機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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3話

3話「開戦」

 

C.E.70「血のバレンタイン」により始まったプラントと連合との全面対決は、当初誰しもが予想した国力に勝る連合の圧倒的勝利には終わらず。

 

逆にプラントが戦場に投入した新型兵器MSの前に連合軍は次々と敗北を重ね。

 

遂に地球に降下される事態にまで発展していた。

 

その間着々と国力を養い軍事力を増強しつつあった共和国は、連日の如く流れるプラント勝利のニュースと新型兵器兵器MSの威力に戦慄していた。

 

「まさか、MSが此処まで強力な兵器とは…」

 

時の首相ダルシア・バハロは改めてプラントの力を思い知り、それに自分達が対抗していかなくてはならない困難さを味わっていた。

 

「我が国のMSはプラントに対抗出来るのか?」

 

そう思わずいられない程、バハロ首相の目にはプラントのMSは圧倒的に見えたのだ。

 

一方で共和国軍の方でも、同じ様な議題で会議が行われていた。

 

「プラントと連合が開戦してから3ヶ月が経とうとしているが、そのプラント躍進の原動力となっているMSジンについて、集まった諸官らに忌憚の無い意見を述べて貰いたい」

 

『対プラントMS対策会議』と題して始まったこの話し合いにまず手を挙げたのは、共和国軍開発局のジョン・コーウェン准将であった。

 

「まずこの映像を見て貰いたい」

 

そうして会議室の巨大スクリーンに映し出された映像には、ハンガーに固定されているプラントのMSジンに似た機体が映し出されていた。

 

「これは我が国とプラントがまだ共同で軍事研究を行っていた時のものだ。実際の映像に写っているのはジンのプロトタイプだ。これを仮にプロトジンとする」

 

そうして映像が切り替わり、今度は漆黒の宇宙が映し出される。

 

そこで綺麗なスラスターの噴射による航跡を描きながら、機動試験を行うプロトジン。

 

次に射撃試験や同型機同士での格闘戦の様子など、実際に行われた試験の様子がそこに克明に映し出されていた。

 

「映像の物は古くて3年前だが、そこから逆算するに現在のジンと我が国のMSとの比較を洗い出してみたい」

 

そうして3年後の推定予測データを加算したジンと共和国のMSハイザックとの性能比較データが現れた。

 

その数値を見て思わず「おお」と会議室にどよめきが生じる。

 

明らかに一世代分の差が、そこに生じていた。

 

「まさか、これ程の差とは…」

 

「だが推定予測のデータであろう?実戦であれば」

 

まだ騒めきが収まらず囁く声が聞こえる中、1人の男が手を挙げた。

 

「プラントとのMSの差は分かった。しかしそれは所詮データでしか無い。実機でジンとハイザックとの性能比較を行った訳では無いのだろう」

 

そう言ってその場を納めたのはグリーン・ワイアット少将であった。

 

不思議と彼の所作や言葉の響きには人を惹きつけ従わせるものがあり、自然とワイアットに注目が集まる。

 

彼の先祖は元はイギリスの貴族階級出身であり、再構築戦争により成り上りのアメリカを中心とする大西洋連邦に吸収されるのを良しとせず、故国の再独立を求め出奔した経緯がある。

 

その後紆余曲折の末、貴族の末裔たるワイアットが共和国軍少将となっている辺り、中々に類を見ない経歴の持ち主であった。

 

「ワイアット少将の言う通り、実際の所戦ってみなくては分からない所もある。今は性能云々よりも『どう戦うべきか?』を論じるのが先決であろう」

 

そう言って話を建設的な方向に軌道修正したジーン・コリニー中将は、今回特別に会議に参加させた男を見た。

 

「バスク・オム中佐であります。此度はこの様な機会を与えて頂き恐悦至極に存じます」

 

そう挨拶する男に、何人かは怪訝な表情を浮かべた。

 

この会議には最低でも将官級の人物が呼ばれているはず。

 

しかしその中で佐官がいるのを疑問に思ったのだ。

 

「部隊ではMSの実践における戦術研究を行っております」

 

その一言で、疑問に思った将官等は彼が何故呼ばれたのかに得心した。

 

「バスク中佐、話してみろ。場合によっては一考の価値のあるものかも知れんぞ」

 

難航していたMSを、アナハイムからの協力を取り付けた事で昇進し准将となったジャミトフは、バスクを値踏みしながらそう言った。

 

「は、私めの様な者が皆様の前でお話するなど、とてもとても」

 

と固辞して見せるバスクに、ジャミトフは視線の先をコリニー中将に向け、コリニー中将もまた。

 

「今回は現場代表の者として貴官を呼んだのだ。正直に忌憚の無い意見を述べてみよ」

 

「そう言われましては、では…」

 

とバスクが話し始めるのを、開発局局長のジョン・コーウェン准将は指を咥えて見ているしか無かった。

 

元々バスクはコーウェンの元で働いており、開発局から出向する形で前線指揮官に収まった経緯がある。

 

つまり、直属の上司たるコーウェンに何の話も無く、バスクは此処にいる事になるのだ。

 

それはつまりコーウェン准将は、これからバスクが何を話すのかを知らないし、既にコリニー中将がバスクに発言の許可を与えている為、階級を盾にバスクを追い出す事も出来ない。

 

(一体誰が仕組んだのだ⁉︎ジャミトフかそれともコリニー中将か?)

 

とバスクの話をそっちのけで頭を抱えるコーウェン。

 

その間にもバスクの話しは続く。

 

「結論を述べるのならば、我が軍のMSは十分プラントに対抗出来るものであります。何故ならプラントのMSは個々のパイロットの練度に依存し…」

 

初めはバスクの話を聞き流していた将官等も、その威勢の良い声と自信に満ちた態度から「何とかなるのでは」と思い始め。

 

それこそが今回の絵図を描いたジャミトフの狙いであった。

 

( コーウェン、貴様の思惑通りにはさせんぞ。今更開発局に予算を回したとて戦争には間に合うまい)

 

(そもそも我が軍には無駄に使える予算など、もう一銭たりとも残ってはおらん)

 

そうコーウェンは敢えてハイザックの性能を低く表示する事で、プラントとの差が決定的であると見せかけ、それを理由に予算をせしめようと企んだのだ。

 

元々開発局主導で進められていたMS開発は、ジャミトフの手によってアナハイム社に掠めとられ、しかも予算の方もアナハイムに回される始末。

 

開発局局長としてコーウェンがアナハイムや開発されたMSを快く思わない筈がない。

 

だからこそ、今度こそは自分達がと目論み、そして今回の狂言を画策したのだ。

 

そのコーウェンの意図をジャミトフと共に挫き、共謀してバスクを召喚したコリニー中将の意図は明らかである。

 

(今更新型機等遅いわ。今は一機でも多くの戦力が必要な時期なのじゃ)

 

実働部隊を率いる者として、コリニー中将は数を揃える事の重要性を何よりも認識していた。

 

そしてコーウェンの案が通れば、新型機開発に予算が回され既存のMSの生産が疎かになってしまう。

 

それを懸念した故、コリニー中将は軍政担当のジャミトフ准将と組み。

 

ジャミトフも又コリニーと言う実働部隊の指揮官の後ろ盾を得て、この両者の強力なタッグに対抗できる者は、今の共和国軍には少ない。

 

「バスク中佐、君の話は良く分かった。しかしそれはあくまで戦術レベルに限った話だ」

 

ワイアット少将がそう話し始めた時、ジャミトフとコリニーは互いに目配せをした。

 

そうこの2人に対抗出来る数少ない共和国軍人の1人にして、この場に置いて今後のキーパーソンを握る人物。

 

それがグリーン・ワイアット少将である。

 

ワイアット少将は本土防衛を担う3つの宇宙要塞のうち、コンペイトウ駐留艦隊の提督であると同時に要塞の司令でもある。

 

つまり彼単独でコリニー中将の艦隊を上回る戦力を指揮し、その影響力は当然コリニーよりも強い。

 

「MSは確かに強力だが、決して無敵では無い。古典を紐解けばうむ確かに貴官の言う通り個々で勝る敵に対し戦術で勝利を納めた事例は幾つも有る」

 

「しかし戦争と言うのはもっと広く大きな視野を持たねばならん」

 

ここでもしワイアットが新型機開発を押せば、ジャミトフやコリニーは一転して窮地に立たされる事になる。

 

何故ならコリニーの言う通り現場では数こそ物を言うという意見もあれど、同じ様により性能の高い兵器を求める声も強いのだ。

 

実際に率いて戦う以上、敵よりも優れた兵器は確実に大きなアドバンテージとなる。

 

そして開発競争に敗れた者の末路は、数多くの歴史が証明している。

 

有史以来、この『質と量』の命題は幾度と無く繰り返されてきた。

 

そしてそのどちらも、実戦においては常に求められ続ける事なのだ。

 

「そう今次大戦は宇宙を制した者が戦いを制す。バスク中佐、貴官に聞くがMSだけで本当に戦いに勝てるのかね?」

 

「私はそうは思わん、何故ならMSはその巨体故常に整備と補給を必要とするからだ」

 

ワイアットの演説を聞きながら、一方のコーウェン准将も今後の事に頭を巡らせていた。

 

と言うのも、開発局に回す新規予算の獲得に失敗した以上、せめて今後の為の開発力だけでも残そうと思っていたからだ。

 

(今回はしてやられたが、共和国軍人としてアナハイムにおんぶに抱っこではいかん。今後の為にもせめてMSの生産はコロニー中心でなくては)

 

コーウェンがそう思っている間にも、ワイアット少将は最終的な結論を述べていた。

 

「つまりソフトとハードを両立する為の拠点、幅広い運用可能な宇宙戦闘艦こそ今の我々に求められているのではないか」

 

(成る程、結局の所MSも単なる兵器。兵器を運搬する為の足と兵を休ませるだけの空間と設備の充実)

 

(つまりはヤツ自身の手持ちの艦隊の増強が狙いか!)

 

ジャミトフとコリニーはほぼ同時にワイアットの狙いを読み取った。

 

艦隊派であるワイアット少将は、特に自身の手足となる宇宙艦隊の増強に余念がない。

 

つまりこの場でジャミトフが新造艦の建造に応じなければ、それ相応の対応を取ると言うメッセージを随分と回りくどい方法で伝えているのだ。

 

(如何するジャミトフ、純粋に戦力が増える分歓迎するが…)

 

(応じるしかないでしょうな。ここでごねられて、折角潰した新型機開発を又蒸し返されては面倒です)

 

互いに目配せしながら、最終的にジャミトフはワイアットの要求を飲むことに決めた。

 

その後会議ではMSの更なる増産と新造艦の建造が決定され、それぞれがそれぞれの成果を持ち帰りつつ会議室を後にした。

 

この会議の後バスクは正式にジャミトフ派へと鞍替えし、コーウェンも又今度は新造艦建造の分野で活躍する事となる。

 

ジャミトフは今回の決定により、金庫の扉を新たに開かなければならなかったが、同時に強力な後ろ盾と将来の手足となる人物を得た。

 

コリニーも軍政分野との関係を深める事が出来、その基盤を益々強固なものとすると同時に、ワイアットと言う新たなライバルの出現の予感をしていた。

 

コンペイトウに戻ったワイアットも又、将来自分の前に立ちはだかるであろう人物達を認識し、頬を歪ませた。

 

こうして其々の思惑を帯びて時は進んでいく。

 

そしてもう間もなく、時計の針は運命の時刻を指し示そうとしていた。

 

 

 


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