機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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第13話 最後の戦争

連合軍がボアズに対し核兵器を使用したとの情報は、宙域を監視していた監視衛星の映像と共に、プラント上層部にすぐさま伝わった。

 

プラントではパトリック・ザラ評議会議長が怒り心頭に、またしても卑劣なナチュラルの核によって同胞が焼き払われた事に激昂した。

 

彼は集まる評議員等の前で自らヤキン・ドゥーエ要塞に赴き直接防衛の指揮を取る事を宣言し、また決戦兵器『ジェネシス』の使用も決定したのである。

 

同様に共和国でもまた、首都ズムシティの大本営は連合軍が核を復活させたとの情報に、大慌てで対応を協議していた。

 

「連合が核を復活させたのか!?信じられない」

 

「そもそも*1南極条約はどうした!?核を含む大量破壊兵器の使用は禁止の筈だろ?」

 

「凡ゆる外交ルートを試したが、回答は全く無かった。連中、プラントの次は共和国のつもりだ」

 

「今の備えで本土は守り切れるのか?最悪我々スペースノイドも滅びるぞ」

 

集まった軍政府の高官達は、それぞれが口々に騒ぎ立てるもそれでは具体的にどうするのか、という方針を定められずにいたのである。

 

元々共和国の計画では、連合軍が戦力を回復させ一時休戦が有効な内にプラント国内でクライン派のクーデターを起こし、強硬派のパトリックを排除した後にプラントと和平を結び反す刀で連合軍を宇宙から追い落とす、と言う計画を立てていた。

 

特にプラント国内から潜入した諜報組織ゾルゲが命懸けで、クライン派最後の大物アイリーン・カナーバを亡命させ、現在彼女とヘリオポリスコロニーのラクス・クラインとの間で亡命政権を樹立しようと、その準備の最中に起こった事である。

 

「クソ、こうなるのであれば無理やり例の機体を奪えば良かったのだ!」

 

「今更それを言っても遅い。兎に角、今我々に出来ることを探すしかない」

 

計画の根底を覆された事で、混乱と怒りに震える彼等であるが共和国もこの事態を全く想定していなかった訳ではない。

 

特にラクス・クラインと行動を共にするザフトの新型MS2機の性能は、明らかに既存のバッテリー機を上回り、一部では核動力ではと噂されておりその秘密を探るべく共和国はラクス・クライン1人の為に、コロニーを用意しまたこれまでにも様々な援助を惜しんでは来なかったのだ。

 

にも関わらず、彼女達は頑迷にも秘密を*2明かさず、今の状況を招いてしまったのである。

 

(では何故もっと強硬な態度でラクス等に望まなかったのかと言うと、そもそも共和国はプラントが自分達で撒いたNJとそれを無力化する技術は当然保有していると確信しており、しかしそれを長引く戦争で一度も使わなかったのは使えない理由があると、推察していたのである)

 

(つまり使えたとしても極めて限定的であったり、或いは極端に回数が少なかったりなど、長年宇宙に住んで来た彼等スペースノイド達にとって、プラントがそれほど多く核戦力を保有していないと見切っていた、それが為に共和国は待つと言う選択が出来たに過ぎないと言う事であった)

 

混乱と恐怖が広がる中、しかしそれでも最後まで争おうとする者達もいた。

 

その中の1人である共和国軍宇宙艦隊司令長官、マクファティ・ティアンム大将は並み居る将官や高官達の前に進み出て、声を張り上げたのである。

 

「まだ負けてはいない!我々にはまだ手札がある」

 

そう言ってティアンム大将は、彼が派遣した偵察部隊が持ち帰ったデータを大会議室のモニターに表示する。

 

それは、共和国軍偵察部隊が文字通り命と引き換えに得た連合軍艦隊の詳しい陣容と、核兵器搭載部隊の詳細な運用と映像データの数々であった。

 

彼等偵察部隊は情報を得るべく偽装隕石に紛れてギリギリまで戦場に接近し、護衛も武装も無く時に流れ弾で命を落としても決して自ら存在を明かさずに、ただ只管に耐えて敵情を偵察し続けたのである。

 

まさか連合軍もここまでするとは想定しておらず、偵察狩りの部隊の目をまんまと掻い潜って、彼等は情報を持ち帰ったのだった。

 

そのお陰で共和国は、何よりも一番欲しい情報を手にする事が出来ていた。

 

「偵察部隊が持ち帰った情報を精査した結果、我々は敵旗艦と連合の切り札である核兵器運用部隊と、その母艦の詳細な位置データを得た」

 

モニターに連合軍の艦隊陣形を表示し、特に最後方に陣取る一団が大きくクローズアップされ、詳細なデータや中には艦名まで判明した物もある。

 

「連合軍は全軍に核兵器を配備している訳では無く、一部の部隊つまりこのアガメムノン級空母18隻に集中させて配備していると思われる」

 

「その根拠についてだが、画像データの通りこれ等の部隊は戦闘発生後も前線には加わらず、寧ろ後方に控えており、ある程度恐らくは防衛するザフトの注意が散漫になったタイミングで核搭載部隊とその護衛を発艦させた」

 

「特にこの護衛には推定アークエンジェル級と思わしき大型戦艦、ドミニオンと呼ばれる艦とオーブや先のコロニーメンデルで確認された連合軍の新型機を筆頭に、ダガーやその改良機と思われる機体で構成されている」

 

「この様な強力な戦力を最初から投入せず、ただ護衛として用いている面から見ても、連合軍の核戦力がココに集中しているのは明らかである」

 

そう言ってティアンム大将が力強く断言すると、先ほどまでの混乱から立ち直った将官や政府高官等からも、建設的な質問が相次いだ。

 

「敵の詳細が分かったとして、具体的な対処方法は?」

 

「確かに連合軍は核戦力を集中しているが、おそらく後方の補給間にも同様に予備の核兵器があるはずだ」

 

「そもそも艦隊だけでなく、連合軍全体が核を復活させたのならばそれをどうやって防ぐ?特に月基地の核は、喉元の短剣に等しい」

 

それ等の疑問に、ティアンム大将は一つ一つ答えていく。

 

「連合軍は核を復活させたが、我々とはまだ休戦中である。ならば、これが有効なうちに敵の核戦力に打撃を与えるべきだ。」

 

「具体的にはクライン派、特に例の2機を要するラクス・クラインはこの事態を決して見過ごしは出来まい。ならば、我々が得た情報を与える事で間接的にだが、敵核戦力に打撃を与える事は出来る筈だ」

 

(最も我らの情報を待つまでもなく、出撃するだろうが)と内心付け加えつつも、しかし一部疑問を持つ政府高官の1人が言った。

 

「ティアンム大将、それでは余りにラクス・クラインに頼り切りではありませんか?それに、例え例の機体が既存のMSを超える性能を誇るとは言え、高々一個艦隊に満たない戦力でそれが叶いましょうや」

 

その疑問は尤もであったが、しかしティアンム大将ら軍の将官達は彼に代わって答えた。

 

「いや、例の機体だがどうやらとんでもない隠し球を用意しているようだ。連中は我々の目から隠したがっていた様子だったが、この宇宙で我らスペースノイドを相手に隠し続けられる秘密は無い」

 

大会議室のモニターには連合軍艦隊の陣容の他に、クライン派が持つ艦隊戦力と彼女達が持つ隠し球、つまり核動力機に更なる高性能高火力を与える特殊兵装のデータが表示された。

 

「普段は旗艦エターナルの艦首砲塔に偽装しているが、これは核動力機用の強化パーツである事が判明している。実際に暗礁宙域でこれのテストを頻繁に行なっており、我々が入手したデータを解析した結果、MS単騎に巡洋艦戦隊相当の火力と与えると計算では出ている」

 

大会議室のモニターには概略図だけで無く、実際に稼働し起動実験や射撃試験を行う様子が表示され、暗誦宙域と言うNJが滞留しデータ収集が困難な中にあって、鮮明な画像が映し出されていた。

 

この場では明かさなかったがこれは共和国軍軍大学所属のとある教授が開発した、極めて高性能な光学レンズと各種観測装置にそれらを処理する高性能解析装置を搭載する、新型の観測索敵用ポッド「バロール」によるものである。

 

ラクスやキラ・ヤマト等はミーティアを見られる事を警戒し、テストを行う際周囲を完全に封鎖しまた周辺の索敵哨戒に念を入れていた。

 

しかし、このバロールは高機動推進機と補助アームによって従来のMSを上回る機動性と運動性を発揮し、ほぼ単独で高濃度なNJが滞留する暗礁宙域を潜り抜けて接近し、また偵察用MSのほぼ2倍に相当する*3510kmにもなる有効観測距離により気付かれない距離から偵察を行う事が可能であったのである。

 

それを聞いて「これならば」と大会議室に集まった高官達は納得し、また安堵したのである。

 

共和国軍換算では最低でもサラミス・ムサイ級2〜4隻、アレキサンドリア級にして2隻相当の火力が加わるのだ、単純計算でクライン派の艦隊戦力と合わせて、半個艦隊相当の戦力が得られる計算であった。

 

補給艦に搭載される核兵器についても同様に、どれ位くらい連合軍が核戦力を保有しているのかは脅威であっても、それを運搬する艦には運用能力は無いと分かりきっていたからだ。

 

残る問題は月のプトレマイオス基地が保有する核兵器であったが、これについてはティアンム大将は非情な決断を下すしか無かった。

 

「月基地についてだが、以前に策定した対月面基地攻略計画の一つを流用する。具体的には地球軌道上に滞留する超大型デブリ、特にスペースコロニーの破片に推進装置を取り付けデブリその物を巨大な質量弾として月に落とす」

 

それは嘗て連合軍によって破壊されたプラントのコロニー、ユニウス7をその連合の月基地に落とすと言う、半ば当てつけの様な作戦であった。

 

元々B号作戦において、作戦が長期化した場合を想定し幾つかの計画が立てられた内の一つであるが、コロニー落下に伴う月面都市への影響が無視し得ず、また月面都市を連合軍の魔の手から解放すると言う立場から最後まで実行されて来なかった実情がある。

 

が今はもう、そんな事を言っていられる状況では無くなっていたのだ。

 

「無論、連合軍は阻止に全力を上げるだろうが、月落下までの間これを護衛する艦隊には文字通り死力を尽くして貰いたい」

 

そう言ってティアンム大将は第二“親衛“連合艦隊提督グリーン・ワイアットと同じく第四連合艦隊提督のジーン・コロニーの両中将の名を上げた。

 

共和国軍の中でも最大の艦隊戦力を要する2人を、文字通り共和国の盾として消費しようと言うのである。

 

普段から権勢と策謀に血道を上げている事で有名な両提督が、果たして素直にティアンム大賞に従うのかと、周囲の者達は固唾を飲んで見守った。

 

「宜しい、私の“親衛“艦隊は見事、務めを果たして見せましょう」

 

「ワシも同意見じゃ、作戦に異論は無い」

 

意外にも両提督はティアンム大将が文字通り「死んでこい」と言われたに等しい命令を、素直に受け入れたのである。

 

これは驚愕すべき事であったが、しかしこの両提督はただ黙って易々諾々と命令を聞く訳では無かった。

 

「で、肝心の“司令長官“殿は如何あそばされるおつもりで?まさか我ら2人に危険な任務を任せ、ご自分は本国に留まるのでは当然ありますまい?」

 

「左様、大将たるもの部下に犠牲を強いるのなら、自らその範を示すべきだとワシは思うがな」

 

要はティアンム大将と麾下の第一連合艦隊が、最も危険な作戦に自らを晒すべきだと大勢の前で主張したのであった。

 

普通の軍組織では考えられない事であるが、ここは共和国である。

 

権謀術数蠢く伏魔殿であり実際の階級や軍組織の序列以上に、個々の軍人が持つ政治力と保有する武力が物を言う世界である。

 

唯一の例外と言って良い統帥本部と参謀総長を兼ねるゴップ元帥を除けば、2人は宇宙艦隊司令長官に対しても形式上の敬意以上は払わないのだ。

 

2人の中将に詰められる形となったティアンム大将だが、その腹心の部下であり同じく第三連合艦隊のヴォルフガング・ワッケイン提督が反発するよりも先に、彼は自らの決意を表明する。

 

「無論だ、共和国軍にあって部下の後ろに隠れる様な卑怯者は存在しない。例えそれがどの様な権力を持とうとも、私の目の黒いうちは指揮官は率先して前に立つべきである」

 

と周囲を睥睨する様に見渡し、最後に相変わらずの昼行灯を決め込んだ様なゴップ元帥を見た後に、ティアンム大将は自らが立案した計画を発表した。

 

大会議室の巨大モニターが切り替わり、代わりにプラント周辺の宇宙図と共にとある戦略とその概略が表示される。

 

それは本来共和国軍の計画には、当初存在しないものであった。

 

即ち「共和国軍によるプラント本土の直接攻撃」である、この計画には2個連合艦隊と4個の重砲兵師団及び対要塞攻略兵器を動員し、言うなればプラントと連合の決戦場に殴り込もうと言う訳である。

 

さしものワイアット、コロニー両提督も余りの事に一時言葉を失ったものの、そんな2人を他所にティアンム大将は作戦の内容を説明する。

 

「恐らく連合軍は後3日程でプラント本国を攻撃圏内に納める計算だ。当然プラントも連合の核を知って全力で抵抗するだろう、がボアズでの結果を見る様に近年弱体化著しい今のザフトでは半日と持つまい」

 

「そこで先のラクス・クライン等の艦隊を先行させ、両軍が戦闘する最中に可能な限り連合軍の核戦力に打撃を与える」

 

「出来れば我々第一、第三連合艦隊が到着するまでの時間が稼げれば良いが、それが不可能でも連合軍が少なからず消耗しているはずだ」

 

「この作戦の主要目標は以下の2つ。戦場に到着次第まず連合軍を徹底的に叩き全滅させる、ついでプラント本国がまだ抵抗を続けるのならばこれも叩く。ヤキン・ドゥーエを抜きプラント本土まで攻め込み、パトリック・ザラを退陣させてアイリーン・カナーバを新たな議長につける」

 

「先の月へのコロニー落下も含め、以上を持ってこの戦争を終わらせる。これが私の計画である」

 

それは共和国建国以来の、地球圏そのものを舞台とした大胆な2正面作戦であった。

 

仮にどちらかが失敗すれば後が無い作戦であり、当然この投機的な作戦に反対意見も出される。

 

「ティアンム大将、何故このタイミングでプラントを攻めるのです!?連合軍がプラントを焼き尽くした後に、我らが攻め込めば良いのではありませんか?」

 

「逆だ、今の連合軍と我が軍が正面からぶつかれば、核を持つ彼らが圧倒的優位である。がプラント攻めの最中ならば、我が軍は容易にその後方に回り込んで敵を挟み撃ちに出来る。連合が核をこちらに向ける前に、その脅威を完全に破壊するチャンスは今しかないのだ」

 

共和国軍がティアンム大将の改革により、それまでの軍制を改めて連合艦隊を結成した事は記憶に新しい。

 

特に月面攻略を大成功に導いた「梯団」戦法は、重砲兵師団の縦深攻撃と合わさり通常兵器による艦隊戦のほぼ正解と言って良かった。

 

しかし、連合軍が核を復活させた以上密集陣形で敵陣奥深くまで突撃する梯団戦法は、圧倒的な破壊力を誇る核兵器の絶好の獲物でしか無い。

 

得意な戦法を封じられ、また核の被害を最小限に抑えるには艦隊を分散するしかなく、それでは連合艦隊を結成した意味も無くなり、戦力は大幅にダウンしてしまうのだ。

 

「連合軍殲滅は良いとして、その後連戦してプラントと戦うのは何故です?一旦連合の脅威を退けたのなら、戦力を回復させて改めて再戦を挑めば良いではありませんか」

 

「それも考えなくも無かったが、諸君等は一つ見落としている点がある。つまりNJCは連合だけでなく、プラントもまた保有しているのだ。現に核動力MSを、我らは目の当たりにしている」

 

核動力のMSがあるのならば核兵器も持っていて当然である、と言うこの考えは至極真っ当であった。

 

事実この時、プラントはフリーダムとジャスティス以外にも複数の核動力機をロールアウトさせており、それ等が戦場に姿を現すのはもう間も無くであったのである。

 

(尚、基本的に無資源国家であるプラントが、一体どうやって核の材料となるウランやプルトニウムといった資源を入手したかについてだが、後年、大洋州連合にザフトの地上拠点カーペンタリア基地を作る際に、同政府との裏取引でオーストラリア大陸に埋蔵される核物質が宇宙に持ち出されたとの未確認情報があったが、真相は今尚不明である)

 

「連合とプラントが核の応酬を続けている間は、我らにその矛先は向くまい。しかし、一旦戦いが仕切り直されれば、今度は全力で核と量産された核動力機を向けてくるであろうことは疑いの余地はない」

 

つまり共和国軍が核の脅威に晒されない為には、連合とザフトこの両方を同時に相手する他なかったのである。

 

仮にプラントから核を撃たれたとしても、連合との戦いで少なくない消耗をしている筈であったから、損害はある程度抑えられるとの冷徹な計算の上でもあった。

 

「プラントに時間を与えないのは開発局としても賛成だ、あのミーティアとか言う兵器には核兵器が十分に搭載できるスペースがある」

 

そう言って、ティアンム大将を支持する共和国軍開発局局長のジョン・コーウェン准将であるが、何人かが聞き捨てならないとばかりにコーウェン准将に視線を向ける。

 

「考えてみたまえ、核動力機に今更強化装備が必要かね?単騎で巡洋艦戦隊相当の戦力が、核を搭載してコロニーに直接攻撃を仕掛けてくる姿を想像したまえ」

 

とスペースノイドの恐怖と本能に語りかけるコーウェン准将だが、別にこれは彼の全くの空想と言えないのが今の現状であった。

 

最もコーウェン准将としては恐怖を煽り、対核兵器や核動力MS開発の名目で予算を引っ張ろうとする、いつものアレである。

 

しかしこれで、プラントに対して時間をかけられない事は決まったも同然であった。

 

その後、幾つかの質問や疑問点に答え概ねティアンム大将の作戦計画が決まりかけた時である、今の今まで議論を静観していたゴップ元帥が、ゆっくりとした口調でティアンム大将に語りかけた。

 

「ティアンム大将、貴官の言う作戦は分かった。が一つ肝心な点が抜けている」

 

普段は昼行灯を決め込み、眠たげな表情を浮かべているはずのゴップ元帥が、この時ばかりは薄く細めた目線がギラリと光り、歴戦の将であるティアンム大将を射すくめる。

 

その瞬間、大会議室内の空気は一瞬で絶対零度以下にまで落ち込んだ、ゴップ元帥の発言はそれだけの威圧感があり、普段の古狸といった様子からは考えられない重圧が発せられそれはまるで巨大なブラックホールかのように、部屋全体の空気を圧したのであった。

 

「貴官の作戦は2正面作戦の成功が前提だ、が仮にもし片方が失敗あるいは両方ともなれば、一体どうやって責任を取るつもりだね」

 

それは誰もが言おうとして言えなかった事であり、この作戦の失敗は即国家滅亡に繋がるのである。

 

その責任を負える者など、果たしてこの宇宙に存在するのだろうか?

 

がティアンム大将は怯む事なく、寧ろゴップ元帥の重圧を真正面から受けて胸を張って堂々と答えた。

 

「私にはその責任は負えません、何故ならば作戦が失敗する時は即ち私も部下達も運命を共にしているはずです」

 

つまり作戦成功で生を得るか、それとも失敗して全滅するしか彼等には無かったのである。

 

その返答にゴップ元帥は心底失望した風であった、軍人としては立派でも国家と国民を守る最後の盾である軍が先に無くなってしまえば、一体誰が彼らスペースノイドとコロニーを守のかと、軍事的ロマンチズムに酔うその程度の男だったかと思った時である。

 

「が、もし仮にゴップ元帥閣下が言う責任を負えると言うのなら、それはバハロ首相閣下しかおりません」

 

そう言って大会議室の一番奥、この会議が始まって以来一言も口を開いてこなかったバハロ首相に向かって、ティアンム大将はこう言った。

 

「バハロ首相閣下、“方舟“をエクソダス計画を今こそ実行に移すべきかと存じます」

 

方舟?エクソダス計画?と言う2つの耳慣れぬ単語を聞き、大会議室にいた大半の者達は頭に疑問符を浮かべたが、しかしゴップ元帥を始め極小数の何人かがピクリと反応した。

 

そしてティアンム大将は大勢の疑問に答えるように、彼が言った計画の詳細を述べていく。

 

「方舟とはコロニーその物、これを旧世紀の神話に準えて巨大な移民船に仕立て上げる。エクソダスとは、共和国に存在する全てのコロニー総勢200基を一度に地球圏外に移動させる計画全般を指す」

 

それはスペースノイド史上空前の、途方もない大計画であった。

 

この計画については建国の時より存在し、地球圏全域に何かしらの事態が発生しそれが戦争か疫病かを問わず、コロニーが危機に瀕した際に国家ごと地球圏から一時避難しようと言うものであった。

 

がその後プラント理事国との冷戦が勃発し、互いに核戦力を向ける様になると計画は一部修正され、単なる避難計画ではなく文字通りスペースノイドとコロニーを守る為の、最終計画へと変貌したのである。

 

具体的には理事国との核戦争を想定し共和国本土がその脅威に晒された時、共和国軍はその全力を持って地球全土と共和国以外のコロニーや宇宙ステーションを全面核攻撃し、その混乱に乗じて本土コロニーを火星植民地まで撤退させる。

 

火星に撤退した本土コロニーはそこで新国家を樹立し、地球に残った者達は追撃を防ぎまた国家樹立の時間稼ぎをすべく、引き続き核をはじめとするNBC兵器を無制限に使用すると言う物であった。

 

これは現在NJの登場によって大きく修正を余儀なくされたが、それでも以前計画自体は有効であったのである。

 

「作戦の失敗が確認され次第自動的にエクソダス計画を発動、宇宙と地上に残る戦力で地球に対しG3ガスや環境破壊兵器アスタロスを使用します。また月面やプラントに対しても同様の攻撃を行い、最終的に我が方が所有する宇宙要塞全てを地球にぶつけます」

 

「これにより、地球圏に混乱を引き起こして本土が火星植民地まで撤退する時間を稼ぎ、もって我々スペースノイドが、火星で一からやり直すのです」

 

到底正気とは思えない狂った作戦であったが、しかしティアンム大将の目は真剣その物であり、同時にその視線をまっすぐに受け止めるバハロ首相もまた本気であった。

 

「…ティアンム君、君は私に史上最悪の大量虐殺者になれと?そう言っているのかね」

 

「本気で君は火星に、スペースノイドが地球を離れて国家をいや文明を再興できると本気で信じているのかね?」

 

バハロ首相の言うことは一々もっともであった、仮に全て上手くいったとて火星までの長期間に及ぶ移動など、果たしてどれほどの人々が乗り越えられるのか?

 

仮に火星に到達しても、本当にあの荒漠とした火星圏で人類は生き延びられるのか?

 

全てが未知数であり、そのどれもが最悪を予想させたのである。

 

がしかし、ティアンム大将はただ一言でもってそれに答えた。

 

「私は首相閣下の判断を全面的に支持いたします」

 

長い、長い、重苦しいを通り越していっそ底なしの大穴に落ち続けるかの様な、深い沈黙が大会議室で続いた。

 

そしてバハロ首相は瞑っていた目を見開き、ティアンム大将では無くゴップ元帥の方を向いて言った。

 

「だ、そうだ。ゴップ元帥、君は残るかね?」

 

そう言われてゴップ元帥はいつもの通り、昼行灯といった風な笑みを浮かべるだけであった。

 

こうして歴史の表舞台で連合とプラントが、ナチュラルとコーディネイターの民族浄化を行おうとする裏で、共和国は地球圏全体を破滅させる事を決定したのである。

 

計画に従い、共和国全土が慌ただしく動き準備する中ただ1人、ジャミトフ・ハイマン准将は誰もいなくなった大会議室に残り1人呟くのであった。

 

「存外、あの男の出番は早いかもしれんな」

 

そう言ってジャミトフは、軍の機密回線を使って軍秘密刑務所に連絡を取るのであった。

 

「私だ、ああそうだ。例の“男“の件だ」

 

「バカンスは終わりだ、とだけ伝えろ」

 

機密回線を閉じると、通信記録を完全に抹消する措置をとりジャミトフは1人椅子に深く腰掛け、背もたれに持たれかかった。

 

そして大本営大会議室の天井(そこには旧世紀の「最後の審判」と呼ばれる絵画のコピーが描かれていたが)に向かって、次のような一言を吐き出した。

 

「スペースノイドの未来は地球圏にこそあるのだ、たとえ首相であろうとも国家の命運を決める権利はない」

 

ジャミトフ・ハイマン、今は単なる軍の「ドライアイスの金庫番」でしかないが、しかしその胸に秘める野望は誰よりも熱く深くそして静かに燃え盛っていたのである。

 

 

 

 

 

*1
第一部第9話参照、1stの南極条約とほぼ同等の内容だが、誰も守ってはいない

*2
そもそも数少ない交渉の手札なのだから、そう簡単に渡すはずもなく

*3
フリーダム最大火力であるM100バラエーナでも最大有効射程2km程度である

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