25話「蹂躙」
月の無い夜にアフリカ中央部砂漠地帯を進む車両の一団があった。
彼等は皆狭く視界の悪い運転席の中から、赤外線ゴーグルが捉える僅かな光を頼りに進んで行く。
車列は幾つかのトラックと指揮車両の他に、自走砲であるマゼラアタックの集団で構成されていた。
マゼラアタックは、元々南米などの視界の悪い密林地帯での運用を念頭に設計された支援戦闘車両であり、その為戦車にしては高い位置に非旋回式の砲塔が置かれている。
車高を稼ぐ事で見晴らしを良くしようとの設計であるがその分車体のバランスを欠くと言う欠点もあり、コロニー国家たる共和国の技術的限界点でもあった。
しかも間の悪い事に、想定された南米での戦いが非対称戦に移行してしまいマゼラアタックは活躍の場を奪われ、本国で在庫の山だけが積み重なると言う事態まで発生した。
これを解消する為、共和国軍アフリカ方面軍に半ば押し付けられる様にして大量に配備される事となったのである。
さて月の無い夜の沙漠を進むマゼラアタック隊の指揮官の一人ボーン・アブスト中尉は、見晴らしの利く砲塔から暗視ゴーグルで外の様子を探っていた。
彼等は元々MS隊の支援を命じられていたが、その肝心のMS隊が運の悪い事にザフトの地上戦艦レセップス級を擁する部隊と鉢合わせしてしまい、マゼラアタック隊が急行するもその時には既に全滅してしまっていた。
何とか生き残りのMSパイロットを収容した彼等は、しかし同時に自分達が今敵中に孤立してしまった事も悟る。
レセップス級の出現により共和国軍の戦線は大きく後退してしまい、アブスト等マゼラアタック隊は取り残されてしまったのだ。
ザフトは共和国軍の通信を妨害する為高濃度のNJを散布し続け、味方との連絡も絶たれた彼等には二つの選択肢が突きつけられた。
つまり、その場に留まって味方の救援が来るのを祈るか、それとも自らの運と実力です道を切り開くか。
アブストは当然後者を選んだ。
日中は全車を砂漠の窪地に隠し、その上からシートを被せて日差しと彼等を探す敵の偵察機をやり過ごし、夜日が沈んでから行動を開始した。
幸い時は彼等に味方し、その日はちょうど新月であり、敵の目を掻い潜って味方と合流するには絶好の日和であった。
暫く進んでは停車して方角を調べ、またコソコソと動き出すという事を何度か繰り返した。
今夜中に少しでも距離を稼がねば、彼等に明日は無い。
それを分かっているからこそ尚の事慎重に進んでいるのだが、その時アブストは覗き込んだ暗視ゴーグルの視界の端に何か光るのを見つけた。
「全車停車、散会して稜線の影に隠れろ」
アブスト中尉の指示に従い車列が解散し身を隠す。
アブストは停車したマゼラアタックから飛び降りると、その足で砂で出来た丘を駆け上がり稜線越しに伏せ前方を探る。
暗視ゴーグルを操作して最大までズームし、僅かな光源も見逃すまいと目を凝らした。
そして、夜の闇の中からそれが浮かび上がってきた。
巨大な車体とその上に巨人の上半身を載せたかの様な奇妙なフォルム、モノアイを時折光らせながらも真っ直ぐアブスト達の方向に向かってくるそれはザフトのMSザウートである。
「クソっ」とアブストは決して内心の怒りを口にしなかったが、ここに来て敵との遭遇に彼は自分達の運の悪さを呪った。
暗視ゴーグルに捉えたザウートの数は3機、対して此方の戦力は燃料や弾薬を載せたトラックを覗いてマゼラアタックが12両。
数の上では敵の4倍だが相手はMSで此方は砲塔の旋回も出来ない自走砲擬き。
迂回しやり過ごす事も考えたが、既に敵に発見されている可能性も鑑み背後から一方的に撃たれるリスクよりも此処で戦う事をアブストは選択した。
実は何故こんな所にザフトのザウートがいたかと言うと、彼等は元はアブスト達と同じ様にMS隊の支援部隊として輸送の途中に運んでいた輸送機が故障。
結果、脱出した彼等は砂漠で孤立し味方との合流を目指し夜を彷徨っていた所偶然にもアブスト達と鉢合わせしてしまったのだ。
無論そんな事を知る由も無いアブストは、急ぎ車両に戻り手短に部下達に作戦を伝える。
それは決して高く無い勝率に賭けたものであったが、部下達もここで戦わなくては自分達に明日は無いと覚悟を決め、全員が各々の役目を全うする為に動き出した。
マゼラアタック隊はザウートに直接照準されないよう稜線の裏に隠れ、トラックから降りた歩兵が砂漠に組み立て式の有線ロケット砲を展開する。
ワッパに乗った兵士は着弾観測班として上空から敵の位置情報を知らせる役目をおっていた。
即席の陣地を築き挙げたアブスト達は敵が来るのを待ち構える。
そして暫くたってから闇を裂くように照明弾が上がり夜空を彩った。
敵が近付いて来た時の合図として、ワッパに乗る兵士が照明弾を打ち上げたのだ。
「アブスト中尉、合図が来ました」
「よし、攻撃開始」
突然昼間の様に明るくなり夜の砂漠に姿を晒すザウートに対し、正面から共和国軍が先制攻撃を仕掛けた。
砲身を掲げたマゼラアタックから、稜線の裏から砲弾が弓形の軌道を描きながらザウートの近くに着弾する。
ザウートのパイロットにとって、それは全く予期せぬ奇襲であった。
まさか砂漠のど真ん中で敵の待ち伏せに会おうとは、彼等は思いもよらなかったのだ。
しかし、直ぐに気を取り直しザウートから反撃の砲撃が始まる。
敵が何であれ、ザウートの火力の前には全てを吹き飛ばせると言う自信が彼等にあった。
実際ザウートの火力は脅威であり、一撃でマゼラアタックを撃破出来る砲が1機あたり両肩に2連装砲を計4門、それが3機ともなれば合計で12門とマゼラアタック隊12両と同数の砲門を擁している。
しかも火力ではザウートの方が上なのだから、マゼラアタック隊がいかに不利なのか分かるだろう。
対してマゼラアタック隊は頭上のワッパからの射撃観測に頼る他なく、戦いは先に敵に有効打を与えた方が勝利に近くなる緊迫した砲撃戦が繰り広げられた。
「⁉︎」
先に命中弾を与えたのはマゼラアタック隊であった。
先頭を走るザウートの機体胸部にマゼラアタックからほ砲撃が命中し、続けて至近弾や命中弾が集中する。
ワッパからの着弾観測もあり、アブストは砲撃の集中を命令。
ザウートは砲撃機として其れなりに重装甲であったが、流石に何発も砲弾を受けては堪らずその場に擱座してしまう。
味方を1機失った事で、ザウートの動きが鈍りそこにすかさず別のマゼラアタックからの砲撃が集中した。
アブストは観測手の報告からこのまま行けば「勝てるのでは?」と感じていた。
ザウートは砲撃を集中され、中のパイロットが恐怖のあまり背中の主砲だけでなく、両手に保持したライフルや副砲をやたらめったらと撃ちまくった。
味方への誤射も考えもなしにばら撒かれる銃弾、しかし流れ弾により運悪く着弾観測を行っていたワッパが被弾してしまう。
上空からの援護を失い、一転して窮地に立たされたのはアブスト達であった。
ワッパからの情報が届かなくなり、マゼラアタック隊の砲撃が行われなくなった事でザウートが無限軌道の速度を上げどんどんと近付いていく。
歩兵達がそれを阻止しようとライフルの銃弾や携行式ロケットを撃つが、MSの前には全くの無力であった。
代わりにザウートが放った砲弾が砂で出来た丘の稜線を吹き飛ばし、隠れていた共和国軍兵士達の上に大量の砂が降りかかった。
それでも彼等は戦うのを諦めない、砂で埋まった武器を掘り出し、無駄と知りながらも彼等は決して退くことはない。
何故なら稜線を超えられてしまえば、その先にはマゼラアタック隊が無防備な姿をさらし、ザウートに簡単に蹂躙されてしまうだろう。
唯一MSに対抗出来る戦力を失った時、自分達がどんな運命を辿るのか彼等は先のMS隊の末路から十分よく承知していた。
だからこそ、歩兵達は体を張ってザウートを止めねばならなかった。
「総員対MS戦闘用意!」
指揮官の指示に従い、兵士達がシートを剥ぎ取ると中から有線式ロケット砲が姿を表す。
対戦車ロケットを改良し、歩兵が装備する中で数少ないMSに有効打を与えられる兵器であり、そして彼等の最後の希望であった。
「目標との距離2,000、照準よし!」
「キャタピラを狙え!奴らの足を止めるんだ」
「ロック、撃てっ‼︎」
複数方向から同時にロケット砲からロケットが発射され、有線誘導に従いザウートに殺到する。
比較的装甲の薄い関節部やキャタピラを狙われては、ザウートとてひとたまりも無い筈であった。
しかし、彼等の目の前で突如としてザウートの上半身が立ち上がったかと思うと何と足が変形し、2足歩行形態に変わったでは無いか。
「へ、変形した⁉︎」
目の前で突如としてタンクからMS形態に変形を果たしたザウートは、迫り来るロケットを難なく躱す事に成功する。
狙いを失ったロケットは砂漠に落ちるか、その燃料が切れるまで迷走し、歩兵が次弾を装填する前にザウートはその手を大きく振り上げた。
「退避ーっ‼︎退避ーっ‼︎」
慌ててその場から逃げる歩兵達をよそに、横薙ぎに振り下ろされた手が設置されたロケット砲を破壊する。
そうして稜線を乗り越え現れた18mもの鋼鉄の死神が、次の瞬間にはその鎌を振り下ろしてきた。
右手に持つ重突撃銃が火を噴くたび、人間を肉塊に変えるどころか血煙へと変貌させ、左腕の副砲が後退しようとするマゼラアタックをまるでブリキのオモチャの様に撃ち抜く。
マゼラアタックが足で踏み潰され、蹴飛ばされ横転したところを狙い打たれた。
反撃しようとした車両は砲身を握り潰され、まるで棒を放り投げるかの様に砂漠へと投げ飛ばされ、砂漠に激突し部品がバラバラに分解して辺り一面に散らばった。
「後退、後退ーっ!」
MSの威力の前に恐怖に駆られたマゼラアタックが後退しようとしたが、しかし距離が開いたことで今度はザウートの主砲の餌食となる。
進むも地獄退くも地獄、進退極まったマゼラアタック隊はこのままなす術なく全滅するのかに思われた。
だがそれでも尚アブストは諦めてはいなかった。
「ルネン伍長、全速前進だ」
「あんな所に突っ込めって言うんですか中尉⁉︎」
アブストが乗るマゼラアタックの運転手ルネン伍長が悲鳴を挙げた。
しかしアブストは勤めて冷静な声で、自分の意図を説明する。
「見ろ、今奴らの背中はガラ空きだ。背後に回り込んで今度は至近距離から砲弾を食らわせてやる」
「そう言う事なら。お伴しますよ、中尉!」
ルネンはマゼラアタックを動かし敵に位置がバレ無い様稜線に隠れながら進み、しかもこの時戦場には火災が発生していて黒煙が立ち込め視界が悪くなっていた。
更に言うならば、ザウートのパイロット達は足元ばかりなに注意が向き、周囲への警戒を疎かにしてしまっていた。
幾つもの幸運が重なり、アブスト達は敵の背後に回り込むと、今度はアクセルを全開にして猛スピードでザウートに向かって肉薄した。
これがもし、共和国製MSであれば標準装備された全天周囲モニターにより容易にその接近が察知されてしまっただろう。
しかし、周辺の視界情報をモノアイに頼るザフト製MSでは背後に死角が出来てしまい、特にザウートの様な大型の機体はその弱点が如実に表れている。
敵との距離が詰まり、アブスト中尉は砲撃のタイミングを見計らい…。
「ルネン!」
「了解!」
ブレーキを踏み急制動をかけるマゼラアタック。
キャタピラが砂地で滑りながら、まるで弾丸の様にザウートの背後を強襲する。
アブスト中尉の視界いっぱいにザウートの背中が広がり、トリガーに指をかけ引鉄を引き絞った。
砲身内で爆発的な圧力が生じ、押し出された砲弾が加速度的に飛び出し、砲弾がまるで吸い込まれるかの様にザウートの背後へとめり込んでいく。
装甲の薄い背中の鋼板を食い破り、内部機構を滅茶苦茶に破壊しながら砲弾が暴れ狂う。
貫通こそしなかったものの、ザウートは完全に機能を停止しその場に崩れ落ちた。
「やりましたよ中尉!」
目の前で膝から崩れ落ちるザウートに、ルネン伍長は仇を取ったと歓声を上げるが、直ぐにアブスト中尉の声で現実に引き戻される。
「ルネン、急速発進!」
脳で理解する前に、訓練で身についた習慣が反射的に車体を操作してその場から急発進する。
間一髪、先ほどまで自分達がいた場所に鋼鉄の拳が落ちてきた。
そうまだザウートは1機残っていたのだ。
「どうするんですか中尉⁉︎」
「兎に角走れ!奴らだってそろそろバッテリーもヤバイ筈だ」
ザウートに追いかけられ、青い顔をしながらルネンは必死にマゼラアタックを運転する。
「くそ、砲塔が旋回出来れば」
アブスト中尉はマゼラアタックの構造上の欠点をこの時ほど恨めしく思った事は無い。
その間にも、ザウートは背後からアブスト達に迫りながらライフルを撃ってくる。
走りながら撃つため、狙いがそれ砲弾が当たらずに済んでいたが、このままではジリ貧だと彼等も分かっていた。
分かっていたが手立てがなかったのだ。
「ルネン伍長、俺の合図で右に旋回出来ないか?」
「やれなくは無いですが、今のままじゃやろうとした瞬間速度が落ちた所を狙われて終わりです」
ルネンは必死にマゼラアタックで回避運動を取りながらも、悲鳴をあげる様な声で答えた。
何とか反撃に転じ用としても、敵が隙を見せない限り彼等が生き残る術はなかった。
万事休す、最早自分達には有効な手立てが無くなったかに思えたその時。
突然追いかけていたザウートの頭部が爆発を起こしたのだ。
「何だ⁉︎」
アブスト中尉とザウートのパイロットは全く同じ声をあげた。
突如として視界を封じられたザウートのパイロットは慌ててサブカメラに切り替えようとしたが、切り換える瞬間一瞬戦場で棒立ちになると言う致命的な隙を晒してしまう。
彼等にはその一瞬の隙だけで充分であった。
「今だ、ヤれ!」
今の今まで、ずっとシートの下で隠されていた有線式ロケット砲が姿を現し、生き残りの歩兵が操るそれはザウートの背中目掛けて致命的な攻撃を叩き込む。
寸分違わず狙い通りザウートの主砲に命中し、砲身内に込められた砲弾が誘爆。
連鎖的に弾薬庫にも引火し火が出たかと思うと、次の瞬間大爆発し後に残ったのはザウートの腰から下のみであった。
全てを只呆然と見ていたアブスト中尉がふと空を見上げると、頭上でワッパに乗った兵士が手を振っていた。
肩にはよく見れば撃ち終えた携行式のロケットが背負われており、先のザウート頭部の爆発は彼等によるものであると分かった。
その後アブスト中尉は生き残りの兵士達と合流し、後方に退避していたトラック部隊と共に戦場を後にする。
結局マゼラアタック隊で生き残ったのはアブスト車だけであり、他は皆全滅し遺体の回収も諦めねばならなかった。
歩兵にも甚大が被害が出て部隊としては壊滅に等しい状況であり、アブスト中尉は己が不甲斐なさに悔しさが込み上げた。
この後、彼等は無事に味方の戦線と合流を果たし、彼等の戦いは一旦は終わりを告げる。
しかし援軍に間に合わずしかも部隊を壊滅させてオメオメと逃げ帰ってきたアブスト中尉は軍法会議を覚悟したが、しかし報告を受けた彼の上官であるユーリ・ケネーラ准将はその罪を問わず逆に脆弱な戦力で良く敵と戦ったと彼の労をねぎらったのである。
一見するとこれは美談に思えるが、その実長引く戦争により共和国軍も経験豊富な士官の数が足らなくなってきており、一々敗戦の責任を追及してられなかったのが理由の一つに挙げられる。
さらに言えば、苦戦続きのアフリカ方面軍でこれ以上敗北の上塗りをしたくないと言う方面軍司令部の沙汰があり、こう言った軍内部の寒い事情によりアブストは解任されずに済んだのだ。
だがこれは、共和国軍のみに当てはまるものではなかった。
連合軍では共和国軍よりも事態は深刻であり、払底する人材の補完の為に徴兵したばかりの新兵を碌な訓練も受けさずに戦場に送り出して使い捨ての駒として消費し、ザフトもまた人口で劣る以上多くの兵を若年層に頼らざるを得ず、社会構造に大きな歪みを引き起こしていた。
戦場は未来ある若者を戦いへと追いやる場へと変貌しつつあり、多くの軍人達は寒い冬の到来を感じずにはいられなかった。
時にコズミック・イラ70 開戦から9ヶ月が経過しようとしていた。