『…以前にも作成した報告書の通り、個々の兵器の性能は扱う者個人の能力に左右されるものも多く、特にザフトが今次大戦に投入したMSにおいてそれは顕著である。特にMSのOSシステムにおいては…』
報告書を進めるエリカ・シモンズはオーブから脱出したモルゲンレーテ社の1人であり、本人は長らく隠していたがコーディネイターでありまた1人の息子をもつ母親でもあり、何よりもオーブ軍初の量産型MSであるM1アストレイそれの開発主任でもあった。
『…この様にナチュラル用MSのOS開発には結局コーディネイターの協力を必要とし、これはMSそもそもがプラントでコーディネイター専用に開発を進められてきた以上、半ば必然と言えることではあった。しかし、唯一例これに反する機体がある事も確かである』
『大戦初期から猛威を振るったザフトのZGMF-107ジンと同時期に、地球から最も離れたコロニーである月の裏側に位置する共和国にて、今日知られるMS-106ハイザックが誕生していたのだ』
ハイザックの性能は登場時期はジンとどっこいどっこいの性能差しかなく、両軍のMSが初めて衝突することとなったグラナダ防衛戦においてはザフトのジンは疎か、連合軍のMAメビウスにさえ翻弄される事もあった。
だが登場した当初、それが世界に与えた衝撃は計り知れない物であった。
『しかしこの衝突はプラント及び連合軍に「ハイザックショック」とでも言うべき衝撃を与えたことは確かである』
『当時宇宙の辺境国家としか思われていなかった共和国が開発したMSハイザックは、戦場でジンとは違い機動性、運動性、格闘性能において劣るものの当時ジンの主力火器であったMMI-M8A3 76mm重突撃機銃を跳ね返す重装甲を持ち、また携行火器である120mmライフル通称「ザクマシンガン」と呼ばれる重火器は戦車のリニアガンを弾く強度を持つジンの装甲を容易に貫通し得たのである』
『コックピット周りは驚くほど洗練されており、脱出カプセルも兼ねた全天周モニターにリニアシートは今後MS開発のスタンダードになる事は確実であった(残念ながら特許と予算の関係でアストレイへの搭載は見送られたが、それは連合もプラントでも同様であった)』
『何よりも瞠目すべきは、登場時ハイザックはナチュラルでも乗れる真の意味での汎用人型機動兵器であった点である』
当時既に戦場を席巻していたMSジンの有効性は誰しもが認める所ではあったが、国力で勝る連合軍はしかしながらこれの開発どころかジンのコピーでさえ覚束なかったのである。
その理由は前述のMS専用いやコーディネイター専用OSとも言うべきM.O.Sの存在であり、生体レベルで神経接続を行いコーディネイターの優れた反射と判断能力で無ければナチュラルでは到底動かせない複雑かつ精密極まりないシステムとして、数で劣るコーディネイターがナチュラルを圧倒する原動力となっていたのだ。
無論連合軍はコーディネイター用のOSを解析してナチュラル用に適合させるべく心血を注いでいたが、そもそものプラント独立の発端となった地球でのコーディネイター排斥によって技術的に遅れをとっており、また「血のバレンタイン」の報復として行われた
(ついでに言えば戦前の旧理事国は疎か地球国家全体がプラント製品に依存しており、大戦勃発によりプラント製品が入らなくなった事と上記の大規模な電力通信喪失による宇宙を含むサプライチェーンの崩壊と人口*11割減のトリプルパンチが、最終的に地球の製造業を*2瀕死に追いやったのである)
グラナダ戦後、戦場で鹵獲されたハイザックはプラントや連合軍の研究施設に運び込まれそのOSシステムの秘密を暴くべく、徹底した調査研究が行われそれは無論オーブもまた同様であった。
『オーブでもサハク家が極秘ルートで月のアナハイム社から機体を入手し、モルゲンレーテ社の地下研究所にて調査研究が行われあわよくばOSのコピーが出来るのでは期待された。しかし、その結果得られたデータは残念ながらコピーは愚か当時進められていた研究に役立つものでは無かったのである』
『何故ならハイザックに使われていたOSは神経接続を可能とする生体量子コンピューターではなく、光結合回路を使用した*3学習型コンピューターと呼ばれるものであったからだ』
共和国が戦場に投入したハイザックの心臓部とも言うべき操縦システム、それは従来の量子コンピューターを用いずアステロイドベルトに存在する小惑星アクシズより産出される*4希少金属を用いた光結合回路であり、学習型コンピューターがパイロットの動きを学び或いは先読みして最適な動作パターンを構築すると言うものであった。
これの優れた点は単なるパイロットの動きの模倣だけではなく、データの蓄積と解析により従来パターンに無い想定外の事態が発生した時にもコンピューター自身が対応を推測し、新たにパターンを構築、パイロットの操作に割り込んで実行するオート機能を備えている点である。
これは長じればパイロットを必要とせず、完全オートの無人機開発の可能性も示唆していた。
その為、機体が戦闘経験を積めば積むほど強化されパイロットの熟練度向上にも寄与し、尚且つ他のMSにも戦闘データをコピーする事で全軍の戦闘能力を向上させる事もできたのであった。
これにより個々の能力で劣るスペースノイドが、能力で勝るコーディネイターが駆るMSに段々と対応出来るようになっていき、戦争が長期化するにつれて両軍のパイロットの能力差は格段に縮まっていったのである。
『より詳細についてた添付されたファイル554を参照との事。これにより共和国のスペースノイド達はMSの完全な操縦を可能とし、無論オーブ(或いは連合、ともすればプラントでも)ではこの回路を再現すべく研究が行われたが、光結合回路に使われるアステロイドベルト由来の希少金属が手に入らず代替品の研究には途方もない時間と予算がかかる事が予想された』
『そもそも研究用に入手したハイザックそれ自体が後に判明する事だが完全な学習型コンピューターを搭載しておらず(恐らくこれは鹵獲によるコピーを恐れての措置と思われるが)、それでも機体には廉価版光結合回路とも言うべき物が搭載されており、それすら当時のオーブでは入手や精製困難な素材が使われ完璧なコピーは不可能であった』
尚完全な学習型コンピューターは現在共和国本土にて厳重に管理運用されており、日夜前線や教育部隊に教導部隊から送られてくる戦闘データを解析、精査、分類し最適化されたモーションパターンを生み出し、絶えずアップデートを続ける仕組みとなっている。
言うなれば個々のパイロットや機体の性能に完成度はプラントや連合系MSの方が上であるが、共和国軍の場合は単一の性能では無く、相対として小規模部隊よりも師団や軍団規模での運用こそが肝と言えた。
『これは決してオーブの技術力が共和国に比して劣っていた訳ではなく、寧ろ地球圏全体で見ても自他共に認める技術立国オーブの名は決して虚名ではない。しかしながら宇宙に立脚するコロニー国家である共和国は、地球では産出しない或いは希少な鉱物資源をアステロイドベルトから直接採掘、或いは地球重力圏に持ち込んで採掘しており、これは技術的問題ではなく地球から最も遠く外周圏の資源地帯へのアクセスには好条件と言う地理的によるものにすぎない』
『だがこう言った開発機材や資源探索と言う宇宙開発の分野において、地球国家が一歩遅れていることは確かである。現に地球圏で商業販売されている資源惑星の内殆どが共和国が持ち込んだ物であり、また地球圏外では他国に先んじて火星植民地やアステロイドベルト地帯、木星圏の衛星にも採掘基地を保有している。』
『これ等の豊富な地球外資源の存在が共和国が持つ強みであり、また優れた冶金技術と装甲部材を支える土台となっているのである。現に共和国MSはザフトや連合製MSに比べて格段に軽く、それでいて重武装重装甲なのである』
『これは基本的に地球で手に入る資源でフレームや装甲材を作るしかない我々とは違い、豊富な希少金属を使えるからこその優位と言える。だからと言って全てに遅れをとっている訳では無く連合軍のG兵器の
『我々オーブが開発したアストレイもまた、ビーム兵器の実用化に成功しまた現フリーダムにして元ストライクのパイロットであるキラ・ヤマト氏の協力により、ナチュラル用MSOSの開発にも成功している』
『アストレイの開発主任としてまた1人の技術者として決して他国に劣る物を作った覚えはない。が残念ながらアストレイが完成し時点で、既に技術的にも性能的にも陳腐化していた面は否めない』
『アストレイ完成時、連合軍は既にストライクダガーを大量生産しておりザフトもまたビーム兵器を搭載しジンを上回る次世代MSゲイツと、何よりも
『現在共和国軍主力であるMS-106ハイザックは大戦の期間を通じて改修され続けており、現行の「K型」或いは「85型」と呼ばれる最新モデルは85mmEパック式ビームライフル標準搭載している』
『この共和国軍が開発したビームライフルは
『事実、先刻行われた訓練においてプラントから脱出したクライン派が持ち込んだMSジンが上記のビームライフル射撃に成功しており、私も含めて周囲が非常に驚いたことは強く印象に残っている』
『先の月面で行われた連合と共和国との戦いといい、基本的に国力とMSの性能で劣るはずの共和国が大勝したのも単純にMS数の差以上に、両軍のビーム兵器運用数の差であったと言える結論づけざるを得ない(あくまでも技術者レベルの話であるが)。』
『無論アストレイが全てにおいて劣る訳ではない。事実模擬戦においては射撃戦こそ苦戦するものの、近距離格闘戦に於いては人体にも迫る期待稼働域の柔軟性と格闘家の動きを取り入れたOSにより、ハイザックに優位に立ち回り時にマラサイ相手に土をつける事すらあった』
『最もこれは、共和国軍MSパイロットが近距離白兵戦を嫌う為彼等が余り格闘戦の経験が無いのと、基本的に集団で敵に倍する数と火力で圧倒する共和国軍の基本ドクトリンからは白兵戦の可能性が極めて少ない事に起因する。事実射撃戦において精度は兎も角、圧倒的な火力投射量を誇るのは確かであり、先述のEパック式ビームライフルもあり戦場において共和国MSはバッテリー切れを気にせずに絶えずビームを連射し続けるのである』
『他にも、共和国は強力且つ多種多様な兵器を装備し、時にその火力はMS一個中隊に相当するものもあった』
『残念ながら現在これに匹敵する物はオーブには無く、組み立て途中のストライクルージュが装備するストライカーパックI.W.S.P.が火力面で同等かやや劣る程度である。無論NJC搭載機とエターナルに装備された特殊兵装ならば、フリーダムとジャスティス単騎で戦艦一個戦隊に相当する火力は保有しているがそれは比較対象が桁外れに過ぎるので適当ではない』
『技術者としての観点から言えば、アストレイとハイザックの性能差は言うほどでも無くそもそも開発コンセプトが全く異なる。アストレイはオーブの国情と政治的中立を守べく開発された、言ってみればある種の見せ札であったのに対しハイザックは過酷な宇宙空間で連続した戦闘に耐えうるように、非常に頑強に作られた国土防衛用の人型移動砲台であった』
『ジンに比べて機動性や運動性で劣っていたのにも関わらず、対して改良を施していない点から見て自分達から基本打って出るのではなく、待ち構えて弾幕を貼り体を張って敵を防ぐのが基本的な運用方針であろう』
『パイロットの生存性を高める重装甲もインジェクションポッドも、言ってみれば機体が破壊されても直ぐに替わりの機体が用意できる生産性と教育に時間がかかるパイロットとの費用対効果を鑑み、文字通り「死ぬまで戦わせ続ける」為の設計を最初から念頭においている節がある』
『それが今日まで生産し続けられたのは単に高い生産性とパイロットの生存性だけでなく、共和国の闘い方が基本的に本土や拠点防衛以外を考えていなかったからではないか?と愚考する。現に共和国は月や宇宙だけで無く地上にも拠点を持つが、それはザフトの基地の様に地球を攻める為の橋頭堡と言うよりも、部隊を駐留させ防衛する為の砦や要塞と言った風であると見受けられた』
『事実、共和国軍が先の月面での軍事行動前で目立って自ら敵を攻めた例は無く、寧ろその月面での戦いこそ共和国軍にとって異例の事であり、基本はグラナダ防衛戦やコンペイトウの戦いこそ彼らの本文なのではなかったのかと軍事の素人ながら疑問に思う』
『こうまでして防御防衛特化な機体特性についてだが、この点において基本的に脆弱なコロニーを背後に背負って戦う共和国は、流れ弾1つでもコロニーに甚大な被害が発生するかもしれないという事情も関係している。実際重装甲のハイザックに盾まで持たせているのだから筋金入りとも言えるが、これは同じく本土やコロニー防衛を企図しながらも機動力でもって敵の攻撃を交わすアストレイとは、全く異なる点である』
『これについては開発主任として、正直なところ忸怩たる想いである。先のオーブ戦において訓練期間が十分に取れなかったせいでもあるが、アストレイは初の実戦で十分にその性能を発揮したとは言い難く背後に避難する国民や重要施設を背負っての戦いでは、回避行動による自身と機体の安全より周囲への被害を鑑み多くのパイロット達が、市民の盾となってその身を散らすことを選んだのである』
『実際オーブ戦においてMS隊の戦いを記録データで見た共和国軍人の一部からは、「脆すぎて一撃で穴が開くブリキ缶の様だ」「手足の付いた棺桶」との厳しい意見ももらっている(大半は大軍を要する連合軍の上陸部隊を相手に寡兵でよく戦ったと、寧ろ感心や評価する声が多数であることはここに記載する)。最もこれは今やビーム兵器すら防ぐハイザックの装甲が異常なだけであり、アストレイに採用された発泡金属は強度と耐久性共に標準的なMSと同等である。パイロットや機体の安全性を損ない危険に晒すものでは決してなかったと、技術者として強く断言する』
『それでも今少し時間と機材に余裕があれば、性能を向上させもっとパイロットと機体の安全に配慮した装甲部材を選べて、それで救えた命はあるのではないかと思うのは技術者としてのエゴであろうか?』
とそこまで報告書を進めて、彼女は報告書を進める手を止めた。
そしてアストレイ開発を任された時に、上司から祝いの言葉と共に言われた言葉を思い出していた。
*5軍事エンジニアなら誰しもが通り過ぎる瞬間がある、我々は何かの為に国を守る兵士達の為に自分自身の全てを与える事が出来たのであろうか?と。これは兵器と言うものが生まれてから、それを造る者達が抱える終わることの無い問いです。恐らく...永遠に出ない答えに悩み続けるんです。おめでとうシモンズ君、今日は君が軍事エンジニアとして生まれた日だ
最初それは上司なりの励ましの言葉と受け取っていたが、エリカ・シモンズは今ならばあの時何を伝えたかったのかと痛いほど分かるのであった。
そして迷いを抱えたまま、報告書の最後の行を削除するのであった。