機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

39 / 85
38話

38話「交換」

 

アークエンジェルがラクス・クラインを捕虜に取ったと宣言した事により、一旦後退したパオロ達は戻ってきたMS隊の補給と修理及び被害状況を確認していた。

 

「小破6、中破が4に大破が3。その内パイロット一人が戦死、か」

 

(たった1回の戦闘でこちらのMSが三割を持っていかれるとは)

 

この結果について予想していたとは言え、パオロは少しこめかみを指で押さえる。

 

共和国のMSパイロット達は、対MA対MSを想定した訓練を施されていたが、今回の戦闘によって対艦戦闘のノウハウが著しく欠如している事を露呈した。

 

これは何も共和国軍が無能なのではなく、共和国が本格的に参戦した時期は既に大規模な艦隊同士の衝突が稀であり、代わりに互いにMSやMAを繰り出しての小競り合いが多かった。

 

その為、共和国軍のMSパイロット達は対艦攻撃に不得手な者が多く、それが今回の損害に跳ね返ってきていた。

 

(せめて戦死者が予想よりも少なかった事を喜ぶべきか、もっともルナツーの部隊には割を食わせてしまったがな)

 

しかし不満ばかりも言ってはいられない、こうしている間にも木馬は第8艦隊と合流しつつあり、しかもあのラクス・クラインが捕虜として乗っているのだ。

 

(恐らくザフトはラクス・クライン奪還に動くだろう。それに乗じるしか、此方に機会は無い)

 

補給を要請したガテム艦長のパプワが到着するにはまだ時間がかかり、パオロは多少強引にでも仕掛けるしか無かったのだ。

 

だがここでパオロの予想外の事態が起きる。

 

「パオロ艦長!木馬からMSが出ました」

 

「何だと⁉︎このタイミングで、何かの作戦なのか?」

 

アークエンジェルとキラとラクスの事情を知らないパオロ達には、全く訳が分からない状況であったが、しかし此方も何もしない訳にはいかない。

 

「急ぎこちらもMSを出せる機を出せ!だが撃つなよ、情報が知りたい」

 

アレキサンドリアのカタパルトデッキから、ハイザックが出撃していくその後ろ姿を見ながら、パオロは思案した。

 

今一体この戦場で何が起きているのか?

 

まさかストライクのパイロットが無断で捕虜を乗せ、ザフトに返還しようなどと言う事が起きていたなど、パオロは知らなかったのである。

 

結果を先に言うとこの後、ラクス・クラインは無事返還され、その直後にラウ・ル・クルーゼがストライクに攻撃を仕掛けるもラクスの仲裁によりザフトは引き上げた。

 

介入のタイミングを計っていた共和国も時期を逸してしまい、しかも第8艦隊が直ぐそこまで迫ってきていた為止む無く撤退を開始。

 

(これで私の運も尽きたか。恐らく帰ったら軍法会議は免れまいな)

 

撤退する艦の中で、パオロはそう内心呟くのであった。

 

こうして、一連の事態は無事収束したかに見えた…。

 

 

 

 

 

さて一連の事態を知った共和国本国であったが、パオロの予想に反して極めて冷静に受け取っていた。

 

「まさか木馬がラクス・クラインを確保していたとはな」

 

「ああ、全くの予想外だ。しかし、よく踏みとどまったくれたものだ」

 

「これで、少なくとも穏健派との繋がりは保てたか」

 

共和国の将官の多くは、今回の一件で敵を取り逃がした事よりも、寧ろラクス・クラインをこちらが誤って殺しかねなかった事態を回避した事に安堵を覚えていた。

 

「交渉するにも、現議長の娘と言うのは大きいカードだ」

 

「左様、分かって戦闘を止めたのかは定かでは無いがな。存外あのパオロとか言う老兵、役に立つでは無いか」

 

とパオロとそう年も変わらない将官が言うと、冗談なのか本気をなのか判断に難しい所だが、共和国軍は連合軍の様な武断的な組織では無い。

 

彼等は所詮戦争など外交の一手段でしか無いと分かりきっており、コーディネイターを殲滅しようとする連合軍とは違い、和平交渉の相手を必ず残している。

 

その相手こそ、ラクス・クラインの父シーゲル・クライン議長率いるプラント穏健派であり、彼等とは今までにも何度も水面下での交渉が行われていた。

 

ここでもし共和国が木馬諸共ラクス・クラインを討ったとすれば、プラント世論は激昂し必ずや復讐戦を挑んで来る筈。

 

他国や他コロニーとて、幾ら敵方とは言え有名なアイドルでありまた戦争とはなんら関係のない民間人を攻撃したとあれば、共和国の権威にも傷が付く。

 

議長の娘の敵討ちと言うこれ以上無い大義名分を掲げさせず、且つ現在プラントで急速に勢力を伸ばしているタカ派のパトリック・ザラ一党をこれ以上プラント国内に伸ばさせない。

 

国益の為この両方を達成する為ならば、たかがMSや戦艦の一機や二機取り逃がしても惜しくは無い、そう考えるのが共和国軍人であった。

 

そしてもう一つ、今回の追撃戦でパオロは敵のMSを取り逃がしたが、それに変わる大きな成果をもう一つ持ち帰っていた。

 

それはズバリ戦訓である。

 

パオロは元々士官学校に勤務していた経験から、この手の教本の作成に慣れていた。

 

そして現在、共和国軍MSパイロットに不足している事を報告書に纏め、具体的な改善方法や敵の武装や戦術から予想される将来の危険性なども同時に記載されていた。

 

これ本国に戻る艦の中で、パオロが最後の奉公とばかりに寝食を惜しんで書き上げた血で書かれた戦闘の詳細を記した報告書であり、これらは正に今共和国軍が必要としているものであった。

 

「この報告書、これを信ずるならば今後益々艦隊決戦の重要性が増す。同時にMSは今までの様な多用途的では無く、対MS戦を意識したものに変化していく」

 

「彼はビンソン計画の内容を知らないのだから、まさか統帥本部とまったく同じ結論に達するとはな」

 

ビンソン計画とは現在共和国で進められている宇宙艦隊の再編計画の事であり、発案者であるティアンム提督の指揮の元、現在各コロニーで艦隊の大増産が進められていた。

 

パオロは報告書の中で木馬の驚異的な対空砲火について触れ、今後連合軍やザフトの戦艦はアークエンジェルと同等かそれ以上の物を戦場に揃えて来ることを予想した。

 

堅牢な装甲と密集した対空砲火に守られては、いかにMSの機動性とて接近する事が難しく、これを遠距離から一方的に攻撃できる兵器の開発か、それと対空砲火を物ともしない重装甲と護衛のMSを振り切る機動性を兼ね備えた兵器が必要になると結んでいた。

 

「これ程の見識と追撃戦で見せた指揮能力に状況を見極める政治能力、中々に惜しい人材だな」

 

「では今回の件については」

 

「当然不問に伏す、で今後の処遇だが…」

 

と集まった将官達が、ガヤガヤとパオロ艦長の今後について相談し始める。

 

有能な士官は誰もが喉から手が出る存在であり、しかも政治的には中立で実に使い出のある男と来ている。

 

多くの将官達が彼の獲得に名乗りを上げようとしたが、最終的には統帥本部直轄部隊の指揮官に収まる事に決定した。

 

この決定により、パオロは自動的に大佐に昇進する事が決まった。

 

昇進の理由は教本作成に功ありとし、直轄部隊を率いる事となったパオロは(本人の望むと望まざる事と別にして)今後その手足として様々な事に関わっていく事になる。

 

果たしてそれを本人が一番どう思っていたのかは、誰にも分からない。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。