15話「南・共合作」
地球軌道上に集結した共和国軍の宇宙艦隊は、大量のHLVユニットを牽引して南米上空にあった。
HLVの中には拠点建設用の資材が満載されており、その周辺をバリュートパックを装備したハイザック達が警戒していた。
今回の地球降下に際し共和国軍がよく使うバリュートパックシステムでは無く、旧式のHLVを使用するのには訳がある。
バリュートパックシステムは基本大気圏突入用の装備であり、再度の打ち上げに対しては地球からの打ち上げ施設を必要とした。
しかし巨大な貨物ロケットであるHLVは、燃料さえ積めば基本地球上のどこからでも打ち上げが可能であり、マスドライバーを保有していない共和国にとって最適な方法と言える。
作戦開始時間となり、HLVの周囲に警護していたハイザック達が引き上げていく。
そして次々とHLVが地球への降下を開始し、地上から見ればそれは赤い流星が地上に降ってくる様に見えただろう。
勿論この様子は連合軍も察知していたが、しかし彼等にはそれを止める術が無かった。
大戦前、連合軍は高度に発達した対空迎撃網を地球規模に展開し、ザフトの地球降下を阻んできた。
事実大戦初期、勢いに乗るザフトはビクトリアのマスドライバーへの大気圏外からの降下を強行。
しかし地上支援も無く、ザフトの多くは降下中に撃ち落とされ多くの被害を出した結果、全滅の憂き目を見た。
以後ザフトは方針を転換、NJの無差別投下による核抑制によるエネルギー不足による混乱と地球圏規模での電波障害を発生させ。
これによって連合軍の防空システムは完全に破綻し、更に大規模な軍を動かす為のネットワークさえ無力となり、以降戦争の形態は有視界戦闘にまで退化した。
連合軍の混乱に乗じプラントは大洋州連合を味方に付け、同国のカーペンタリア湾に基地を建設し、以後陸上と海上の2つからマスドライバー攻略を行う事となる。
頼みの綱である連合軍宇宙艦隊もプトレマイオス基地に閉じ籠り、結果として共和国軍の降下部隊は何ら妨害を受ける事も無く地球に無事に降り立つ事が出来た。
そして地上でも、先行して降下した部隊による受け入れ準備が進められていた。
南米の澄み渡る空を双眼鏡で覗き込むと、ソラから流れてくる星が見える。
赤々と大気圏の摩擦によって燃えるその星は幾つも地上に降り注ぎ、しかし決して燃え尽きる事無く大気圏の壁を突破する。
その様子を南米の小高い山に隠れ、ジャングルの中から双眼鏡で覗き込んでいたバリボア少佐は、双眼鏡から目を離すと同時に部下達に指示を出した。
「彼女の言った通りだ…総員に通達“星は落ちた”繰り返す“星は落ちた”だ」
通信手が直ぐさまバリボア少佐の命令を伝え、遠くの部隊へは伝令が派遣される。
有史以来南米は文明の利器を拒み続けており、高度な電気製品の塊である通信機材やセンサー類は湿気と高温で直ぐにダメになってしまう。
その為、南アメリカ合衆国陸軍ではジャングルの地形に詳しい兵を伝令として各部隊に置き、バリボア少佐に従う部隊にも当然彼等はいた。
バリボア少佐は停めてあったジープに乗り込むと、直ぐさま移動を開始する。
降下した共和国軍と合流し、彼等を受け入れる事が今回の目的であった。
何故「南米解放戦線」のメンバーが共和国軍に協力する事となったのか、それは少し時を遡らなければならない。
共和国軍がジャブロー降下に先立ってエージェントを南米に派遣した事は記憶に新しい。
エージェント達は無論ジャブロー探索に全力を尽くしていたが、その中で実に様々な情報も持ち帰っていた。
特にレコア・ロンドが遭遇した「南米解放戦線」と言う反連合組織の存在は、他の同様な反政府組織と比べ非常に統制が取れており、また出所不明な軍資金によって装備や練度も維持されていた。
特に正規軍からの離反と言う事実は、共和国軍にとって大きな意味を持っていた。
元々南アメリカアメリカ合衆国はプラントの「積極的中立宣言」を受け、中立国としての立場を表明していた。
だがパナマのマスドライバーが使えなくなる事に危機感を抱いた連合軍が宣戦を布告し、同地のマスドライバーを奪取し首都も占領。
南アメリカ合衆国を強引に併合し、以来南アメリカは戦争に協力させられてきた。
そしてそれに対する民衆の反感は、バリボア少佐率いる「南米解放戦線」の様な軍部の離反を引き起こしていた。
つまり連合軍はその足元に爆弾を抱えていたのだ。
共和国軍がそれに目を付け、彼等と手を組む事で元南アメリカ合衆国軍の離反と脱走を促し、連合の戦力を削ろうと考えたのだ。
そしてその交渉役として再びレコア・ロンドを南米に派遣し、何とか「南米解放戦線」の協力を取り付ける事に成功し。
そこにはニヒルを気取る軟弱なジャーナリストの姿もあったと言われるが、真相は不明である。
バリボア少佐等を乗せてジャングルを疾走するジープは、近くのHLV降下ポイントに急いだ。
道無き道を行くジープは、時に跳ね上がりまた激しく揺れたがバリボア少佐達は振り落とされる事なく、目的地に辿り着く事が出来た。
バリボア少佐達がついた時、既にHLVは降下した後でコンテナの扉も開いていた。
外では小柄な男がその周囲にいる兵士達にアレコレと指示を出し、その命令を受けて兵士達は彼方此方に散っていく。
(良く訓練された兵士達だ、恐らく指揮官が良いのだろうな)
バリボア少佐はジープの上から、共和国軍兵士達の動きを観察してみてそう思った。
そうしている間に兵士のうち何人かが此方に気付き、警戒しながら此方に寄ってくる。
どうやら自分達の事を敵か味方か判断がつかない様子であった。
そしてバリボア少佐は彼等の誤解を解く為、ジープから1人降り立つと共和国軍兵士達の前で堂々と名乗りを上げた。
「『南米解放戦線』リーダーのフランシスコ・バリボア少佐だ。指揮官にお会いしたい」
そう告げると、兵士達は戸惑いどうするか判断がつかない様子であったが、結局バリボア少佐達を連れて先程の小柄な男の所まで案内した。
小柄な男は地球の環境に慣れてないのか、鬱陶しげに軍服の襟首を開け腕を捲った。
バリボア少佐の目から見て、共和国軍の服装は地球に特に南米に適しているとは言えず、周囲を走る兵士達も暑苦しさが顔に滲み出ていた。
その様子を見てバリボア少佐達は心の中で彼等に同情しつつ、小柄な男の所まで来ると先程と同じ様に名乗った。
「おお、貴官がか?いや部下達が失礼をした。何ぶん私を含め地球には不慣れなのでな」
「とそうそう、自己紹介がまだでしたな。共和国軍地球派遣軍先遣隊コジマ中佐です。これからどうか宜しく頼みますぞ、少佐」
コジマ中佐と名乗る小柄な男は、そう言ってから部下が持ってきたコップの水を一気に飲み干した。
バリボア少佐達の部下は其々。
(何だコイツは?)
と思ったが、1人バリボア少佐だけはコジマ中佐は顔では笑いつつも目は決して油断していない事を見て取って。
彼は内心で。
(これがレコアの言っていた、共和国軍の士官は油断ならないと言う事か)
と思いこれから気を引き締めて行かねばと、彼は固く心に決め。
コジマ中佐の方もバリボア少佐を見て。
(ほぉ、部下に慕われ本人も才気に溢れて人を牽引する力がある。共和国軍の士官ではそうは見ないタイプだな)
似た様なタイプで言えば、ルナツーのワッケイン少将がいるが、大概の共和国軍士官と言えば自分の直属の上官であるワイアット提督やコリニー中将等政治屋気質の軍人ばかりで。
バリボア少佐の様な軍人然として軍人は、共和国軍では兎角珍しいのだ。
こうして合流を果たした共和国軍と南米解放戦線だが、互いが互いをまだ信用する段階には至っていなかった。
それはこれから時間をかけて解決して行く事だが、その前途は依然としてようと知れなかった。