機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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36話

36話「巡る陰謀と策謀と」

 

クルーゼ隊の急接近を知り、撤退したボスニアとライラのガルバルディ隊は直ぐさま連合のMSの事を長距離レーザー通信でルナツーのワッケイン司令に報告し、直後に帰還命令が下された。

 

実はこの時、統帥本部からワッケイン司令へ連合がMSを開発したとの勧告があり、彼はボスニアから直接報告される事でその真偽を確かめようとしたのだ。

 

しかしボスニアがルナツーまだ着く前に、統帥本部から新たな指示が降り、ワッケインとボスニアはルナツーではなく本国のズムシティへ直接向かう様命令が出された。

 

彼は統帥本部直々の呼び出しに、間違いなく本国を激震させる何かが起きたのだと本国へと向かうシャトルの中で悟のであった。

 

 

 

 

 

統帥本部地下の大会議室にて、現在共和国軍首脳と有力な将官や参謀達が勢揃いしていた。

 

主な面々を挙げるだけでも統帥本部長ゴップ大将を始め、この度現職に復帰した元共和国士官大学校校長マクファティ・ティアンム中将並びにワイアット少将やジーンコリニー中将などなど、錚々たる面子が首を並べて席に座ってい。

 

そして彼等は食い入るようにある映像を見ていた。

 

それは、パオロ・カシスがヘリオポリスで遭遇したザフトと連合の一連の戦闘の様子であり、コロニーに太陽光を取り入れるガラス越しの映像は、スペースノイドにとって悪夢そのものだあった。

 

「オーブと連合が裏で通じMSを開発していたとは…」

 

「しかし中立違反とは言えザフトがコロニーを攻撃するとは、やり過ぎではないか⁉︎」

 

「だが、あの映像から見る連合のMSの性能は脅威だ。奴らが強硬な手段に出としても可笑しくは有るまい」

 

彼等はひそひそと隣の者と言葉を交わし合ったが、映像の最後の方でヘリオポリスを支えていたメインシャフトが折れコロニーが崩壊する様子を目にするとシーンと静まり返った。

 

人工の大地が軋みひび割れ、コロニーに空いた穴から空気や様々な物が宇宙へと吸い出されていく。

 

誰一人としてそれを止める事など出来ず、映像は崩壊するコロニーを後にするアークエンジェルの姿を写したところで終わった。

 

全スペースノイドにとっての悪夢、ユニウスセブンの再来ともとれるヘリオポリスコロニーの崩壊は、彼等に強烈なインパクトを与えた。

 

暫く呆然とする将官達、しかしその中でいち早く正気を取り戻したジョン・コーウェン准将は咳払いと共に話を先に進める。

 

「映像以外にも、モルゲンレーテに潜り込んでいた此方の工作員からもデータを入手している」

 

「大まかだが、開発局で従来機との比較データも送付してある」

 

コーウェン准将から提出されたデータに次々と目を通していく将官達、そして彼等はその中で見慣れぬ幾つかの単語を見つけた。

 

「デュエルにバスター、イージス、ブリッツそれにストライクか。連合は5機もMSを開発したのか、脅威的だな」

 

「相転移装甲?新しい装甲材の事か?」

 

「ミラージュコロイドにラミネートアーマー、それにストライカーパックシステム」

 

「分かりそうで分からないものばかりだな」

 

「これについて詳しい説明は無いのか?」

 

将官達の質問に、コーウェン准将は次々と答えていく。

 

「どうやら連合軍のMSはそれぞれ特徴を持って開発されていたものだと思われ…」

 

「まずこのデュエルと言う機体から説明すると…」

 

開発局局長でもあるコーウェンの説明は、こう言った技術的な事に疎い将官にも分かりやすく説明する事が出来、また質問に対しても彼が出来る範囲で噛み砕いた言葉で丁寧に進められていった。

 

そして、その内容を段々と理解し始めた将官達の顔色が変わって行き終わりの方になると表情は真っ青になっていた。

 

「実体弾を完全に無力化するフェイズシフト装甲だと⁉︎」

 

現在MSの主要装備は全て実体弾で占められており、フェイズシフトが量産化された場合此方の攻撃が一方的に無力化されてしまう事態になりかねなかった。

 

「しかも連合のMSは全てにビーム兵器が搭載されている、これは重大な問題だ」

 

更に連合軍のMSは強力なビーム兵器を装備しており、その威力はMSを一撃で破壊する程であった。

 

「いやそれよりも肝心なのはミラージュコロイドとか言う技術だ。これがもし量産されれば戦いそのものが覆るぞ‼︎」

 

そしてミラージュコロイドは完全なステルスを持ち、使い方次第では今後の戦局を一変させるやもしれない。

 

「そして其れ等を運用する専用母艦の存在…まさに連合の底力だな」

 

最後に、アークエンジェルに目を通したある将官がポツリとそう零した。

 

連合の底力、まさにこの一言に尽きる。

 

開戦以来連合はずっとザフトに押される一方であり、プラントや共和国よりもずっと国力が高い癖に一向に反撃に転じられるず、どこか共和国軍人の中で連合を侮る空気が漏れ始めていた。

 

しかし今回の一件で、それが誤りであった事が証明された。

 

即ち連合が本気になれば、これら5機のMSが明日にでも量産が可能だと言う事である。

 

「待て、確かザフトがヘリオポリスを攻撃しMSを奪取したと最初にあったな。今これらの機体はもしや…」

 

「光学観測だが、ザフトがコロニーから4機のMSを運び出したとの報告もある。間違いなくこれらの技術はザフトにも漏れているだろうな」

 

この日、何度目かの衝撃が将官達を襲った。

 

プラントは技術力に優れ、しかもMSに対しては常に最先端を進んでいる。

 

それが今回連合からMSを奪取した事により、益々共和国との差が開く事が明らかであり、延いてはこの戦争の行く末を左右するやもしれなかった。

 

「確か、既に我が軍と交戦したとの報告も上がっている。なあ、ワッケイン司令?」

 

ジーンコリニーの発言に、集まった将官達の視線がワッケインに集中する。

 

ワッケインは席から立ち上がり、ボスニアから報告されたばかりの戦闘の内容を説明し始める。

 

「某日、我が方所属のボスニアがルナツーより出港しL3にて慣熟航行を行っていた時の事だ」

 

「我が方のボスニアはヘリオポリスから離脱する一隻の船を発見、これを追跡し未明には臨検するためMS隊を派遣した」

 

「これが、その時の詳報です」とライラとアークエンジェルとの遣り取りが記録されたボイスレコーダーと書面での資料が提出された。

 

「この時臨検した船、アークエンジェルと呼ばれる戦艦が抵抗し戦闘が始まりました。それがこれです」

 

ガルバルディのガンカメラに納められた、ストライクとアークエンジェルとの戦闘の様子。

 

それは、史上初めての共和国と連合のMS同士の戦いでもあった。

 

ガルバルディが装備するライフル、ザフトが開発したアサルトシュラウドと呼ばれる強化装甲を貫通する為に開発された新型徹甲弾が、フェイズシフト装甲の前ではいとも容易く弾かれる。

 

逆にストライクから発射されるビームライフルはガルバルディの装甲を溶かし、一撃必殺の威力を秘めていた。

 

戦艦の装甲さえ溶断可能なヒートソードさえ寄せ付けない対ビームコーティングを施された盾は、同時に連合軍が対MS戦を強く意識して作ったものだという事を物語る。

 

組み合ったMSを弾き飛ばすエールストライカーのパワーと、グレネード弾の直撃さえ食らっても戦闘続行が可能な強靭な機体。

 

そのどれもが、共和国が保有する全てのMSを上回るモノに思えた。

 

「以上が、この戦闘における全てです。この後ヘリオポリスを襲撃したザフトが介入し、此方は撤退。その後ザフトと連合とのMSの間で戦闘が発生した模様です」

 

ワッケインは全ての報告を終え、席に座り直すと、将官達は次にこれらの機体に対してもどう対処すべきかを議論しあった。

 

「やはり此方も対抗して新型機の開発しか有るまい」

 

「だが、それには時間も金も物資もかかる。そんなもの何処にあると言うのだ?」

 

戦争には莫大な人と金と物資が必要となり、特にコロニー国家である共和国ではリソース配分は常にシビアな目でもって行われた。

 

新型機開発となれば今まで以上に人と物と金が必要となり、台所事情の厳しい共和国軍ではそれは難しいものに思われた。

 

議論が暗礁に乗り上げ解決策に行き詰るかに思えた時、思わぬ所からこんな声が上がった。

 

「新型機開発では無いが、連合と今後開発されるであろうザフトのMSに対抗する手段が無い訳では無い」

 

とジョン・コーウェン准将が話を切り出した時、すかさずジャミトフ・ハイマン准将が反応した。

 

「まさか、アナハイム社の例のアレの事では無いだろうな?」

 

ジャミトフが言うアレとは、今年初めグラナダのアナハイム社が共和国軍に売り込んできたMSの事である。

 

共和国からMSハイザックの生産を請け負っているアナハイム社には莫大な利益が齎されており、更なる利益追求の為アナハイム社が独自にMSを開発。

 

評価試験にて、全ての面でハイザックの性能を凌駕する高性能機であった。

 

これにアナハイム社は自信を持ち、採用間違いなしと思われたが、当時の共和国軍には新型機を採用する意思が無く、結局予備パーツとともに納品された一機のみの採用となった。

 

これには理由があり、アナハイム社が独自に開発したMSは確かに高性能であったが、しかしその高性能を支えている理由に全てのパーツがアナハイム社製と言う点があった。

 

その為国内の工場では生産が難しく、量産の全てをアナハイム社に一任するしか無く、それは国内企業に大きな影響を及ぼすものと考えられた。

 

更に、コスト面で致命的な問題があった。

 

ハイザックは共和国製らしい堅牢で堅実な設計で初めから大量生産を意識した作りであり、更に共和国軍はハイザックの低コスト化に熱心であり、作れば作るほど安く揃えられた。

 

戦争において数と言うのは重要なファクターであり、共和国ではある程度質を犠牲にしてでも数を優先する傾向にあった。

 

だがロゼットは今までの共和国軍の方針とは全く逆の高コスト高性能機であり、一機当たりの値段が何と初期のハイザック約3機分。

 

アナハイム社でしか作れない事と低コスト化が進んだ現行機で考えると、ロゼット一機で2個小隊が揃えられる計算となった。

 

これには流石の共和国も閉口し、結局ロゼットの採用はお流れになった筈であった。

 

ジャミトフはアナハイム社の将来の危険性に警鐘を鳴らす身として、同時に軍の財布を預かるものとしてロゼットの不採用は正解だと思っている。

 

それをコーウェンがまた蒸し返そうとした事に反発を覚えたのだ。

 

だがコーウェン准将の案はジャミトフが考えたものでは無かった。

 

「ロゼットの採用は一度は開発局でも検討したが、十分な量が揃うまでに一年はかかると計算が出た。ジャミトフ准将の懸念する様な事はない」

 

「では、開発局ではどの様な結論に達したのだ?コーウェン准将」

 

ジャミトフは眉をひそめコーウェンの考えを図りあぐねた。

 

対して、コーウェンはある機体を会議室のモニターに出す。

 

それは、ザフトの主力MSジンの強化型アサルトシュラウドと呼ばれる機体であった。

 

「このジンの装甲は、出現当初ハイザックのマシンガンを物ともしなかった。しかし、我々はこれに対抗して新型ライフルを作った」

 

次に、コーウェンはガルバルディが装備しているライフルの映像を出す。

 

「このライフルにより、我々は強化ジンを遠距離から撃破する事が出来る様になった」

 

「つまり、コーウェン准将は何が言いたいのだ?」

 

結論を急ぐジャミトフに対し、コーウェンは余裕たっぷりとといった表情で話を続け。

 

「つまり敵が強固な盾を持つならば、こちらはそれを打ち破る矛を持てば良いのだ」

 

と今度は画面に次々と新しい装備や武装を映し出された。

 

「これら幾つかの兵器は既に実戦で使用され、高い評価を得ている」

 

それはMS用の重機関砲であったり、移動砲座であったり、或いはMSを乗せて飛べるサポートメカであったりした。

 

「同時に、我々はこんなものも開発している」

 

コーウェンは最後に目玉として、極秘と打たれたある設計図を出した。

 

将官達は設計図を眺め、その仕様書に目を通していく。

 

「これはエネルギーCAP理論?」

 

「機体からの供給では無く、直接電力を溜め込む事による送電ロスの大幅な減少」

 

「もしやこれは⁉︎」

 

そしてこれが何なのか理解した時、コーウェンは誇らしげにこう宣言した。

 

「新型機開発は出来ないが、何も新兵器開発は例外だったと言う事だ」

 

「コーウェン准将、開発局はビーム兵器を実用化したと言うのか⁉︎」

 

普段は冷静なジーン・コリニー中将も、この時ばかりは冷静さを欠いた表情だった。

 

ビーム兵器が実用化したとなれば、今度はその配分を巡るべく交渉を進める必要があったからだ。

 

「残念ながらまだ実戦配備には至ってはおらぬが、既に幾つかの試作機が完成し実験部隊でテスト中だ」

 

「後はそう、今少し予算の方だが…」

 

と意味ありげにジャミトフを見るコーウェン。

 

ジャミトフは舌打ちしたい気持ちを必死にこらえながら、周囲の様子を探るが、皆ビーム兵器と言う夢の兵器の事で夢中であった。

 

あのジーン・コリニー中将でさえ、ビーム兵器に熱心であった。

 

そしてジャミトフとコーウェンの視線がぶつかり、2人にしか見えない小さな火花を散らす。

 

ジャミトフは暫く目を瞑って思案するフリをし、心の中を整理した。

 

(新型機開発の予算を出せと言われるよりマシと思わねばな)

 

ジャミトフは心の中でそう思いつつ、口では。

 

「当然、予算の方は此方で都合しよう」

 

と言った。

 

さしものドライアイスの金庫番も、今回ばかりは鍵を開けざるをえなかったと見え、次に将官達の関心はビーム兵器の将来的な配分に移った。

 

「で、コーウェン准将、そのビーム兵器はどの位で完成できそうなのだ?既に実験部隊でのテストとの事だが…」

 

「テストが順調に行けば2ヶ月ほどお時間を頂きたい」

 

2ヶ月で完成させてみると豪語するコーウェン、だがジャミトフなどは疑わしげだったがしかし多くの将官達はそうではなかった。

 

寧ろ早く、配分について話したかったのだ。

 

「それと完成の暁には…」

 

多くの将官達が待ちに待った瞬間が訪れた、しかしここでコーウェンはとんでも無い事を言い出す。

 

「完成の暁にはティアンム提督の艦隊に優先して配備させてもらうつもりだ」

 

多くの将官達は愕然とした、ジーン・コリニーもまさかのティアンム提督の名前に度肝を抜かれた。

 

(狸め、ビーム兵器を手土産にティアンム中将に乗り換えるつもりか‼︎)

 

此処に来て、ジャミトフはコーウェンの策略に漸く気が付いた。

 

「ビンソン計画により宇宙軍の再編が進む中、今後ティアンム提督の艦隊は共和国の矛と盾の役割を担う重要な存在。最新鋭兵器が優先的に配備されるのは当然の事だと思う」

 

コーウェンは口では最もらしげに言うが、しかし多くの将官達は憎々しげにコーウェンの事を睨んでいた。

 

これにはワイアット少将も黙ってはいないかに思われたが…。

 

「成る程流石はコーウェン准将、前線の事を良く知っている。彼こそ正に共和国軍人の鏡だ」

 

と非難するどころか、逆に絶賛するでは無いか。

 

この事態にどうした事かと将官達は周囲を見回すが、見るとあちこちからその通りだとばかりに首を縦に振ったり、「うんうん」と頷く者が多いでは無いか。

 

良く見れば、コーウェンに賛同している将官達はワイアットを抜けばその多くが非主流派。

 

所謂純軍人やタカ派改革派といった面々が集まっていた。

 

これは一体どうした事か?

 

(ティアンム中将か!いや現職に復帰したばかりでこの手際の良さは…もしや⁉︎)

 

一瞬でティアンム派とも言うべき派閥を作り上げる手腕、ジャミトフはまさかと言う思いで会議室の中で一番奥の席に座る男を見た。

 

この会議が始まってから一言も言葉を発せず、唯成り行きに任せているかの様に見える昼行灯。

 

(ゴップ大将!貴方がこれを仕組んだのか)

 

ゴップ大将は今日も普段通りの眠たげな表情を浮かべ、見るからに好々爺といった面持ちであった。

 

だがその腹の内には蠱毒地味ていて、タールの様にドロリとした暗く陰惨な陰謀や策謀が蠢いているのだ。

 

一瞬だけ、ゴップ大将の普段眠っているのか起きているのかどうか分からない瞼が開き、ジャミトフと視線が合う。

 

その瞬間、ゾクリと背筋に氷で出来た刃物を通されたかの様な寒気を感じ、反射的に振り向き背後を確かめるジャミトフ。

 

当然、そこには誰もいなかったがしかし首筋を手で触れた時、ジャミトフは自分が汗をかいている事に気が付いた。

 

手の平を見ると、小刻みに震え服の下にはビッショリと冷や汗が流れて滴り落ち、踵まで達していた。

 

こうして会議は大きな波紋を呼びつつも終わり、多くの将官達は部屋を後にしながらこれからの事について、其々思案を巡らすのであった。

 

 

 

会議が終わり、ワッケイン少将はティアンム中将に誘われ個室で対面していた。

 

「久しぶりだなワッケイン少将、遅れながら昇進おめでとう」

 

「いえ、ティアンム学校長に覚えて頂いて光栄です」

 

ワッケインがティアンムと会うのは、実はこれが初めてでは無い。

 

ワッケインが将官を目指し士官大学校に入学した時、その時校長だったのがティアンムだ。

 

「で、ワッケイン少将、単刀直入に言おう。今回の会議を見てどう思う」

 

いきなり、そんな事を言われてドキリとするワッケイン。

 

ティアンム中将は今の共和国軍人主流派とは違い盗聴器などを仕掛ける人物では無いが、どうしても身構えてしまう。

 

「安心してほしい、この部屋に盗聴器の様な無粋なものは仕掛けてはおらん。私の名誉にかけてそれを保証する」

 

「ご配慮痛み入りますティアンム。それと申し訳ありません、恩師を疑うなど」

 

ワッケインは深くティアンムに頭を下げたが、しかしティアンムは「謝らなくていい」と手を横に振って顔を上げさせた。

 

「君の様な誠実で職務に忠実な軍人であっても、今の共和国軍の濁りの中では目も眩むと言うもの」

 

「ワッケイン少将、いやワッケインくん。貴官を一人の男として頼んで言う、私と共に軍を変えて欲しい」

 

逆に、今度はティアンムがワッケインに対し頭を深く下げるではないか。

 

「ティ、ティアンム中将⁉︎頭を上げて下さい、私は貴方の様な立派な人に頭を下げられる様な大した人間ではありません」

 

「いや、これは私の意思だ。君がうんと言うまでこの頭を上げないぞ」

 

頑として譲らないティアンムに、さしものワッケインも両手を挙げた降参するしか無かった。

 

「兎に角、何があったのですか?私でよければ話して頂けないでしょうか?」

 

ワッケインはティアンムを助け起こしつつ、ティアンムの目を真っ直ぐ見て言う。

 

「分かった、君も突然の事で動揺しただろう。すこし長くなるが、構わんな?」

 

ティアンムの只ならぬ雰囲気に、ワッケインも居住まいを正した。

 

「私は軍に復帰する前、密かにバハロ首相からある特命を受けたのだ。つまり私が先ほど君に語った通り、共和国軍の改革だ」

 

「大粛清以来、共和国軍の変質は目を覆わんばかりだ。政治屋擬きの軍人がまかり通り、挙句この戦争を利用して軍の力を高め政治に介入する様にまでなっている」

 

「それは⁉︎」ワッケインは流石に自分が所属する軍が、その様な破廉恥な真似をしているとは信じられなかった。

 

しかし、ティアンムの言葉を聞いていく内に段々とそれが真実である事に気付かされた。

 

「軍はどんな時も政治に介入するべきではない。国家の主人は国民であり、その国民に選ばれた政治家が国を運営しそして軍が国民と国家を守る」

 

「断じて軍の専横で国家を動かす事などあってならない」

 

「ではティアンム中将は政府の要請に従って軍を改革すると?」

 

とワッケインが問うたが、だがティアンムはそれは否だとばかりな首を横に振り。

 

「改革は必要だが、しかしそれでは今度は戦場に政治が持ち込まれてしまう。それでは同じ事の繰り返しだ」

 

では一体どうするのか?そティアンムが考える軍の在り方をワッケインは早く聞きたかった。

 

「改革は行うべきだ、だがそれは政府の意のままに動く軍ではなく、本来の目的に沿った軍に生まれ変わらせるべきだ」

 

「国民を守る軍、そして全スペースノイドの盾となる存在。それが私が考える共和国軍の在るべき姿だ」

 

ティアンムは確固たる信念を持ち、断固たる口調でそう言い切った。

 

「ティアンム中将、私もその考えに賛成です。今の軍は在るべき姿を見失っています」

 

そこまで言ってティアンムも「では」と顔を輝かせた。

 

「ですが我々だけで可能でしょうか?今の軍は変質したとは言え毒蛇の巣窟の様なものです」

 

「無論我々だけでは無理だ、多くの同志がいる」

 

「それはワイアット司令の様な」とワッケイン自分で言っても、彼が改革派だとは到底思えなかった。

 

「ヤツは高貴な血を誇ってはいるが、その実陰謀や策謀をまるでスポーツの様に楽しむ様な男だ」

 

とティアンムはワイアットの事をそう吐き捨てた。

 

「では何故?」

 

「ゴップ大将だ」

 

ここでワッケインが予想だにしない人物が、ティアンムの口から出てきた。

 

「彼はとっくに政府と私の考えなど見抜いている」

 

「ゴップ大将は一体どんな企みを抱いているのでしょう」

 

「分からない」

 

ティアンムは、はっきりとそう言った。

 

「だが君も見ただろう、あの場で私は一気に軍主流派の目の敵にされてしまった」

 

あの途中からティアンム提督を讃える声に変わった時の事を思い出し、ワッケインは背すじが薄ら寒くなる様な思いであった。

 

「それではコーウェン准将も」

 

「彼はあの場で体良く使われたに過ぎない。彼の関心は予算と権限、そして開発史に自分の名を刻む事だけだ」

 

コーウェン准将の今までの言動を思い出し、然もありなんとワッケインは思った。

 

「コーウェン准将は彼本人の技術方面についての才覚には疑問がありますが、しかし部下を見る目は確かです。彼が研究開発では無く前線指揮官ならばこれ程頼もしい男はいないでしょう」

 

「では次の一手は決まったな。彼を何としてでも前線に引っ張り込むぞ」

 

「はい、ティアンム提督」

 

ティアンムとワッケインは固く握手を交わし、ここにささやかだが改革派が結成される事となった。

 

後世、軍のみならず歴史の流れも左右する事となるその源流が此処に誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

ティアンムとワッケインが会談を行っている同じ頃、ジャミトフとコリニーもまた極秘の会談を行っていた。

 

「してやられたな、まさかコーウェンがあそこまでの遣手だったとは」

 

ジーン・コリニーはコーウェンの事を過小評価していたと思ったが、しかしジャミトフはそれを否定した。

 

「いえ、アレは恐らくコーウェンの仕業では無いでしょう。コーウェンがあそこまでの事をやれたのなら、今までのヤツのやってきた事に説明がつきません」

 

「成る程な、裏に誰かいると」

 

コリニーは顎を撫でながら、果たして自分達に察知されずにあそこまで整える事が出来る人物がいるかどうか思案した。

 

「恐らく、いえもしかしたらなのですが」

 

「何じゃ?心当たりがあるのか?」

 

ジャミトフは、ゴップの事を言うべきかどうか悩んだ末。

 

「いえ、私の思い過ごしでした。申し訳ありません」

 

「ふむまあ肝心なのはこれからだな。差し当たってティアンム提督の事だが」

 

コリニーはジャミトフが何か隠したがっていると感じたが、敢えてそれを追求せずに先を進めた。

 

「情報部経由で、どうやらティアンム提督の裏には政府が付いている様です」

 

「ほぉ、まるであの時の再来だな」

 

コリニーが言うあの時とは、大粛清時その引き金となったアンリ・シュレッサー中将の事を指した。

 

「政府が軍に逆クーデターを引き起こした時の事ですか?」

 

それは歴史の裏に葬られた事実であった、当時共和国はプラントの出現によって経済が大打撃を受け、国内は失業者で溢れかえり社会不安が増大していた。

 

軍は人々の不満の受け皿となり、民衆の支持を受けクーデターによる政権転覆を図っていたのだ。

 

それを察知した政府が、当時良識派として知られていたアンリ・シュレッサー中将を抱き込みカウンター・クーデターを画策。

 

しかし土壇場になって事が露見し、政府はアンリ・シュレッサー中将を蜥蜴の尻尾切りに使い、その後軍でも兵士達の暴動が起きた事でクーデターを画策していた軍首脳部も辞任を強いられた。

 

結果として、両者痛み分けに終わり互いに大きな溝とシコリを残す結果に終わったのだ。

 

「暫くは様子見しか有るまい、ティアンム一人は怖くはないがワイアットが付いたのがちと気掛かりだ」

 

コリニーとワイアットは大粛清時代の同じ穴の貉として、互いに手を知り尽くした間からだ。

 

その厄介さを肌身を持って知っているコリニーは、ワイアットこそ真の敵と見なしていた。

 

「しかし、ワイアットが何故ティアンムに付いたのか分かりませんな?」

 

「彼奴は時に平時に乱を望む男だ。大方ティアンムを利用して更なる権力を狙っているに違いない」

 

コリニーはそうワイアットの事をそう評価したが、ジャミトフは心に中で密かに。

 

(ならば貴様は老害だな)

 

となじるのであった。

 

彼にとってコリニーは協力者や後ろ盾などでは無く、自らの野望を実現する為の道具でしか無かった。

 

ジャミトフは己が野望の為なら、何でも利用し人を平気で裏切る様な人物である。

 

こういった人物の事を、後の世では姦雄と言う。

 

老害と奸雄、この両者は表面上こそ有効的に見えるが、それは互いに組んでいる方が今はメリットが大きいと言う事に過ぎない。

 

その実裏では、いつか相手の背中を刺そうと隙を窺う様な間柄であった。

 

これが後に他国の将官よりも政治的視野を持ち、より戦略次元の高い高度な判断を下せると評された共和国軍人の、その真の姿であった。

 

 

 


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