ダークコロニー、*1外部から完全に隔離され航路図からも抹消されたそのコロニーでは、日夜軍事技術の極秘研究が行われていた。
主な成果では、初期のMS開発やソーラー・システムのほか、神経ガス兵器G3ガスや環境破壊用生物兵器アスタロス、強化人間など決して表には出来ない研究も行われている。
言わば共和国軍事研究の暗部とも言うべき場所であり、その研究施設の一角にバハロ首相らの他に軍部からはジャミトフ・ハイマン准将や、軍開発局局長のジョン・コーウェン少将らオブバーザーも含め、厳選されたメンバーが集っていた。
「本日はこの様な機会を賜り、恐悦至極に存じます。今回技術的な説明をさせて頂くアサクラと申します」
そう言って集まった錚々たる面々を前に、大仰にお辞儀をするアサクラと名乗る男。
アサクラ大佐は共和国軍の技術士官であり、年の頃は40も半ば過ぎ口髭を生やした小太り気味の男であった。
研究者や技術者と一般的に想像されるイメージとは異なり、その風貌や本人の態度からはどちらかと言えば、小利に目ざとい小役人といった風であった。
しかしながら実績だけは抜群で、上記のG3ガス開発やアスタロスの研究を主導したりなど、共和国軍にあって大量破壊兵器研究の第一人者であることは、疑い用も無い人物である。
「今回、小官から皆々様にご提案頂くのはコレになります」
そう言ってアサクラ大佐は手元のコンソールを操作し、モニターに『システム』と仮称される自身の研究成果を載せながら、熱弁を奮っていく。
「...でありまして、私からはこの計画を強くお勧めしたいと思います」
話の内容自体はほんの30分程度で終わったが、一方的な熱意だけが集まった面々の頭上を無為に通り過ぎた後、参加メンバーの一人であるジョン・コーウェン少将が発言して言った。
「つまりは巨大なレーザー兵器と言う訳か、しかしそれを今から作るのでは一体どれ程の時間を費やすのか...」
「更に言えばコレほど巨大なモノを作るのだから、当然敵国も気付き妨害を行って来るだろうから、その対策も必要であろう」
と言いながらも最後に小さくしかし聞こえる様に「仮に作るとしても、莫大な資金が必要になるな」と意味ありげに付け加えた。
コーウェン少将は暗に、参加メンバーのジャミトフ准将の事を指して言ったのだ。
最も言われた本人のジャミトフは相変わらずドライアイスが如き氷の面持ちで、その表情も態度にも全く変化を見せなかった。
むしろ他の参加している他の面々同様、早くも計画に興味の色を失っていたのである。
態々戦時中の中貴重な時間を割いて、しかもお忍びで集まったはいいものの、その内容は専門知識を必要とするまでもなく失望を誘うものであったからだ。
しかし、アサクラ大佐は集まった面々が発する空気をまるで読む事なく、寧ろ自信ありげと言った風に自らの回答を示した。
「ご懸念は全く無用です、レーザーの発射装置自体は既存のものを若干改修すれば良く、工期も予算も大幅に短縮できます」
アサクラ大佐は再度手元のコンソールを操作し、モニターの画面が切り替わりそこには真空に浮かぶ一つの物体が映し出される。
それは、彼らスペースノイドにとって余りに見慣れた物であった。
「スペースコロニーマハル、建造から長い時間が経ち老朽化も著しくまた、主な住人も貧困層で構成されております」
「ここの住民200万人を強制疎開させ、空いたコロニーを改造すれば、完成の暁には直径6.5km、出力にして毎秒凡そ8,500ギガワットにもなる巨大レーザー兵器が完成します」
「計画がご承認されれば最小の犠牲で最大の効率を得られ、戦争の早期終結の鍵となるはずです」
アサクラ大佐はまるでサプライズに成功したかの様に喜色満面であったが、しかし参加者達の表情は水を打った様に静かだった。
共和国は月の裏側に位置し、大小200基あまりのスペースコロニーで構成される、宇宙国家である。
建造時期や収容可能人口の違いで様々な形式が並列するものの、スペースノイドにとってコロニーは、自分達や父祖達が生まれ育った故郷そのものである。
特に今次大戦では多くのコロニーが破壊され、軍民問わず大勢のスペースノイドが犠牲となり、故郷を追われて宇宙を放浪する有様である。
共和国が今日まで戦争を継続して来たのも、単に国家防衛だけでなく、スペースノイドの守護者としてコロニーとその住民を守ると言う、大義があってこそであった。
その大義の象徴たる故郷を、スペースノイドが守り拠って立つべき大地を、あろう事かアサクラ大佐は兵器に転用しようと言うのである。
彼らの衝撃は、推して余りある物であった。
研究施設の一角に短くも、しかし重苦しい沈黙の帷が降りた。誰もが何かを言おうとしたが、しかし口から明確に意味のある音を、発する事が出来なかったからだ。
「...成る程、君の言う事は十分に理解した。軍事的にも、戦争の早期終結は叶うやもしれない」
その沈黙を切り裂く様に、バハロ首相がここに来て初めて発言した。
それを自分の計画に賛成の意だと勘違いしたアサクラ大佐は「では...!!」、と思わず小太りの体を前にのめり出すも、そんな彼を首相の暗黒宇宙の絶対零度を思わせる視線が射竦める。
「しかし共和国の長として、コロニー・レーザー計画は決して認められない。国民の信任を受ける為政者として、何より一人のスペースノイドとしても、コロニーの兵器転用は全く有り得ないからだ」
「たとえ君が言う様に戦争の早期終結がなったとして、故郷を失ったマハル200万人の国民はどうなる?」
バハロ首相の言う通り、ただでさえ今次大戦では世界規模の難民飢饉が発生しており、これの対処に各国は常に頭を悩ませ続けている。
かの地球連合でさえ、口減らしも兼ねた若年層への徴兵が行われる始末で有り、この上更に共和国国内で200万人の国内難民を発生すれば、如何に取り繕おうと国民の信を失い政権崩壊は必至であった。
国家総力戦の最中にそんな事になれば、最終的に勝てたとしても、敗戦と何らかわりない。
首相の判断は単に人道的観点からと言うよりも、極めて政治的妥当性から来るものであり、コロニーその物を兵器にするなど問題外であった。
尚、この様に政治家の鏡の様な事を宣っているバハロ首相だが、共和国は過去には大粛清や火星内戦などで寧ろ国民に多大な犠牲を強いて来た。
大粛清による1000万人規模の自国民を辺境アステロイドベルトへの追放など、現在のホロドモールと言ってよい蛮行を、過去に行ってきた事は留意するべきである。
つまりは必要であれば、共和国はどんな犠牲を払おうともやる時はやる国家であり、今回は単にその必要性が無いか或いは薄い状況に過ぎないのであった。
故にアサクラ大佐の案は、参戦直後やコンペイトウの戦い前後では受け入れられたかも知れない。
が、全体的に共和国は宇宙で優勢を築きつつある現在、コロニーレーザーの必要性をさして政府も軍も感じてはいなかったのである。
要は一言で言えば、「タイミングが悪かった」に尽きた。
自らの提案が、時期を逸していたのだと思い知ったアサクラ大佐は、ガックリと肩を落とし施設に集まっていたバハロ首相らは、誰一人声をかける事もなくその場を後にした。
この日、この場で行われた会話や集まったメンバーなど一切の情報は消され、計画自体そもそも無かったモノにされた。
その後のアサクラ大佐の顛末についてだが、このすぐ後に軍秘密警察の捜査により、先のB号作戦において神経ガスG3を極秘裏に”オクトパス”月面の輸送部隊に紛れ込ませ、月都市への無断使用を計画していた事が判明し、大佐は軍秘密警察に拠って極秘逮捕される事となる。
軍規に則り即日処刑される筈だったが、これ迄の功績も鑑み功罪相殺して無期懲役刑が科され、以後軍刑務所に収監される事となった。
仮に後世の歴史家達がこの場に居たのなら、「何たる欺瞞!!何たる怠慢!!」と、バハロ首相等を非難しただろう。
時は既にC.E.71年8月、この後一ヶ月もしない間に、共和国は自らの見通しの甘さを呪う事になる。連合軍では入手した