機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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41話

41話「砂漠の悪魔」

 

アークエンジェルが紅海まで脱出するまで後1日の距離となった時、突如としてアークエンジェルのレーダーが接近してくる機影を捉え、警報を鳴らした。

 

「どうした!何があった」

 

「此方に接近する機影を確認、距離3000、4時の方角からです」

 

即座にアークエンジェルの艦橋に緊張が走る、彼等の頭の中にあったのはザフトの追撃部隊では?と言う疑いであった。

 

「総員第2種戦闘配備!此方からはまだ撃つな」

 

どちらにしろ、後1日でこのアフリカを抜けられるのだから、ここで悪戯に交戦する必要などアークエンジェルには全くない。

 

だからこそ、ナタルは第1戦闘配備ではなく第2種の警報を発令したのだ。

 

「念のためストライクとスカイグラスパーの発艦準備を進めて頂戴、それとマードック曹長を呼んで」

 

「はい、直ぐハンガーと繋ぎます」

 

オペレーター勤務が最近板についてきたミリアリア・ハウは、慣れた手つきでハンガーデッキと通信を繋げた。

 

「こちらマードック曹長、艦長どの様なご用件で?」

 

余りの大声に、思わずマリューは顔をしかめて受話器から耳を話した。

 

先のバルトフェルド隊との戦闘で、アークエンジェル隊も消耗を強いられており、マードック曹長達はメカニッククルーは昨日から徹夜続きであった。

 

その為か、騒音の中でも声が通る様どうしても大声に成りがちであったのだ。

 

マリューは、受話器のボリュームを調整してから再度また指示を伝えた。

 

「ストライクとスカイグラスパーの発艦の準備をして頂戴、それとどのくらいで出せる」

 

「ストライクは急いで10分って所ですかね、スカイグラスパーの方は直ぐにでも出せますぜ」

 

そう答えるマードック曹長、実際これでも彼はギリギリだと思っていた。

 

第8艦隊からストライクの補修部品を受け取ったとはいえ、こうも強敵続きではストックの減りも早い。

 

これをアラスカまで保たせるとなると、機体とパイロットには慎重な運用を求められた。

 

「5分で済ませて頂戴、それとフラガ少佐には先行して出てもらうわ」

 

マリューは指示を伝え終わると受話器を置き、指揮に集中する、

 

 

 

 

 

アークエンジェルに察知された青の部隊エロ・メロエのディザート・ザクと部下のアイザックはドダイに乗っていた。

 

このドダイというのはMSを2機乗せられるSFS(サブフライトシステム)機であり、同じ様な兵器にザフトのグゥルがある。

 

あちらは無人なのに対し、ドダイは人が乗り込んでの操縦も可能で柔軟性が高く、こうした斥候任務にうってつけの装備であった。

 

「ええい思ったよりも木馬の足が早い、これでは本隊の到着まで間に合わんぞ」

 

「仕方ない、我々だけでも仕掛ける」

 

メロエはそう指示すると、乗っているドダイのパイロットに速度を上げるよう指示を出す。

 

元マゼラトップに使われていた航空用エンジンを複数まとめたものが唸りを上げ、ドダイが急加速しアークエンジェルに追いつこうとした。

 

因みにドダイのこのエンジンは、エイガー少尉が自身の部隊のマゼラアタック自走砲から外させたものが流用されている。

 

そしてそんなものを有効活用するしかない所に、共和国地上軍の薄ら寒い台所事情が透けて見えた。

 

さてドダイが接近し、アークエンジェルの姿を視界に捉えた青の部隊は、そのままアークエンジェルの頭上に取りつこうとした。

 

しかしそれを阻むのが現れた。

 

「むう⁉︎」

 

「な、何だぁあ!」

 

ドダイの直ぐ目の前を横切る航空機、ムウ・ラ・フラガ少佐が乗るスカイグラスパーである。

 

「折角ここまでついて来たとこ悪いんだけど、帰ってもらえないかな」

 

とそう言いながら、スカイグラスパーの機体上部に設置された黒光りする回転ビーム砲の照準を合わせるフラガ。

 

本来ならば最初の交差の時にでも一撃を加える事も出来たが、今のアークエンジェルは先を急ぐ身であり、無用な戦闘は本意ではなかった。

 

「戯言を!トゥアレグの誇りを見せてやる」

 

メロエは激昂しディザート・ザクのマシンガンをスカイグラスパーに向けて撃ち鳴らした。

 

メロエがマシンガンの銃口を向けた瞬間に、フラガは機体を捻りマシンガンの射程から逃れる。

 

「フラガ機が攻撃されました!」

 

ミリアリアがオペレーター席からそう叫ぶ。

 

そしてアークエンジェルクルーは、敵との交戦が避けられない事を悟った。

 

「総員第1種戦闘配備!ストライクはいつでも出撃せる状態で待機」

 

「無駄弾を使うなよ、よく狙ってから撃て」

 

マリューとナタルは其々的確な指示を飛ばした、そこにはヘリオポリス脱出直後の様なぎこちなさやお互いに対する遠慮は無く、相手の事を良く分かった上での連携が成り立っていた。

 

「ゴットフリート、イーゲルシュテルン起動、ヘルダート、コリントス装填完了!」

 

サイ・アーガイルがテキパキとアークエンジェルの武装を立ち上げる。

 

彼の今の姿を見て、誰がついこの間まで戦いを知らない学生だと思うだろう。

 

悲しいかな、戦争は時に人間を大きく成長させるものなのだ。

 

「っ撃てぇ‼︎」

 

マリューの号令で、青の部隊目掛けてビーム砲やミサイルが殺到する。

 

「この、チョコマカと⁉︎」

 

メロエはこの時、スカイグラスパーの機動性に翻弄され、フラガ機を堕とそうと躍起になり過ぎていた。

 

そこに、アークエンジェルからビーム砲やミサイルが集中したのだ。

 

「うおおおおぉぉおお‼︎」

 

ドダイのパイロットの咄嗟の判断が、メロエをビーム砲から救った。

 

機体を傾けて上に乗っていたMSを振り落とす事でビームを回避し、その後に迫り来るミサイルにはチャフとフレアをばら撒くことで難を逃れた。

 

ドダイから振り落とされたメロエのディザート・ザクとアイザックも、特に損傷無く砂漠に着地したが、今度は空からスカイグラスパーに狙われる事となる。

 

「こいつを喰らいな」

 

フラガ機のスカイグラスパーから、2発のミサイルが発射されメロエ機の至近距離で爆発した。

 

「うわああぁぁ!」

 

ミサイルの爆風で吹き飛ばされるメロエ機、トドメを刺そうと近づいてくるスカイグラスパーに対し、そはうはさせじとアイザックが援護射撃をした。

 

「ちっ、仕切り直しか」

 

そう舌打ちを打つフラガだが、この時彼とアークエンジェルには余裕があった。

 

メロエ達青の部隊は士気こそ高いものの、これまでアークエンジェルがくぐり抜けてきた相手に比べるとその技量は遥かに見劣りした。

 

最も、あのクルーゼ隊やバルトフェルド隊の様な猛者に次から次へと襲いかかられては、アークエンジェルも堪ったものではないが。

 

フラガはこの時このままストライクを出さずに済むのではないか?とそう思っていた。

 

ストライクのパイロット、キラ・ヤマトは戦いの度驚異的な成長を遂げていた。

 

彼がコーディネイターと言う事を差し引いても尚、敵味方双方から瞠目される戦士に成長しつつあったのだ。

 

その反面、キラは年相応のナイーブさと傷つき易さを持ち、一時期精神的にかなり参った状態に陥っていた。

 

最近は少しだけ持ち直しつつあったが、ムウは軍人である前に1人の良識ある大人として、子供であるキラの身を案じていたのだ。

 

だからこそムウは失念していた、一度戦場立ってしまえば、女子供関係無く戦場に引き寄せられてしまう事を…。

 

たった一機のスカイグラスパーに翻弄される青の部隊は、上空からの援護もなくなり苦戦を強いられていた。

 

先程神懸かり的回避を見せたドダイも、アークエンジェルのビーム砲を向けられてはその射程から逃れようと遠く離れた所を飛ぶしか無く、残されたメロエ達はたった2機で戦艦に挑まなければならなかった。

 

イーゲルシュテルンが青の部隊のMSを絡め取ろうと火線を集中し、それを何とかホバー走行でジグザグに避けるメロエ達。

 

しかし運悪く1発の銃弾がメロエのザクが持つマシンガンに命中し、武器が破壊されてしまう。

 

「ぬかった⁉︎くそこのままでは嬲り殺しだ」

 

最早特攻をかけるしかないと覚悟を決めようとしたメロエ、だがそのすぐ直後アークエンジェルの正面方向から1発のバズーカが発射された。

 

発砲されたバズーカ弾はイーゲルシュテルンによって撃ち落とされてしまったが、しかしそれはメロエ達にとって何よりも頼もしい援軍の到来を知らせた。

 

「待たせたなメロエ、これより戦列に加わるぞ」

 

「隊長!カルトハ隊長」

 

アークエンジェルの進行方向の丘の上に立つカルトハが駆るMSは、青の部隊と同じく青い塗装を施された陸戦型ハイザック、しかも貴重なJ(ジャブロー工廠製)型であった。

 

しかも援軍はそれだけではない、丘の上には続々と大型トレーラーと荷台に乗せられたMSが姿を表す。

 

「ガデブ・ヤシンここに見参!同胞を救い出せ、行くぞーっ‼︎」

 

とても私怨で部隊を動かしたとは見えない堂々たるガデブの掛け声に、集まったマグリブの戦士達は「おおーっ!」と鬨の声を上げる。

 

丘の上からトレーラーに乗ったMSが一斉に駆け下り、アークエンジェルに向けマシンガンやバズーカ、ミサイルを乱射する。

 

「回避ーっ!」

 

マリューが反応する前から、操舵手のノイマンはアークエンジェルの舵を切っていた。

 

彼の冴え渡る腕前は、これまでにも何度もアークエンジェルを救っており、今回もその期待を裏切らない素晴らしい回避を見せた。

 

とても400m越えの戦艦とは思えない急旋回に、マグリブの戦士達が放った攻撃は全て外れてしまう。

 

敵の余りの非常識っぷりに、「おお⁉︎」とマグリブの戦士達の間に動揺が広まるが、そこをガデブが一喝し戦意を奮い立たせる。

 

「怯むな、アレはフランクの連中が俺達の攻撃を怖がったからだ!このまま攻撃を続行してあの白いヤツを完膚無きまでに破壊するぞ」

 

そうこうする間にも、苦境に立たされたアークエンジェルは遂に守護神たるストライクの発艦を決意する。

 

「ストライクを緊急発進!敵の対空砲火が強いわ、出撃はカタパルトを使わずに自力で行う事」

 

マグリブの戦士達は大型トレーラーでアークエンジェルを取り囲み、荷台に乗るMSから激しい攻撃を加えていた。

 

こんな状況下でカタパルトを使っては、如何にフェイズシフト装甲のストライクとて狙い撃ちされてしまう。

 

「撃て撃てーっ、敵を近づけさせるな!ストライクが発艦する隙を作るんだ」

 

ナタルは先程までの節約戦術を止め、景気良く無駄弾を撃たせる事で敵MSの頭を抑える事に腐心した。

 

戦場では時として銃を乱射する事で、かえって双方の犠牲が抑えられる事もある。

 

ナタルはそれに習い、敵を倒すのでは無く敵に撃たせない方法を取ろうとしたのだ。

 

この時ナタルに幸いしたのは、やはりマグリブの戦士達の技量不足によるだろう。

 

共和国から提供されたばかりの小型MSゴブリンの扱いにまだ慣れていない彼らは、トレーラーに乗ってしか満足に移動する事も叶わず、実質的に移動砲台の様な役割に甘んじていた。

 

MS本来の性能を活かせないマグリブに対し、強敵との戦いで大きく成長したアークエンジェルではとても相手が務まらなかった。

 

そして対空砲火の一瞬の隙を突き、カタパルトから自力でストライクが発艦する。

 

「キラ・ヤマト、ストライク出ます!」

 

「いい、キラ。アークエンジェルから敵を引き離して頂戴、十分に引き離したらアークエンジェルに戻って一気に海峡まで突破するわ」

 

オペレーターのミリアリアから作戦の概要を説明され、その指示の通り発艦しストライクはアークエンジェルに夢中なマグリブのトレーラーの頭上からビームライフルを浴びせかけその背後に降り立った。

 

ストライクのビームライフルにより大型トレーラーを破壊されて砂漠に投げ出されるマグリブのMS達。

 

何とか起き上がろうともがく彼等を放って、キラはアークエンジェルを囲むトレーラーに向けライフルのトリガーを引き絞る。

 

ストライクからビームライフルが発射されるたび、次々とトレーラーが破壊されてMSが砂漠に投げ出されていく。

 

中には、何とか砂漠から起き上がってストライクに攻撃を仕掛けようとするMSもあったが、所詮は新兵同然の彼等。

 

如何に士気が高くとも、それに釣り合う技量を身に付けていなくては、戦場では単なる置物にしか過ぎない。

 

途中からキラは、トレーラーそのものでは無く乗っているMSのバックパックや燃料タンクを攻撃した方が効率の良い事に気がついた。

 

砂漠を超える為、常よりも多くのタンクを背負っているトレーラーとMSは、ストライクのイーゲルシュテルンが命中しても簡単に火が付き激しく炎上して周囲を火の海に染めた。

 

ビームがほんのカスっただけでも炎上するMSやトレーラーに、マグリブの戦士達は恐怖に駆られ士気がみるみる内に下がる。

 

トレーラーの残骸が彼方此方で火を上げて燃え盛り、立ち昇る黒煙は砂漠を照りつける灼熱の太陽を覆い尽くさんばかりであった。

 

怖気付き算を乱す味方に、今まで一人トレーラーの上で戦況を眺めていたガデブ・ブシンは苛立ち、遂には自らがMSを駆って戦場に現れた。

 

「貴様ら何をやっとるか!それでも戦士か、逃げるな、進め、攻撃しろ‼︎」

 

ガデブは怖気付いて立ち尽したり、或いは逃げ出そうとするMSを背後から威嚇射撃をし、彼等を戦場に踏みとどまらせる。

 

「逃げるな、逃げると背後から撃たれるぞ!」

 

「畜生、こうなりゃヤケだ!」

 

ヤケクソになったマグリブの戦士達は、MSの手に持ったマシンガンを乱射しながらストライクに無能な特攻を仕掛けた。

 

「うおおおおぉぉおお」

 

「母さぁぁぁぁあああん‼︎」

 

それは最早戦闘では無く虐殺であった、只管真っ直ぐに突っ込む事しか出来ないマグリブの戦士達を、ストライクは唯迎え撃つだけで済んだからだ。

 

ビームライフルが放たれるたび、隣にいた味方のMSが吹き飛んで大爆発を引き起こし、戦友がその命を無為に失っていく。

 

流石にキラも、こんな戦いとは言えない一方的な展開は初めてであり、彼の胸の内がざわつき苛立ち始める。

 

「何で!こんな事を、僕達は貴方達と戦う理由なんて無いのに!」

 

この時キラの脳裏には、敵として戦った1人の男の言葉が蘇る。

 

『ならどうやって勝ち負けを決める?』

 

『敵である者を、全て滅ぼして!…かね?』

 

『戦うしかなかろう。互いに敵である限り!どちらかが滅びるまでな!』

 

「それでも、それでも僕には守りたいものがあるんだーっ‼︎」

 

キラはMSごと匹潰そうとするトラックを、真正面からビームサーベルで横薙ぎに切り裂いた。

 

荷台に乗っていたMSも、ビームサーベルで胴を撫で斬りにされ、ストライクが通った後ろには、真っ二つに切り裂かれたトラックとMSの残骸が転ぶ。

 

燃料に引火したのか、背後で大爆発が起き炎を背に砂漠に佇むストライクの姿は、マグリブの戦士達の目にはまるで悪魔の化身のように見えた。

 

「イ、イブリース(悪魔王)!」

 

「イブリースだ!」

 

ストライクの事を悪魔と勘違いし、マグリブの戦士達は我先にへと武器やMSを捨てて逃げ出す。

 

「な、何をしている⁉︎戦え、戦うのだ戦士達よ!」

 

ガデブが逃げる戦士達を押し留めようとするが、流石に多勢に無勢で彼一人では到底押し留められるものでは無かった。

 

気が付くと、周りにはガデブ以外のMSはいなくなっていた。

 

「降参しますか、命までは取りませんよ」

 

キラは唯一機残ったガデブのハイザックに投降を呼び掛ける、しかし面子を完全に潰されたガデブは逆上し、ストライクに突進する。

 

「舐めるな!MSは火力じゃ無い、機動性だ!」

 

実際ガデブの機体は、他のマグリブの戦士達に比べれば幾分かサマになっていた。

 

腰のウェポンラックから両馬のヒートホークを左手に持ち、ストライクの手前で大きく機体をジャンプさせ飛び掛るガデブ。

 

(とった!)

 

この時ガデブはこのままハイザックのヒートホークで袈裟斬りにされらストライクを幻視した。

 

だが現実は、その場を一歩も動く必要が無かったストライクが、ビームライフルの銃口をハイザックのコクピットに押し当てる。

 

そしてガデブが最後に見た光景は、光に飲み込まれる自分であった。

 

 

 




今回のキラの撃墜スコア

大型トラック(ザク・タンカー)8台以上

MSゴブリン20機以上(トラックの爆発に巻き込まれたものも含めて)
ハイザック(ガデブ機)を1機

計この日だけで30以上の敵を葬っている、まさに悪魔。




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