機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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第6話 戦後に向けて

C.E.(コズミック・イラ)71年7月、共和国ズムシティ郊外の大本営にてあいも変わらずドライアイスの面をしたジャミトフ・ハイマン准将は、館の薄暗い廊下を歩いていた。

 

元はさる建国の英雄の邸宅を改修した大本営、その大会議室と同様に重く分厚いカーテンで窓という窓が覆われ外部からは中の様子は全く窺えない様になっており、また周囲には警備兵やジャミング装置、万が一に備えMS部隊が控えているなど正に要塞といった風である。

 

無論館の内部は空調によって快適な温度と湿度に調整され、さりげなく配置された調度品類や絵画の数々は戦乱で荒れる人々の心を慰めてはいるものの、ここに詰める者達が発する瘴気とも言うべき空気と、重苦しい気配に陰謀と策略が発する腐臭から、館の住人達からは蛇蝎の巣或いは伏魔殿とも呼ばれている。

 

さてそんな大本営の奥にて、バハロ首相の執務室の前に立って重く閉ざされた扉をノックするジャミトフ准将は、用向きを伝え暫くして入室を促された。

 

執務室に入って思わず、ジャミトフ准将は目を細めた。

 

館の中とは違い、執務室は明るく7月の陽光が刺していたからである。

 

スペースコロニーが大気や湿度、天気に至るまで全て人工的に管理されているのは論を持たない。

 

ここズムシティは旧世紀の西暦20世紀は北ヨーロッパを模して環境が整えられており、7月ともなれば夏を迎え、コロニー内でも不快にならない程度の暑さを感じる様になっていた。

 

執務室内の半分だけ開けられた窓からは、カーテンがコロニーに吹く人工気流によってそよぎ、燦々と降り注ぐ人工の陽光を背中に浴びながら、バハロ首相は悠然と執務室の机に座っていた。

 

「珍しいな、君が直接私の元を尋ねるなど?」

 

葉巻の紫煙をくもらせながら、バハロ首相はジャミトフにそういいながらも、その瞳は油断なく相手を見据えていた。

 

「首相閣下におかれましてはご健勝そうで何よりです、本日参りましたのは首相閣下にあるお願いをしたく...」

 

とそう返しながらもジャミトフは手に持ったファイルを直接手渡しながら、さり気なくバハロ首相の顔色や首ともや手首などに視線を走らせる。

 

つい先日の事であるが、バハロ首相は大本営内の階段でつまづいたとの噂がたった。

 

事実、目撃者もおり行く人かはつまづいたのではなく胸を押さえていた、と主張したが周囲に居た者達には直ぐさま箝口令が敷かれたが、古来より人の口に戸は立てられないものである。

 

単につまづいたならば足元の不注意や何かに気を取られてか、普通ならその程度の話であるがここは共和国である。

 

国を動かす者達、得にそのトップともあれば一挙手一投足に注意深い視線が注がれており、今まで人前で弱みらしい弱みを見せなかった人物が一目もまばらだったとは言え、公の面前で不覚をとったのだ。

 

直ぐに様々な憶測と、合法非合法を問わず首相の身辺に対する探りとそれを妨害する者達との間で、若干の小競り合いが起きた。

 

無論首相本人はその後のパーティーで自身の健在ぶりをアピールし、登壇して演説では自分のヘマをジョークの種にするなど表向きは沈静化したが、しかし、共和国内部にてバハロ首相の健康不安が絶えず付き纏い始めたのはこの時からである。

 

特に軍部においては、先の頭ごなしの一方的な連合軍との停戦などでバハロ首相に対する不信感があり、首相の健康問題を気に首相の指導力そのものへの疑問視が多くなって来ていた。

 

「...君の言わんとする所は分かる、しかし君の上官達は了承するのかね?」

 

「このままのスピードで軍拡を続ければ、共和国は再来年には破産します。それに、この戦争もそろそろ終わりが見えました。戦後を見据えるには良い機会かと」

 

ジャミトフから手渡されたファイルをバハロ首相は読み、その内容は参戦以来続いた軍拡方針の縮小と予算の別部門への再振り分けと、その具体的な方法であった。

 

内容自体には問題が無く、恐らく前々から準備していたであろう事はファイルの完成度から窺い知れた。

 

現在共和国軍の兵力は地上軍も含めて2,400万人を数え尚増大中であり、開戦当初は600万人程度しかいなかった所から考えると、1年で4倍以上に膨れ上がっている事になる。

 

来年には国内だけれこれを3,000万人に増やし、月占領地での徴兵も実施されれば更に200万人から400万人が追加される見込みであり、これはコロニー国家故に宇宙に国力の大半を投入し続けた結果であった。

 

尚参考までに開戦時の連合軍総兵力は軽く*14,000万人に迫り、エイプリルフールクライシスによる地球圏規模の深刻なエネルギー不足と、情報通信インフラの断絶がなければ間違いなく地球圏最強国家組織である。

 

共和国軍がここまで膨れ上がれたのは、NJ(ニュートロンジャマー)の影響が少ない月の裏側と言う立地と、建国以来育て続けた重化学工業の数々に宇宙最大の人口を抱え、月とアステロイドベルト及び火星植民地からもたらされる豊富な鉱物資源による所が大きい。

 

しかし、一番なのは地球から最も遠く離れていると言う点であり、直線距離で凡そ44万9,000kmにもなり、さる連合軍将官はこれを『距離の暴虐』と言った事は余りに有名な事実である。

 

この圧倒的宇宙スケールを盾にし、主戦場となった地球が荒廃するのを尻目に共和国は只管引きこもって、軍拡に専念出来る余地を得たのだった。

 

バハロ首相は、ファイルに向けていた視線をジャミトフ准将に向けた。

 

言っている事も尤もらしく聞こえはするが、果たして本心がどこにあるのかは、氷の様な表情からは窺い知れなかった。

 

「内容は私も大いに賛成する所だ、まあ幾つかの審議を経てになるだろうが...しかし、ヤケにアナハイム社関連の受注削減が目立つな」

 

月のアナハイム・エレクトロニクス社、得にグラナダのアナハイムは戦前より共和国現主力MSであるハイザックの開発生産や新型機マラサイなど、その功績は非常に大きいものであった。

 

元は地球は連合軍加盟国の1つ大西洋連邦由来の企業とは言え、その影響力は開放された月のみならず共和国本土にまで伸び、政府内のアナリスト達からはこのまま行けば、今以上に躍進する事はまづ間違いないとの報告も受けている。

 

「君のアナハイムに対する懸念は分かるが、しかしこの浮いた予算を余所に回すとして...」

 

「そう言えば首相閣下は近頃篤志活動に余念が無いご様子」

 

とバハロ首相の話を遮る様にして、ジャミトフは言葉を続ける。

 

「得に再建されたコロニー公社に多大な寄付をして、崩壊したコロニーを1基再建するなど、全スペースノイドにとって正に範とすべき行動です」

 

「軍部は無論、私個人としても是非首相閣下にご協力をしたく。何より小官の役柄、何かとお役に立てるかと」

 

要は軍縮とアナハイム社への受注削減にによって浮いた予算を、丸々秘密会計としてクライン派に流用出来る可能性を、ジャミトフは示したのである。

 

ここで一旦、共和国とプラントから裏切り者として追放や弾圧の憂き目に会うクライン派との関係を整理すると、戦前よりバハロ首相が外務大臣の時からプラントとの秘密協定を結んだ事から両者の繋がりが始まった。

 

MSの極秘開発や経済的な連携を経て、関係を深めた両者は短いながらも、実りある蜜月関係を築いたと言える。

 

後に、プラント国内で暗躍する事となる諜報組織『ゾルゲ』は、元は両者の架け橋となるべく集まった有志の連絡要員から始まったのは、歴史の皮肉であろう。

 

しかし、大戦が勃発し戦争が始まると当初は比較的共和国世論がプラントに同情的であったものの、グラナダを巡る戦いを経て共和国政府とプラントとの間に亀裂が入り、それが決定的となったのは新議長パトリック・ザラ就任前後に発生した、コンペイトウの戦いが発生した時であった。

 

これによって共和国とスペースノイド達は完全にプラントと敵対したが、しかしながらプラントにて潜入する『ゾルゲ』とクライン派とのネットワークは残り、それが後々思わぬ所に転んだのである。

 

切っ掛けは、プラント新議長パトリック・ザラが発動したオペレーション・スピットブレイクが失敗し、地球に降下したザフト主力はアラスカ基地諸共サイクロプスの餌食となった事と、開発していたNJC搭載核動力MSフリーダムがラクス・クラインの手引きで、何者かによって奪取された事であった。

 

前者は兎も角後者は紛れもない裏切り行為であり、作戦失敗や新型機奪取も含め全ての責任をクライン派に押し付けザラ派は、これを徹底的に弾圧し国内から追い詰めたのである。

 

その結果、潜伏していた前議長シーゲル・クラインは射殺され、また娘のラクス・クラインは新造艦エターナルと生還した英雄アンドリュー・バルトフェルドと共に、プラントからの逃走を余儀なくされた。

 

クライン親子を排除したもののザラ派の弾圧は続き、その魔の手は今度は関係のない一般市民にまで及び、特にクライン政権の支持層であったハーフ・コーディネイターや親世代のナチュラルに低能力コーディネイターや、政治とは関係のない穏健派や和平グループまでもが弾圧の対象となったのである。

 

やがて、この世の楽園たるを目指し温暖な熱帯リゾートの気候を模したプラントの僻地にて、政治犯や裏切り者とその家族や仲間と見做された者達が送られる収容施設が建設された。

 

そこでは日夜、肉体的精神的苦痛や薬物を使った尋問や拷問が行われ一度入れば二度とはで慣れないと噂された。

 

しかも、プラント市内各所には検問が敷かれ特別逮捕権を持ったザラ派親衛隊が市民を監視し、密告も奨励される始末である。

 

言ってみればプラント全体が、この世の地獄の様な旧世紀の監視全体主義国家に逆戻りしてしまったのである。

 

事ここにおいて、プラント国内で尚潜伏し機会を伺っていたクライン派最後の重鎮アイリーン・カナーバ元評議会議員は、プラント脱出を決断するしかなくしかし独力では困難な状況であった。

 

そこに助け舟を出したのが先述のゾルゲであり、当時既に弾圧によってメンバーの相当数が拘束逮捕、或いは射殺されながらもしぶとく生き延びた彼らは、プラントコロニーの隔壁近くに弾圧を逃れた市民達を匿っており、その彼らのルートからクライン派の脱出計画を知ったのである。

 

外部との連絡手段を持たないクライン派と、共和国本国の協力を得る見返りを持たないゾルゲとの間で、奇妙な目的の一致を見てこうしてクライン派の生き残りは、弾圧を免れた市民と共に苦心の末にプラントを脱出し、以後ゲリラ的な反ザラ運動を展開する事になった。

 

その最大のスポンサーになったのが共和国であり、また個人的に大きな繋がりを持つバハロ首相とカナーバ元議員この両者の存在が、組織の急激な拡大を達成しつつあった。

 

つまりは共和国によるクライン派支援は、国家全体の方針と言うよりも、政府もといバハロ首相筋のものであり、高度な政治的関係から軍部の関与は表立っては、行われてこなかったのである。

 

そもそも共和国軍人と言うのは兎角政治屋気質の者が多く、折角育て作り上げた共和国政府とクライン派との直通ルートに割り込んで、何を企むか分かったものでは無かった。

 

その為、クライン派支援は軍事作戦と言う形で軍の予算を使うのではなく、あくまでも外交の一環として政府の機密予算から調達されていたのである。

 

「成る程、君の言わんとする所は分かった。しかし、これが進めば今後君の軍部での立場は危うくなるのではないか?」

 

軍隊と言うのは、今も昔も金食い虫である事には変わりは無い、故に予算争いは常に血で血を洗う凄惨なものになりがちであった。

 

特に、今回は何かと予算に口うるさい『ドライアイスの金庫番』本人が、軍の財布そのものを絞ろうとしているのだ。

 

これは、明白な裏切り行為と言っても差し支えない行いであった。

 

そして裏切り者に対し、共和国は決して容赦はしない。

 

しかし、ジャミトフ本人はこの時既に軍部内での栄達には、さして興味を持っていなかったのである。

 

「それにつきましては覚悟の上です、が小官は軍人である前に愛国者です。国家の為なら我が身がどうなろうと構いはしません、しかし...」

 

「軍を追われるしろ退くにしろ、その後も国家と何より首相閣下のお側で、忠誠を尽くしたいと考えております」

 

要はジャミトフは軍の膨大な予算を手土産に、軍部から政府へと乗り換えようと言うのだ。

 

大胆な転身であるが、これはジャミトフなりの勝算あっての事である。

 

(このまま行けば早晩軍の予算削減と軍縮は必至、そうなれば首切り役のお鉢が回るのは必定)

 

(どちらにしろ、軍部での居場所は無くなるのだ。寧ろ、政府内部の方からなら今以上にアナハイム対策になる)

 

更に言えばジャミトフの後ろ盾たるジーン・コロニー提督だが、昨今*2精彩を欠く事が多く年齢も考えれば、第一線にいつ迄も立ち続けられる筈はなかった。

 

蛇蝎の如き共和国軍部にあって、後ろ盾を無くした者などあっと言う間に飲み込まれてしまうのだ。

 

しかし政府ならば、特に戦後軍との予算を巡って熾烈な攻防を繰り広げる事は必定の議員達や官僚機構には、軍出身の帳簿の表も裏も知り尽くした人間は喉から手が出る程欲しい筈である。

 

「成る程、*3韓信よりも*4蕭何、か」

 

と、バハロ首相は何とは無しに古典を例に出し、暫し考えるといった風を装った後に了承の意を伝えた。

 

「良かろう、事後はこちらで取り計らう。君のポストについては追々相談しようではないか」

 

「は、ありがとうございます。取り立ててもらった暁には微力を尽くす所存です」

 

 

 

 

 

 

 

執務室を退出した後、ジャミトフはと何とはなしと言った風にバハロ首相の口から漏れた本音を、目敏くジャミトフは見逃さなかった。

 

「韓信か張良か、果たして煮られる走狗は誰になるやら」

 

と誰に聞かせるでもなく小さく呟きながらも、同時に彼はバハロ首相の手首に浮かぶ発疹の事も思い出し、一人ほくそ笑んだ。

 

この宇宙はまだまだ火種は幾らでも転がっており、彼の様な野心家の奸雄にとっては絶好の機会を、与えてくれるやもしれなかった。

 

時にC.E.71年7月、戦争終結を見据えた動きを共和国で見せる一方で、しかしながら地球圏を破滅させるやもしれない力が復活した事を、それに比肩しうる超兵器の存在を、この時はまだ誰も知らなかったのである。

 

 

*1
大半は地上軍である事には留意する事

*2
ツィマッド社関連で後手に回ったり、B号作戦で今一つ完勝できなかった等

*3
漢三傑の一人、国士無双

*4
同じく漢三傑の一人、後の宰相

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