43話「バックアタック」
灼熱の太陽が照りつけるアフリカ、砂漠の彼方此方から黒煙がもうもうと立ち込め、それを背景に純白の巨艦アークエンジェルが紅海へと向かう。
生き残ったマグリブの戦士達は、その背中をただ呆然と眺めるしか無く、敗北に打ちひしがれる思いであった。
時を同じくして、戦場に漸く到着したロンメルが乗るガウ攻撃空母とそのクルーは、眼下に広がる光景に騒然となる。
「味方機の反応無し、全滅の模様です…」
「あれだけの戦力がたった、一隻の戦艦に敗れるのか…⁉︎」
「く、一足遅かったか!」
ガウのクルー達は口々にそう零すが、ただ一人ロンメルだけは怒りに打ち震えていた。
「まだだ、まだ負けたわけじゃない!」
ロンメルのその一言に、クルーが騒つく。
だれがどう見ても、マグリブの敗北は覆らない事実に見えた。
しかし、ロンメルはこのまま指を咥えてアークエンジェルが去っていくのを見逃すつもりは無かった。
(ここで奴を取り逃せば、もう敗北を挽回する事は不可能となる。そうなる前に、敵に一撃を与え士気を盛り返す必要があるのだ!)
マグリブはまだ出来たばかりの組織であり、ここでの敗北を放置すれば必ずや士気に影響し負癖がついてしまう。
一度そうなった軍は、どんな名将や優れた兵器をもってしても、最早どうにもならない。
そうなる前に、ロンメルは敵に対する恐怖を取り除こうとしたのだ。
「ガウ攻撃準備、木馬をこのままタダで帰すな!」
ロンメルの指示により、ガウは攻撃準備を整えていく。
当然ガウが来た事はマグリブの戦士達からも見えていたが、彼らは最初の内心の中で。
(今さら援軍なんて、もう遅い)
(何でもっと早く来てくれなかったんだ)
と責任転嫁し、やけっぱちになっていた。
どうせこのまま救助されて終わりかと、誰もが思っていた時、しかし一人がガウの様子が違う事に気が付いた。
「見ろ、高度を落とさないぞ」
「まさか、俺達を見捨てるってんじゃないだろうな?」
砂漠に生身で放り出されたらどうなるかなど、砂漠に生きる民である彼等は幼い頃から十分承知していた。
自分達がこのまま枯れ果て、ミイラになる様を想像し恐慌状態に陥るマグリブの戦士達。
一方のアークエンジェルもまた、遅すぎる援軍の出現にいい加減ウンザリとした気持ちになっていた。
「後方より大型機接近!機種判明、ガウです」
「このタイミングで?いい加減にして欲しいわ」
マグリブの戦士達を退けた事で、緊張の糸をほぐしていたマリュー・ラミアス艦長は、ここでガウの出現に嫌気がさしていた。
「艦長、まともに相手する必要はありません。このまま紅海まで突っ切りましょう」
ナタル・バジルール中尉もまた、そう進言した。
アークエンジェル、ストライク、スカイグラスパーに被害こそ無いものの、弾薬やバッテリーに燃料の消耗が激しく、すでにフラガ機は燃料と弾薬不足の為一旦補給を受けにアークエンジェルに帰還していた。
ストライクもまた損傷こそ軽微なれども、数を相手にバッテリーが底を尽きかけており、これ以上の継戦は悪戯に消耗戦に引きずり込まれる事を意味していた。
「分かったわ、ストライクを帰還させます。アークエンジェルは進路そのまま、最大船速でこの戦場から離脱します」
この時油断があったとすれば、マリュー達アークエンジェルクルーは共和国軍のしつこさを知らなかった事だろう。
いかにガウとは言え、大型機一機で戦艦に挑もうなどど誰が思うのか?
しかも、足元には救助を待つ味方を放置し此方を攻撃する準備を整えていようなどど、この時のマリューは疎かマグリブの戦士達でさえ思わなかったのだ。
だからこそ、ガウが高度を落とすのでは無く速度を上げてアークエンジェルを追いかけて来たとの報告を聞いた時、マリュー達は自分達の見通しが甘かった事に気づく。
「ガウ、速度上昇。此方に急速に接近してきます!」
「しまった、急ぎ応戦して!」
マリューはここに来て敵に謀れたと気づくがもう遅い。
「バリアント、ウォンバットはまだか!」
「ダメです、バリアントの射角に敵が収まっていません。それと艦尾ミサイルは現在再装填中です!」
アークエンジェルはその巨体故、後方への射角が制限されてしまっている。
しかもあともう少しで砂漠を抜けられると言う焦りからか、クルーの操作にも粗が目立ち、敵に虚を付けらる形のなっていた。
そしてロンメルは今までのアークエンジェルとの交戦情報から、敵の弱点を見破りそこを突いて来たのだ。
この時幸いしたのが、アークエンジェルがバルトフェルド隊そしてマグリブと連戦を重ねた事だ。
本来2機存在するスカイグラスパーの一機がソードストライカー共々被弾して修理中であり、ガウの様な大型機にとって脅威となるランチャーストライカーのアグニは、砂漠という環境が災いして細かな砂の粒子が入り込み、その清掃作業で使用不可となっていた。
ストライクもまた、如何に燃費のいいエールストライクで出撃したとは言え、30機ものMSを相手に単独で渡り合った事でバッテリーにも底が尽き、アークエンジェルに戻らなければならなかった。
つまり、ロンメルは期せずして敵が最も無防備なタイミングで攻撃を仕掛けるのに成功したのだ。
「攻撃開始!」
ロンメルの号令の下、ガウの機体上部と両の羽根の付根に装備されたビーム砲が露出する。
そしてエネルギーを充填完了したそれが、一斉に火を吹いたのだ。
「回避ーっ!」
「間に合いません!」
アークエンジェルは後方からの攻撃を何とか避けようとする。
しかし、一瞬の隙を突かれる形となり操舵手の反応が遅れてしまい、完全な形での回避とはならなかった。
ビールが艦尾に命中し、耐ビームに強いラミネートの装甲を融解させる。
直撃時の衝撃で船体が大きく揺れ、艦橋のクルーは席から投げ出されない様に必死にしがみついた。
「被害報告!」
「艦尾に被弾、現在損傷を確認中」
「エンジン出力、一番と二番低下。高度を保てません!」
まさに状況は最悪に近かった、敵に背後からの一撃を許したばかりか、このままではアークエンジェルは砂漠に墜落し身動きが取れなくなってしまう。
そうなれば、ガウからの良い的となりアークエンジェルは撃沈されてしまうだろう。
「何とか高度を維持して!このまま紅海まで出ます!」
マリューは紅海脱出に活路を見出した、と言うよりもそこしか無かったと言える。
右も左も砂漠ばかりであり、背後からは敵が迫り、目の前には開けた海がある。
この状況で応戦しようなどと言う気持ちは、マリューにはすっかり無かった。
「ガウにこれ以上撃たせるな!当てずっぽうで良い、バリアント撃てぇ!」
ナタルの号令で、アークエンジェル両側面のバリアントから大型砲弾が射出される。
リニアにより加速された砲弾がガウの近くに飛んできたことで、流石のロンメルも一旦攻撃を中止せねばならなかった。
「まだ動けるのか⁉︎流石に此処まで生き残って来ただけの事はある。木馬を仕留めるには此方も2階級特進も覚悟せねばな」
ロンメルをしてそう言わしめるほど、木馬ことアークエンジェルは強敵であった。
派手にこの時、ロンメルは当初の怒りを忘れ敵を冷静に観察する指揮官としての顔に戻っていた。
そして指揮官としての冷徹な部分が、死を覚悟していたのだ。
「ふっ、これ以上は無理だな。タチ中尉には無傷で帰すと約束してしまったからな」
「戦闘を終了する。各員ガウを降ろしてマグリブの救助を始めるぞ」
ロンメルはそう言って、戦闘指揮所を後にする。
一方のアークエンジェルもまた、海に出たは良いもののエンジンに被弾し、到底この状態でアラスカまで持ちそうも無かった。
その為、アークエンジェル一行は対岸のアラビア半島に上陸せざるを得ず、そこでエンジンの修理に大幅な時間を費やさねばならなかった。
そして敵勢力下で孤立するアークエンジェルにとって、時間をかける事はそれだけ次の敵に見つかる可能性を増大させる事に繋がる。
時にコズミック・イラ71年3月初旬、一隻の船が中東に降下してきていた。