機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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20話

20話「飛べ、ハイザック!」

 

C.E.70 10月 連合軍による南米鎮圧作戦開始から一ヶ月が過ぎ、当初の予定と違いその歩みは遅々としたものであった。

 

その理由の大部分はアマゾンの地形的要因による。

 

高音多湿で持ち込んだ機材は直ぐに故障し、複雑に入り組んだアマゾン川は容易に方向を見失わせた。

 

陸という陸地はぬかるんで泥となり、底なし沼に足を取られれば重い装備を背負った兵士など簡単に飲み込んでしまう。

 

容赦なく照りつける太陽は連合軍兵士達の体力を奪い、服の上から刺す虫や猛毒を持つ生物にヒルに蚊、猛獣などの危険生物が闊歩する中を進むストレスにより、中には発狂する兵士も現れる。

 

その他にも現地住民の非協力的態度や、散発的な攻撃を繰り返す「南米解放戦線」のゲリラ活動に連合軍司令部は悩まされた。

 

アマゾンと言う環境では文明の利器は全くの無力であり、部隊間との連絡も儘ならず中には奥に進み過ぎて孤立する部隊も現れる始末。

 

そこを狙い澄ましたかの様に、敵部隊が攻撃を仕掛けてくるのだ。

 

 

 

「こちら第364歩兵中隊、こちら第364歩兵中隊敵の攻撃を受けている。至急援軍を求む繰り返す至急援軍を求む!」

 

この日、連合軍第364歩兵中隊は朝から敵に包囲され攻撃を受けていた。

 

攻撃は苛烈を極め、姿の見えない敵がジャングルの奥から銃弾や時折ロケット弾を撃ち込み、対する連合軍は撃ち返すもその敵に比べ数は圧倒的に劣っていた。

 

「RPGだ!伏せろーっ‼︎」

 

誰かがそう叫んだかと思うと、近くにRPGが着弾し轟音と爆炎と共に土を撒き散らす。

 

降り注ぐ石や土をヘルメットを押さえて必死に耐えると、再び通信機に噛り付き先ほどと同じ内容を繰り返す通信兵。

 

朝からの攻撃により、既に中隊の戦力は半減しておりこのままでは全滅は必死であった。

 

何とか味方に航空支援を求めようと通信機に呼びかけるが、先程からNJの濃度が濃すぎて思う様に連絡が取れない。

 

その間にも、迫り来る敵は容赦なく銃弾の嵐を味方に叩き込み、次々と仲間が血の海に倒れていく。

 

「衛生兵、衛生兵はまだか!」

 

「お、俺の腕がーっ⁉︎」

 

「しっかりしろ、こんな所で死ぬんじゃないハンク‼︎」

 

彼方此方で撃たれた兵士達が助けをもとめる声が上がり、衛生兵も必死になって駆けずりまわるが、負傷兵を治療する間にも次々と怪我人が増えていく。

 

最早全滅は時間の問題かと思われた時、彼等の頭上を2機の戦闘機が飛び去る。

 

「‼︎」

 

「何だあれは⁉︎」

 

2機の戦闘機は一旦通り過ぎた後、旋回して再び彼等の上空にさしかかると、翼に吊るしていた爆弾をジャングルの中から撃つ敵目掛けて投下した。

 

ヒューっと言う風切り音と共に、投下された爆弾がジャングルの中に落ちると、途端猛烈な爆発による爆風と爆炎が飛ぶ。

 

腹の底から震わせる爆発音に、思わず顔を伏せる連合軍兵士達。

 

しかし彼等が次の瞬間顔を上げた時、そこには炎上するジャングルから逃げ出す敵兵の姿があった。

 

炎に体を巻かれ必死になった振り払おうとする敵兵に、焼け爛れた足を引きずる様にしてその場を逃げようとする敵兵。

 

うつ伏せになった兵士の身体に焔が燃え移り、肉の焦げる嫌な臭いが連合軍兵士達が達の方にも漂った。

 

「う、うええええ」

 

新兵など余りの臭いに、今朝ハラに納めた物を戻してしまう者もいたが、誰しもが目の前の光景に唖然としていた。

 

そんな彼等の上空を再び2機の戦闘機が翼を振りながら、通り過ぎていく。

 

「スピアヘッドだ、空軍の連中が助けてくれたんだ!」

 

「ヒャッホー、騎兵隊の登場だ!ターリホー‼︎」

 

上空を過ぎる戦闘機が味方と分かると、彼等は途端歓声を上げた。

 

絶望的な状況なまで追い詰められた時、天から救いが降ってきたのだ。

 

その喜びも、ひとしおであった。

 

「よし、今の内に後退する。負傷兵を援護しつつジャングルの中まで下がるぞ!」

 

死の淵から生還した人間の喜びは、挫けそうになった士気を盛り返すのに十分であった。

 

「スモーク、それとグレネードもオマケしてやれ」

 

逃げる方向と反対方向にグレネードとスモークが投げ込まれ、爆撃によって混乱する敵兵を更に混乱させた。

 

「今だ、行け行けGOGOGO!」

 

負傷兵を担架に乗せ運ばれていく仲間を無事な兵士達が援護しつつ、彼等は無事ジャングルの中まで撤退する事に成功した。

 

この日、連合軍第364歩兵中隊は多大な被害を出しつつも戦場から離脱する事に成功したが、それは全体のほんの序章でしかなかった。

 

 

 

 

 

地下要塞ジャブロー、それは旧世紀核戦争を想定して南米に建設された巨大地下核シェルターのコードネームであり、今は共和国によって再利用され地上の一大拠点となりつつあった。

 

ジャブローは現在地球方面軍の司令部としての機能だけでなく、大気製造プラントや流れ込む地下水を利用しての工業用水や飲料水の製造、巨大な地下兵器工廠としての機能も併せ持つ。

 

ここから送られる大気と水は本国を潤し、兵器や装備は前線へと送られ日々戦いに使われていた。

 

正にジャブローは南米最大の要塞にして兵器工廠であり、共和国の生命線でもあった。

 

その地下要塞の一角にある整備区画にて、運び込まれたハイザックの修理が行われていた。

 

一見すると無傷にて見えるハイザックだが、機体各部に取り付いた整備員が中を見てみると…。

 

「こりゃ酷え、腐葉土とドロがびっしりと足裏に詰まってらあ」

 

「誰かぁ、圧力ホース持ってこい!」

 

「アクチュエータの交換も必要だな。ああ、関節部の磨耗も凄いなこれ」

 

外見からは分からない内部機構の消耗や、故障した駆動系の数々を発見しする。

 

「よーし、お前ら!さっさと作業に取り掛かるぞ」

 

整備班長の一声に、「おう」と威勢よく答えた整備員達は機体各部の修理と部品の交換および清掃に取り掛かかった。

 

「ミガキ曹長、世話をかけます」

 

ミガキと呼ばれた壮年の男は、声のした方向を見ると今修理している機体のパイロットが立っていた。

 

「何だお前こんな所に、今日はもう上がりのはずだろ?」

 

本来そこにいるはずのない男を見て、ミガキ曹長はそうぶっきらぼうに聞いてきた。

 

「相変わらずですね、おやっさん。自分の愛機が気にかからないパイロットなんていませんよ」

 

ミガキの事を「おやっさん」と呼んだ男は、ミガキの隣までくると「で?どうなんです」と聞いた。

 

「どうもこうも、いつもの通り泥やら湿気やら何やらで下半身を中心にガタがきてる。正直コイツを重力下で運用しようなんざ、少し考えれば分かる事なのになぁゲラート」

 

ゲラートと呼ばれたパイロットの男は、ミガキと共に下半身のパーツを取り外された機体を見上げた。

 

「やはり“重い”んですかね」

 

ゲラートは故障の原因が機体の重量にあるのでは無いかと思った。

 

MSは恐るべき機動兵器だがそれと同じく複雑極まりない機構をしており、60トンに迫ろうかと言う機体を2本の足だけで支えているのだ。

 

無重力の宇宙空間では平気でも、重力下の地球では一気にその負担が両足にのしかかる為、それが原因で故障したのだは無いかと推理したのだ。

 

「いや、機体の重量じゃねえ」

 

しかしミガキはあっさりとそれを否定した。

 

「意外かもしれんが同じMSでもハイザックとジンじゃあジンの方が20トンばかし重い」

 

「それなのに重力下でジンが連合を圧倒できたのは、奴らの機体のソフトウェアやウェイトバランスの変更が大きいんだ」

 

ミガキはハイザックそのものに原因があるのではなく、機体を動かすソフトに問題が有ると言った。

 

「つまりだ、宇宙のまんまの挙動で動かそうとするから変に機体に負荷もかかるし、機体も壊れやすくなる」

 

「一刻も早く地上に対応したOSを完成させるか、それともパイロット自身の腕で補うか。そのどちらかしか現状解決方法は無いな」

 

ミガキはそう結論づけたが、聞いていた方のゲラートは余り理解出来た様子ではなかった。

 

「ああ、そうそうそれですよねそれ。やっぱりなーそう思ったんだよなー」

 

と適当なことを言って分かったフリをするゲラートに、ミガキは目を細めジト目で見ると。

 

「はぁ」と大きく溜息をついて「仕方ないなぁ」と言いながらゲラートにも伝わるよう簡単に分かりやすく説明し直した。

 

「つまりだ、あんまり負担になるような動かし方するなって事だ」

 

取り敢えず、機体の事をパイロットが気にかけてくれれば、少しは故障が減るんじゃ無いかと思ってそう言ったが、ゲラートの方は全く違う捉え方をしていた。

 

(そうか!つまり足を動かさずに戦えっていう事か。でもアレ?足を動かさないと動かないし、足を動かすと故障するし…つまりは飛べって事かぁ⁈)

 

なんだか出した答えが地に足のついたものどころか、そのまま第一次宇宙加速で大気圏外に飛び出す思考の飛躍をするゲラート。

 

しかし本人は自分が出した答えを微塵も疑った様子もなく、ミガキのほうに向き直ると生き生きとした表情を見せて、

 

「分かりました、ミガキさん。何とかやってみます」

 

といい感じの笑顔を見せた。

 

何だか妙に自信に溢れるゲラートに、ミガキは内心、

 

(本当にわかってんのか?)

 

と思いつつも、口では調子を合わせ「おう、がんばれよ」と言った。

 

この時の何気無い会話とゲラートの勘違いから、後に共和国軍式重力圏下移動術と呼ばれる共和国独自の技術が生まれる事となるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

その後…

 

修理に出した愛機が戻り、さっそくゲラート達の部隊に出撃命令が来た。

 

先にミガキが言った様な理由で頻発するMSの故障により、稼働率が大幅に低下した共和国軍は、修理から戻った機体も直ぐに戦場に投入せねばならない状況に陥っていた。

 

パイロット達はいつ自分の機体が壊れるのか気が気でなく、戦場で身動き出来なくなる恐怖に怯えていた。

 

しかし、この時ゲラートにはミガキ班長から授かったある秘策(と本人は思っている)があり、今回の出撃をそれを試す好機だと思っていた。

 

そして戦場につくと、ゲラート達は味方の砲撃支援を命じられる。

 

歩兵同士の不規遭遇戦が主なジャングルにとってMSの巨大は余り有効とは言えず、この時期の主な役割はその火力と高さを活かしての砲撃支援任務や対空射撃などであった。

 

つまり余り戦場を動き回らない様配慮されていたが、しかしゲラートはここで思い切った行動にでる。

 

「よし、スラスターとバーニア全開!翔ぶぞ〜」

 

なんと、戦場に着くなり突如機体のバーニアとスラスターを全開にして推進剤を燃やすと、一気に飛び上がったのだ。

 

突然ハイザックが空を飛び戦っていた両軍の兵士達は、その余りに非現実的な光景にお互い銃を撃つ手を止めてしまう。

 

そして、天高く舞い上がったハイザックは…。

 

「うおおおお、お、落ちるーっ⁉︎」

 

少しだけ浮き上がるも、地球の重力を振り切るには推進力が足りず、呆気なく地面に向かって落下する羽目となる。

 

ゲラートが考えたのは機体を大きくジャンプさせて戦場を移動すると言う方法であり、決して空を翔ぶ事では無かったが、案外成功しそうだったから調子に乗った挙句、中途半端な高度で落下する事となったのだ。

 

「くそおおおお!失敗したーっ‼︎」

 

後悔先に立たず、失敗を悔やむゲラートはこのまま地面に激突するかに見えたが、しかしこの男諦めが悪かった。

 

そして悪運も持ち合わせていた。

 

ゲラートは地面と接触する寸前、機体の膝を折り曲げて対ショック姿勢をとった。

 

そして残る推進剤を燃やし、少しでも衝撃を和らげようと悪あがきした時、奇跡が起きた。

 

ゲラートが乗る機体が地面と接触しそうになった時、丁度機体の姿勢は膝を折り曲げて腰を屈めた状態であり、各種スラスターとバーニアが生み出す複雑な作用によって地面スレスレの所で浮く事に成功したのだ。

 

それだけでは無い、なんとそのままの姿勢で前に進み始めたのだ。

 

「う、浮いてる⁉︎浮いてるぞコイツ」

 

実験の思わぬ副産物に驚く中、戦場のど真ん中に降り立ったハイザックは真っ直ぐに敵に向かう。

 

慌てて機体の方向を変えようとするも、絶妙なバランスによって成り立つこのスラスターによるホバー移動を制御出来る筈もなく、気高い益々暴走して敵陣に突っ込むハイザック。

 

これには連合軍の兵士達も慌て始め、何をして良いやら分からずライフルを撃ちまくる者や或いは逃げ出す者が現れ、全体の統制がとれなくなる始末。

 

そもそもいきなり18mもの巨体が猛烈なスピードで木々をなぎ倒しながら突っ込んでくるのだ。

 

マトモに対処しようにも、こんな事彼等は初めてでありそもそも乗っているパイロットにもどうする事が出来ないものを、どうにかしようというのは土台無理な話である。

 

つまり、この後の展開はただ一つ…。

 

「そ、総員退避ーっ!引き潰されるぞ‼︎」

 

「逃げろ逃げろ!あんな物敵うはずが無い」

 

「散れ、兎に角バラバラに逃げるんだ!」

 

我に返った指揮官が急ぎ退避を指示し、そうでなくとも各自がここの判断でハイザックの進路から逃げようとする。

 

その様子は、まるで暴れ牛から必死に逃げようとするネズミの群れに似て、滑稽でありながらしかし必死さだけは伝わってきた。

 

遠くからそれを「ぽかーん」と口を開けて見ていた他のハイザックのパイロットや、同じく唯眺めていた歩兵達は余りにシュールな画に頭の中が真っ白に染まっていた。

 

結局、この後の顛末を述べるのならば陣地を放棄した連合軍は戦場から離脱し、真っ直ぐに進む事しか出来ないパイロットはその後推進剤が尽きて自然に止まった。

 

共和国と南米解放戦線は結果として殆ど無傷で敵の陣地と連合軍の兵士達が置いていった大量の物資を鹵獲し、彼等はなんとも言えないぬるま湯の様な勝利を味わった。

 

戦闘の詳細な報告を受けた両軍の司令部は、このあんまりにあんまりな結果に双方共に頭を抱え、ただ一人事態を引き起こしたハイザックのパイロットはと言うと…。

 

「なんか知らないが、上手くいったのならそれでよし!次も頑張るぞーっ!」

 

と全く反省した様子は無かったのである。

 

この後「空飛ぶハイザック事件」の噂を聞き、他の部隊でも真似する者が出て余計な事故が多発し、ジャブロー司令部はその対策としてハイザックに高度制限を課す命令を出す羽目となる。

 

そしてこれが後になって、「如何に高度を上げず低く飛ぶか」と言う妙な賭けに繋がり、それが実戦で有効であると証明されるには、もう少し時間がいった。

 

 

 

 

 

 


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