機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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2話

2話「アナハイム」

 

C.E.68年 共和国が領有する宙域の片隅、丁度アステロイドベルト地帯と重なる空間にそれはあった。

 

漆黒の宇宙に、これまた壁面全てを黒く塗られたスペースコロニーが、デブリと混在する様に浮かんでいた。

 

ダークコロニーと名付けられたそれは、共和国の秘密の軍事研究施設であった。

 

その内部では今、とある実験機の試験が行われていた。

 

 

 

 

 

人工の大地を踏みしめる様に、巨大な人型の機械が次々とコースに設置された障害物を乗り越えて行く。

 

それは幾つも連なった起伏であったり、ビル6階分に相当する盛り上げられた土であったり。

 

或いは巨大な人型の機械の腰まである水溜りであったりと、様々な障害が立ち塞がる。

 

巨大な人型の機械、MS(モビルスーツ)と呼ばれるそれは、共和国がプラントに遅れる事1年。

 

科学者達が作り上げた技術の結晶であり、次世代の国防を担う実験機であった。

 

「この様にMSザクは様々な地形に対応し、従来の兵器には無い極めて高い汎用性を持っております」

 

試験場を見下ろす管制塔の中で、自信満々に集まった面々にそう言う主任開発者は、プレゼンの成功を半ば確信していた。

 

プラントに遅れる事いた1年、課題であったMS用のOS(オペレーション・システム)も漸く形となり、幾つかの実験で満足のいく結果が得られたからこそ晴れて今回の公開実験に踏み切る事が出来たのだ。

 

既に終えている試験も含まれてはいるが、しかしここにいる面々に書類上の報告では無く実物を見せる事によって、更なる予算の投入や人材を呼び込もうという魂胆であった。

 

しかし主任開発者の思惑に反し、集まった面々の反応は淡白であった。

 

「で、博士。コロニー内での運用は問題無いと見えるが、肝心の実験はまだかね」

 

軍部からの出席者の一人である男が、集まった面々の意見を代表してそう言った。

 

(肝心の実験?)と言われて頭を傾げる主任開発者。

 

そこに助手の一人が助け舟を出し「宇宙空間における機動実験の事です、主任」と耳打ちして伝える。

 

「あ、ああ?今思い出しました、真空空間における機動実験についてですが…」

 

「博士、我々は此処に遊びに来ているのだは無い。まさか君はあんなものを見せる為だけに私達を呼んだのではあるまい?」

 

先程の軍人が脅す様な声でそう言うが、主任開発者にとってそれは許し難い言葉であった。

 

「あんなものとおっしゃいますが、これは非常に画期的な…‼︎」

 

「コロニー内で、あんな巨大な物体を暴れさせようと言うのかね?正気か君は」

 

そう言われて、集まった面々は博士に何度も頷き同意する。

 

「コロニーであんなものを暴れさせてみろ、直ぐに隔壁に穴が開いてしまう」

 

「そもそも、私達は新型空間機の実験に呼ばれたはずだ。あんな戦車に足がついた物を見る為に来たのではない」

 

次々と声が上がり博士を非難するも、しかし博士のほうも黙ってはいない。

 

「お言葉ですが、これはプラントの科学者も行っていた事で…」

 

「我々が欲しいのはプラントのジンのコピー品では無い。最も正直に言って君達の技術力がプラントのそれもコーディネイターに追いつけるものとは到底思えないがな」

 

と冷徹な言葉を投げかけられ絶句する博士。

 

助手達も、「だから言ったでしょ」とばかりに博士をみる。

 

「君の個人的嫉妬心や欲求を満足させる為に軍は金を出しているのでは無い。これ以上成果が上がらないのでは考えなければならないな」

 

そう言って管制塔を後にする軍の男の子後を追う様に、集まった面々も心底失望したと言う表情を浮かべその場を後にする。

 

残された博士は絶望に顔をうな垂れ、その場にへたり込んでしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私だ、ジャミトフだ。直ぐに新しい者を用意しろ。何、今のをどうするかだと?それは公安の仕事だ、捕まえて引き渡しておけ」

 

ダークコロニー内を後にするスペースシャトルに乗るジャミトフ・ハイマンは、共和国で新設された宇宙軍の会計監査部大佐の地位にあり、今回の新兵器開発における金庫番であった。

 

急速に拡充しつつある共和国軍において、今一番求められているのはプラントや理事国と渡り合える兵器であった。

 

理事国はその圧倒的国力に物を言わせ次々とMAを量産して前線に配備し、プラントでもまたMSの生産が軌道に乗り始めている。

 

1年前の秘密条約により相互不可侵と共に技術協力の結果、確かに共和国に時間は齎されたが肝心の技術力ではいまだどの国の後塵を配したままであった。

 

特に共和国が期待を寄せるMSは結局今の所プラントに体の良い実験場を貸しただけで、彼等は自分達だけ成果を上げるとさっさと共和国からさってしまったのだ。

 

この屈辱的とも言える態度により、以後共和国ではプラントの力を借りず独自の技術でMSの開発を目指しているのだが、出来るのはジンの劣化コピー品でそれも限界をきたしつつあった。

 

「最早共和国の意地だ何だと言ってはおられんな。となれば考えられるのはオーブか」

 

ジャミトフの頭の中では、外部との協力も止むなしとの考えが占めていた。

彼は極めて合理的な思考の保持者であり、そして目的の為なら手段を選ばない冷酷なリアリストでもあった。

 

そしてオーブは中立を標榜するも高い技術力に定評のある「モルゲンレーテ社」を保有し、プラントや理事国のどちらにも加担していない。

 

しかし問題があるとすればそれは…。

 

「オーブは地球の国家か、いまだに地球に固執する老人共を説得するのは骨が折れるか」

 

共和国はスペースコロニー国家であると同時に、宇宙移民者たるスペースノイドの国でもある。

 

そして古い世代は地球に対し、自分達を宇宙に捨てた怨敵として見ているのだ。

 

彼等はジャミトフから言わせれば「無駄に年齢を重ねている分、不相応な社会的地位を占めている」層に他ならず、反発は必至であった。

 

「であれば、アソコしかないか」

 

ジャミトフとしては苦渋の決断であるが、共和国の希望をそこに賭けるほか無かった。

 

そしてジャミトフはスペースシャトルの進路の変更を命じた。

 

その行き先をズムシティーではなく、月面の都市グラナダへと向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月面第二の都市グラナダは月の裏側に位置し、幾つもの企業の工場が軒を連ねる工業都市であった。

 

その中で一番の規模を誇るアナハイム・エレクトロニクス社のグラナダ支局に、ある男が訪れていた。

 

「これはこれは良くぞおいで下さいました。アナハイム・エレクトロニクス社グラナダ支局長のメラニー・ヒュー・カーバインです」

 

クラシカルな青いスーツを着たメラニー支局長は、柔かな営業スマイルを見せつつ訪問者を対面のソファーに座らせる。

 

「で、本日は我が社にどう言ったご用件で?」

 

「知れたこと、耳ざとい貴様らならわたしがここに来た理由くらい等にお見通しだろうに」

 

メラニー支局長の対面に座るジャミトフは、鋭い眼光を光らせながらそう言った。

 

「はて?なんでしたかな」と惚けてみせるメラニー会長だが、しかしその目は油断なく相手を値踏みする様に見ていた。

 

「腹の探り合いは結構、我々も時間がないのでな。はっきりと言おう、我々の新兵器開発に協力してほしい」

 

「ほお、新兵器ですか?それはまた大きな。時にジャミトフ大佐はウチの商売をご存知で?」

 

アナハイム・エレクトロニクス社は北米に本社を置く大手家電メーカーが元となって出来た巨大コングマリッド企業であるが、表向き彼等は“全う”な商品を販売すら会社として知られていた。

 

「我が社はお客様に健全な企業と言うイメージを持たれておりましてな、私もそれに誇りを持っております」

 

暗に、共和国への兵器開発の協力は社のイメージダウンに繋がると伝えるメラニー支局長。

 

しかしジャミトフは「嘘だな」と一刀両断に応じる。

 

「本当は貴様らは戦争に参加したくて仕方ない。このままでは大損をこいてしまうからな」

 

「戦争?我が社が損をする?何をおっしゃいます。お陰様で今年度も売り上げは順調…」

 

「プラントが出来てから主力商品の高品質の電子部品の売れ行きに伸び悩んでいるそうだな」

 

「……」

 

メラニー支局長の顔は相変わらず営業スマイルが張り付いたままだが、しかしその目は笑ってはいなかった。

 

「ここグラナダも製造業を売りにしているが、プラントから質のいい製品が輸出されて大打撃だ。オマケにそのプラントと理事国との関係が悪化して一般消費も落ち込んでいる」

 

「今後もそれが続くのならば、社運を賭けた博打。そうつまり今後消費の拡大が見込まれる軍事部門に是が非でも参加したい筈だ」

 

ジャミトフはここに来るまで、アナハイムの事やそれだけでなく月面都市の情勢を調べ上げていた。

 

そして彼はありのままの事実を、メラニー支局長に突きつけたのだ。

 

「何をお望みで」

 

最早営業スマイルも剝がれ落ち、商売人の顔となったメラニー支局長は油断のない瞳でジャミトフを見た。

 

「最初に言った通りだ、我々に協力して欲しい。無論新兵器開発だけでなくな」

 

「失礼ですが貴方の立場でそれを確約出来ますかな?軍では階級がモノを言う世界と存じてますが」

 

メラニー支局長は暗に大佐の貴方がそんな大口を叩けるのかと非難するが、それもジャミトフは呆気なく答える。

 

「ほう、月面最大の企業の役員も不勉強と見える。軍も会社も変わらん、どちらも人事権と会計を握るものが強いのだ」

 

「…成る程、私も一つ勉強になりました」

 

「だからこそ残念です。貴方はこの話をここグラナダではなくフォン・ブラウンに持ち込むべきだったと」

 

月面第一の都市をコペルニクスと争うフォン・ブラウンは、アナハイムの月での本社が置かれている。

 

メラニー支局長は自分は貴方とは違い、一存で決められる立場にない事をアピースしつつ、ジャミトフの次の言葉を待った。

 

(ここで素直にフォン・ブラウンに行くのならそこまでの男。勉強の出来る秀才タイプの軍人だ、だがそうでないのなら…)

 

「私を試すのはもう止してもらおう。その程度の男なら最初から此処には来てはおらん」

 

(やはり、この男は最初から確信して⁉︎)

 

メラニー支局長の中でジャミトフの評価が軍人から、油断のならない男に変わった瞬間であった。

 

そして同時にその本質が、どちらであるのかも垣間見た。

 

「フォン・ブラウンに行ってしまっては貴様の手柄にはならんではないか。本社の連中に言われるまま工場を動かすのと、自分で勝ち取った成果でグラナダを動かすのとでは違う」

 

そうもしジャミトフが仮にフォン・ブラウンに向かおうとすれば、メラニーはそれを全力で妨害しただろう。

 

何故なら折角の儲け話を不意にした挙句、それが他の誰かに渡るなど彼は決して我慢出来ないからだ。

 

「確か古い地球の諺にこんなものがあったな“奇貨居くべし”と」

 

「分かりました、私もそこまで言われては商人として名折れ。お引き受けしましょう」

 

「うむ、末長く貴社とは付き合って行きたいものだ」

 

そして2人は同時に立ち上がって握手した。

 

この時より、この2人の戦いが始まった。

 

メラニーは(何れ貴様を失脚させ、共和国の政財界を月から牛耳ってやる)と心に決め。

 

またジャミトフも(メラニー、危険な奴だ。共和国な害となる前に潰さねば)と互いに互いを敵視する関係が始まったのだ。

 

C.E.68 月のアナハイム・エレクトロニクス社の協力を取り付けた共和国のMS開発は飛躍的に進み、この年の末念願の試作機第一号が完成する。

 

翌年には正式採用され、ザクを超えたもの「ハイザック」と名付けられたそれはグラナダの工場で大量生産が始まり、共和国は念願の新兵器を得て着々と軍備を整えていった。

 

そしてC.E.70 2月14日運命の日が来る。

 


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