機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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46話

46話「ラル、強襲」

 

チャフで出来た霧が立ち込める戦場、その濃霧の中でキラはストライクの凡ゆるセンサーを総動員して敵を見つけようとしていた。

 

(どこだ、どこに行った!)

 

ドダイに乗るハイザックをムウ・ラ・フラガのスカイグラスパーに任せ、キラは単身霧の中に隠れる敵に向かった。

 

しかしその中で、キラは思わぬ敵と遭遇する、そうこのチャフの嵐である。

 

アークエンジェル周辺に撒かれたチャフは、ストライクのあらゆるセンサーを無効化した。

 

レーダーは言うに及ばず、通信機からはノイズのみか漏れ全くアークエンジェルとの通信が出来ない。

 

熱探知も砂漠の輻射熱により意味を成さず、カメラもただ目の前の白い光景を映し出すのみであった。

 

こんな状況では、到底相手もこちらの位置が分からず互いに手詰まりなはず。

 

お互い仕切り直すためにチャフの中から出る筈、普通ならそう考えるのだがしかしキラは緊張の糸を緩めてはいなかった。

 

彼の積み重ねた戦闘経験と、ある種戦場に身を置く者特有の“カン”が、敵がまだこの近くにいる事を知らせた。

 

(どこだ、どこに行ったんだ)

 

空調が効いている筈のコクピット内で、キラは知らず知らずの内に脂汗を流していた。

 

ゆらり、と何かが霧の向こうで蠢く。

 

直ぐさま反応したキラはそこにビームライフルを向けようとするが、その瞬間機体の左側から衝撃が襲った。

 

「うぐっ⁉︎」

 

キラは咄嗟に体勢を立て直し、頭部カメラを左に向けたが、しかしシールドに当たった何かを見つける事は出来なかった。

 

キラの注意が左側に向いたと思ったら、今度は背中から何かが襲い流石に今回はストライクもたたらを踏んだ。

 

「どうして⁉︎敵はどうやってこっちの位置を掴んでいるんだ」

 

このチャフの嵐の中では、何もかも見えない筈、其れなのに何故敵はストライクの位置が正確に分かるのか?

 

まるでこちらの動きを何もかも見透かすような相手に、これまでと勝手が違う戦いを強いられるキラの心臓が高鳴る。

 

キラの耳には機体が駆動する音と、自分の鼓動が痛い程響いた。

 

(焦るな、僕が焦ればそれだけ皆んなが危険にさらされるんだ!落ち着け、落ち着くんだ)

 

キラは自分を落ち着かせようとノーマルスーツのヘルメットのバイザーを上げ、深く深呼吸した。

 

その瞬間、キラは天啓を得た。

 

「そうか!相手は見えてるんじゃない、聞いてるんだ!」

 

キラは、コクピット内に取り付けられたキーボードを素早く動かす。

 

そうして機体のパラメーターを弄り、機体各種のモーターや駆動系が発する音をギリギリまで落とした。

 

「相手は、ストライクの音を聞いてるんだ。それにしても、相手の機体はかなり集音性が良いみたいだ」

 

ストライクにも外部からの音声を拾うマイクが設置されているが、キラはそれの感度も最大まで上げた。

 

相手も出来るのなら自分もできる筈、本来外部マイクは外の相手との連絡用であり、まさかこういった使い方をするとはストライクを作った設計者も想像しなかっただろう。

 

しかしこれで相手は突然ストライクが消えたと思い、必ず確認する為に接近してくる筈。

 

その瞬間を、ビームライフルで狙い撃つ。

 

キラは相手が罠にかかるまでジッと待つ猟師のように、静かに身動ぎ1つもせずに息を潜めた。

 

 

 

 

ストライクが機体の音を絞った事は、ランバ・ラルにもすぐ知れた。

 

「ほお、一ニ回小突いただけでもう対応したか。中々小賢しいでは無いか連合のパイロットは」

 

ラルが乗るこの機体には、共和国軍特殊MS隊こと「闇の夜フェンリル隊」が試験した数々の新装備が搭載されていた。

 

その中の一つパッシブソナーにより、ラルは音の伝わり易い砂漠からストライクの位置を割り出したのだ。

 

「しかし惜しいな、何も儂は音だけを頼りにしている訳では無いのだよ」

 

ラルはそう、コクピットの中で笑う。

 

事実この機体には先のフェンリル隊が試験した新装備が搭載されており、それらを組み合わせれば、砂漠の風に煽られて飛ぶチャフが、ストライクに当たることによって生じる気流の乱れが分かる。

 

不自然な気流の流れが生じれば、即ちそこにストライクがいる事は明白であり、ラルは音に頼らずともさっき迄と同じ様に攻撃を仕掛ける事も出来た。

 

「どれ、少し遊んでやるか」

 

ラルはこの時、ストライクのパイロットに対し興味を抱いていた。

 

本来戦場で相手に感情移入する事は褒められた行為では無いが、しかしラルの中の戦士としての本能が敵をより知るべきだと知らせたのだ。

 

機体を隠していた砂の影から移動させ、ラルは“ストライクが待ち構えていると知っていて”、その場所に向かう。

 

 

 

 

 

(来た!)

 

待ちに待った瞬間がある訪れたと知り、キラは内心高揚した。

 

砂場の影にでも隠れていたのだろうか、ゆっくりと近づいてくるそれはしかしMS程の巨大な物体が動けば直ぐにでも分かる。

 

相手があともう少しで罠にかかるのを、キラは今か今かと心待ちにしていた。

 

それは本当に、獲物を狩る猟師の本能に目覚めたかの様な気持ちであった。

 

キラは本来争いを好まない心の優しい青年であったが、何故かこの相手だけには強烈な闘争心を抱いていた。

 

それはあの砂漠の虎ことアンドリュー・バルトフェルドに対してさえ、終ぞ抱き得なかった類の感情であった。

 

これは決して、キラが戦いの血に酔ったと言う事ではない。

 

寧ろ生物ならば誰しもが持っているもの、そこにナチュラルもコーディネイターも、アースノイドもスペースノイドの差もない。

 

有史以来、連綿と続く中で最も原始的であり最もシンプルな答え。

 

「勝ちたい」

 

勝利への欲求に、キラは知らぬ間に包まれているのだ。

 

キラはストライクの右手を、ゆっくりと音が漏れない様気を使いながら静かに動かし、相手のいる方向にビームライフルを向けた。

 

ストライクのセンサーはいまだ敵の詳細な位置を掴めずにいるが、来る方向さえ分かれば後は敵が姿を見せたその瞬間にトリガーを引けばいいだけの事。

 

緊張で喉がカラカラに乾き、聞こえる筈もない息遣いを抑え、全神経をモニターに集中する。

 

そして敵が後三歩二歩一歩と、後もう少し捉えられそうになった時…。

 

ストライクのマイクが、風を切る何かの音を拾った、だがそれをキラは余りの集中の為、聞き逃してしまっていた。

 

この時キラは相手を罠に嵌める事ばかりに気が向いてしまい、ある事を失念していた。

 

敵はこちらの位置を知っていたとは言え、一体どうやって攻撃してきたかという事だ。

 

その正体は、直ぐさまキラの前に現れた。

 

突如として霧の向こう側から蛇の様な何かか飛び出したかと思うと、ストライクのビームライフルに絡みついた。

 

「な、何だ!」

 

よく見ればそれはワイヤーを太くした様な紐状の物体であり、ビームライフルにしっかりと巻きついて離れない。

 

これこそ、霧の壁の向こう側からストライクを攻撃してきたモノの正体であった。

 

「こんなもの!」

 

キラはストライクのパワーでワイヤーを引きちぎろうとするが、ラルはストライクとパワー勝負しようなどと言う気は毛頭無かった。

 

「かかったな!」

 

ワイヤーを伝って電流が走り、ビームライフルとそしてそれを保持する腕からまるで雷にでも打たれたかの様な強烈な衝撃が機体を襲った。

 

「うわあぁぁぁあああ‼︎」

 

コクピットの中に電流が走り、ノーマルスーツで守られている筈のキラ自身にもダメージがいく。

 

気を失いそうになる衝撃の中、しかしコーディネイターであるキラの身体はこれに耐え、必死に機体を動かし右手からビームライフルを放し、その場に両膝と両手をつく。

 

ビームライフルの方はストライク程電流に耐えられず、破壊されてしまったが何とか機体を電流によるショートの危機から救った。

 

「ほお、これに耐えるか。随分と、頑丈な機体なのだな」

 

ラルが使った兵器の正体は、それは機雷や地雷の除去に使われる爆導索である。

 

離れた位置から爆導索を伸ばし、地雷原や機雷原を誘爆させて道を切り開く。

 

それは主に工兵等が使う装備であったが、ラルはこれを対MS戦に持ち込んだのだ。

 

どんな場所どんな空間でも使用出来るようフレキシブルに動くワイヤーは、先の奇襲を見ての通り、熟練したパイロットが使えばまるで生きているかのように変幻自在に操る事が出来る。

 

敵の全く予想しない方向からの奇襲攻撃に加え、本来の役割である爆導索から放出される電撃は、バッテリーで動くMSには致命的な兵器であった。

 

いかにストライクと言えども、この攻撃の前には無力化されてしまったかの様に見えたが…。

 

「はあはあ…まだだ…まだ僕は!」

 

キラは電撃によって回路をズタズタにされたストライクを懸命に動かし、しかももう片方の腕では機体の設定を書き換え回路をまた復活させていく。

 

「そのガッツは認める、だがもう一度これを食らって耐えられるかな!」

 

ラルはまだ完全に立ち直り切れていないストライクに向かって、爆導索を放つ。

 

右腕に装備された装置からリールが伸び、手首のスナップによりまるで生きたヘビの様に蛇行し、変則的な軌道を描いてストライクに襲いかかる。

 

棒立ち同然のストライクには、最早これに対抗する術は無いかに思えたが…。

 

「僕は…僕はまだあぁぁ!」

 

その瞬間、キラの脳裏に種が弾けるイメージが浮かんだ。

 

目からハイライトが消え、思考がクリアーになりまるで自分以外の時が止まったかの様に視界がスローモーションになる。

 

先程までと比べ物にならないスピードで機体の設定を書き換え、片腕でストライクを操作しながら自分からワイヤーに飛び込んでいく。

 

一見自殺とも取れるこの行為、しかしこれこそが唯一回避する道であった。

 

爆導索はその性質上、左右に動いても直ぐにその進路を変え追跡する事が出来る。

 

しかし、既に通った場所には戻る事ができない。

 

SEEDを発現させたキラは、その性質を直ぐさま見破るや否や迷わず飛び込んだのだ。

 

ストライクのメインカメラの側を勢いよく通りすぎるワイヤー、しかし電撃を放つ事が出来ずに完全に無力化されてしまった。

 

だがラル程の実力の持ち主ならば、爆導索を反転させて背後から強襲する事も可能であり、あるいはこのまま絡め取る事も出来た。

 

だがそうはさせまいと、キラはビームサーベルを抜き放ちワイヤーを斬り払う。

 

「ぬう⁉︎」

 

ラルは思わず呻いた。

 

いかに爆導索とて、途中から切断されてしまえば電撃を放つどころか操作する事も覚束ない。

 

ワイヤーを巻き戻してもう一度放とうとしても、その前にストライクが接近してビームサーベルで切り掛かったくる方が早い。

 

優位から一転して、危機的状況に陥ったラル、しかしこの時彼は不思議と笑っていた。

 

「これ程の強者とは!さっきまでとはまるで別人だな連合のパイロット!」

 

ラルは潔く爆導索を納めたリールを捨てたが、自ら武器を捨てる行為にキラは一瞬疑念に駆られた。

 

しかしもう既に目の前まで迫っている敵に向かって、その様な雑念にかまけている余裕はなく、相手のMSにビームサーベルで斬りかかろうとした。

 

エールストライカーの爆発的推進力によって加速されたストライクの動きは、最早目で追える物ではなく武器を捨てた相手に抵抗する手段は無いかのように見えた、しかし…。

 

「ふん、まだまだ間合いが遠いわ!」

 

ラルは左腕に装備された小型シールドで、ビームサーベルではなくそれを持つストライクの腕を受け止めた。

 

「な⁉︎」

 

必殺の一撃を防がれた事で驚くキラ、しかしいかに斬撃が見えなくともそれを操るのは所詮MSと中で動かす人間。

 

どんなに素早く攻撃を繰り出したとしても、末端に行けば行くほどそのロスは大きくなり、機体の可動範囲にも限界がある。

 

後は相手の間合いさえ見切ってしまえば、攻撃にこちらの行動を差し込むことも可能となる。

 

「まだまだだぞ!」

 

そしてラルが防御に使ったのは左腕であり、当然右腕はフリーのままである。

 

ラルは機体の右腕に握り拳を作り、ストライクのコクピット目掛けて二度三度と殴打した。

 

全く無防備なストライクの胴体に、MSの質量を乗せた拳で殴られ、コクピットの一瞬にしてコンクリートミキサーの中に放り込まれた。

 

衝突の衝撃が機体の装甲を貫いて中のパイロットに伝わり、コクピットシートの衝撃吸収も全く意味を成さずに翻弄され、電撃に耐えたコーディネイターの肉体も、圧倒的質量の暴力の前にはまるで意味を成さなかった。

 

身体中をあちこちにぶつけ、目は充血して赤く染まり、口の中を切ったのか唇の端から血が垂れる。

 

本来ならとっくに失神してもおかしく無い、いや最悪コーディネイターですら死んでしまう様な中で、キラは意識を保ち続けていた。

 

それは明らかに、キラが唯のコーディネイターの肉体や能力を超えている事の証明であった。

 

彼は確かに特別であった、しかし彼の肉体が特別だからと言ってその本能までもそうであるとは限らない。

 

「ーーーー‼︎」

 

まるで言葉にならない獣の様な叫び声を上げ、しかしそれは断末魔の叫びなどでは無く、これから反撃すると言う狼煙であった。

 

「それもう一丁!」

 

ラルは四度目の拳を放とうとし、しかしてそれは果たされなかった。

 

彼の拳はストライクとの距離の関係上、下から掬い上げる様な形でしか放てない、それをらキラはシールドを割り込ませて防ぎつつも、シールドを持つ左手を振り払うこと衝撃を外側へと受け流したのだ。

 

これは単に防御の為にやった行動では無く、次の攻撃の布石でもあった。

 

力の入った一撃をシールドで受け流した事で、ラルの機体はよろめいて胴がガラ空きとなり、しかも体勢が崩れて直ぐさま立て直す事が出来ない。

 

キラは相手のガラ空きの胴体へ向け、ビームサーベルを真っ直ぐ突き放った。

 

線の斬撃では無く点の突きは、さっきと同じ様にシールドで防ぐ事も出来ない。

 

まさに最高のタイミングで、最高の攻撃を繰り出したのだ。

 

(ヤった!)

 

キラはこの時、間違いなく勝利を確信していた。

 

避ける事も防ぐ事も出来ない攻撃で、狙いは相手のコクピットを正確に捉え、後はサーベルがそのまま貫くのを見るのみ。

 

そう思っていた、しかしこの時キラは失念していた。

 

無自覚とはいえSEEDを発動させた彼の強みは非常にクリアな思考と視界であり、常に冷静で相手と立ち回ることにあった。

 

だが今の彼は、勝利に取り憑かれクリアな思考では無く勝利への欲求のみとなって動いている。

 

それはつまり勝ち急ぎ、気持ちが焦っている事に他ならない。

 

そんな隙を、この男が見逃すだろうか?

 

ストライクが放った突きは、ラルのMSのコクピットを貫いたかに見えた。

 

だがしかし、ラルは死んではいなかった!

 

「詰めを誤ったな連合のパイロット」

 

ストライクが突きを放った瞬間、確かにそれは致命的な一撃に見えた。

 

しかし勝利を焦り、最短距離で真っ直ぐ正確に飛んでくる攻撃は、それ故読み易いのだ。

 

機体は動かなくとも、人間には無いMSの各所に設置された姿勢制御用のスラスターを少し噴かす事で簡単に狙いを外す事が可能となる。

 

もしこれが突きではなく斬撃ならば、完全に回避する事が出来ず腕の一本を失っていただろう。

 

「戦場で冷静さを失った者は、こうなるのだ!」

 

しかしてストライクのビームサーベルは相手を貫く事なく、脇を通り抜けた。

 

更にラルは機体のメインブースターを噴かし、ストライクに体当たりする勢いで近づくと、その腕ごとストライクの腰をホールドした。

 

同然、逃げ出そうともがくストライクだが、腕と腰を取られしかもパワーで相手に圧倒されていた。

 

「この馬力、ハイザックとは段違いだ!」

 

「ザクとは違うのだよ、ザクとは!」

 

ラルはそう叫ぶと、スカートアーマーのラックからビームサーベルの柄を取り出し右手の中で回転させ、下に向け振り下ろした。

 

ビーム発振器からサーベルが形成されストライクに迫り、キラは一目でこれがストライクのと同じビームサーベルだと見破った。

 

それはつまり、ストライクのPS装甲は何の役にも立たないという事だ。

 

「くっ!」

 

「これで終わりだ!連合のパイロット」

 

このままストライクはビームサーベルによって串刺しになるかに見えた、しかし生き残ろうと必死にもがくキラは機体を滅茶苦茶に動かす。

 

「わあぁぁああ!」

 

それは誰かを守るため、そう自分に言い聞かせて戦っていた心の弱い少年の戦いを嫌う声ではなく、純粋にただこの場を生き残りたいという心の奥底からの極めて利己的な叫びであった。

 

時に窮鼠猫を噛むと言う言葉がある通り、追い詰められた者は時に思わぬ事をしでかす事がある。

 

追い詰められたキラは、半狂乱のなか機体の凡ゆるスイッチを押して逃れようとした。

 

それは偶々頭部バルカン「イーゲルシュテルン」のスイッチに触れ、狙いもつけずに首を振り回しながら矢鱈滅多らと撃ちまくる。

 

それが偶々偶然にもラルの機体の頭部カメラに命中し、そのお陰で狙いがズレてストライクでは無くその後ろのエールストライカーパックに突き刺さった。

 

「僕は、僕はまだ死にたく無い!」

 

「この、往生際の悪いパイロットめ!」

 

この時二人の言葉は、機体同士の接触を通しお互いに聞こえていた。

 

俗に言う「お肌の触れ合い通信」と呼ばれるものだが、本来敵味方で使用する電波が違う中、キラが偶々全回線のスイッチを押してしまったが為に起こってしまった事だ。

 

ラルは相手から突然声が聞こえ、しかもそれが泣き叫ぶ子供の声とあって少しだけ動揺した。

 

「な、子供だと⁉︎子供が乗っているのか!」

 

ここに来てラルの頭の中で欠けていたパズルのピースが完全に当てはまるような、奇妙な感覚を得た。

 

(ヤツと戦った者達から聞いていたが、戦いへの迷いや敵を撃つ事への戸惑いを感じている理由が、まさか子供だからだったとは…)

 

ラルはそれらの事をてっきり、パイロットがまだ機体に習熟していない事から来ているものと思っていた。

 

それが本当は乗っているパイロットが精神的に未熟な子供だからと言う理由には、流石のラルも驚いた。

 

だが当然、唯の子供だとは彼も思ってはいない。

 

本当に子供ならば、ここまで自分と渡り合う事も、また生き延びられてきた事にも説明がつかない。

 

しかしここでとある事を加えると、それもスッキリとする。

 

「コーディネイターの少年パイロットか、連合め中々味な真似をするでは無いか」

 

あの機体に乗っている少年が自分の意思なのか、それとも強制されてなのかは知らない。

 

しかしラルにとってら連合は追い詰められれば例えコーディネイターであっても、戦場に投入する事の方が重要であった。

 

そして相手がコーディネイターならば、例え子供で有ろうとも油断出来ないと、地球でゲリラ戦を学んだラルは良く知っていた。

 

「悪いが子供だからと言って、儂は容赦せんぞ!」

 

イーゲルシュテルンを乱射するストライクに対抗し、ラルもまた機体の頭部バルカンを至近距離で発射した。

 

その多くはPS装甲に阻まれたが、しかしそうで無い部分エールストライカーに次々とバルカンの弾がめり込む。

 

ばちばちと火花が散り、本来高機動を実現する為大量の推進剤を積んでいる関係上、万が一火がつけばどうなるかなど、誰の目にも明らかであった。

 

当然、異常を知らせる警報がストライクのコックピットの中に鳴り響き、その音に気が付いたキラはその危険性を認識し、一瞬にして半狂乱から正気に戻る。

 

背中に爆弾を抱え、このままでは爆発し機体が保たない事は分かりきっていた。

 

故にキラはエールストライカーを機体から切り離し、そしてその爆発から逃れる為フットペダルを思いっきり踏み込み、機体の推進剤を燃焼させて正面から組み合うラルの機体に突進させた。

 

「スラスター、バーニア全開!フルパワー」

 

機体が軽くなった分、ストライクの推進力は重装甲のラルの機体を押し出すだけのパワーを余しており、ラルの方は突然機体が持ち上がるかの様な衝撃に驚いた。

 

「何と!」

 

驚くラルの機体を押し、爆発の半径から逃れるストライク。

 

しかし完全にその範囲から逃げ切る事は出来ず、推進剤に引火し大爆発を起こした衝撃から2機を吹き飛ばす。

 

この時の爆風で戦場に舞っていたチャフが一部晴れ、視界ゼロの霧の中から2機の機体が外へと転がり出てきた。

 

「はぁはぁはぁ」

 

「はー、はー、はー、全く無茶苦茶なパイロットだ…」

 

お互いの機体を砂漠に埋もれさせながら、中のパイロットは2人とも息が絶え絶えになっていた。

 

しかしこの時、ラルは自然と口元に笑みを作っていた。

 

それは強敵と出会えた喜びであり、自分の全力と命を賭して戦うに相応しい相手の出現を、心から喜んでいるのだ。

 

機体もパイロットも既に限界であり、互い次の一撃で全てが終わると見ていた。

 

この時キラは漸く、自分が戦っている相手の姿を見る事が出来た。

 

それはハイザックとは全く違う完全に新しい新型機であった、全体的に野武士を思わせる様なフォルムをしていた。

 

共和国製MSに共通の方のスパイクアーマーを備えているが、もう片方の肩のシールドはハイザックよりも大型化しており、頭部はお椀をひっくり返した様な形状であった。

 

機体の胸の所には、所属部隊を示すエンブレムが描かれており、それは共和国ではごく限られた者のみが許されるエースの証である。

 

キラは知らなかったが、それはアナハイム社が開発した「ロゼット」と呼ばれるMSに酷似した機体であった。

 

2機の上空では、ドダイにのったコズン、アコースのハイザックとフラガのスカイグラスパーが激しい空中戦を繰り広げており、時折2機の間に流れ弾が飛んできた。

 

「キ…ザーッ、ザーッ…キラ…へ…して」

 

通信が回復しつつあるのか、ストライクの通信機から随分久しぶりに思える声が聞こえる。

 

「きら…キラ…キラ、返事をして!アークエンジェルが出港するわ、急いで戻って来て!」

 

ミリアリアの焦る様な声から、アークエンジェルが今すぐ飛び立とうとしている事が分かった。

 

既にフラガのスカイグラスパーは戦闘を切り上げてアークエンジェルに戻ろうとしており、キラも急ぐべきであった。

 

だがその前に、決着をつけねばならない相手がいた。

 

「機体の出力を全部駆動系に回す。推進剤は、飛べて後一回こっきり」

 

キラは機体を少しでも軽くする為、ストライクのシールドを捨てた。

 

それを見てラルは「ほお」と呟いた。

 

「盾を捨てるか、中々思いっきりの良いパイロットだ」

 

ストライクは、腰の部分に格納されたアーマーシュナイダーを取り出して構え、対峙するラルも又装備する小型シールドの裏から予備のサーベルを取り出して盾を捨てる。

 

互いに防御を捨て、次の一撃に賭ける構えだ。

 

先に動いたのはキラとストライクであった、既に機体は電撃とMSによる格闘、それに爆発による衝撃でパイロット共度もボロボロであり、エネルギーも尽きかけていた。

 

睨み合っての持久戦など、到底望めるはずも無く、キラは先に仕掛けるしか無かったのだ。

 

対するラルは仁王立の構えであり、ストライクとキラが来るのを待ち構える。

 

「ウワアあぁぁぁ‼︎」

 

ストライクがアーマーシュナイダーを逆手に持って振りかざしてラルのMSに突きたてようとし、リーチで勝るラルは後の先からのカウンターでストライクを一刀両断しようとした。

 

ストライクが勝つにはラルの一撃を躱して懐に入らねばならず、逆にラルは近づけさせなければ良いのだ。

 

機体の状況、パイロットの技量、精神的な優劣、圧倒的にラルは優位であった。

 

そして両手でビームサーベルを居合の様に構えたラルは、ストライクが自分の間合いに入ったと見るや。

 

「うおおお!」

 

ビームサーベルを一閃、ストライクは真一文字に切り裂かれるかに見えたその時。

 

「なに!」

 

ストライクは切り裂かれるかにどころか、なんとラルの目の前から消えていたのだ。

 

直ぐさまストライクの姿を探し求め左右を見渡すラル、と機体のセンサーが頭上から降下してくる何かを知らせた。

 

「上か!」

 

ラルは上に向け、ビームサーベルを放とうとしたが、その前に飛び上がったストライクのアーマーシュナイダーの方が早かった。

 

この時何が起きたのか説明すると、ストライクはラルからのビームサーベルの一撃を、敢えて左手に持ったアーマーシュナイダーの刀身の部分では無く腹で受けた。

 

当然アーマーシュナイダーは切り裂かれるが、ビームと刀身が反応してスパークを生じさせそれが簡単な目眩しとなり、その僅かな間にキラはストライクをジャンプさせ、飛びあがらせたのだ。

 

「たああぁぁぁ!」

 

もう一本のアーマーシュナイダーがラルの機体の胸に突き刺さり、それだけに足りず突き刺さった柄を渾身の力を込めてストライクが蹴りを入れて押し込む。

 

機体にめり込むアーマーシュナイダーは、そのままコクピットブロックまで到達するかに見えたのだが…。

 

「あ!」

 

足で押し込まれたアーマーシュナイダーの柄の方が、ストライクの全力の力に耐えきれず折れて砕けてしまう。

 

刀身は戦艦やMSの装甲を切り裂けれども、それを支える部分は戦艦ほど強靭でもMSの様に柔軟では無かったのだ。

 

全ての武器を失い砂漠に倒れ伏すストライク、一方のラルもまたコクピットにこそ貫通しなかったものの、MS程の質量を一点に集中されたお陰で機体にかなりのガタがきていた。

 

「危なかったな、後もう数センチ違っていればどうなったことか…」

 

機体の胸に、柄の折れたアーマーシュナイダーが突き刺さったままであったが、砂漠に倒れるストライクと違いラルの機体は両の足でちゃんと立っていた。

 

もしこの決闘を誰かが見ていたとすれば、誰もがラルの勝利だと言うだろう。

 

戦場では最後まで立っていた者こそ勝者、それ以外は敗者と言う単純明快なルールがある。

 

キラもまた、自身の敗北を強く自覚していた。

 

だがこの時ラルは勝ったと言う実感は無く、寧ろストライクのパイロットに対して大きな脅威を抱いていた。

 

(まさかここまで追い詰められるとは…あの機体、いやパイロットこそ真に警戒すべき相手だ)

 

(だからこそ、今ここでトドメを刺さねばならん!)

 

ラルはストライクにトドメを刺そうと近付こうとし、「危ない!ラル大尉」。

 

部下からの呼び声に咄嗟に反応したランバ・ラルは急ぎその場からジャンプして離れる。

 

「キラをヤらせるかよ!」

 

アークエンジェルに戻ったと思っていたスカイグラスパーが、キラを助けるためラルの背後から攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

結果的に、スカイグラスパーに気がついたアコースに邪魔される形で失敗したが、しかしそれが全ての明暗を分けた。

 

「大尉、戦艦が動き出し始めました」

 

「なに、そうかそれは…」

 

この時ラルは一つの迷いを抱えていた、己が戦士として戦ったストライクのパイロット。

 

あの少年戦士は危険な程強く、次にもし戦場で相見える事があれば自分では太刀打ち出来ないだろうという予感があった。

 

だからこそ、今ここで仕留めねばと言う気持ちになるが、一方で軍人としての自分が最早ここでの戦闘をこれ以上続けるべきではないと伝えていた。

 

すでに目的は達せられ、これ必要以上にここに留まることは、それだけ自分を信じてついてきてくれた部下を危険にさらすことになる。

 

しかしここでストライクのパイロットをみ逃せば、次は味方の血で贖うことになるやもしれない。

 

戦士としての己と軍人としての職分、そのどちらを優先すべくか迷うラル。

 

しかし次の瞬間には、「コズン、アコース、良くやった任務は完了だ。これより撤退するぞ」と普段の指揮官としての彼の姿を取り戻していた。

 

「了解です、ラル大尉」

 

「大尉、クラッカーで援護します」

 

機体を大きくジャンプさせ上空のドダイと合流したラルの撤退を援護するため、コズン、アコースのハイザックはクラッカーと呼ばれる投擲弾を投げる。

 

空中で炸裂し、四方に破片をばらまくそれによりスカイグラスパーの追撃を封じつつ、ランバ・ラル隊は全機欠ける事なく無事に帰還を果たす。

 

砂漠に倒れ伏し、バッテリーが切れて灰色の装甲に戻ったストライクのコクピットの中で、キラは薄れゆく意識の中でこう呟いた。

 

「僕は…あの人に、勝ちたい…!」

 

 

 

 




今回はかなりなの難産でした。

やっぱりおっさんは、キャッキャウフフと皆んなで仲良く陰謀や策謀を巡らして派閥争いしてるのが可愛くて良いです。

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