18話
18話「パナマ事変」
パナマ、前世紀から東西の海洋を繋ぐ運河の存在によって栄え、今やマスドライバーも有し正に地球の玄関口として機能している。
大戦初期、マスドライバー確保を目的とした連合軍の侵攻を受け、目下大西洋連邦の支配下に置かれ、南米諸国を押さえつける要所としての拠点化が急がれていた。
マスドライバー周辺には常に大規模な兵力が張り付き、両の海洋には艦隊と潜水艦が常に哨戒を欠かさず、空に至っては常に2機以上の早期警戒機が警戒に当たる厳重さであり。
正にアリの子一匹入る隙間も無い、完璧な防御網を構築していた…とこの日までは思われていた。
周囲の様子を双眼鏡を覗き込んで探る連合軍の兵士は、今日も今日とて代わり映えしない光景に飽き飽きしていた。
鬱蒼と生い茂るジャングルに山に丘、それに澄み渡るような青い空に海と、ここ何日間で幾度と無く見た光景が相変わらずそこに広がっていたからだ。
アフリカや欧州と違い、南米侵攻の他に目立った戦火も無い新大陸は、大西洋連邦のお膝元という事もあり、他の地域と比べ比較的平穏を保っていた。
しかし戦時である事には変わり無く、特にここパナマのマスドライバーは世界に3つしか無い内の1つであり。
ここを失えば月のプトレマイオス基地が飢える事となり、即ち連合軍がプラントに反撃する手段を失い敗北する事を意味していた。
その為マスドライバー周辺は常にピリピリとした緊張感が保たれ、パナマの基地要塞化も着々と進んでいた。
周囲の警戒は万全で戦力も十分にあり、ここが堕とされる事など況や攻撃される事など無いと、この時ばかりは思っていた。
「ん?」
だからこそそれを最初見つけた時、彼はそれが何か直ぐには分からなかった。
基地を見下ろす山の方で何か光ったかと思い、そこに双眼鏡を向けてみると、山の方から銀色に光る物体が白い筋を浮かべながら段々と近づいて来たのだ。
それを見た時、彼の背中に突然「ゾワリ」とした感触が浮かぶ。
全身から冷や汗が流れ、喉はカラカラに乾き、足はガクガクと震え今にも倒れそうになる。
そして必死になって声を振り絞り、悲鳴に近い声を上げた。
「RPG、RPGが来るぞーっ‼︎」
基地を見下ろす山から突如マスドライバーに向け放たれたロケット弾の群れは、一瞬で兵士達がいた場所を炎の渦へと変えた。
幸い退避が間に合ったので犠牲者は出なかったが、しかしそんな事は今の彼らの頭の中には無かった。
ただ一つ、彼らの頭の中にはあったのは。
(パナマが攻撃された、敵が近くに潜んでいる‼︎)
であった。
絶対に攻撃されないと思われたパナマが突如攻撃されたことでその安全神話は崩され、しかも姿の見えない敵が自分たちの近くにいると言う恐怖に兵士達は駆られた。
「よし、攻撃は成功だ!急ぎこの場所を移動するぞ」
パナマのマスドライバーに攻撃を仕掛けた集団は、使い終わった装備を捨て急いでジープに乗り込むとその場を後にする。
彼等はパナマが占領された時、山岳地帯に潜伏した南アメリカ合衆国正規兵部隊の一部であり、南アメリカ併合後の投降勧告にも応じること無く。
今までジャングルに身を潜め、パナマ奪還の機会を伺っていたのだ。
その彼等の元に、南米に降下した共和国軍と自分達と同じく南アメリカ解放を目指す「南米解放戦線」とが手を組んだとの情報が入り。
しかも離脱した正規兵部隊だけで無く統合された旧南米諸国もそれを支援した為、彼等もそれに合流する事を決め。
今回のパナマへの攻撃は敵を混乱させるのが一つと、もう一つに行き掛けの駄賃代わりに連合軍に一発お見舞いしたかった兵士達の気分による。
既に先行する部隊の一部は旧コロンビアとの国境を越え、そのまま直接アマゾンに入るルートとベネズエラを経由するルートに分かれて進んでいた。
そしてパナマのマスドライバーの攻撃を機に、南米各所で元南アメリカ合衆国軍からの脱走が相次ぎ。
そのニュースは南米ジャブロー要塞を建設中の、共和国地球方面軍の司令部にも直ぐさま届けられた。
「矢張り、我慢できなかった様だな。これで連合軍は本気で南米を押し潰しに来るぞ」
マ・クベ地球方面軍司令代理は以下仮設司令部の中には集まった面々は、元南アメリカ合衆国軍によるパナマ攻撃について話し合っていた。
「些か血気に流行り過ぎではないか?元南アメリカ合衆国軍の統制が取れてないと言う事ではないか」
そう言って口髭を蓄えた一見するとナイスガイの紳士に見える男、イーサン・ライヤー大佐は暗に南米解放戦線に苦言を弄すが。
「暴発したのは解放戦線ではなく、全く別の部隊だそうだ。今まで連絡すら取れなかった部隊を統制しろなどと無理を言う」
しかしコジマ中佐は、すかさず南米解放戦線を庇う様な発言をし、ライヤー大佐とコジマ中佐の視線がぶつかる。
イーサン・ライヤー大佐はマ・クベ中将を補佐すべく、ジーン・コリニー中将の元から派遣された人物であり、必然ライバルのワイアット少将から派遣されたコジマ中佐とは折り合いが悪かった。
「やめないか、今は連合軍に対し今後我々がどう対処すべきかを話し合う場だ」
マ・クベ中将にそう諌められて、2人は渋々といった感じで引き下がる。
この2人の折り合いの悪さは地球方面軍では既に有名であり、マ・クベ中将としても頭痛のタネであった。
「兎に角、今後我々は表立って解放戦線と共に戦うのか、それとも今まで通り物資援助を続けてるか。そのどちらかを決めねばなるまい」
マ・クベ中将は取り敢えず議論を建設的な方向に進めるべく、まず共和国の立ち位置をはっきり決めるべきだと2人に問うた。
「でしたら私は解放戦線と共に戦うべきだと思います。幸い兵士達も地球の環境に慣れ、戦力としては十分に行けるとかと」
「いや、そもそも我々の目的は本国へ大気と水を送ることだ。南米を連合軍の支配から解放する事ではない。今まで通りこちらは支援にするべきだ」
其々の立場からコジマ中佐は解放戦線と共に戦うべきだと進言し、ライヤー大佐は逆に今の立場を崩すべきでは無いと言った。
「そもそも、彼等南米解放戦線がこうまで強硬な態度に出たのは我々にも責任の一端がある。それを自分達の都合で勝手に反故にすれば部隊の士気と共和国の信用に関わる」
「南米は元々反連合色の強い地域だ。遅かれ早かれこうはなったさ。ならそれと直接関係の無い我らがどうして手を出す必要がある。これはあくまで連合と南米との問題に収めるべきだ」
2人とも互いに譲らず、またその言葉にも一定の理があった。
コジマ中佐は部隊指揮官として、解放戦線のメンバーと深く付き合い、その心意気にスペースノイド独立に通じるものがあると感じていた。
共和国軍は大国の圧政と搾取に対する抵抗から生まれたのであり、兵士一人一人にその意識は浸透していた。
つまりここで解放戦線と共に銃を手に取らなければ、共和国軍はその鼎の軽重を問われる事となるのだ。
逆にライヤー大佐は、あくまでも南米の問題を政治問題として片付けたかった。
南米の立場には同情こそすれど、それに共和国が直接介入するのとでは訳が違う。
あくまでも共和国軍は共和国の為に存在するのであり、決して正義のヒーローなどではないのだ。
2人の議論は平行線を辿るが、それを黙って聞いていたマ・クベ中将は心情的にはライヤー大佐の意見に賛成であった。
何故なら彼はコジマ中佐と違ってそれ程解放戦線とは関わった事はなく、寧ろ今まで南米各所を回りその地の代表や政治家、軍人との折衝を重ねてきた結果。
共和国と南米双方の立場から、ある程度は客観的に見る事が出来た。
その中で、マ・クベが感じた事は「南米解放戦線」はあくまでも南米の為に立ち上がったのであり、共和国とはその目的が異なる事。
南米諸国も又、口では反連合を語るがその実どう転ぶかは情勢次第であり、マ・クベとしてもここは一端様子見が正解かと思っていた。
そして議論が様子見する方向に傾きかけた時、コジマ中佐はここで思わぬ手を打ってきた。
「そちらがそう言うが、果たして民意はどうですかな?」
そう言って、コジマ中佐は今朝届けられた共和国のニュースの一面を出した。
そこにはこう書かれていた。
『南米解放戦線!パナマのマスドライバーを攻撃⁉︎地上軍との共闘は?』
『現地特派員が語る、南米での連合軍の非道な行為‼︎怒れる現地軍と共に立ち上がる共和国軍』
『南アメリカ合衆国と共和国が同盟⁉︎益々混迷を深める今を追う』
そこにはセンセーショナルな映像や写真と共に、過激な記事の数々が並んでいた。
中には、したり顔の有識者が語る南米特集記事や、各コロニー市民の反応などのが乗っていた。
「既にこの件は議会でも大きく取り上げられています。民衆の突き上げを受ければ、今我々が動かなくもいずれは軍からではなく政府からの要請で動かざるを得ないでしょう」
そうなった時、事態の主導権は完全に現地の手を離れ政府がにぎる事となる。
それはマ・クベ中将やライヤー大佐も本意ではなかった。
戦争は政治の延長線上と言えども、軍の行動が時の政府の思惑によって制限され、それで泥沼化した事例など幾らでもある。
軍は国を守る存在だが、政治に振り回されず常に一定の距離を取るべきだと、そう考えている位には2人にはまだ良識があった。
これが本国となれば、ゴップ大将をはじめとした軍部の魑魅魍魎達と百戦錬磨の共和国の政治家達との政治闘争が広がった筈だ。
しかし幸いにも、今ここで彼らが動き出せば事後承認といった形で現地の主導権をまだ自分達が握れた。
逆にここを逃せば、その後はなし崩し的に泥沼の状況に陥ってしまう。
そして取るべき道は、一つしか残されていなかった。
「分かった、共和国地球方面軍はこれより南米解放戦線と共に共同戦線を貼る。それで良いなライヤー大佐?」
「致し方ありませんな。作戦指導については此方にお任せを」
「私は急ぎ部隊を出撃させ、元南米軍の収容とその掌握に取り掛かります」
ことここに至ってライヤー大佐も意地を張ることも無く、彼本来の役目である地球方面軍の作戦指導に取り掛かる事を約束し。
コジマ中佐の方も、部隊を出撃させる旨を伝えた。
「うむ、本国への説明と対外折衝はこれまで通り私が行っておく。諸君厳しい状況が続くだろうが、ここが正念場だ。諸君らの検討に期待する」
マ・クベ中将はそう締めると、ライヤー大佐とコジマ中佐は共に立ち上がって敬礼し了解の意を示す。
マ・クベもまた2人には答礼し、ここに共和国地球方面軍は地上の戦場に初の本格参戦する事となった。
後に「南米戦役」と呼ばれる事となる戦いが、この時より始まったのだ。
パナマ=トンキン湾
南米=ベトナム
共和国=ソ連
連合軍=西側もといアメリカ
つまりこの戦争泥沼化待った無し!
因みにソ連と言ったらTシリーズだけじゃなくAKシリーズも豊富なんだよなぁ。