そろそろキラさんに本気を出してもらう、かも?
37話「背後からの一撃」
さてヘリオポリスから脱出したアークエンジェル一行は、その後ユーラシア連邦の要塞アルテミスに寄ったが、そこで連合軍内部の確執と遭遇した。
大西洋連邦のMS技術を奪おうとする同要塞司令ガルシア大佐の手によりクルーが一時拘束されると言う事態に発展するも、クルーゼ隊が奪ったブリッツのミラージュコロイドによりアルテミスの傘を内側から破壊。
突然の敵の奇襲に混乱する要塞に乗じ、マリュー達アークエンジェルクルーは脱走し間一髪の所でアルテミス要塞からの脱出に成功する。
そうして彼女達は地球連合軍第8艦隊との合流を目指すべく、針路を取り続けていた。
同じ頃、本国に戻ったパオロ・カシス中佐は統帥本部より新たに、連合の新造戦艦の追跡任務を命ぜられていた。
この時、ホワイト・ディゴン隊は船から降ろされ、代わりの補充のMSと途中ルナツーで増援のサラミス改級ボスニア及びマダガスカルの2隻を加え、3隻体制で共和国軍のコードネームで「木馬」と呼ばれるアークエンジェルの追撃を行っていた。
彼等は情報部から木馬がアルテミス要塞から逃れ、暗礁宙域に逃げ込んだとの情報を入手し、また時を前後して連合軍プトレマイオス基地から第8艦隊が緊急出港したとの報告も受けていた。
パオロ・カシス艦長はこの報告を耳にした時、間違い無く追っている木馬が第8艦隊との合流を目指していると確信した。
そこで、彼は第8艦隊との合流を阻止すべく暗礁宙域に先回りし、そこで木馬を待ち受ける作戦に出た。
果たして、パオロが予想したポイントに木馬が姿を現した。
「全MS隊を発艦させろ!ここで木馬を全力で叩く」
パオロの号令の下、アレキサンドリアと2隻のサラミス改から次々とMSが吐き出されていく。
その中には当然の事ながら、ライラ達ガルバルディ隊も含まれていた。
彼女達は先の戦いの反省からライフルから武器を変更してハイザックのマシンガンを装備し、ライラ機だけが開発局で試作されたビーム兵器の試作品を装備していた。
これはジョン・コーウェン准将の特別な計らいによるものであったが、実際には連合のMSに対して現段階でどの程度共和国のビーム兵器が有効なのか実戦で試したいと言う理由があった。
実際ライラが受け取ったビームライフルの試作品は、バッテリー問題を解決する為ライフルに直接ジェネレーターが取り付けられており、これはビームを連続使用すると発熱して爆発する危険性を秘めていた。
この為、緊急冷却装置が取り付けられており試作ビームライフルは大型化、結果として大変取り回しの悪い武器となっている。
これを最初ライラが目にした時、余りの不恰好さから辟易し、本当に使えるのか不審がった。
しかし結局このライフルを使えるのが、この艦隊ではライラ・ミラ・ライラのみと判断され、ライラは未知の兵器を抱えながら戦場に行くという経験をするハメとなる。
しかしながら、ライラの不安をよそに他の共和国MSパイロット達は事態を楽観視していた。
何故なら数にして総勢20機ものMSが、たった一隻の戦艦に襲いかかろうとしていたのだ。
連合のMSがどれ程であれ、任務の成功は間違い無しだと、この時彼等は思っていたのだ。
一方のアークエンジェルは、ヘリオポリスから脱出して以降クルーの気が休まる事がなく、アルテミスで補給に失敗した為物資が欠乏気味でクルーの集中力と士気が低下していた。
その為注意力が散漫となり、彼等は共和国のMSがすぐ近くにまで接近するまで気がつかなかった。
「⁉︎レーダーに感、左舷上方より接近する機影を確認、数は2、5、8、まだまだ増えます!」
突然のオペレーターの慌てた声に、アークエンジェルクルーは騒然となる。
「何故この距離で気付かなかった!」
CICルームに滑り込んだナタル・バジルール少尉は、そう怒気を滲ませる。
「暗礁宙域による視界不良の為、発見が遅れた模様です」
「そんな事より、逃げられそう?」
マリュー・ラミアス艦長代理は、操舵手にこのまま逃げられるかどうか聞いた。
アークエンジェルは連戦続きで武器弾薬共に物資が尽きかけており、何とかストライクとメビウスを維持するので精一杯であった。
「この距離では間に合いません、艦長ストライクとメビウスに出撃命令を」
ナタルが操舵手にかわって答え、彼女はここで一戦交えるしか無いと提唱した。
マリューは、第8艦隊目前で敵と戦うのは何としてでも避けたかった。
しかし、事ここに至っては彼女も戦うのは止むを得ないと覚悟を決めた。
「大変だけどここを切り抜けるしかない。総員第一種戦闘配置!ストライクとメビウスは緊急出撃」
「第一第二カタパルトオープン、敵は目の前だ。直ぐに戦闘になるぞ」
アークエンジェルのカタパルトデッキのハッチが開き、キラのストライクとムウ・ラ・フラガのメビウス・ゼロが出撃する。
2機は出撃して直ぐさまハイザックからの攻撃を受けた。
「木馬からMSとMAが出たぞ!予定通りボスニアと第2小隊が相手をする」
アレキサンドリアのMS隊指揮官の指示により、分断されたストライクとメビウスにMS隊が向かって行く。
「ライラ大尉、行けるな」
「ああ、任せておけ」
ライラは短くそう答えると、予定通り自分達が相手をするストライクへと向かう。
「今度こそあの白いのを仕留めるよ!」
ライラ隊4機のガルバルディがストライクに襲いかかり、ライラはコクピットの中でスコープを覗き込みながら慎重に試作ビームライフルの照準を合わせる。
ストライクの動きを止めようとするガルバルディのザクマシンガンを、キラはエールストライカーの大推力に任せて回避しライラに中々狙いを絞らせない。
「ちっ、ちょこまかと」
焦れるライラ、しかし戦場では焦りは禁物だと直ぐに冷静さを取り戻すと、一瞬ストライクが反撃しようとビームライフルを構えた瞬間を見逃さなかった。
「そこだ!」
キラは、この時敵の攻撃を回避するのに必死であった。
ストライクのフェイズシフト装甲は実弾を無効化するが、しかしながら使用中は常に電力を消費しまた敵の攻撃が命中する度、電力を多く消費してしまうと言う欠点があった。
以前の戦いで、戦闘中にバッテリーが切れてフェイズシフト装甲がなくなってしまうと言う事があり、これ以来キラは敵の攻撃をなるべく回避するよう慎重に立ち回ろうとしていた。
しかし回避ばかりに専念しては、一向に敵が減らない。
故にキラは、無理をしてでも反撃に出ようとして狙いを定める為ビームライフルを構えた時、突然シールドに着弾の衝撃を受けた。
「な、何だ⁉︎実弾じゃ無い」
今までの経験から、キラはこれと良く似た物を知っていた。
それは、連合から奪われた同じG兵器と戦った時に受けた衝撃と似ていたのだ。
「まさか⁉︎ビーム」
キラが突然のビーム攻撃に驚いているのと同じ頃、ライラもまた自分が撃ったビーム兵器に逆の意味で驚愕していた。
「何だこれは⁉︎威力が全く違うじゃ無いか!」
事前に渡された仕様書では、試作ビームライフルの威力は戦艦の主砲と同等と記載されていた。
しかし蓋を開けてみれば、敵を撃破するどころかシールドで簡単に塞がれてしまう。
更に悪い事に今の一射でどこかに不具合が出たのか、ずっとエラーを告げるアラームが鳴りっぱなしでこれ以上の使用は不可能であった。
「所詮試作兵器は試作兵器か!お前達、ビームは当てにするんじゃ無いよ」
ライラは部下達にそう告げると、がさばる試作ビームライフルをガルバルディの腰のラックに仕舞い、代わりにシールド裏からザクマシンガンを取り出すと部下と共にストライクに突撃していった。
「この、しつこいっての!」
メビウスゼロを巧みに操り、背後からのマシンガンを回避するムウ。
ストライクとアークエンジェルの事を援護したいが、そうはさせじとさっきから3機のハイザックに追い回されていた。
「この、ドン亀の癖して火力だけは有りやがる」
ムウはハイザックの事を、連合軍とザフトの兵士達が蔑称で使う「ドン亀」と罵る。
ドン亀の愛称は、機体が緑なのとジンと比べて動きが鈍い事から付いた渾名だが、実はこれ以外にも装甲が分厚く機体も頑丈な為、亀の甲羅の様に硬い事からもきている。
「おりゃ!」
ムウは、メビウスゼロのガンバレルポッドを一基放出し、それを起点にその場で180度急ターンする。
そしてガンバレルを展開し、レールガンと共に追ってきているハイザックをめがけて滅多撃ちにした。
自分達が追っていた筈が、突然の反撃に咄嗟にシールドでコクピットを庇うハイザック。
レールガンやガンバレルからの銃弾が次々と機体の各所に命中し、装甲に火花を散らす。
ムウはすれ違いながら戦果を確認するが、攻撃を受けたハイザックは何事も無かったかの様に、再びメビウスを追跡し始める。
「クソったれ!あんな硬いMSなんて卑怯だろ」
とムウがハイザックの頑丈さに辟易していたが、これをもし共和国のパイロットが聞いていたとすれば、実体弾を無力化してしかもビームライフルを使うMSを作る方が、よっぽど卑怯だと反論したに違いない。
そして再び追いかけっこが始まり、共和国のMSよりも早いメビウスは中々ハイザックに捕まらないが、メビウスも火力不足でハイザックに有効打を与えられ無かった。
この為、互いが互いの長所を殺しあう千日手状態となり、結果としてメビウスを足止めしてMSとアークエンジェルの援護をさせないと言うパオロの作戦は成功していた。
パオロの策略により、ストライクとメビウスの援護が受けられなくなったアークエンジェルは、共和国MS隊の猛攻を受けていた。
「ゴットフリート、バリアント撃てぇ!」
マリューの号令によって、ゴットフリートとバリアントが火を噴き、隊列を組んだハイザックを散らせる。
運悪く回避が間に合わなかったハイザックの下半身が吹き飛ばされ、イジェクションポッドでパイロットが脱出する。
「イーゲルシュテルンで弾幕を張って敵を近寄らせるな!」
ナタル・バジルールは残り少ない弾薬を上手く使いながら、敵を寄せ付けない見事な指示を出していた。
しかし、共和国のハイザックは対空砲火を物ともせず、次々とアークエンジェルに突撃を敢行する。
「怯むな!突撃、突撃」
「ここで仕留めれば大金星だぞ、昇進は間違い無しだ!」
相手に数で勝り、士気旺盛な共和国パイロット達は損害を顧みない攻撃を次々と仕掛けた。
時に味方を盾にすることさえ厭わない共和国の攻撃方法は、常識的な軍人であるナタルを驚愕させた。
もっとも、ハイザックはパイロットの安全性と生存生には最大限気が配られている為、意外にパイロットの犠牲者は少なかったりする。
最も、そんな事など知る由もないアークエンジェルの方では、共和国のMSは仲間の屍を乗り越え次々と向かってくると言う恐怖感を覚えた。
これは決して意図した事では無いのだが、ジンのモノアイとは違うバイザータイプのハイザックの顔は、相手に血も涙もない冷血な機械と言う印象を与えていた。
そしてそれが威圧感となり、アークエンジェルのクルーに負担を強いていたのだ。
共和国の攻撃に圧倒されながらも、それでも何とか持ちこたえるアークエンジェル。
ハイザックのパイロット達も対艦攻撃に不慣れなこともあり、いまだアークエンジェルは健在であった。
しかし、それは時間の問題の様に思われた。
「ええい、あれだけやって堕ちないのか⁉︎仕方ない、全機飽和攻撃をかけるぞ!」
先に焦れた共和国はハイザックを集結させ、一斉攻撃をアークエンジェルに掛けた。
ザクマシンガンとハイパーバズーカが火を噴き、腰の3連装ミサイルポッドから次々とミサイルが吐き出される。
アークエンジェルの対処能力を、飽和させようと言う圧倒的か火力が襲いかかった。
「回避ーっ!」
マリュー艦長代理は、咄嗟にそう指示するも回避しきれない攻撃はイーゲルシュテルンの迎撃能力にかかっていた。
「何としてでも撃ち落とせ!」
ナタルの指揮で効果的に貼られた弾幕は、次々とハイザックのミサイルやバズーカの弾を撃墜していく。
しかし、アークエンジェルの片舷に集中された攻撃はそれすら上回る勢いであった。
イーゲルシュテルンの対空砲火を掻い潜り、ミサイルがアークエンジェルの艦橋下部に命中する。
「きゃあああ‼︎」
「うわあああ」
着弾の衝撃で船体が大きく揺れ、艦長席に座っていたマリューも必死に肘掛に掴まり耐える。
尚、そのバストは豊満であった。
「くっ、被害状況知らせ!」
「左舷艦橋下部に被弾、なれど損傷は軽微」
ミサイルが命中した場所は、装甲が多少焦げた程度であり戦闘や航行には全く支障が無かった。
これを見て、流石にハイザックのパイロット達も動揺した。
「あの船、やはり只者じゃ無いぞ」
「デカイ図体は飾りじゃないか、だが…」
それすらも、パオロの計画の内であった。
「!後方より接近する艦影あり」
「何処の船だ!」
このタイミングでの新たな艦の出現に、ナタルは一瞬嫌な予感がよぎった。
「待ってください…⁉︎これは」
「何処の船なの」
マリューもアークエンジェルの後方から接近する船の正体を知りたいと、オペレーターを急かす。
だがオペレーターが答えるよりも早く、相手が誰なのかを告げる砲撃が後方より飛来する。
アークエンジェルを掠める幾条ものビーム、この背後からの一撃により先ほどの攻撃よりも大きい衝撃がアークエンジェルを襲う。
「接近中の船はアレキサンドリア及びサラミス級2隻と判明、攻撃して来ます」
「く、MSは囮だったと言うの⁉︎」
ここに来て、マリューは自分達が完全に敵の手の中で遊ばれていた事を悟る。
その間にも、後方からパオロ・カシス率いる艦隊からの砲撃がアークエンジェルを襲う。
「艦長、このままではヤられます。反転して応戦しましょう!」
ナタルはそう進言するが、彼女は自分で言っておいてそれが不可能だと分かっていた。
ここで反転しても、相手は3隻に対して此方は一隻。
まず真正面から戦っても太刀打ちできない、しかも会頭中はモロに敵の攻撃を被ってしまうのだ。
(勝ったな)
この時、パオロはアレキサンドリアの艦橋で半ば勝利を確信していた。
敵の戦力を分断し且つ自分達の艦隊を集中し背後から襲う、この状況からの逆転は難しい。
後は詰めるだけ、アークエンジェルの撃沈は時間の問題かと思われた。
「アークエンジェルが‼︎」
キラは4機のガルバルディの攻撃を凌いでいたが、アークエンジェルが攻撃された事でキラの頭にカッと血が昇る。
(あそこには、守りたい人達がいるんだ!)
カレッジの級友、ヘリオポリスで助けた避難民、お世話になったアークエンジェルのクルー、それにラクス。
すると突然、キラの頭の中で種が弾けるイメージが浮かぶ。
その瞬間、キラの頭の中は非常にクリーンになり、今まで素早い動きに見えた敵が急にスローモーションの様にゆっくりになった。
(そこ!)
ストライクからビームライフルが発射され、回り込もうとしていたガルバルディの肩を吹き飛ばす。
「うわぁぁああ⁉︎」
「ボーデル⁉︎コイツ、急に動きが変わった!」
ライラは急に動きが変わったストライクに驚き、また非常に警戒した。
「気をつけろ、相手のパイロットは只者じゃ無いぞ!」
ライラがそう部下に注意を促すが、しかしストライクとキラから発せられるプレッシャーに冷静さを失ってしまう部下が出てきてしまう。
「こんな奴、このこのおー!」
「待て、エデイ‼︎」
ライラは迂闊に突出する部下を引き留めようとするが、ストライクの方が先に動き出す。
シールドで機体を隠しながらザクマシンガンを乱射して突撃するエデイのガルバルディに対し、キラが操るストライクもまた急接近する。
互いの距離が狭まり、ライフルを撃つには近すぎる距離までになった時、ストライクは右足でエデイのガルバルディのシールドを蹴り上げる。
当然、ストライクの方がパワーも推力も上の為吹き飛ばされるエデイのガルバルディ。
体勢が崩れ、制御を失ったガルバルディに対しキラはさして狙いもつけずにビームライフルを放つ。
ビームはまるで吸い込まれるかの様にガルバルディのコックピットに命中し、機体に大穴を開け背中まで貫通し、推進剤に引火して大爆発を引き起こす。
「エデイ‼︎迂闊な奴」
「ライラ隊長、エデイがエデイがヤられました」
「戦場で喚くんじゃ無いよ、私から見えなかったと思うのか」
仲間をヤられ、動揺する部下達をライラは一括しする。
戦場で気を失うとどうなるか、それは今目の前でヤられたエデイの姿を見れば容易に分かると言うものだ。
「兎に角一旦仕切り直しだ、今のコイツを木馬に向かわせる訳には行かないよ。ここが正念場だ!」
ストライクはまるでパイロットが豹変したかの様な動きを見せ、ライラ達を圧倒する。
それに対しライラも必死に食い下がるも、時間を稼ぐだけで精一杯であった。
ライラは機体を精一杯操るも、ストライクから発射される正確無比なビームが機体の各所を掠め、装甲が焼け焦げる匂いがコクピットまで漂ってくるとノーマルスーツ越しでも錯覚すら程であった。
同じ頃、暗礁宙域の先で第8艦隊の先遣隊がアークエンジェル捜索の任を受け航行中であった。
同じ船にはキラが淡い想いを寄せるフレイ・アルスターの父親、ジョージ・アルスター大西洋連邦事務次官が乗っており、娘との再会を待ち望んでいた。
だが、これが悲劇の始まりであった。
同じくアークエンジェルを追うクルーゼ隊が、第8艦隊との合流を阻止すべく先回りしており、今正に先遣隊に襲いかかろうとしていたのだ。
そこからの戦闘は戦闘とは呼べない、最早唯の殺戮と言っても良いほど一方的なものであった。
先遣隊は助けを求めるべくオープン回線で彼方此方にSOSを発し、当然だそれはアークエンジェルの方でもキャッチしていた。
アークエンジェルは第8艦隊からの先遣隊に士気を持ち直したが、しかしこれも自分達と同じくザフトしかもあのクルーゼ隊と奪われたGに襲われていると言うのだ。
今のアークエンジェルの状況を言い表すには前門の狼、後門の虎とでも言うべき状況であり、ここから起死回生の一手は無いかに思われた。
その時である、突如として件のフレイ・アルスターがブリッジに乗り込み、しかも偶然捕らえたラクス・クラインも連れていたのだ。
彼女はオープン回線で先遣隊に父親が乗っていると知り、父を救う為ラクスを人質に取れとまくし立てる。
マリューは心情的にこれに躊躇いを覚えたが、しかしナタルは別であった。
「艦長、我が艦及び先遣隊を救うにはこの方法しか有りません。責任は私が取ります」
彼女はそう言うと、勝手に通信回線を開きザフト及び共和国艦隊へ向け呼びかける。
「こちらはアークエンジェル、現在我が艦にはプラント評議会議長シーゲル・クラインの息女ラクス・クライン嬢が乗っている」
「捕虜の身を保証されたければ、直ちに戦闘を停止されたし。繰り返すこちらはラクス・クラインを人質に取っている」
突然の事に動揺するアークエンジェルクルーに、キョトンと惚けた表情を浮かべるラクス。
しかしマリューはナタルのこの勝手な行動に、流石な怒気を滲ませた。
「バジルール少尉、貴方…⁉︎」
「処罰は後でご随意に、しかし今は本艦と先遣隊を救う事が肝要です」
だが、この時既に先遣隊は全滅しジョージ・アルスターも又乗っていた船と運命を同じにした。
一つだけ良かった事を上げるのならば、娘が父親を失うその瞬間を見なかった事であり、しかしそれは何の慰めにもならない。
ザフトの方はあのクルーゼでも流石にクライン嬢の事は堪えたと見え、一旦MS隊を引かせたが問題は後方から攻撃する共和国であった。
彼等とラクス・クラインとの間には、直接の関係は無いのである。
しかしこの時パオロ・カシスも悩んでいた。
アークエンジェルの突然のラクス・クライン嬢の人質宣言に始まり、その後ザフトが一旦後退した事を知ると、彼は知恵を働かせた。
(今の通信、仮に木馬とザフトとの間に停戦が成立したとなれば、今度は捕虜の安全の為ザフトがこちらを攻撃するのでは無いのか?)
ラクス・クラインの名は共和国でも知られており、現プラント評議会議長の娘にしてアイドルと言う地位はそれだけで政治的に大きなカードとなり得る。
特にプラントでは絶大な人気を誇ると彼女だからこそ、クルーゼ隊も一旦停戦に応じたのだから、そうなると今ラクス嬢を危険にさらさしている共和国軍をどう思うのかなど明白であった。
(一時的とは言え、木馬とザフトが手を組む事態は避けたい。ならば我々も此処は一旦仕切り直すべきか)
そうと決まるとパオロの行動は早かった、彼はMS隊に撤退命令を出し僚艦に戦闘中止命令を伝えた。
突然の撤退と中止命令に当然反発も予想されたが、この時ボスニア艦長チャン・ヤー少佐が真っ先に部隊を撤収し、つられてマダガスカルもMSを撤退させた事で戦闘は急速に収縮。
結果としてあと一歩の所で思わぬ伏兵により、木馬とストライクを逃してしまったのであった。