旧オーブ所有のスペースコロニーヘリオポリス、半年以上前にザフトの襲撃によって崩壊したこのコロニーは、コロニー公社の手によって人が再び住める環境を取り戻していた。
「へえ、もうすっかり復旧しちゃってんだ。さっすがスペースノイド、仕事が早いわ〜」
オーブM1アストレイ隊に所属する女性パイロット、マユラ・ラバッツは手すりから身を乗り出しながらそう言った
「ちょっとマユラ、そんなに乗り出してると落っこちるわよ」
「平気、平気。あ、あれ何か面白そうな物があるよ」
「2人ともはしゃがない」
そんなマユラ揶揄うジュリ・ウー・ニェンと嗜めるアサギ・コードウェルの3人の様子を、同道したオーブや他艦のクルーの男性陣がいつ声をかけようかとソワソワしていた。
彼女達はパイロットながらも俗にオーブM1隊の3人娘として、密かに部隊内外から人気を集めていたのである。
一応、これでもモルゲンレーテ社時代からテストパイロットとして相応の腕を持つ腕利きながら、その可憐な容姿とオーブ系由来の幼さが残る顔立ちとで、女っ気の少ない艦内にあって一種の癒しでもあったのだ。
それを遠巻きに、オーブに紛れる様に変装した男女3人の姿があった、
「キラは以前、ここに住んでいたのですわよね?」
「え?あ、うん。そうだ、ね」
印象をガラリと変える変装したラクス・クラインに、そう尋ねられて上の空であったキラ・ヤマトの返事が一瞬遅れる。
その様子を見て、ラクスとアスラン両者の顔も一瞬だが曇った。
あのメンデルでの一件以来キラ・ヤマトは時折、心ここに在らずといった風になる事があった。
事情を良く知るアークエンジェルのクルーから、事情を聞いた各艦の艦長達はこれを憂慮し気分転換がてら(あと政治的な折衝続きでまいっていたラクスにも配慮して)、3人を送り出したと言う訳である。
「でも良かったのかな、僕たちだけなんて…それにフリーダムの事もあるし」
「
「それに、今日俺達は遠洋で訓練中と言う事になっている。誰も気づきやしないさ」
そう言ってアスランがフォローするもしかしキラの表情は晴れなかった、がそこにラクスが顔を下から覗き込んで一言。
「キラは私とお出かけするの?イヤですか」
と瞳を潤ませ愛らしい声で言うのである、*1ウブなキラにとってそれは致命傷であった。
慌ててフォローしようとあたふたするキラと、それを見て悪戯が成功した子供のように笑うラクス。
2人とも年相応の微笑ましい遣り取りをする中、ただ1人アスランは*2「何をやっているんだ」と言わんばかりの表情で2人を見つめるのであった。
こんな青春ど真ん中な3人(とここにいない後1人だが)が、今やこの世界の嵐の目であると一体誰が想像出来よう?
過酷な戦争という現実と若くして戦う運命を背負い、傷つき血を流しそれでもと必死に手を伸ばす痛々しい若者達。
ほんの僅かな平穏が終わったその先には、より過酷な運命が待ち受けていたのである。
尚後日、1人ハブられた現代表にして歌姫で無い方のお姫様が、市内でやけ食いと爆買いの両方で暴れ回る姿が、大勢の市民に目撃された事をここに記しておく。
コロニー内で束の間羽を伸ばす物達がいる一方で、アークエンジェル、エターナル、クサナギ各艦の幹部達は、今日も今日とて連日に及ぶ会議に出席していた。
「…続きましての議題ですが、現在再建中のヘリオポリスコロニーですが予定よりも3%工期が遅れています。ですので遅れを取り戻すべく予定を繰り上げて2号島、3号島の建設に着工しております」
「最終的にはここヘリオポリスを中心に来年には、7基のコロニーと凡そ20〜30万人規模の居住が可能な予定です」
コロニー公社の説明担当がサラリと事もなげに言っているが、つまり最低でも3〜5万人を収容可能なスペースコロニーを2、3ヶ月に1、2基建造する計算であった。
元所有者であり技術立国オーブでさえコロニー1基が精々であり、プラントですら最初のコロニーが完成したC.E.41年から30年近い時間をかけて92基(うち1基は血のバレンタインで失われている)を完成させている。
つまり、スペースコロニーとはおいそれと量産できるものでは無い、その空気を読み取ってかコロニー公社は会議室のモニターにとある物を表示した。
「コロニー建造に関しては、新たに1隻のコロニービルダー艦が来週にも到着予定です。現在ヘリオポリスコロニーで稼働している物も含めて、2隻体制で進めますのでご心配なく」
コロニービルダー艦とはその名の通り、スペースコロニー建造を専門に行う巨大な建設艦である。
ヘリオポリスコロニーで稼働中の「メガラニカ」を例にとると、全長凡そ6,500m直径にして約1,600mにもなり、複数のモジュールユニットと建設工場に移動用のエンジンを搭載した言わば動く工場であった。
戦前コロニー公社保有のコロニービルダーは、宇宙開拓の要として各地でコロニーの建造やDSSD(深宇宙探査開発機構)関連の重要な建設事業に携わっていた。
が戦争が始まるとその巨大な工場設備を狙われて攻撃目標となり、結果その殆どが破壊されてしまったのである。
故に大変貴重な艦なのであるが、コロニー公社復活に際し共和国やビスト財団などは自分達所有の物を何隻か貸与しており、ある程度まとまった数が現在宇宙各地で稼働していた。
提供されたコロニービルダー艦のスペックを見て、アークエンジェルやオーブ一行は表情にこそ出さなかったが、宇宙と言う空間を長年相手にし続けてきたスペースノイド達の規模感に、地球出身者は驚嘆せざる得なかった。
「質問なんだが、そんなに作る必要のあるのか?現状俺たちだけでも結構手隙だと思うが」
そんな中、アークエンジェルのMS部隊長でありストライクパイロット、ムウ・ラ・フラガが疑問を呈す。
彼が言う通りコロニーの大きさに対して人数足りず、手隙なのは当然だがそれ以前に呉越同舟の様な形の自分達が、今以上に人数を抱え込むリスクを指摘しての事だ。
「それに下手に人数を集めると、統制も取りずらい。何よりも、この間の様なスパイ騒ぎは御免被る」
と最後にそう付け加え、ジロリと会議に出席する共和国軍とアナハイム社の人間を見た。
少し前の事であるが、夜半エターナルの格納庫内に何者かが侵入した形跡があり、徹底的な内部調査を進めるも結局犯人は分からずじまいであったのである。
幸いフリーダム、ジャスティス両機はキラ特製のロックが掛けられており、それに手出し出来なかったのか2機とも無事であった。
しかしこれ以降、エターナルクルーが外部の人間に対する警戒をより一層上げたのは、言うまでもない。
「それにつきましては、身元を徹底的に洗うことで対処します。また新たな居住者につきましても、基本的に2号、3号島に収容予定ですので皆様には問題ないかと」
事もなげにそう返されたが「問題ない訳ないだろと」ムウ・ラ・フラガは内心そう思いつつも、そんな彼を他所に会議は進行していく。
「住民につきましてはプラントからの亡命者及び、月や中立都市在留のオーブ国民を呼び集める予定です」
「また地上や宇宙で投降またば亡命した元ザフト兵からなる移住希望者も含めますと、現在3万名をリストアップしており、ここに今はいらっしゃらないラクス・クライン様やアスハ代表の呼び掛けがあればそれ以上になるでしょう」
といきなり自分の名前が呼ばれ、それに気づかず退屈そうに頬杖をついていたカガリ・ユラ・アスハは隣にいた副官のキサカに小突かれて、会議室の視線が自分に集中している事に気がつく。
「え、あ、え〜と….あ〜私もそう思う」
と生返事をし、コロニー公社の人間が怪訝な表情を浮かべ隣にいたキサカは頭を抱え、他の幹部達の気の毒そうな視線が彼に注がれ、余計に居た堪れない気持ちになるカガリ。
生まれついてのヤンチャ娘であり、あまり代表の娘として自覚も教育も熱心に受けて来なかったが弊害が、ここにきて出ていた。
無論、あのウズミ代表の*31人娘であるからして素質はあるのだろうが、年齢と本人の経験不足とが矢張り足を引っ張ったのだ。
しかし現代表を名乗る以上、こういった場には慣れなくとも出席せねばならず彼女本人と、それを支える周囲の者達の気苦労が偲ばれる。
その様子をつぶさに見ていた共和国軍人達は、ある意味で微笑ましい物を見るかの様な気持ちで(無論一切表情にも態度にも出さないが)生暖かい視線をオーブに注いでいた。
彼等は本国から派遣された、連絡員兼オブバーザーにして“鈴“である事は論を持たない。
その本命はラクス・クラインでもオーブでもましてアークエンジェルでもなく、ただ一つフリーダムとジャスティスの秘密にのみ注がれている事は、疑いようも無かった。
が先述の通り、不心得な誰かのお陰でエターナルから直接秘密を盗み出す事が難しくなった以上、彼等の標的は必然その周囲に向けられていたのである。
「まあまあ、代表はまだお若い。気も漫ろになる事もあるでしょう、ここは一つ一旦休憩を入れては?」
「左様、そろそろ昼食の時間だ。どうだね、皆様もご一緒にいかがかな?」
露骨にそう話題を逸らして会議室の空気を霧散させ、あまつさえ食事に誘う共和国軍人達。
無論、その狙いが何であるかを幹部達は薄々気づいていたが、しかし既に会議を進める空気では無く渋々といった形で休憩には同意した。
しかし食事の誘いは丁寧に断り、結果会議は一時間後に再開すると言う形で一旦中断する運びとなったのである。
部屋を出る際、ムウ・ラ・フラガはドス黒い気配を感じてはっ、と後ろを振り返った。
席を立ち何事か話し合っている風を装った共和国軍人達の、暗黒の宇宙な暗く冷たく視線が会議室を後にするカガリの背中に、ヘドロの様に纏わりついていたのである。
年若い少女に到底大人が向けるべきでない感情を読み取り、生理的嫌悪に覚え内心で唾を吐きつつ所詮共和国軍人もアラスカで自分達を査問会にかけた、あのサザーランドと同じ穴のムジナだと悟ったのだった。
前々から思っていた事だが、自分達を体良く利用した連合軍上層部やブルーコスモスと同じように、共和国のスペースノイドもまたこちらを単なる駒としか見ていない。
矢張り合流は失敗だったと感じつつも、今となっては後の祭りでありせめて大人として子供は守ってやらなければと、1人覚悟を決めるのであった。
-L4プラントコロニー群、アプリウス市-
エターナル追討に失敗しプラントに帰還したラウ・ル・クルーゼだが、その失敗の責任を問われる事はなく逆に今は、最高評議会付きの軍補佐官の役職にあった。
一応、失敗の責任を取ると言う形で栄光のクルーゼ隊は解散させられていたが、そもそも乗艦ヴァサリウスを始め所属艦は全て戦没し、イザーク・ジュールを始めパイロットの多くも今は部隊長や有力部隊に栄転と成っている。
実質責任は無きに等しいのだが、それもこれも原因はクルーゼが熱心なクライン派狩りに精を出していたからだ。
彼は密かに、共和国軍の諜報組織ゾルゲに所属しつつも連合プラント共和国の三重スパイとしての顔を持ち、ラクス・クライン逃走を機に組織を裏切りスパイ摘発に成果を出していたのである。
無論、ザフトやプラント内でも余りに的確なクルーゼの仕事ぶりに、「実は内通者では?」と疑う声もあった。
がザフトの英雄であるネビュラ勲章受賞者と言う経歴と、尚且つクライン派狩りの功績で評議会議長にして今やプラントの独裁者と成ったパトリック・ザラ本人に取り入り、その権勢の庇護下にある彼を表立って非難出来る人物は、今のプラントにはそう多くは無い。
その為、プラント最大の裏切り者にも関わらず彼は何食わぬ顔で、今も平然とザフト軍司令部や最高評議会に出入りしているのだ。
「ふむ、アズラエルも案外だらしが無い。勢力一つ纏められんとは」
与えられた部屋で報告書を読んでいたクルーゼは、薄暗い部屋の中で1人そう漏らす。
彼が最高評議会とザフト情報部、何より彼自身が構築した諜報網から掴んだ情報で連合軍、と言うよりもアズラエルの動向は大まかに掴んでいた。
アズラエル本人とは直接顔を合わす事は無くとも、彼との間で何度も取引をしその結果相手の考えや思考方に思想の偏りなど、必要なモノを粗方調査したクルーゼは自身の最終目的そのパートナーに彼を選んだのである。
無論幾分か投機的な面はあった事は否めない、が途中で計画が露見したり或いは戦場の露と消える事も含め、彼は忌々しく思うフラガの血統からくる“カン“によりここまで辿り着いた。
いや、辿り着いてしまったのである。
人の業や宿痾を一身にその身に背負うからこそ、人類の断罪者として今や自身の行動は運命とさえクルーゼには思えていた。
だがそれも、あと一歩いや半歩といった所で停滞を余儀なくされている。
連合軍の愚鈍さについては、戦争を通して知っている彼もまさか今になって組織内で争うなど想像の埒外にあったのだ。
ブルーコスモス内の権力闘争に起因するNJCの取り扱いについて、このまま宙ぶらりんでは一向にクルーゼの目的は果たせないのである。
「パトリックが先に“アレ“を完成させてしまえば、例え核が復活しても望む破滅は得られまい」
自室で1人そう漏らすクルーゼ、彼はプラント最高評議会の特に議長であるパトリック・ザラに取り入ったからこそ得られたとあるデータを目にした時、それこそ神が彼に与えた「ソドムとゴモラの火」に思えたのだ。
しかし、物事にはタイミングと言うものが存在する事をクルーゼは十分承知していた。
先にプラントが“アレ“を完成させてしまえば、連合(例えあのアズラエルが反対したとして)と共和国はプラントに対して和平を乞うしか無くなる。
プラント、つまりコーディネイターの支配は決して長くは続かないだろう、だがクルーゼの今の体はその終焉を決して見られない。
寿命と言う決定的な要素が有るからこそ、あの時フレイ・アルスターに『鍵』を託し事の成り行きに任せる筈であったが、しかしこういった事情で停滞しては彼も残り少ない寿命をヤスリにかけてでも、動かざる得なかったのである。
「矢張りもう一度私が動くしか無いか…全く、この世界はいつまでも呪わしい…」
停滞の内に、自身の寿命が先に来るなどそんな終わり今更彼には認められなかったのである。
鎮火し始めた火を起こすには、もう一度火種をくべるしか無い。
それも、今度は決して誰にも消せない巨大な業火を地球圏に投げ込む必要があったのだ。
手段は既に彼の手にあり、とある極秘ルートを通じてあるモノがクルーゼの手元にあったのである。
後はこれを、「熱心なパトリック支持者」に横流しするだけで済む簡単な話であった。
——地球軌道上に少数のザフト艦が侵入したのは、連合軍がグリーランド地下基地で議論を停滞させてからしばらく経った後であった。
ザフト艦より投下されたポッドは連合軍によって迎撃されるも、僅かに軌道を外れた物が前線から遥か後方にあるとある村落周辺に落下する。
落下地点に軍が封鎖線を敷いたが、突如としてポッドより漏れ出したガスは周辺を覆い尽くし、連絡が途絶えた事で調査隊が派遣された時、既にガス発生から3日が過ぎていた。
現地に到着した調査隊が目にしたのは、正にこの世の地獄であった。
村落の住民や連合軍兵士全員が血を吐いて死亡しており、その誰しもが苦悶と悲痛に歪む恐怖の表情で絶命していた。
住民の死体は折り重なっていたり、ある者は呼吸をしようと首を生爪で掻きむしった跡のある死体や、乾いた血溜まりに倒れる物に中には生まれたばかりの赤ん坊もおり、死亡する寸前に母親の口から吐かれたドス黒い血が塊となって赤子の顔を覆い、それを拭おうとした跡がある親子の死体も発見された。
その後の調査で、原因は強力な神経ガスによるものである事が判明する。
連合はこれを大々的に報じ、プラントはこの虐殺事件を単なる事故、積んでいたロケットの燃料が連合の不適切な取り扱いで漏れ出したのが原因であり、この件に一切の責任は無いと言い切ったのである。
これを受けて(また遥かにそれ以前から)プラントとコーディネイターに対する一般社会の激昂は、アラスカ以降では最高潮に達した。
連合軍総司令部がプラントに対する最終核攻撃計画、「エルビス作戦」を認可したのは報道から3日後の事であった。