時に
つまり
作戦名は旧世紀の偉大なミュージシャンにして愛国者の名を借りて「エルビス作戦」と名付けられ、同作戦発動にあたりアフリカの奪還したビクトリアのマスドライバーに、地球各地から集められた大兵力が宇宙に送り込まれた。
一方、月の連合軍宇宙艦隊本部であるプトレマイオス基地からも、先の共和国軍が発動したB号作戦の傷が完全に癒えない中でかろうじて再建された艦隊が出撃し、彼等は中継地点で合流し一大兵力となってザフトの宇宙要塞ボアズを目指してその進路をとった。
当然この動きはプラント、共和国双方に察知されプラントでは連合軍いやナチュラルとの種族の運命を賭けた決戦に備え、ザフト全軍が本土に招集され万全の構えを見せた。
共和国でも予想よりも遥かに早い連合軍の反攻に訝しみながらも、共和国軍宇宙艦隊司令長官マクファティ・ティアンム大将は麾下の連合艦隊にいつでも出撃出来るように待機を命じ、自身は状況を報告すべくルナツー要塞から高速艇で共和国本土に向かうのであった。
ティアンム大将が共和国首都ズムシティの大本営に着いた時、既に大会議室では軍と政府両者のスタッフ達が慌ただしく動いていた。
恐らく関係各所への連絡や報告、入手した情報を精査しそれらを書類に纏めまた誰に渡すかなど、兎に角目の回る様な忙しさであったのだ。
そんな中にあって、共和国軍政府の高官達も続々と集まり人の波を掻き分ける様に各々に割り振られた席につき、最後にバハロ首相本人が入室すると全員が一斉に背筋を正して出迎える。
首相本人は手を軽く上げてそれに応えつつ、先ほどまで慌しかったスタッフ達がまるで影の様に大会議室から退出し、首相は席に座ると重苦しい扉が閉められた。
窓も分厚いカーテンが敷かれ薄暗い全くに密室で、外部からも国民からも見られる事なく、厳かに会議の開催が宣言される。
「では最初に私から、派遣した偵察部隊からの情報についてです」
共和国軍実働部隊のトップとして、ティアンム大将は連合軍艦隊及びザフトの宇宙要塞ボアズに偵察部隊を派遣し、そこから得られた情報を大会議室に集まったメンバーに共有する。
「連合軍艦隊の戦力は偵察部隊からの報告では120〜180隻程度、大凡2個艦隊程度と推定される」
「対するボアズ及び駐留するザフトは約50〜60隻程度。先の我々が行った陽動攻撃から、戦力を回復できていないと推察される」
「また両軍の会敵予想日時はこのままの進路と速度でいけば、22日〜26日±3日となります」
ティアンム大将が再び席に戻ると、大会議室内はザワザワとして空気に包まれた。
「とうとう連合軍の反攻が始まったか…」「長かったこの戦争も、いよいよだな」「いやしかし、2個艦隊程度であのボアズが落とせるのか?」
「左様、プラントも必死に抵抗するだろう。それに連合の国力を考えれば優に3倍は揃えられるものを」
大会議室内の集まった者達は様々な思考を巡らせるも、その中で一番に聞きたいのはただ一つであった。
「ティアンム大将、貴方にお聞きしたい。果たして連合軍に勝算はあるのかどうか?」
政府側からの出席者の1人がそう言うと、再びティアンム大将は席を立ちこれまでに集めた情報と軍事の専門家としての見識から答える。
「最初に結論から申せば、非常に厳しいでしょう」
共和国軍宇宙艦隊初代司令長官その人の口から、はっきりと連合軍は失敗すると断言された事で、集まった者達は一時騒然とした。
「近年の例では先のザフトによる我が軍の宇宙要塞コンペイトウに侵攻した時や、B号作戦における我が軍の連合軍プトレマイオス基地包囲戦を見るに、要塞攻略戦は非常に多大な労力と準備を要します」
「また長期間の包囲戦は士気の低下と物資の欠乏のみならず、敵増援艦隊が来援する確率も増大させます」
ティアンム大将が先に挙げた2例でも、要塞包囲戦は長期化して1ヶ月以上にも及びその両方共に、包囲した方が最終的に撤退すると言う形で終わっている。
また、昨年のL4宙域にある東アジア共同体所有の資源衛星「新星」を巡るザフトとの攻防では、最終的に3ヶ月以上もの戦闘が繰り広げられた結果、連合軍は撤退し周辺コロニーが崩壊すると言う大惨事を引き起こした。
その新星が現在のザフト宇宙要塞ボアズなのだが、軍事拠点化されてない時から宇宙艦隊のみで拠点を攻略する困難さは、最早地球圏の軍事学的常識でさえある。
「では連合は態々勝ち目の無い戦いを仕掛けたと?到底信じられん」
「所謂、威力偵察?と言うものか。それならある程度納得できるのだが…」
参加者の1人が威力偵察の可能性を指摘するも、それをティアンム大将は直ちに否定する。
「いえ威力偵察では無いでしょう。仮にそうだとしても、連合軍側の陣容は余りに本気です」
「では陽動攻撃の可能性は無いのか?先の例でも、我が軍が行ったのと同様に」
「それも無いでしょう。あの時は連合軍の目から月解放を逸らすために、我が軍はボアズに対し攻撃を行いましたが、今回はそれと状況が全く異なります」
そう言ってティアンム大将は手元のコンソールを操作し、大会議室の巨大モニターに現在の宇宙における戦線の概略図を表示する。
青で表示される枠組みが自軍で、赤が連合、緑がプラントになりその3勢力は支配領域戦力共に、拮抗しているかに見えた。
「あの時は我が共和国を含め、宇宙の勢力は概ね三分割されていました。しかし現在は我が国は連合軍と一時休戦を結び、連合軍はその全力をプラントに投入出来る体勢にあります」
「事実、連合軍が宇宙に戦力を上げる1週間以上前から、地上軍からの報告でビクトリアのマスドライバーから頻繁に打ち上げが行われております。当初は月基地と失った艦隊の再建を行っていると思われましたが、現在の状況を鑑みれば連合軍がこの時から反攻作戦を準備中であることは、まず間違いないでしょう」
モニターに表示される勢力図を示すカラーの内青色つまり一時休戦状態の共和国が薄くなり、後は赤と緑つまり連合とプラントとが残り事実上の一騎打ちの形となる。
そして最新のデーターから導き出される両軍の戦力比較では、明らかに連合軍側が優位に立っていた。
「また連合軍は明らかにプラント攻略を目的とした動きをしており、我々がそうであるようにプラントも当然この動きを掴んでおり警戒しているでしょう。仮にボアズを陽動としプラント本国を攻めたとて、その前にはプラントが幾重にも張り巡らせた哨戒ラインとヤキン・ドゥーエ要塞があります」
「先の例を再び持ち出すまでもなく、この要塞を無視してプラント本国を攻める事は難しい。また仮に短期間に攻略出来る戦力が最初からあれば、無理に陽動などせずに素直にボアズにぶつければ良いのです」
つまりティアンム大将の言を信じれば、連合軍は威力偵察でも陽動でも無く本気で2個艦隊程度の戦力で、あのボアズを抜けると本気でそう思っている事になる。
それは余りに信じ難い事であり、共和国軍上層部は混乱した。
明らかに、軍事的な常識から外れる戦力を無駄にするに等しい行為を連合軍は仕掛けている様に、思われたからだ。
「ティアンム大将、君の言う通りなら何故今、このタイミングで連合は仕掛けたのだ?」
ここに来てバハロ首相本人が初めて発言し、返答を求められたティアンム大将もそれを考えていたが、彼の手元の情報だけでは断言が出来なかった。
「恐らく….になりますが、何か隠し球の様なものがあるのでしょう」
「それは連合軍がオーブやメンデルで投入した新型機を指すのか?」
いやそうでは無いとティアンム大将は考えた、如何にMSの性能に優れようとも戦場に於いては単なる一単位でしかない。
寧ろ圧倒的な単騎戦闘力を得意とするのはザフトの方であり、従来の数を頼みにする連合軍の軍事ドクトリンからすれば、敢えて敵の土台に乗るとも思えなかった。
つまり考えられるのは2つ、一つは連合軍がバカで無能な集まりで碌な戦力比較も出来ない物語に出てくる様な典型的な悪役か、それとも—
絶対にボアズを攻略できる“何か“、たとえば要塞を短時間で破壊ないし無力化出来る新兵器だとか新戦術だとかであるが、しかしこの時ティアンム大将は自分達が何をとんでもない、見落としをしているのでは無いかと言う気持ちに襲われた。
それが何であるのか、今の彼らには全く分からなかったのである。
「兎に角、今は偵察部隊を常時貼り付け何かしら動きがあれば、直ぐに対応出来る体勢を取るほかありません」
ティアンム大将には、そう言う他無かった、もし仮に彼がこの先起こる事を知っていれば共和国全軍を上げてでも、連合軍艦隊と月に攻め込んだであろう。
だがしか、神ならぬ人の身に、未来など分かろう筈がなかったのである。