39話「注力」
コズミック・イラ71年、この年「血のバレンタイン」により始まったプラントと連合の戦争は、一年を経過していた。
特に年明けからのザフトの躍進は著しく、1月に東アジア共和国のマスドライバー「カオシュン」、続いて2月にはアフリカ「ビクトリア」のマスドライバーがプラントの手に堕ちる。
残る連合のマスドライバーはパナマ基地のみとなり、プラントの「オペレーション・ウロボロス」の完遂は間近に見えた。
ザフト、連合共に次の決戦はパナマと定め、互いに地上戦力を増強し、その日に備えていた。
これに対し、当然共和国もマ・クベ中将率いる地上軍に注力するものと思われたが…。
共和国首都ズムシティ、その議事堂にてカール・ビンソン上院議員は熱心な演説を振るっていた。
「つまり!我が国防衛の為には強力な宇宙軍の創出が必要不可欠であり、それには現在国内の各要塞及び本土に駐留する艦隊を統合。新たに、連合艦隊を結成する必要があるのです!」
「つきましては、今後とも皆様には御理解と御協力を求めていく所存であり、何卒追加予算の方を検討して頂きたい!」
そう結び、万雷の拍手の中壇上を降りるカール・ビンソン上院議員。
その様子を、共和国首相ダルシア・バハロと副首相オレグが共に眺めていた。
「儀式に過ぎんとは言え、少し熱すぎやしないか?」
オレグ副首相は、もうかれこれ2時間も熱弁を振るい続けているカール・ビンソン上院議員に、流石に辟易していた。
「良いではないか、少々血気盛んな方が国民の食い付きもいい」
バハロ首相は、そう嘯くが相変わらずの様子に長年の付き合いであるオレグも、やれやれといった風に心の中で首を横に振った。
「それより、最近貴様は軍部に手入れを行っていると聞くが?」
「そうだが」
と何気無い様子で答えるバハロ首相、この時2人共顔を会わせることなく、まるで演説を聞いている風に装った。
先にオレグ副首相が言った通りこの法案自体は儀式に過ぎないが、それでも国会の様子は国民に向け生中継で報道されている為、アピールは必要である。
「ティアンムを現役に復帰させたのもお前と聞く。この非常事態の時にまた大粛清を起こす気か」
「私はそれ程愚かでは無い、しかし昨今軍部の政治干渉が強くなって来ているのもまた事実だ」
「だから、あの2人を引き合わせたと?」
オレグが言うあの2人とは、ここではティアンムと演説を行っているカール・ビンソン上院議員の事を指す。
表向きの理由としては、カール・ビンソン上院議員が発起人となって法案を議会に提出し、当然可決される。
この「ビンソン法案」に従い具体的な計画を立案した言う功績で持ってティアンム中将を現役に復帰させ、その後彼を中心とした計画実行グループを結成。
その実、軍部内に政府に忠実な軍人を集める事を目的としている。
「オレグ、この国の軍人は実に強かだ。強い軍は国民に安心感を与えるが、同時に政府にとっては大きな脅威となる」
「それなら、お前がゴップを罷免するだけで済む話しではないのか?」
首相が持つ任命権を行使さえすれば、こんな回りくどく大掛かりな事など進めなくて済む。
オレグはそうバハロにたずねた。
「今の軍部では首を据え変えただけでは変わらん。また新しい者が同じ様な事を繰り返すだけだ」
「それに、ああ見えてゴップの権勢は絶大だ。奴の影響力は表には見えないが、裏ではかなり根を張っている」
事実そうである、ゴップ大将の影響力はこの国の首相とて容易に罷免する事が出来ない程大きく、また奥が深いのだ。
その為、バハロ首相はビンソン計画にゴップが懇意にしているヤシマグループを加え、彼の目を誤魔化さねばならなかった。
「…あの男を見ろ」
とバハロ首相はオレグ副首相に小さく目配せして、議会の傍聴席に座る1人の男を指さした。
「フランシス・オービット報道官がどうかしたか?」
「あの男は、元は大西洋連邦系の新聞社フェデレーション・ポストの主筆で、大粛清時には幾度となく痛烈な政府と軍部批判や国外へのリークを行った」
バハロに言われて、オレグはその顔に見覚えがあった。
何度から記事で顔写真や名前を見聞きした事があったが、同時まだ駆け出しの一議員でしか無かった彼は、状況に振り回される一方であり、今程物事に対する広い視野を持ち合わせてはいなかったのだ。
当時の、青臭い自分自身の事を思い出して苦笑するオレグ。
「あの時は参った。君は当時駐留大使として国外にいたから難を逃れたが、残った者は酷い目にあったよ」
だからこそ今の自分もあるのだがな、と心の中で思うオレグ。
「それが大粛清後はどうだ?いつの間にか政府発行の報道機関に招聘され、当初は相変わらず連合寄りの記事や報道を展開したが」
「『人民の味方』『報道と言論の自由を守る真のジャーナリスト』と煽て挙げられた結果、今や政府と軍にとって都合の良いスポークスマンだ」
オレグは今一つバハロが何を言いたいのか、掴みあぐねていた。
1人の男の立身出世とその後の腐敗など、この世界では良くある話の一つなのだ。
「本題はここからだ、大粛清当時あの男によって多くの軍人や政府の要人が失脚した。しかし、その記事の内容には明らかに軍や政府内部の事情に精通した者でしか入手し得ない様な物も含まれていた」
「そしてその後の政府発行の報道機関や、彼の個人口座には毎年軍部から莫大な献金がなされている」
「まさか、それを全て主導したのがゴップだと⁉︎」
ここまで聞いていても、オレグには到底信じられない様なものばかりであった。
「ゴップがその気になれば、明日にでもあの男は掌を返して政府批判を行うだろうよ」
「流石に彼を過大評価し過ぎではないのか?」
オレグは友人のバハロが、軍部の脅威を感じる余り、おかしくなったのでは無いかと身を案じた。
「私もそう願いたい。しかも、この件に関してはまだ私も確証を掴めていないのだ」
だがバハロは確信していた、この国の裏で蠢く男の存在を。
デギン亡きこの国において、ゴップを止められるのは自分しかいないと感じていたのだ。
「この国の政治制度はその出自を考えれば誇っても良い。戦争難民、宗教、民族、人種、言語の壁を超え皆一つの国民として参政権を持ち、議員は国民の民意によって選ばれる」
「そして同じスペースノイドとして等しく、共に政治を行っていく」
それはこの国に嘗ていたとある男の理想そのものであった、彼亡き後も残された者達がその遺志を継いでここまで国を引っ張ってきたのだ。
「だが現実はそう甘くはない。実際のこの国の政治は、常に政府と軍部がお互いの主導権を争っている。そして多くの国民にとって、パンと娯楽さえ与えられれば軍事独裁だろうと構わないのだ」
「…」
オレグは此処までの事を聞いて、彼なりに何か思う所でもあるのか、ジッとバハロの話に耳を傾けていた。
「私はね、故デギン首相にこの国の行く末を託された者として、この国を正しい方向に導く義務がある。その為ならば、どんな事でもやるつもりだ」
オレグは何故バハロがこんな事を自分に話したのか、その真意に漸く気が付いた。
そして気がついてなお、彼には最早どうする事も出来ないのだと悟るしか無かったのだ。
「もう、止まれないのだな」
オレグの問いかけに、バハロは答えることは無かった。
演説はすでに終わり、議長による採決が取られていた。
オレグ達は、手元にある採決のボタンを押し議会のモニターに採決の結果が映し出される。
当然賛成多数で可決され、議会は万雷の拍手の中バハロとオレグは共に立ち上がり、笑みを浮かべて手を叩いた。
果たしてバハロ首相が浮かべた笑みの本当の理由を、この中の幾人が知っているのか?
オレグはチラリと横目でバハロを見つつも、そう思わずにはいられなかった。