や周囲の環境によって半ば強制された者も多く、その指揮と練度には多くの問題を抱えていたのもまた確かである。

 

「戦争で、コロニーを追われて共和国に来たんだが、そこでも俺達家族は厄介者だった」

 

「生きる為には、何だってやったよ。それこそ、ここじゃ言えないような事もな」

 

「で当然とっ捕まって、刑務所に入る代わりに軍への志願所にサインしたんだ。最も後で聞いた話だが、檻の中もパンパンだったらしいけれどな」

 

公式には志願の基準には犯罪者は含まれない事になっていたものの、現場では書類や記録の改竄が相次ぎ、戦後、経歴ロンダリングの手段として長らく社会問題となる。

 

「軍隊での生活は性に合わなかったが、飯と寝床だけはあった。逃げ出そうと思った事は何度もあったが、帰っても狭い家に毛布一枚を家族全員で取り合う仲だったからな」

 

「結局、最後まで居ることになっちまったな」

 

彼の様な難民上がりの志願兵の多くは、当初、後方での雑用や荷物の運搬などの任務に従事し、戦場に出ることは稀であった。

 

しかし、コンペイトウの戦いで大量の志願兵達が動員された事を契機に、前線にも投入される様になり、彼等は消耗品として使い潰されていくこととなる。

 

「月じゃ相変わらず、雑用ばかりやらされたよ。そのお陰で、他の連中とは違って戦争で死ぬ様な目には合わなかったけれどな」

 

戦後、共和国が志願した難民とその家族達に対して行った保証は雀の涙程度であり、その後宇宙居住者の間で大きな確執を生む切っ掛けとなった。

 

共和国市民とそれ以外の宇宙居住者との対立は、ティターンズとエゥーゴという組織を生む土台となったのである。

 

 

 

 

第92補給整備大隊所属 ドミニカ・フランコ軍曹

 

「元々学が無くてな、志願しても一等兵にしかなれないんじゃないかと親は心配したものさ」

 

「けれど上官達がどんどんと戦死してな、いつの間にやら軍曹だ」

 

「補給整備大隊と聞いて、人は弾の届かない安全な場所を想像するらしいが、冗談じゃない。いつだって、戦場のど真ん中だった」

 

「くじ引きで決めたんだ、誰が乗っていくか。その日は運が悪かった、8回あった補給要請の内半分を引いちまったんだよ」

 

同補給整備大隊は、要請があれば戦場の真っ只中だろうと補給に応じる、言わば戦場の配達屋であった。

 

共和国軍が、月で初めて用いた縦深攻撃と連続攻勢ドクトリンを達成する為に、前進する部隊について行って補給と整備を行う任務の必要性が、増した為である。

 

当然危険な任務ゆえ、同様の任務を行った部隊の隊員隊が、戦後まで生き残った人数は多くない。

 

「取り敢えず、作業用のボール4機乗せて現地に向かったんだ。行ってみたら面食らったよ、まさかレーザー砲台を相手にしていたとは…」

 

「思わず逃げ出そうかと思ったが、直ぐに腹を空かせたハイザックやゴブリンが来てな。取り敢えず、片っ端から弾薬やら推進剤やらを補充したよ」

 

「無論、視線はレーザー砲に釘付けだったけれどな。いつアイツが俺達に向くんじゃないかと、ヒヤヒヤもんだったんだ」

 

「周りはもうお祭り騒ぎさ、補充する片っ端から撃ちまくってな。首都で見た花火大会よりも、盛大だったよ」

 

「それでな、突然大きな音がしたかと思うと乗ってたボールがメチャクチャに揺れてな。乗ってきた艦から、弾き飛ばされたんだ」

 

「後で聞いたが、補給中の推進剤に流れ弾が引火して乗ってたボールを吹き飛ばしたんだ。気づいた時には全身が痛くてな、肩を脱臼してシートベルトを外すのにも一苦労したよ」

 

「そん時だった…強烈な閃光が刺してきてな思わずそっちの方向を向いちまった」

 

「俺は腹の底から心底震えたよ…」

 

彼が見た光景は、連合軍の巨大レーザー砲台「オプティクス」が、内部に突入した工作員によって吹き飛ばされる姿であった。

 

これによって連合軍は基地上空のカバー範囲を半分に減衰し、共和国は艦隊を突入させて、内部へと深く浸透する橋頭堡を確保する事となる。

 

 

 

 

C.E.71年6月20日時点で共和国軍によるプトレマイオス基地攻囲戦は、連合軍が地表施設を放棄しメインゲートを封鎖して地下都市へと続くメインシャフト内部に篭った事で、屋内戦の様相を呈し始めていた。

 

メンゲート封鎖を解除し、メインシャフトを降下して本体を基地地下施設に送り込もうとする共和国軍と、通路一つ一つに篭り封鎖線を敷く連合軍との間に、熾烈な白兵戦が繰り広げられる。

 

狭い通路では、両軍共にMS等の重兵器は使えず、その為歩兵戦力のみでの戦いは、血で血を洗う凄惨なものになっていく。

 

第27衛生小隊所属 リー・ユエ中尉

 

「そうですね、私は確かにあの時あの通路にいました」

 

「彼方此方が血まみれで、人間の手足や胴体が残骸と一緒にそこら中に転がっていたんです」

 

「今でも、時々夢に見ます。あの時の光景を」

 

人類史上、最大規模の宇宙基地攻略戦となったプトレマイオス基地攻囲戦において、共和国軍が特に気にしていた戦時資源があった。

 

つまりは「人」を如何に確保するかで、当時の司令部は頭を悩ませていたのである。

 

「当時共和国軍は全体で2000万人以上、作戦に参加したのはその半分以上の1200万人。ですが戦えば当然負傷して後送されたり、あるいは事故や病気で戦線を離脱する者は多かった」

 

「ですから何とか消耗を最低限に納めようと、医療面での物資や設備は最高でしたね」

 

「最新の当時配備されたばかりの『真空用医療パック』も、溢れるほどありました」

 

現在では、軍民問わず宇宙生活者にとって必需品ともいって良い『真空用医療パック』、それを最初に実用化したのは共和国軍であった。

 

当時宇宙で負傷した場合、簡単な怪我ならば抗生物質を含んだパッチをノーマルスーツの上から貼る程度で済んだが、それ以上となると死亡率は急上昇する。

 

真空の宇宙では常に放射能の嵐が吹き荒れ、絶対零度や高速で飛来するデブリに滞留する有毒ガスなど、地上の救急医療とは雲泥の差であった。

 

「簡単に言えば大きな風船です、その中に患者を入れて救急医療を施そうと言う訳です。何しろ外は真空ですからね、ノーマルスーツを脱がす訳にもいかない」

 

「その後、真空用医療パックに入れられた患者は後送され、そこで本格的な治療が施される、と言う訳です」

 

当時、プトレマイオス基地攻囲戦に参加した共和国軍の医療危惧や医療従事者達は、記録において当時最高レベルの設備と技量を保有していた。

 

これらは、大戦を通じて高い水準で維持され続け、多くの共和国将兵を救ったのである。

 

「その日の緊急出動は4度目か5度目か、よく覚えていません。何しろ、連日の出動で殆ど微睡む時間すらなかったですから」

 

「通路の彼方此方では、戦闘が続いていました。銃弾や手榴弾の破片が、ヘルメットの前を通り過ぎたのは、一度や二度じゃありません」

 

「それでも、何とか通路の中に飛び込んで見たら、すでに負傷者でいっぱいでした」

 

「真空用医療パックの準備を他に任せ、私は直ぐに負傷者のトリアージにかかりました」

 

「この瞬間が一番心に来ます。可能な限り記録をとって既に死亡した者のドックタグを回収し、手遅れの者には鎮静剤を投与して後は…そのまま放置でした」

 

記録では、中尉ら衛生小隊は1時間ほど現場にとどまり、任務を遂行していたとされる。

 

「どのくらい時間が経ったでしょうね、通路の向こう側から味方に担がれて、負傷兵が運ばれてきました」

 

「恐らく衛生チームが間に合わないか、近くにいないかで移動してきたんでしょう。戦闘があちこちで続いている中を、余程大事な相手だったんでしょうね」

 

「取り敢えずその負傷兵を預かり、初見を行いました。その時初めて気づいたんです、相手が少年とも言える年齢であることを」

 

前述の通り、共和国軍には多くの若者達が志願していた。

 

その中には18歳と年齢を偽って、入隊した者も何人か紛れ込んでいたのである。

 

「直ぐに真空用医療パックに収容しました、幸い命に別状は無かったものの、両足はぐしゃぐしゃでした」

 

「恐らく爆弾か地雷による負傷だと思いました。例え即死しなくとも、ノーマルスーツに穴を開けるだけで簡単に命を奪えますからね」

 

「彼の治療が一段落したからでしょうか、負傷兵を連れてきた兵士達が仕切りに騒ぐんです。『敵の反撃が始まった、ここも危ない』と」

 

「実際、彼ら以外にも連れ込まれる負傷兵の数は多くなってきました。私は直感しました、味方が苦戦していると」

 

「味方が優勢で前進しているならば、敵兵の負傷兵も尋問の為に連れ込まれます。ですが、他の部隊から負傷兵が多くなっているのは、自分達で面倒を見る余裕がない証拠でした」

 

事実、この時連合軍はメインシャフト内部に侵入した共和国軍を排除すべく、総攻撃を準備中であった。

 

実際に彼らがいた三ブロック先の通路では、既に共和国軍の防衛戦と連合軍が、衝突していたのである。

 

「私は現場の陸戦部隊指揮官に意見具申しました、『ここは危ない』と。ですが、聞き入れられませんでした」

 

「かわりに負傷兵後送を理由に、我々だけでも避難する事にしたんです。撤収準備を整えている間、私は兎に角人では集めました」

 

「何しろ狭い通路ですからね、牽引用の小型シャトルや車両なんか、どこにもありません。全て人力で行うんです」

 

幸にして、中尉の元には他の部隊から負傷兵を後送してきた兵士達がいた、その彼らの協力を得て負傷兵の後送が行われた。

 

「負傷兵の後送を初めて暫くでしたかね、さっきまで我々がいた通路から突然閃光が閃いて、振り返ったら大爆発を起こしていました」

 

「後一歩遅かったら、我々もあの業火の中に居たかと思うと、今でもゾッとしません」

 

その後、中尉達は負傷兵達と共に後方の部隊と合流し、無事に生還を果たす。

 

尚この時の生存者の中には、後に義手義足オリンピックのライフル射撃部門で銀メダルを獲得する「ダリル・ローレンツ」が居た。

 

この戦いで共和国は多くの手足や身体を損なった負傷兵を出し、その彼らの社会復帰のために、高性能な義手や義足など義体関連技術が発展する事となる。

 

その立役者となる人物達も、この戦いを別の場所で戦っていた。

 

 

 

元リビング・デッド師団所属 現大手医療機具メーカー開発主任 J・J・セクストン 

 

「確かにカーラ教授の功績は認めます、しかしその理論をこうして広く社会に浸透させたのはこの俺…!コホン、私の功績ですよ」

 

当時カーラ・ミッチャム教授率いるチームは、従来を上回る高性能義肢の開発を行なっていた。

 

人間の脳波を直接義肢に伝え、リハビリやトレーニング無しに直ぐに失われた四肢の機能を回復させる、画期的なシステムを考案したのである。

 

このシステムは負傷兵の戦力回復や社会復帰に役立つとして、戦時中共和国軍の支援を受けて、彼女らもまた実戦に参加していく。

 

「リビング・デッド師団なんて大袈裟な名前がついているが、あそこは単なる研究とリハビリセンターでしか無かった。世間で噂される新兵器や人体実験なんて、そんなのライバル会社が広めたデマゴーグだ」

 

「確かに、患者を被験体にしてMSの操縦訓練はやっていた。しかしそれは軍が求めたことだ、噂されるRPD(リユース・サイコ・デバイス)も、当時は理論だけで形にすらなっていなかった」

 

「まあ“被験者“には困りませんでしたがね。何しろ直ぐそこで戦争をやっているんだから、四肢を失った負傷兵には事欠きませんでしたよ」

 

共和国軍の兵器は特に人命を尊重し高い生存率を誇っていた、しかし本人の命が助かっても、負傷とは無縁ではいられなかったのである。

 

特にプトレマイオス基地攻囲戦末期、戦いが兵器を用いた戦闘から生身の人間同士が白兵戦を行うようになると、比例して死傷者の増加を招いた。

 

この時期に、多くの負傷兵が、リビング・デッド師団に運び込まれたのである。

 

「四肢の欠損や内臓機能の喪失を機械で補う、その為には必要な犠牲もあった事は認めよう。しかしそれらは全て教授の指示で行った訳で、俺が関与した証拠はどこにもない」

 

尚研究は義肢に限定していたが、同師団内部には他のもサイボーグや再生医療の研究チームが存在し、それぞれが独自の研究を行なっていた。

 

だが、その全容を把握していた者は、限りなく少ない。

 

「カーラ教授の父君については…その残念としか言いようがない。しかしそのお陰で彼女は人生を棒に振ったんだ、全くバカ…残念な事だよ」

 

カーラ・ミッチャム教授の父親は反戦思想を掲げて、戦時中思想犯として共和国で投獄中であった。

 

教授が平和の為の技術を軍にアピールしたのも、成果を上げて囚われた父親の恩赦を求めるつもりであったとされる。

 

しかし、終戦後その父親は獄中で程なくして病死していた事が判明し、ミッチャム教授は姿を消した。

 

現在でも、その消息は依然として知れていない、一説には地球に降りたとの情報もあるが真相は定かではない。

 

その後、助手であったセクストンは研究データをとある医療機具メーカーに売り込む事に成功し、同社は急成長し現在はアナハイム社傘下の元で地球圏全域にまで販路を広げている。

 

尚RSDについてはその有効性を認められ、現在もMSの遠隔操縦システムとして軍で研究が進められている。

 

 

 

 

大戦後期、ザフトのクルーゼ隊によって破壊されたオーブの中立コロニー「ヘリオポリス」は戦後に、共和国がジャンクとして買取り観光用コロニーとして再建された。

 

その一角に、亡命者居留地と呼ばれるエリアがある。

 

プラント亡命者 ナミラ・カミラ

 

「私達がプラントを脱出したのは丁度、『オペレーション・スピットブレイク』の前でした」

 

「私達亡命者のグループはメンバーは様々で、その出自も理由も異なっていました。ただ当時プラントの強行姿勢には、反対の反戦組織でした」

 

「いえ…クライン派と言う訳ではありません。確かに、その後プラントからの亡命者は多くが、粛清を逃れる為に故郷を捨てた、クライン議長の支持者とその家族でした」

 

「正直私は幾ら核を撃たれたからと言って、地球全土にNJを撒くのは反対でした。アレのせいで、地球にいるコーディネイターにまで被害が及んだんです」

 

「そのせいで、ますますコーディネイターの肩身が狭くなり、明らかにクライン議長の失策です」

 

「私達はジャンク屋の積荷み紛れたり、或いはローラシア級を乗っ取ったりと方法は様々でした。そうでもしなければ当時のプラント社会では命が無かったのです」

 

プラント、クライン政権下においてシーゲル・クラインはコーディネイター地球回帰論を唱えて、極秘裏にハーフや低能力者にナチュラルの家族を、地球に移住させる計画を実行していた。

 

ナチュラルから生まれたコーディネイターが、再び母なる地球でナチュラルに帰る、と言う訳であった。

 

しかしこれは半ばプラントから不必要な人材を地球へ捨てる棄民政策と取られ、現在では内外で大きな批判の的となっている。

 

その後、新議長に就任したパトリック・ザラの元で、プラントは厳しい管理統制のもと人種隔離政策が実行されていた。

 

コーディネイター、ハーフ、ナチュラルは厳しく分けられまたその能力や貢献度に応じて行動の制限がかけられていたのである。

 

亡命者の多くはそれら厳しさを増すプラント社会に耐えかね、中立国への脱出を求めたのであった。

 

「私達の行き先は最初オーブでした、しかし連合が中立国に圧力をかけるようになると当初の計画に狂いが生じました」

 

「私達は一転して宇宙で行き先を失ったのです。しかも我々の亡命に気付いたザフトが追っ手を差し向け、私達のグループは身の安全を守ために奪ったローラシア級に集まりました。

 

「非武装のジャンク屋の船では、軍隊には到底太刀打ちできないと、考えたからです」

 

その後、彼らの逃避行は過酷なものとなる、大勢の亡命者とその家族を抱えながら、ザフトの追撃を交わさなければならなかったからだ。

 

何度か交戦を重ね、物資も弾薬も底をつきかけた時である、彼らはある賭けに出ることにした。

 

「私達は、共和国のルナツーに逃げ込もうと考えました。当時、宇宙でコーディネイターを受け入れてくれる場所は、もうそこしか残されてはいませんでした」

 

無論、撃沈される恐れもあったが、しかし水や食料も欠乏する彼らには、他に道はなかったのである。

 

結果から言えば彼らは賭けに勝った、ルナツーの宇宙港に無事に彼らを受け入れたのだ。

 

「宇宙港に入った瞬間ホッとしました、しかし直ぐに厳しい現実が私達の前に現れました」

 

共和国軍は、プラントから亡命した彼等を武装解除した後に拘束し、厳しい取り調べや暴力を伴う尋問を行ったのである。

 

その対象は亡命者の家族や女子供問わず、共和国の尋問は徹底的であった。

 

先の、コンペイトウにおける戦いの記憶はまだ新しく、コーディネイターに対する扱いも一層厳しいものであったからである。

 

「見通しが甘かった、と言えばそれまでです。当時の共和国には、私達を助けてくれる者は誰もいませんでした」

 

しかし、そんな彼等に救いの手を差し伸べる者がいた、当時諸用でルナツー要塞を離れていたマクファティ・ティアンム大将が帰還し、亡命者達の存在を知ったからである。

 

「ティアンム大将は私達を直ぐに釈放してくださいました。また直々にこれまでの非礼や部下の行為を詫び、正式に謝罪もしてくれました」

 

無論ティアンム大将や共和国には狙いがあった、当時共和国では後にB号作戦の名で呼ばれる大作戦が水面下で進行中であり、そこから目を逸らすべく様々な工作を行なっていた。

 

その中の一つに、亡命者を使ったプラントに対するプロパカンダ作戦の案が浮かび上がったのである。

 

「亡命した時からある程度の覚悟は決めていました、いえ寧ろ私達は進んで協力したと、言っていいでしょう」

 

「それだけ私達は皆、当時のプラントに腹に据えかねていたのです」

 

共和国は盛んにプラントに対し亡命者と用いたプロパカンダ作戦を実行していく、その目的は当然B号作戦から目を逸らす事と同時に、新規の亡命者を増やすことであった。

 

そもそも地球人口の中でただでさえ数の少ないコーディネイターにあって、更に少数のプラントから亡命者が増えて人口が減少していく事は、悪夢であった。

 

特に婚姻統制を敷いて出生率を何とか改善しようという政策が実行中の中、その候補相手がいなくなると言う事は、プラント社会に恐怖を齎したのである。

 

これが実現すれば、共和国は一兵も損なう事なく敵兵を削る可能性があったのだ。

 

「亡命者を厚遇する映像や資料を流したり、特に地上での敗戦が濃厚になりつつあったプラントでは、かなり動揺が広がったと聞いています」

 

実際にこのプロパカンダ作戦でどれ程の亡命者が増えたのかは定かではない、しかしこれ以降プラント政府は国民への監視統制を強め、それが益々政権の不安定さを助長したとされる。

 

また亡命者にならずとも、大戦末期には多数の離反者を生み出すこととなった。

 

「私達は暫くして共和国本土に移送されました、そこで仕事が与えられ当面の生活の安定が出来たことで、当時の共和国政府からとある提案を受けたのです」

 

共和国はプラントからの亡命者グループに対し、亡命部隊の結成が提案された。

 

当時プラント国内ではザラ派による過酷なクライン派への弾圧が進行し、同時にプラント国内に潜伏した「ゾルゲ」から、多数の亡命者受け入れが来ていたのである。

 

その中には、クライン派の大物政治家が何人も含まれており、共和国と共に戦う部隊を予め作っておく事で、クライン派の戦力を取り込もうと画策したのだった。

 

「私達は相談し、断った場合支援が打ち切られる事を恐れて、承知しました」

 

「人員は、亡命者家族の中から元ザフトの兵士だった者や、壮健な若者達が志願と言う形で参加しました」

 

「実質的に、家族の生活を人質に取られた人柱でした」

 

その後、亡命部隊はプラント脱出時に持ち込んだ装備が返還され、共和国軍の元で訓練を重ねて実戦へと配備されていった。

 

プロパカンダ部隊とは言え、当時の共和国軍には兵力を遊ばせておくつもりはサラサラ無く、彼等は過酷な戦場に駆り出されていく。

 

「私達家族はいつも不安でした、いつ若者達の死亡通知のメールが来るのかと思うと、夜も眠れませんでした」

 

「そんな中でも、唯一手紙だけが心の拠り所でした。無事な頼りが届くと、私達は集まって何度も読み返したものです」

 

亡命部隊は過酷な戦いを潜り抜け、その利用価値を認識した共和国軍は、月での連合軍に対する総反抗作戦であるB号作戦に、彼等を投入する事を決定する。

 

月本部ことプトレマイオス基地に、共和国宇宙艦隊司令長官マクファティ・ティアンム大将が座乗する旗艦タイタンと共に、亡命部隊の艦隊が共に戦い入港する絵を欲したからであった。

 

「私達も覚悟を決めました、共和国に使い潰されるのならば、せめて出来る限りの事をしようと」

 

「手持ちの資金を掻き集め、彼等に送って必要な物を用立てようと、皆で話し合って決めたのです」

 

「しかしどこから嗅ぎつけたのか、共和国軍の士官が訪れて私達の前でこう言いました、『美談だ、ぜひ協力させてくれ』と」

 

その後、共和国はある物を用意した、それは如何に亡命部隊が有用であるかを示す物であった。

 

「若者達から感謝の手紙が届いた時、驚きました。彼等の元にはら何と新品のMS一個小隊が届き、しかも当時配備が始まったばかりのハイザックの最新モデルでした」

 

「我々は、それまで持ち込んだMSジンやシグーを使っていました。足りない補修部品は、戦場のジャンクを拾って修理したりと、騙し騙し運用していました」

 

「そこに、いきなり新品のMSです。若者達から感謝の手紙が引っ切り無しに届きましたが、私は怯えを感じていました」

 

「私達が送った資金では、到底そんな物用意は出来ませんでした。殆ど、共和国が用意したものです。」

 

亡命部隊は機種転換訓練を終え、作戦に参加するべくティアンム艦隊と合流した。

 

ティアンム大将は亡命部隊を表敬し、その時撮られた写真は現在も共和国歴史アーカイブに保存されている。

 

その後、亡命部隊はティアンム艦隊と共に激戦を潜り抜け、最終的にプトレマイオス基地のメインシャフトを巡る戦いに投入され、生身の若者達は多くの命を落とす事となった。

 

この戦いの後、共和国は連合と一時休戦協定を結ぶ。

 

亡命部隊には目論見通り、その後クライン派亡命グループが参加し、引き続き共和国と共に戦う事となる。

 

その陰で、最初期の亡命者グループの犠牲は忘れ去れていった…。

 

戦後、彼等は共和国政府から形ばかりの支援と、再建されたヘリオポリスコロニーの一角を与えられる。

 

亡命部隊に参加した若者達の大半を失い、また無事に家族の元に帰れても、その多くが戦傷や心理的後遺症に苦しんだと言う。

 

「一体彼等の犠牲に何の意味があったのか、私達はそれにどう報いれば良いのか、それを思うと今でも胸が張り裂けそうな気持ちです」

 

「プラントに、故郷に戻ろうかと思ったこともありましたが、犠牲になった若者達の事を思うと、誰1人帰る事はできませんでした」

 

現在亡命者グループに与えられた居住地に住む者は居ない、彼等の多くは故郷を捨て寄るべもなく、地球圏のどこかに姿を消していったのである。

 

ただ、時折何者かが挙げる古びたプラント国旗が、街に虚しく翻るだけであった。

 

 

 

 

人類の狂気とも言える戦いが地球圏に蔓延した先の大戦

 

その中でも特に激戦が繰り広げられたプトレマイオス基地攻囲戦に、人々は何を見たのだろう

 

戦史研究を引き続き、本RFSは調査を重ねていく予定である

 

我々人類の戒めのためにも

 

 




ドーン・コナー:プトレマイオス基地の戦いに参加。強烈な閃光を直視して目を負傷、終戦を軍病院のベットで迎える。戦後は実家の跡を継いだ。

ジョー・ムラヤマ:東アジア共和国コロニー移民第一世代出身、戦争によって難民となり犯罪への恩赦を理由に義勇兵として参加。戦時中は主にコンテナ運びなどの雑用を行う、戦後は家族の元に戻るも犯罪組織に参加したとの話もある。

ドミニカ・フランコ:第92補給整備大隊所属、同大隊は高い死傷率と勇猛果敢な健闘ぶりから戦後共和国政府によって表彰されている。戦後は軍を退役し、整備工に就職している。

リー・ユエ:プトレマイオス基地攻囲戦に医師として参加。戦後は、宇宙空間における緊急医療のスペシャリストとして大学病院に勤務中。

J・J・セクストン:共和国アカデミー出身、戦時中はカーラ教授の助手としてリビング・デッド師団に参加。戦後、姿を消した彼女の功績を奪う形で研究データを売り込み医療機具メーカーの開発主任に就任。同社を一躍地球圏有数の義肢メーカー、及びサイボーグ研究トップ企業に飛躍させる。

カーラ・ミッチャム:戦時中は投獄中の父親の恩赦を求め、RSD研究を軍に売り込みリビング・デッド師団創設に関わる。戦後は共和国より姿を消し、その消息は依然として知られていないが近年南洋同盟勢力化において、非常に酷似した人物が発見されている。

ナミラ・カミラ:プラントからの亡命者グループのリーダーの1人。戦後は経済的な理由により、居留地を離れる家族達の再就職や移住の斡旋に奔走。尚クライン派グループからは度々支援の話がくるも、その殆どを断りその後最後の家族が離れた事を切っ掛けに自身も移住。現在はNJ被災地の復興業務に携わっている。

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