19話「悪夢再び」
ジャングルの彼方此方から銃声や砲声が鳴り響き、上空からは金切音を立てながら爆弾が降り注ぐ。
爆発の度泥が跳ね、樹々がなぎ倒され泥塗れの兵士達が木の下敷きになったり、或いは底なし沼に沈んでいく。
上空のヘリからのバルカン掃射によって、逃げ惑う兵士達は穴だらけの肉塊と成り果て、降り注ぐロケットやミサイルが人を生きたまま焼いていった。
南米国境線の越境を試みる元南アメリカ軍に対し、連合軍は空軍による追撃と攻撃ヘリによる掃討作戦を展開した。
その情け容赦のない苛烈な攻撃に、元南米軍や解放戦線のメンバーはなす術も無く、アマゾンの地に倒れ伏していった。
追撃を行うと攻撃ヘリ部隊は堂々と低空で飛びながら、逃げ惑う兵士達の上に死の嵐を巻き起こす。
その様子をタンデム型のコクピットから見た連合軍のヘリパイロットは、「ざまあみろ」と内心喝采を上げた。
所詮南米は大西洋連邦の裏庭であり、歴史的に見てもその足下に置かれるのが正しい構図なのだ。
貧乏人が金持ちに逆らったらどうなるか、彼等に身をもって味あわせてやると言う感触に、連合軍の兵士達は大きな興奮を覚えていた。
このまま戦闘とも言えない一方的な蹂躙劇によって終わるかに見えた時、再度反復攻撃を仕掛けようとした攻撃ヘリが突然ジャングルの中から攻撃を受け、木っ端微塵に吹き飛ぶ。
「メーデーメーデー、3番機が堕とされた。至急パイロットの救助を頼む!」
「ジャングルから撃ってきたぞ、奴ら対空ミサイルなんて持ってやがったのか⁉︎」
「高度を上げろ、全機高度を上げるんだ‼︎」
味方機がやられた事で、警戒し高度を上げるんだ攻撃ヘリ部隊。
しかしそれは、ジャングルに潜むモノにハラを晒しまたとない攻撃の機会を与えていた。
「リーダー機から各機へ、連中慌ててハラを見せて高度を上げてやがる。今の内に叩き落とすぞ!」
ジャングルの樹々の間から何かが顔を出し、それは120㎜マシンガンを構えると、上空のヘリに向け砲弾を叩き込む。
ロケットやミサイルの発射音、そして爆弾の炸裂音にも勝る連続射撃音がジャングル全体に鳴り響き、思わず周囲にいた兵士達が耳を塞ぎ口を大きく広げる始末となる。
しかしその威力は絶大であった。
ジャングルから突如上半身を晒して姿を現した3機のハイザックにより、真下からの熱烈な対空射撃に晒された連合軍の攻撃ヘリ部隊は、蝿の様にバタバタと撃ち墜としされていく。
「HQ、HQ!至急援軍を要請する、繰り返す援軍を要請する」
生き残った攻撃ヘリのパイロットは急ぎHQ(司令部)へと繋ぎ、援軍を要請した。
『ジジジ、こちらHQどうした?』
NJの影響によりノイズ混じりにHQからの応答があったが、漸く繋がったパイロットにとってそんなもの些細な事であった。
「MSだ!MSが現れた!このままじゃ全滅する」
パイロットからの必死の声に、しかしHQからの反応は鈍かった。
『……確認する誤認ではないのか?』
彼等にとって南米に共和国軍が降り立った事は知っていても、まさか元南アメリカ軍と一緒に行動していようとは、想像の埒外にあったのだ。
「この目で何度も確かめた!今も味方がやられている!空軍でも戦車でも何でもいい、至急援軍を…‼︎」
とパイロットが無線機に向かって叫ぼうとした時、機体に直撃弾を貰いそのまま空の上で機体ごと爆散して果てた。
突然繋がらなくなった無線に、HQから何度も呼びかけるが、しかし既にその空域には呼びかけに答える機体は一機も残ってはいなかった。
「リーダー機から各機へ、敵の掃討を完了。状況を終了後このまま護衛任務に入る、足元のお友達を踏んづけない様に注意しろ」
僅か5分にも満たない時間で、連合軍の攻撃ヘリ部隊を全滅させたMSハイザックを見上げ。
元南アメリカ軍兵士達はその威力に戦慄すると共に、本当に共和国が自分達に力を貸してくれる事を知り、思わず誰かが。
「おおお!」
と声を上げるや否や、戦場の彼方此方で同様の雄叫びが上がり。
その声はジャングル全体に広がり、先ほどまでの戦闘音に負けず劣らずの音量となって周囲を震わせた。
時にC.E.70 9月9日 この日、連合軍首脳部は元南米軍と共和国軍が合流した事を初めて知り。
その鎮圧の為、大西洋連邦本土から軍と中南米から艦隊を差し向け、ベネズエラに上陸。
圧倒的戦力でもって南米軍共々共和国軍を圧殺しようと試みたが。
広大なアマゾンに進撃を阻まれ、戦車やトラックは泥濘にはまって動けなくなり、歩兵部隊を先行させるも、容易にアマゾン川や地図に乗らない支流によって分断され、戦線は薄く横広がりとなり。
その隙間を縫う様に浸透した元南アメリカ軍によるゲリラ活動が頻発し、慣れない環境での兵士達の疫病やストレス、そして村々や街に潜むゲリラに頭を下げ悩ませる事となる。
それは、新世紀になって完全に払拭したと思われてきたジャングルの悪夢の再来であり。
連合軍は片足をこの泥沼に突っ込んだまま、プラントと共和国の二つの国を相手しなければならなかった…。
元南米軍兵士達を無事に収容した南米軍解放戦線のバリボア少佐等であったが、その惨状には思わず目を覆わんばかりであった。
連合軍の執拗な追撃によって大半の兵士達は深く傷付き、無事な者を探すのにも苦労する程であり。
急ぎ兵士達の治療にとりかかるも圧倒的に手が足りず、しかし早く治療しなければマラリヤや伝染病にかかる危険性が増し。
あちこちで助けを求め悲鳴を上げる声が木霊した。
何とか見つけた無事な兵士達は着くなり地面にへたり込み、再び立ち上がる気力さえ無く。
最も遠く離れたパナマから来た部隊など、2,000キロ以上もの道のりを踏破してきたのだから、無理もない。
だがはっきり言って現状は「敗残兵」の群と言わざるをえなかった。
余りの有様に部下達が怯む中、しかしバリボア少佐はそんな様子をおくびにも出さず。
一人一人に声をかけて回り、此処までの労を犒い、時に叱咤激励し士気を鼓舞していった。
血で服が汚れるのも厭わず、時に兵に寄り添って涙を流す様など、正に自分達の指導者の姿に相応しく。
我に返った部下達もバリボア少佐と同じく、傷付いた兵士達に声をかけて回り、彼らの此処までの苦労を分かち合った。
その様子を見遠くから1人の記者がカメラに写し撮っていく。
バリボアが自ら痛みに苦しむ兵士に薬を渡す姿を撮ろうとした時、ふとカイの頭の中にある旧世紀の革命家の言葉が思い浮かんだ。
『なんでもないアスピリン1錠でも、患者を思いやり、苦しみを自分のものにできる友人の手から与えられれば、患者にとってどんな意味をもつだろう。その大きさは、科学では測れない。』
カイはそれを思い出して、カメラに撮るのを止めた。
「俺が知りたいのは真実であって、革命家や英雄を作ることじゃあないんだけどなぁ〜」
カイはそう言って頭をポリポリと掻きながら、その場を後にしようとするが。
「なにそこでサボっているのよ。皆んな大変なんだから包帯をかえるくらい手伝いなさい!」
背中から怪我人の治療を手伝うレコアにそう見咎められて、バツの悪そうに振り向き「はいーっ!」と言って包帯をかえるのを手伝うカイ。
「ほら、そこ抑えて。男なんでしょう、しっかりしなさい!」
「分かったって、だからそんなに怒鳴らないでくれよ〜」
こうしてこの後カイはレコアに引きずり回されながら、怪我人の治療の手伝いをする羽目となり。
終わった頃には、完全に疲れ果て伸びていた。
そんなカイの情けない姿に、レコアは「軟弱ね〜」と言いながらも、何処か普段と変わらぬ彼の様子にホッとした様な表情を見せた。
それは急激に変化する世界や人の在り方の中で、ただ一つ変わらぬ縁(ヨスガ)に思えたからだ。
だが時代はこれから更なるうねりを見せ、レコアやカイそして大勢の人々を巻き込みその運命を捻じ曲げていく。