33話「ヘリオポリスを血に染めて」
コロニーを支えるメインフレームが音を立てて軋んで折れ曲がり、人工の大地が裂け外宇宙とコロニー内部とを分ける隔壁に大穴が開きそこから空気や物や人といった様々なモノが吸い出される。
真空の宇宙で当然音など聞こえるはずも無いが、しかしその瞬間を見た者の多くは崩壊するコロニーが上げる断末魔の声を確かに聞いた。
ザフトと連合がコロニー内部で戦闘をした結果、その結末は最悪のものとなった。
崩壊するコロニーから逃れようと連合軍の新型艦とザフトのMSが飛び出し、当然ながら脱出艇が何隻も飛び出したが、はたしてその内の何隻が無事に脱出出来ただろう?
戦闘で破壊されたコロニーの破片がデブリとなってそこら中を飛び回り、しかもここは依然として戦場の真っ只中にあった。
そしてそれらを全て見ていたパオロはどうすべきか決断を下さなければならなかった。
時は少し遡りパオロ・カシスは今回の任務に際し、統帥本部直々に命令を受けていた。
「パオロ・カシス中佐、君は長らく共和国に貢献してきたが今回の任務を受けるにあたって何か思うところはあるかね?」
「いえ、この老兵でもお役に立てることあらば微力を尽くすまでの事です。何ら不満などありません」
「結構、貴官はこの報告書通りの人間の様だな」
そう言ってパオロの視線よりも一段高い壇上に座っている将官の他にも、2名の人物が左右にいたがこの場で最初から喋っているのは真ん中の1人のみであった。
部屋は暗く将官達の顔や表情は判別出来なかったが、この様な場合目の前の人物達は唯の案山子の場合が多い。
きっとこの部屋の何処かからマジックミラーか隠しカメラ越しに此方を観察している人物達こそ、自分をここに呼び出した張本人なのだ。
(大粛清時に良く使われた手だな)
とパオロは内心でそう思いながらも、次々に出される質問に淀みなく答えていく。
共和国はコロニー国家と言う事もあり、閉鎖的な社会でありそして軍や政府は秘密主義者達である。
常に誰かの腹の内を探っていなければ気が済まず、その癖自分達の事を知られるのを病的なまでに恐れ相手の忠誠心を疑わずにはいられない。
しかし昔はそうでは無かった、少なくともパオロが記憶している中では軍もこうまて陰険では無かったのだ。
全てが変わったのは、嘗てこの国で起きた大事件からだ。
当時統帥本部長間近と謳われたアンリ・シュレッサー中将によるクーデター未遂事件と、彼の突然の拘束に反対した将兵達が引き起こした暴動事件。
二つの事件が共和国に齎した衝撃は、当時を知る者の記憶に今もこびり付いている。
時の政府は兵士達の暴動に対し徹底的な鎮圧を命じ、軍部もまた身内を切る事で政府に対する忠誠を試された。
軍は躍起になってクーデター関係者やその家族や親戚に至るまで徹底的に調べ上げ、密告や非合法な手段が横行し首都ズムシティでは戒厳令が敷かれる程であった。
暴動を起こし鎮圧された多くの将兵達が更迭か軍から追い出され、クーデター関係者の多くも軍民問わず刑務所かコロニーから遠く離れたアステロイドベルト地帯に送られた。
この結果この国と軍部は、大きく変質してしまった。
その変わり様は、今の軍首脳部を見ればありありと分かる。
当時中将で粛清を主導したゴップ大将、権謀術数によってのし上がったジーン・コリニー、実家の政治力と資金力を使って政敵を排除したグリーン・ワイアット、上官を密告しまんまとその後釜に座ったジャミトフ・ハイマン。
この他大粛清によって昇進した将官の多くは、大なり小なり裏で様々な手段に手を染めていた。
パオロ自身はこの出来事が切っ掛けで軍部に嫌気がさし、自ら望んで後方に退いた経緯がある。
そんな自分を軍は今更何の用で呼び出したのか?
パオロは注意深く観察しつつ、統帥本部の考えに思いを巡らした。
パオロが審問官に質問され続けていた部屋とは別に、隠しカメラで2人のやり取りをもう小一時間程眺め続けていた将官等はいい加減うんざりとした気持ちであった。
「もう良いのではないか?彼の忠誠は証明された、最早これ以上は時間の無駄だ」
そう言ったのはジョン・コーウェン准将であり、彼以外には他数名の将官がその場にいた。
各派閥から公平を期す為この場に集まり審問を見続けていた彼等には、この場の最終決定権が与えられていた。
つまり、パオロ・カシスは信用たる人物かどうかの判断である。
現在長期化する戦争により共和国軍は不足する人材を補う為予備役を再招集したが、それでも足りずついには大粛清によって更迭された者達も呼び戻そうという動きがあった。
しかし依然として軍と政府両方には大粛清関係者に対する不信感があり、しかも間の悪いことに試金石として前線に呼び戻された元予備役のノイエ・ビッター少将がアフリカで大敗。
これによって軍主流派では予備役に対する不信感が爆発しかけ、それをゴップ大将が上手く躱して納めたが依然として両者の溝は大きな隔たりがあった。
だが現実問題彼等大粛清組の協力無くしては戦う事もままならないのも確かであり、政府と軍の妥協の結果再度チャンスを与える事となりその相手にパオロが選ばれたのだ。
「パオロ・カシス、当時士官学校の教官職にありクーデターの首謀者アンリ・シュレッサーと近い関係にありながら沈黙を保ち、兵士達による暴動の時も事態を静観」
改めて、別室に集まった将官達はパオロの経歴を読み上げる。
「その後、自ら懇願して教官職を辞して一線を退いている」
「当時の情報部が動き出そうとした形跡がある。その前に見事に逃げ切ったとも取れるな」
パオロの行動は彼等の目から実に鮮やかな手際に見えた。
クーデターが失敗と見るや暴動にも参加せず事態の成り行きを見極め、その後自身に追及の手が伸びる前に軍から退いている。
しかしその裏では嘗ての教え子と共に再度クーデターを画策しているのでは?と彼等は疑っているのだ。
「元教え子の中には今軍の要職についている者も多い、彼がもし今もクーデターと関係があるのなら」
パオロ・カシスについてのデータに附属して、当時の教え子達のリストも乗せられていた。
リストには錚々たる面子が並び、ルナツー司令ワッケイン少将を始めコンペイトウ分艦隊司令コンスコン准将や今第一線で部隊を率いる優秀な指揮官達が軒を連ねていた。
その中には、ジョン・コーウェンが抱える部隊の指揮官も幾人か含まれていた。
「まあ、情報部の調べでは彼とクーデターとは何の関わりも無かったとあるではないか。それよりも、そろそろ結論を急ぎたいのだが?」
と話題を変えリストから目を反らせたコーウェンは、結論を急がせた。
彼とて部下の事を信じたいが、それで痛くもない腹を探られるのは御免被ると言うものだ。
「だな、決を取るが宜しいかな?では反対の者は挙手を」
コーウェンを始め誰も手を挙げなかった。
「…それでは決まりだな」
パオロが質問攻めを受け続けてから更に小一時間程経過し、彼は統帥本部からの命令と共に漸く部屋から解放されていた。
与えられた命令は単純そのもの、とあるコロニーに潜入したスパイからデータを回収する事。
唯それだけの為にパオロは2時間も拘束されていたのだ。
しかし任務に就くにあたり、彼は統帥本部から新造艦を与えられる手はずとなっており、それが本当ならば額縁通りの任務とは到底思う事など出来なかった。
そして話は現在に戻る。
パオロ与えられたアレキサンドリア級の最新鋭モデルを指揮しズムシティから出航、コロニーヘリオポリスの近海に漂うデブリの影に身を潜め今の今まで事態を静観していた。
計画では既に内部に潜入した工作員107号と接触しデータを回収、その後帰路につく予定であった。
しかし、その回収作業の最中にザフトが突如として中立コロニーを急襲。
瞬く間にコロニー内で戦闘が始まり、何とか工作員からデータを回収したは良いものの、彼等は現在動きたくても動けない状態にいた。
(まさか、中立コロニーで連合軍のMS開発が進んでいたとは。しかもザフトがそれを知ってコロニーに攻撃を仕掛けるとは!)
最大望遠による光学観測により、コロニーから離脱する複数機のMSを確認していた。
そして無線傍受により彼等がMSを奪取して相手が連合軍と知り、パオロ達は重大な条約違反の現場をも見た事になる。
ここで下手に動けば事が自分達の事が両軍に露見する可能性もあり、条約違反を目撃されたとあれば彼等はパオロ達を始末しようと躍起になる筈だ、
それは艦とクルーの安全を預かる者として、当然看過出来ない事態であった。
しかし、彼の中で突如として野心が鎌首をもたげかけた。
上手くすれば連合のMSをこちらが奪う事が出来るのでは?と心の中で語りかけてくる自分を自覚しパオロは愕然とした。
当の昔に、あのクーデターの失敗によって捨て去った筈の野心がここに来て影を表したのだ。
確かにザフトに奪われたMSは無理でも、残る連合軍のMSと新造艦ならばアレキサンドリア級一隻と搭載するMS隊で事足りる。
しかも、今回パオロの艦にはあの「ホワイト・ディンゴ隊」が特別に配属されていた。
共和国ではザフトや連合軍とは違い、余程の理由が無い限りエースパイロットにパーソナルマークや専用機を許す事はない。
しかしその中でも例外と言える部隊がある、著名なのは南米でゲラート・シュマイザー少佐が結成したMSによる初の特殊部隊「フェンリル隊」。
そして今パオロの手元にある「ホワイト・ディンゴ隊」である。
彼等は「フェンリル隊」と同様地上を主に活動しているが、特にアフリカでの活躍は苦戦続きの友軍の中で唯一大きな勝利を挙げていた。
その部隊が、今回の任務に際し特別にパオロの指揮下に入っていたのだ。
彼等ならば上手く連合のMSを捕獲出来るだろう、それを手土産に再び表舞台に戻れるかもしれない、
(バカらしい)
だが、パオロは頭を振ってそんな考えを追い出す。
(今さらこんな老骨に何が出来ると言うのだ)
実際彼は良くても流石にこの事態には統帥本部直属のクルー達も動揺しており、コロニー崩壊を目の当たりにした彼等の心情を思えば、ここでの戦闘など到底考えられなかった。
「監視班、今までの事はレコーダーに記録したな」
「は、はい。詳細は既にブラックボックスに転送済みです」
対空監視についていたオペレーターが慌てた様子でパオロに答えると、彼は「うむ」と頷き。
「よし、本艦は既に任務を達成したと判断する。よって現宙域から離脱、最大船速をもって本国に帰還する」
パオロの指示によって、クルー達は俄かに慌ただしくなる。
最新鋭の機関が始動し、ハンガーではMSに乗って待機していたパイロット達の待機命令が解かれた。
隠れていたデブリの影から艦を離し、メインノズルからの噴射光が漏れないようデブリを上手く壁に使いヘリオポリス近海から離脱を開始する。