35話「ストライク」
煙幕の中からトリコロールカラーのMSが突如として現れ、初めてそれを見た共和国パイロット達の驚きは計り知れなかった。
「何だこいつは!」
「ラ、ライラ大尉!MSですMSが現れました」
ライラを援護する様にアークエンジェルの周囲を取り囲んでいたガルバルディのパイロット達が、焦った声で報告する。
「慌てるんじゃない、今更MSの一や二つで」
ライラ自身口ではそうは言うものの、内心彼女は敵に乗せられてしまった事に気が付いた。
(しまった、船の事ばかりに気を割き過ぎた。まさか、このわたしが乗せられてしまったとでもいうのか⁉︎)
だがライラは直ぐに冷静さを取り戻し、部隊に攻撃命令を出した。
「ハンス、ボーデルは船をやれ。残りは私と共にあの白いMSをやるぞ」
ライラの指示に従い、ガルバルディが散会しフォーメーションを組む。
「この!」
出撃したキラ・ヤマトは、ガルバルディに狙いを定めトリガーを引き絞る。
ビームライフルの銃口からビームが発射され、ガルバルディの肩を掠める。
掠めた箇所がドロドロに溶けて融解し、ガルバルディのパイロットは一目で敵の武器の正体を見破った。
「ビームだと⁉︎ライラ隊長、敵はビーム兵器を使います」
「何だって!連合めとうとうビーム兵器を実用化したのか」
MSに強力なビーム兵器を搭載しようと言う研究は、共和国問わず全ての陣営で進めれていた。
しかしNJの影響によってMSがバッテリー駆動で動く関係上、電力を大量に食うビーム兵器の運用には大きな制限があった。
だが連合軍はいち早く技術的ブレークスルーに成功し、ビーム兵器を実戦に投入してきたのだ。
「二手に分かれて挟み撃ちにするよ」
「了解」
二機のガルバルディが、ストライクを挟み込む様な機動を取り攻撃を仕掛ける。
キラはガルバルディを近づけさせまいと、ビームライフルの照準を定めようとするが。
「くっ、ダメだ相手のMSが速すぎる」
ガルバルディの機動性と運動性は、ジンとは比べものにならないとこの時キラは感じていた。
だがそうこうする内に、先に照準を定めたライラのガルバルディがライフルを発射する。
狙いは寸分違わずストライクの胴体に命中した。
「う、うわあああ」
着弾の衝撃によってキラはコクピットの中でシェイクされ、ストライクの体勢が崩れる。
しかしライラも又、ストライクの性能に驚愕していた。
「ライフルが効かない!あんな細身でいったいどんな装甲をしてるって言うんだい」
ストライクにライフル弾は命中したは良いものの、命中した箇所を含め機体には外見上全くダメージを与えられていない様に思われた。
二機のガルバルディは二度三度と連携してストライクに攻撃を仕掛けるが、そのどれもがフェイズシフト装甲に阻まれて何ら効果を上げなかった。
「ライラ隊長、ライフルが効きません」
「そんな事は分かっているよ。仕方ない、接近戦を仕掛ける援護しな」
ライラはライフルが効果が無いと分かるや否や、ライフルを腰のラックに仕舞い背中からヒートソードを取り出しストライクに斬りかかる。
キラは、まだ体勢が崩れたままのストライクを懸命に立て直そうと奮闘していたが、コクピット内に急にアラームが鳴り響く。
「な、何だ⁉︎」
咄嗟に、シールドを機体の前面に掲げるストライク。
次の瞬間には強烈な衝撃と共にメインカメラに火花が飛ぶ。
斬りかかったヒートソードがストライクのシールドと接触し、スパークを引き起こしたのだ。
「堕ちろ、白いの!」
「うわーっ‼︎」
ガルバルディに徐々に押されるストライク、このままではシールドを溶断され機体にもダメージを受けてしまう。
キラは必死になってこの状況から抜け出そうと、エールストライカーのスラスターを全開にする。
「な、何だコイツ⁉︎急にパワーが上がった」
「はああぁぁ」
エールストライカーの大推力に押され、小型軽量機であるガルバルディは堪らず弾き返されてしまう。
「く、猪口才な」
「ライラ隊長!援護します」
素早く機体を立て直すライラに、カバーに入ったガルバルディがシールドに装備されたグレネードを投擲する。
ライラのガルバルディを追おうと、戦闘で熱くなり周囲が見えなくなっていたキラとストライクはグレネードの接近に気が付かなかった。
投擲されたグレネードが炸裂し、強烈な爆風と爆炎が機体を覆う。
「やったか?」
グレネードの直撃を受けて無事でいられるMSなど無いと、この時ガルバルディのパイロットは思っていた。
しかしライラだけは、ストライクと直接刃を交えた事からまだ何か聞くし玉が有るのではと緊張を解いてはいなかった。
そして爆炎が晴れた時、ライラの懸念は当たりなんとそこには全く無傷のストライクがあった。
「ば、馬鹿な。直撃だぞ」
ガルバルディのパイロットは驚愕しこの時初めて連合のMSの底知れなさに恐怖した。
一方その頃アークエンジェルはと言うと。
「ヘルダート、コリントス撃てーっ!」
アークエンジェルから無数の対空ミサイルが発射され、二機のガルバルディが回避行動をとる。
「ゴットフリート照準、撃ぇーっ!」
そして二機のガルバルディが回避した先を読んでアークエンジェルの主砲が火を噴く。
「くっ!」
「うぐっ」
ガルバルディのパイロット達は機体に急制動をかけ、衝撃でシートに身体が押し付けられ肉にベルトが食い込み骨が軋みを上げるがなんとか主砲の射程から逃れる。
体制を立て直し攻撃を仕掛けようとするも、船の彼方此方からイーゲルシュテルンの対空砲火が盛大に打ち上がり、ガルバルディの接近を阻んでいた。
明らかに対MSを意識した効果的な火線を形成し、初見のガルバルディのパイロット達は慎重のあまり攻めあぐねているのだ。
「くそ、二機掛かりで墜とせないのか⁉︎」
「あの船、今までの奴と違うぞ」
中々アークエンジェルを攻めきれず、焦るパイロット達。
だがアークエンジェルのクルー達もまたガルバルディを追い払えない事に焦りと苛立ちを感じていた。
「どうした、この船の性能ならあれしきのMS墜とせる筈だぞ」
ナタルはそうCICのクルーを叱咤するが、先のザフトによるヘリオポリス襲撃により、正規クルーを大幅に欠いた今のアークエンジェルはその性能を活かしきれずにいた。
その事に苛立ちを覚えるナタルだが、もう1人マリューも又焦りを感じていた。
「ストライクの今の状況は?」
「は、MS二機相手によく抑えていますがビームライフルを多様して無駄弾が多いです」
ストライクは連合が開発したフェイズシフト装甲により実弾に対して絶対的な防御を誇る一方、展開中は常にバッテリーを消費すると言う弱点も抱えていた。
しかもそれに輪をかけて消費の激しいビームライフルを装備している為、如何にエールストライカーで活動時間を延長しているとは言えバッテリーの消費はかなりのものと見受けられた。
マリューは敵がストライクの秘密に気づく前に撤退してくれる事を願っていたが、もう一つ沈黙を保つクルーゼ隊の事も頭にあった。
先のヘリオポリスでの戦いでクルーゼ隊もジンの多くを失っているが、彼等はいまだにアークエンジェルを執拗に追いかけている。
彼女は最悪ザフトとの連戦も覚悟していたが、その上でキラとストライクの消耗も気にしていた。
そして等のクルーゼ隊はと言うと。
「ほうガルバルディ、ルナツーの部隊相手に『足付き』がこうも持ち堪えるとはな」
クルーゼ隊旗艦ナスカ級ヴェサリウスの艦橋で、戦局を見守り続けていたラウ・ル・クルーゼはそう漏らした。
自分達が追っていた筈のアークエンジェルに、共和国がちょっかいをかけてきた事でクルーに緊張が走ったが、しかしクルーゼはあくまで冷静であった。
「クルーゼ隊長、このままただ指を咥えて見ているままで宜しいので?」
ヴェサリウスの艦長フレデリック・アデスが、クルーの不満を代表してクルーゼにそう聞いた。
「無用だ、其れよりもデータはちゃんと取っているだろうな?『足付き』と共和国MSの実戦データが一緒に取れる機会などそうはない事だ」
「しかし、アレが共和国の手に渡る可能性も…」
「ならば、その時は共和国諸共堕としてしまえばいい。連中が適度に疲弊した所で我々も仕掛けるぞ」
つまりクルーゼは共和国を嗾ける事でアークエンジェルの実力を探り、且つ漁夫の利を仕掛けると言うのだ。
しかし、このクルーゼと言う仮面の男が言うと全く別の意味にも聞こえてしまうのは何故だろう?
(相変わらず、考えの読めない方だ)
アデスは内心、上官をそう思いつつも務めて艦の指揮に専念するのであった。
だがこの後、アークエンジェル攻撃に奪取したばかりのGを使うと聞いて、流石に上官の正気を疑った。
アークエンジェルとライラ率いるガルバルディ隊が激しい戦いを繰り広げている最中、突如として漆黒の宇宙に信号弾が上がる。
それを、ライラとマリューは双方同時に確認した。
「撤退信号だと⁉︎時間をかけ過ぎたか」
「撤退信号ですって⁉︎このタイミングで」
2人は同時に驚きの声を上げ、ライラの元にもどうするか部下のガルバルディが近寄る。
「ライラ隊長、どうしますか?」
「どうもこうもない、命令通り…撤退だ」
最後の「撤退」の一言を、ライラは絞り出すような声で出した。
彼女とてこのままなんら成果を上げずに帰るのは納得いかなかったが、軍人として命令には従わなければならなかった。
ライラが撤退を指示した事で部下のガルバルディも次々と戦場を離脱していく。
そして一番最後に残ったライラは、口惜しげにアークエンジェルを振り返った後戦場を離れた。
「終わった?」
キラは撤退するガルバルディの背中を唯呆然と見つめていた。
既にこの時彼のストライクはエネルギーの残りが三割以下に達しており、あのまま戦い続けれいれば非常に危険な状態に陥っていた。
だが、これで全てが終わったのでは無い。
ヘリオポリスからの因縁の相手クルーゼと奪われたG、そして悲劇の再会を果たした友人が向かって来ていたのだ。