L4コロニーメンデルでの一件は、直さま共和国本土の大本営に報告された。
共和国の首都ズムシティ郊外にある大本営、そこに置かれた執務室にてバハロ首相は側近からの報告を受けていた。
「…以上で報告を終わります。最後にエターナルの所在ですが目下の所、軍を動員して捜索中との事です」
「成る程な….」
側近からの報告を聞き終えると、バハロ首相は思わずこめかみを指で押さえた。
(頭の痛いことだ、ラクス・クライン…一体何を考えている?)
実を言うと、共和国上層部はマルキオ導師がかなり動く前から、プラントのクライン派(のカナーバ派)と気脈を通じていたのである。
その縁で、シーゲル・クラインの娘であるラクス・クラインがザフトの新型戦艦を奪って逃亡したと言う報告は、プラント国内に潜入させたスパイ組織ゾルゲから報告も上がっていた。
てっきり亡命でもするつもりかと思い、共和国でもラクス・クライン亡命を受け入れる体勢を整えていたのだが、そのラクス嬢が共和国を頼るでもなく、オーブを脱したアークエンジェルとクサナギと行動を共にしている事は、共和国の誰しもが予想だにしていなかったのである。
ラクス嬢とアークエンジェル、特にキラ・ヤマトとアスラン・ザラこの三者の関係など全く知らない共和国にとって、エターナルの行動は果たしてクライン派の意思なのかと疑う者も出たのは仕方のないことであった。
その為、マルキオ導師がラクス嬢を共和国が管理する中立コロニーザスカールで匿って欲しいと言われた時、共和国上層部は容易に首肯し得なかったのである。
クライン派とラクス嬢の思惑が分からない以上、共和国としては慎重な対応をしなければならずその結果が、どっちつかずの黙認と言う形であった。
つまり上層部の意見が纏まらなかったが為に、現場レベルでの報告が遅れたのがある意味での、事の発端と言えたのである。
兎に角、バハロ首相の中ではクライン派とラクス嬢は分けて考える事に決定した。
クライン派、と言うよりも今はカナーバ派と言っていいプラント国内の和平派は、戦争の早期終結を図る共和国にとって大事なピースの一つであったのだ。
共和国の戦争終結に向けたグランドデザインとは主に二つの柱からなり、一つは宇宙からの連合勢力の排除である。
その一環として、先のB号作戦により月に侵攻した共和国軍は連合支配下の月面都市の大半を開放し、連合軍月本部プトレマイオス基地の攻略こそならなかったものの、連合軍宇宙艦隊に痛打を与えた事は確かであった。
特に、最終的に宇宙での反攻が必至の連合軍にあって宇宙での戦力を立て直している所に、共和国軍によって大打撃を与えられたのだ。
連合の反攻の時期が大きく遠のいた事は疑いようの余地はなく、これと一時停戦を結んだとて(無論国内世論もあるが)共和国としては問題なかったのである。
もう一つはプラント国内のクライン派との協調であり、現在プラント評議会議長のパトリック・ザラは議長就任前から大のタカ派で知られており、ナチュラルに対する強い敵愾心を隠そうともせずまた、スペースノイドに対する差別感情も普段の言動から剥き出しであった。
この様に、パトリック政権下でのプラントとの和平は到底成り立つとは思えず、共に天を戴けない以上これを排除するのは当然として、ではその後釜に誰を据えるかという話であった。
そこで戦前からバハロ首相と個人的親交もあるクライン派の、アイリーン・カナーバ元評議会議員に白羽の矢が立ち、彼女を首班としてプラントに新政権を誕生させこれと和平を結び、共和国=プラント同盟を成立させる。
宇宙の覇権を確立しもって地球上に連合軍を封じめ込めるのは、プラントが構想した「オペレーション・ウロボロス」と同じだが、この場合地上のマスドライバー基地占領が必要では無い、と言う点で異なっていた。
戦前から非常に高度な技術を持つプラントだが、高度な製造品に必要な資源や食料とその市場を地球諸国に依存しており、その為、国家経済と市民生活維持の為の地球侵攻は生存圏確保と言う意味で、マスドライバーの確保は必須であったのだ。
反対に共和国は殆ど自国のみで単独で完結する経済圏を構築しており、必要な資源も火星や木星圏にアステロイドベルトからほぼ無尽蔵に採掘し、また非常に広大な宇宙植民地と宇宙最大の人口に支えられた市場ももっている。
唯一、完全密閉コロニー故の弱点である定期的な空気交換に必要な大気生成生成プラントと水は、地球から得ていたがこれもある程度解決を見ていた。
つまり共和国は地球を必要とせずやっていけ、プラントも地上に代わって資源と食糧を得られる、両者にとって得のある関係であったのだ。
地上に封じ込められた連合は当然、戦力を宇宙に打ち上げて奪還しようと試みるだろうが、共和国が保有する圧倒的な宇宙艦隊が軌道上を完全に封鎖しこれを叩き落とす。
また先のジャブロー防衛で行ったような、軌道上からの爆撃で3ヶ所あるマスドライバーを攻撃し、これを破壊すれば連合には最早打つ手はなかったのである。
長年、プラントに対する搾取で国家と経済を成り立たせていた連合は無論、地上各国はこの経済封鎖に耐えられる体力は少なく、また深刻なエネルギー危機を引き起こした「エイプリルフール・クライシス」と、長引く戦争によって国家財政はとうに底をついていると予想された。
こうなれば、連合が和平を請うてくるまで共和国は待てばよく、戦後における覇権は確固たるものとなるはずであった。
その為にはクライン派との密な協力は必須事項であり、ラクス嬢の行動はその如何によっては、両者の間にヒビを入れるかもしれなかったのである。
「全く、困ったお嬢さんだ」
と口ではそう軽く言いつつも、兎に角ラクス嬢の真意がどの辺りにあるのか全く分からない以上、バハロ首相としては全くお手上げといった所であった。
更に報告書に記載された、ラクス・クラインと行動を共にするアークエンジェルと新型MS2機の存在も、バハロ首相には気掛かりであった。
報告によればその内の1機により、共和国軍のMSが40機以上にサラミス級1隻が破壊され、これはメンデルで共和国軍が受けた被害の70%にも相当した。
そのMSについては追加の調査により、ゾルゲから以前挙げられたザフトから何者かの手引きにより、奪取された新型MSである事を突き止めた。
これは現在ラクス・クライン本人によるものと判明しているが、問題なのはその後の行動で奪取されその後に、アラスカでの戦闘に参加し次にオーブ軍に与して連合と戦い今やメンデルでは、共和国軍にその牙を剥いたのである。
正体も所属も目的も不明なその機体は、ただ一つ言えるのは現在のMSとは明らかに隔絶した性能を有すると言う事であり、戦況を単機で覆しかねない存在だと共和国軍は報告を挙げていた。
少なくとも、ラクス・クラインの手には最低でもそれが2機存在するのだ、これは誰にとっても大きな脅威であったのである。
「いっその事、本人に直接聞いてみては如何でしょう?」
側近の何気ない一言に、バハロ首相は興味ありげに見やると側近は続けて言う。
「ラクス嬢に対し、特使を派遣するのです。こちらに敵意が無い事を知れば、彼女も聞く耳を持つでしょう」
「しかし肝心の、当の本人の所在が知れないぞ」
バハロ首相が言う様に、現在コロニーメンデルを脱したラクス・クライン一行はその行方をくらまし、軍の警戒網を掻い潜って宇宙の何処かに消えてしまっていた。
これを見つける事は、容易ならざるものの様に思われたのである。
「その点につきましては、うって付けの人物がおります」
その人物とは、マルキオ導師の事を指していることは直ぐに分かった。
現在導師は共和国とクライン派を繋ぐ為に協力しており、ラクス・クライン本人とも親交厚い彼助力を得られれば、現在の所在を容易に探し出せるだろう。
「しかし、そう上手くいくかな」
「上手く行かなければその時はその時です」
と側近は何気なく告げたが、果たしてこれが上手く行くかどうか、バハロ首相にも確信は持てなかったのである。
しかし、これと言って特に有効な別の手立てがある訳でもなく、こうしてバハロ首相の指示で共和国は特使の準備を進めると共に、マルキオ導師にコンタクトを取り何とかして現在の所在を掴む事に成功した。
また念のために、クライン派のメンバーと連絡を取り合いラクス・クラインの信用を得る為にアイリーン・カナーバ元評議会議員から、直筆の手紙も入手したのである。
この様に準備を着々と進めていた共和国であったが、肝心の特使を誰にするかと言う事でその選考は、大いに難航していた。
と言うのも、強力な武力を持つ個人を相手にするのだから相当な胆力を求められるし、また地位が低ければ侮られ高すぎれば却って相手を警戒させてしまう。
そうで無くても、複雑怪奇な共和国の中で誰しもが有能な人物を囲っており、その様な派閥の強い影響を受ける人物もまた、今回は相応しくはなかった。
例としてジャマイカン・ダニンガンなる人物は、経歴や所属派閥を隠し自身を売り込もうとして来たりと、選考段階でそれらの機会主義者達を弾くのは容易ならざる作業量を要求されたのである。
つまり必要なのは、地位が高からず低からずどの派閥とも適切に距離を置いており、相手の懐に入り込むタフさとアドリブも入った交渉術も可能な人物を、共和国は探し出さなければならなかった。
だがそんな困難を乗り越えて、幸運にも適任者を探し出す事に成功する。
選ばれたのは共和国軍少佐のヨハン・イブラヒムという名の青年士官であり、共和国名門出身であり幼年学校から士官学校まで全て主席で卒業した、正にエリート中のエリートであった。
将来を嘱望され若手のホープと目されており、現共和国宇宙軍司令長官のマクファティ・ティアンム提督が軍大学校長時代に、その教えを受けた秘蔵っ子でもある。
誰しもが認める能力と名門の血筋に派閥政治とも適切な距離感を保ち、何より首相とも面識がありその人柄と能力を知っているからこそ、彼の名が上がった時バハロ首相は一も二もなく同意したのであった。
こうして特使ヨハン・イブラヒム少佐を乗せたザンジバルが共和国を出港し、ラクス・クラインとの会合の場へと向かって行ったのである。
要約:おじさんには若い娘が何を考えているのか分からない、と言う話。以上